ヒヨル そのほかのはなし 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

真夏の午後のグラウンドに満ちあふれる焦燥を噛んで、ゴールをおおきく反れながらあさっての方向に飛んでゆくボールの行方を視線が追った。だーもーくっそーちくしょー。ほこりまみれのグラウンドの空気を呼吸したら喉がひゅ、と鳴った。夏の日差しはねばついてひりつく。まぶたの端でダイアみたいに汗が光っていて、乱反射するそれが網膜をまるで夢物語みたいに剥離させる。半田がやっべと思ったそのときに、後ろからきんきんに冷やされたタオルがかぶせられた。一瞬のめまいを押さえ込まれて振り向くと、汗をかいたボトル片手に栗松が首にタオルを引っかけて立っている。休憩でやんすよ。おーと腑抜けた声が出たので半田はでひゃっとわらい、その拍子にかすかすの喉に唾液を引き込んでしまって盛大にむせた。栗松がひっと一歩あとじさる。砂混じりの飛沫を撒き散らす半田を、栗松は呆気にとられた顔で見ていた。その手からボトルを引ったくって飲み下し、半田はようやく一息つく。あつがなつい。くっだらねぇ。
足ははしればはしるだけはやくなるけど、テクニックはそうもいかない。天井知らずの円堂なんか見ていると、半田もやればできるんじゃないかなんて気分になって、ちょっと奮起する。そうしてじたばたもがくけれど、不完全燃焼のままいつも後悔して終わるのだった。とけかけたタオルの冷気が首を伝って背中に落ちた。つめてーよーとだらしなくつぶやくと、栗松がうなじからタオルを取ってじゃあっとしぼった。地面に水がぼたぼたこぼれてしみ込み、できそこないのクレーターみたいに沈んでしまう。それを広げて、栗松はまた半田の首にかけなおす。吸い尽くして空っぽになったボトルを栗松の眉間あたりに投げつけてやったら、素直にそれにぶち当たってのけぞった。けなげなやつだなと半田は思う。思うだけでなにもしない。ボールを拾いに行く栗松をそんな思考でぼおっと見送った。遠ざかる五番が立ち上る熱気にゆらめいている。
右の生え際からこめかみを汗がすべり落ちる。それが地面にしたたる前に、首や顔をぬるくなったタオルでごしごしと拭った。鼻が日焼けでいたい。去年は夏の練習でほほと鼻をみっともなくべろべろにした。今年はちゃんと日焼け止めをすりこんでおいたのだが、滝のような汗がとっくに流してしまっただろうと半田はため息をつく。ため息ついでに栗松ぅと声をはり上げた。ゴールの後ろの植え込みから、はいっと返事が聞こえる。両手でボールを差し上げて(直撃防止のためのアピールだ)、栗松が立ち上がった。それを見る目に汗がにじんでしみる。栗松はくろい影みたいになってゆれていた。まるで夏の亡霊のように。足元から這い寄る反射熱が不愉快だった。なんですかぁと栗松が問いかけるのを半田は無視し、ダッシュなときびすを返した。いらついてんじゃねーよと染岡が低くたしなめるのも半田は無視して、おめーらも行けとベンチを蹴飛ばした。一年生がはじかれたように立ち上がり、言われるままにグラウンドに駆け出すのを染岡はにがい顔で見ている。円堂はぼおっと頬杖をついて、つよすぎる日差しにしろっぽく乾いたグラウンドをなにも言わずに眺めていた。
ぷっと吐き出した唾にはざらざらの砂がやはり混じっていた。おまえじゃね。円堂がつまらなそうに言う。ほんとにはしらなきゃいけないのはおまえじゃね。半田はわらった。おめーまじでうぜえな。おーと円堂はいっそ眠たそうな声で答える。くそうぜえと半田は繰り返し、だらりとベンチにすわって足を投げ出した。一年生が汗だくでグラウンドをはしっている。栗松が拾ってきたボールはセンターサークルのあたりに放り出されていて、その脇には半田が投げつけたボトルが行儀よく立っていた。八つ当たりもいいけどよ。円堂が半田とおなじようにながながと足を投げ出して、喉をそらしながらつぶやいた。それに見合うことをおまえはやってんのかってはなし。半田はにやにやとわらいながら、おめーにはわからんと思うよと言った。わりーけどおれ、おめーみたいなの嫌いなんだわ。円堂はやはりつまらなそうな顔で半田を一瞥し、じゃあ(やめれば)、と言いかけたのを染岡ににらまれてやめた。そのまま染岡は立ち上がり、もういいぞと一年生に声をかけた。
それと同時に半田も立ち上がり、駆けていって思いきり栗松にドロップキックをした。砂ぼこりを上げて栗松がふっ飛ぶ。一年生の唖然とした視線が半田に注がれた。それに動じることもしない。栗松はうーといたそうに呻きながら、それでも立ち上がってボールとボトルを取りに行った。先輩やめてくださいよーとにがわらいで戻ってくると、首にかけたままのタオルで半田の顔をごしごしこする。目が焼けてあつかった。だからだ、涙なんか出たのは。剥離した網膜の口には出せない夢物語。夏の亡霊が闊歩する乾いたグラウンドのまんなかで、向かい合う後輩を夏が焼く。ちょっとこれ置いてくるでやんすと、栗松はべろべろになったほほでわらった。ああもうやんなっちまうね。振り向きもせずに行ってしまう栗松の尻を蹴っ飛ばしてまた転ばせた。けなげなことはなけるじゃないか。半田いいかげんにしろよと染岡がベンチで怒鳴っている。あつがなついし、くっだらねぇ。まったくいつものおれだ。いつもの。







歯痒
半田。
七人時代。
PR
あれ先輩、と横手からかかった声に、目金はそちらを向いて、眉をしかめて目を細めた。ちっす。親しげにほほえみかけてくる、ニット帽と眼鏡の同い年くらいの少年。は。目金は思いきり不機嫌な声でたずねた。誰ですか。彼はおどろいたような顔をして、それからへらっとわらった。やだなーおれっすよ。そう言ってひょろひょろの彼は、くろいセルフレームの眼鏡をはずしてあたまを包むニット帽を取った。そこから見慣れたオレンジのもじゃもじゃがあらわれたので、あーと思わず目金は声をあげていた。昼間の書店に似つかわしくない、おなじサッカー部の後輩。あなたですか。わかんなかったすか。すいません。いーっすよ。ゆるゆると手を振ってわらう宍戸の片手には、雑誌が一冊とジャンプの単行本が一冊収まっている。ワンピースすきなんですか。発売日チェックするくらいすきっすね。宍戸は眼鏡を服のすそでかるくこすって、ケースに入れてニット帽と一緒にかばんにしまった。あきらかにサイズのおおきいTシャツの胸元には、ピンクのマカロンとリングのネックレスが下がっている。目金は手にみどりの背表紙の文庫本を積み上げて、そうなんですかと適当な返事をした。ワンピースは全巻初版で持っているけれど、ここしばらくの目金のブームは星新一だ。
先輩も買い物っすかという宍戸の言葉を無視して、目金は指を伸ばしてマカロンにさわった。宍戸がちょっとわらう。それくえないっすよ。そのくらいわかってますよと目金はそれをつまみ上げる。よくできてますね。フィギュアみたいでしょ。おれ海洋堂のガチャガチャとかすきなんすよ。目金は顔をあげた。意外だった。宍戸はもさもさと髪の毛をかき回し、いつもどおりに目を前髪でおおってしまう。目、わるいんですか。わるくはないっすけど。宍戸はしろい首をうんとひねる。でも普通にしてて不便はないっす。そんな前髪してるから目がわるくなるんじゃないですか。先輩言いますねー。宍戸はひとさし指でふわふわの髪の毛をかるくねじった。砂漠に住む遊牧の民のような、骨のようにしろく乾いたその指。ほほえんだくちびるからエナメルがのぞく。まーおれシャイなんすよね。そういうことにしといてください。じゃまた、明日。宍戸はかるく片手をあげて、その拍子にマカロンとリングがちりんと触れ合った。
ひょろひょろの背中はマカロンごとあっという間に本棚の向こうに行ってしまい、目金は大量の星新一と一緒に残された。まったくよくわからないひとだ。なにも言うひまがなかった。目金はゆっくりとふかい息をする。見られない顔じゃないのに。セルフレームの眼鏡の奥の、やさしいひとみを思い出す。まるで知らないひとみたいだった、奇妙に大人びた後輩の親しげな笑顔。指先にはよくできたマカロンの感触だけが残った。海洋堂のフィギュアのような、リアルでだから非現実的な幻覚。やわらかにほほえんだエナメルとくちびる。シャイだなんてそんなのは嘘だ。葬列のように厳粛にすぎた、遠ざかるその痩せた背中。知らないわけではない。あなただって気づいている。
宍戸が伸ばす手を目金は知っている。その力ない骨のような指を知っている。誰にも届かないその言葉を知っている。絶望に垂れるこうべを知っている。宍戸はきっといろいろな部分で、折り合いをつけようとわらっている。現実をちゃかして小馬鹿にして、髪の毛の奥から世界をななめに見て、リアルのまがいものをそれと知りながら手に取ってしまう。宍戸も目金とおんなじだった。おんなじだからわかりあわない。宍戸のしろくてほそい腕には、おおきなあおあざがくっきりとついていた。平和で穏やかな遊牧の民で、彼はいつまでもいるべきではない。






砂漠の砂は尽き
目金と宍戸。
ニゴタという教師がアメリカの日本人学校の英語担当にいて、彼は本人いわく、ヒスパニクの血を引く日本語をしらない日本人、だった。ニゴタはせいが高く、ラテンアメリカのからりとした気質と日本人の懊脳を兼ね備えた文学青年だった。シェイクスピヤだのドストエフスキだのユーゴォだの、ダザイだのオーガイだのを、いつもぼろぼろのブックバンドにはさんでぶら下げていた、まっすぐのキャメルの髪をした、冴えないニゴタ。木野はニゴタを毛嫌いしていて、西垣はそもそも英語がきらいだった。一ノ瀬はおさない顔で、彼はもっとクレバーに生きるべきだ、と言っていた。そして土門はなにも言わなかった。日本人の生徒たちは、ニゴタの語ることばを猿まねして英語を覚えた。
ニゴタは日本語をひとつも知らなかったが(ダザイだのオーガイだのはすべて翻訳版だった。土門はそれを思い出すたびに、そのまぬけさにおぞけが震う)、ひとつだけ知っている日本語があると言って、口ぐせのように言っていた。オシタイモーシアゲテオリマス。お慕い申し上げて居ります。呪文のようにそれを繰り返し、ニゴタは日本という国は愛のことばをたくさん持っているうるわしい国だ、といつも恍惚とした顔で語った。木野はそれがいやなんだと言っていた。日本生まれの木野と一ノ瀬と西垣と土門。だけど彼らはうるわしい愛のことばなんか知らない子どもたちだった。ニゴタは日本を図鑑でしか知らなかった。
以前、ひろい日本人学校の敷地の片隅で、ニゴタがからだのおおきな上級生に囲まれて殴られていたことがあった。土門はそれをたまたま見つけてしまい、最後まで黙って突っ立ってそれを見ていた。ニゴタは抵抗もせず、ときどきやめろとかよせとか言った。よわよわしく。最後にばちーんとかわいたおおきな音でニゴタのほほは鳴り、そのとき切れたくちびるを動かしてニゴタがささやくのを土門は確かに聞いた。オシタイモーシアゲテオリマス。上級生はさんざんニゴタを日本語で罵倒して行ってしまい、あとにはニゴタと土門が残された。ニゴタは土門を見て、ちょっとわらった。オシタイモーシアゲテオリマス。ニゴタは日本という国を愛していた。自分のからだに流れるうつくしい日本の血!土門はニゴタのくちびるに触れた。ニゴタは日本の愛を図鑑でしか知らなかったし、オシタイモーシアゲテオリマスの意味だってきっと知らなかったけれど。土門は確かにこのとき、ニゴタから愛を教わった。
お慕い申し上げて居ります。土門は今でもときどきそれを口に出してみる。木野も一ノ瀬も西垣もいないところで、そっと。影野のせなにてのひらをそわせ、その筋肉が骨が血が、確かに彼を生かしていることを感謝しながら。影野のからだを流れるうつくしい日本の血。うるわしい愛のことばなんて、土門は今でもひとつも知らない。影野は土門を死んでも愛さない。それは本人の口から幾度となく聞いた。わかっている。それでも。影野の耳に歯を立てて、オシタイモーシアゲテオリマスと土門はささやく。日本のうるわしい愛のことば、を、シェイクスピヤでもオーガイでもないことばで土門は影野に何度でもつむぐ。
ニゴタは今でも愛のことばをあれしか知らないのだろうか。キャメルの髪を伸ばして、辛気くさくドッグだのキャットだの言っているのだろうか。おそろしく下手くそな日本語でお慕い申し上げて居りますと繰り返すことしかできない、うるわしい日本に暮らす土門のように、ニゴタは今でもおそろしく下手くそな日本語で、オシタイモーシアゲテオリマスと繰り返しているのだろうか。






教師ニゴタ
4月13日に寄せて。
個人的土門が男に走った理由。

なんかたなさんから名指しで呼ばれたような気がしたんです。
目金はいつもひとりでいる。ながい昼休みのときは、日の当たらない校舎裏か、にわとりのいる飼育小屋の裏、あるいは駐車場のそばの植え込みの裏で、ひとりでぼおっとすわっている。どれも、松野をはじめとする目金をいじめるグループが近づきもしない場所だ。奥歯を折ってしまったときには、言い訳にひどく苦労した。今日は飼育小屋の裏でにわとりの声を聞いている。なぜ飼育小屋を選んだかというと深い意味なんかは特になくて、ただ単に今日が少林寺の飼育当番の日だったからだ。手伝いはしないが、ぐだぐだとしゃべりながらてきぱきとはたらく少林寺を眺めているとなんとなく笑みがこぼれる。少林寺は手際がいい。そしていきものがすきだ。すごくいい、と思う。
それに今日はなんとなく影野にあいたくないなと思っていた。影野はいきものがきらいだから、飼育小屋のある一角には寄りつこうとすらしない。昼休みはときどき影野としゃべる。それは目金が一方的にしゃべるだけだったが、影野がときどきおだやかにうなづきながら聞いてくれるのが心地よくて、いくらでもしゃべれてしまうのだ。ゲームも漫画もアニメもネットも影野は全然詳しくないけど、詳しくなくてもはなから聞かないなんてことはしない。じゃあ趣味はなにかと以前聞いてみたら、影野は口ごもって、ない、と言った。だからしゃべるのは目金の役目になった。
昨日、影野が松野に乗っかられて殴られていた。それは目金にするみたいな、容赦なくつめたいやり方ではなく、むしろみずみずといろいろなものをこぼしているような、そんな殴り方だった。松野はうっすらとわらっていて、影野は無抵抗だった。松野は最後にぱしんと音高く影野のほほをぶって、ばーっかと罵りながら部室を出ていった。見ている目金を空気みたいに突き飛ばして、満足そうにわらいながら。影野はゆっくりとからだを起こして、目金をじっと見た。目金が向かい合わせにぺたんとすわる。ふたりとも無言で、それがちっとも気詰まりでないことに目金は驚いていた。影野の前髪がばさばさに乱れていて、そのすき間から見えるくちびるが、やわらかくむすばれている。
目金が手を伸ばして、そこを直してやった。影野はなにも言わずに、されるがままになっている。影野のほほに指先が触れて、そこがひどくあつくなっているのでああきっといたいだろうなと目金は思った。やわらかな髪の毛をかきわけて、目金は指先をすべらせる。上へ。鼻のわきをとおり、髪の毛の下をくぐるように。眉間をとおって額にたどり着いたとき、指先がびくりとすくんだ。すべらかな影野のひふの、それは異境だった。いつから。十歳。いたかった。うん。今も。今は、もういたくない。なんで。影野はゆっくりとくちびるをわらわせた。きらわれてたから。
ぎゅ、とそこにわずか指をくい込ませるように、目金は力をこめた。十歳の影野がうずくまってないている。十四歳の目金はそれに届かない。十四歳の影野は松野に殴られているので、どれだけつらくてもかなしくても、お門違いな後悔をしても、絶対に届くことはない。目の奥があつくおもくなって、気づいたらないていた。レンズがぶわっと一瞬でくもって、ぼたぼたとしずくが落ちていく。影野は額を目金に触れさせたまま、なかないで、と言った。ひどくしずかに、なかないで、と。肩をふるわせる目金のほほを、影野のほそい指がやさしくぬぐった。
かなしいのはそんなことではない。目金は首をふった。殴られて蹴られて、きたない言葉をはきかけられて、つらいのはそんなことではない。嫌われてそねまれて、ずっとずっとひとりぼっちで、むなしいのはそんなことではない。例えば触れてみないとそれがわからなくて、触れてみたところで理由もいたみももう理解できないことが、かなしいのだ。松野のように伝えるのではなく、それをかばいあって、目をそむけあって、だけどとっくにできることなんてし尽くされていて、それに代わるなにかを見つけ出すことさえできないことが、さびしいのだ。
目金はばっと影野の前髪をはらった。しろい顔がさらされる。あなたはきれいな顔をしてるんだから。しゃくりあげながら、おずおずと目金は手を伸ばした。だから、もうなかないで。抱きよせたあたまは髪の毛がさらさらとうつくしくて、二次元のキャラクタの髪の毛に触れたらこんな感じなのかもしれないと目金は思った。ばかばかしい。影野のてのひらを背中に感じて、なきながら目金はすこしわらった。影野はちっともないてなんかいない。ないているのは、ぼくだけだ。だから。
あーばかなことをしてしまった。飼育小屋に背中をあずけると、いきもののにおいがした。ないてしまった。あんな簡単に。あんな些細なことで。それにひどいことをした。ああ最低だ。恥ずかしい。背中でうろうろとにわとりが歩き回る気配がする。目金は足を交差させて膝をたてる。そこに額を押しつけて、両手であつい耳をふさいだ。だけどあのときは確かにそれができると思ったのだ。ここでふたりで、すべての遠いものを夢見ることが。あー恥ずかしい。だから目金は知らない。ほうきやら餌の残りやらを抱えた少林寺が、突然の訪問者に驚いた顔をして、次ににっこりとわらって、目金がうずくまる飼育小屋の裏を指差したことを。






ここにいてすべての遠いものを夢見よう
4月12日に寄せて。


目金と影野は谷川俊太郎「きみ」だと思います。
わりと心にくる詩なので、気が向いたら読んでみてください。
タイトルは同氏「地球へのピクニック」より。
影野と少林寺の「ここでただいまを云い続けよう」も、この詩からいただきました。
目金が殴られている。無抵抗で殴られている。松野がその胸ぐらをつかんで、容赦なくこぶしをふり上げ、うち下ろす。おもくしめった音、かわいた音、目金のみじかい悲鳴、呻き、松野の怒鳴り声、そしてきちがいじみたわらい声。その全部をていねいに、ひとつも意識に残らないように受け流してやりながら、影野は松野の背中をじっと見ている。松野が目金を部室のコンクリにつっ放した。だらりと投げ出されるやせた目金のからだ。血走った目で肩ごしに振り返り、ぺっとつばを吐く。見てんなよ。うん。悪趣味ぃ。松野はぜいぜいとわらう。松野は目金を殴るたびになんだかんだと騒ぐので、声をがさがさにからしてしまう。おれ今日は部活さぼるわ。はらいてー。じゃーまたねんと影野のほほをぴたぴたと叩いて、松野は去りぎわにさらに、うつ伏せにうずくまる目金のわき腹を蹴り上げた。ごほ、とのどの奥で声がつまる。
松野はいつも力いっぱい部室の扉をしめるので、はね返ってまたすこしひらくのが影野はいやだった。手を伸ばしてそっとそれをしめてしまう。目金が呻きながらのろのろとからだを起こす。緩慢なしぐさは虫が脱皮でもするみたいで、だけど顔をあげた目金はそんなものとはほど遠い、ひどい顔をしている。力なく咳き込んでよれよれと立ち上がって、目金はあばらのあたりをかるくおさえた。メガネのレンズははんぶん歯ぬけになっている。影野はそっとてのひらで学ランについた砂をはらってやった。ついでに髪の毛もかるくはらってやると、目金が切れ長の目で影野を見上げて、にやっとわらう。くちびるの端があかく切れている。あおあざだらけの目金。
影野はしろい手の甲で目金のほほに触れた。いたい?いたいですよ。そう。はははとよわよわしくわらって、目金はからだをくの字に折る。しぬかと思った。影野のみぞおちのあたりに額を押しつけるようにしながら、目金はひくくつぶやいた。影野は手の甲をちらりと見る。そこには血のあとがうすくこびりついていた。かわいた鉄。影野は目金を支えるようにして、壁によりかからせてやった。ごめん。あなたが謝ることないですよ。ゆっくりと膝をまげて、目金はくたりとそこに顔をふせる。松野くんはやさしいですよね。くくく、と肩がふるえた。しねしね言いながら、まだそれをぼくにさせてくれない。
がらりと部室の扉がひらいて、めんどくさそうな顔をした半田がぬうと顔をのぞかせた。あー影野。いたいた。わり、ちょっと来て。なに。松野が暴れてやがる。眉間にしわをこの上なくふかく刻んで半田はため息をついた。栗松がボッコにされてんだわ。まじかわいそうだから助けてやって。影野は目金を見下ろす。目金が手をぱたぱたと振る。手の甲の目金の血。わかった。おーさすが影野。駐車場んとこな。半田が指さす方へ、影野は無言でつうと行ってしまう。おめーまた殴られたん。かばんをどさりとロッカーに投げて、半田はなんでもないことみたいに言った。なくなよ。なきませんよ。おまえしぬなよ。松野犯罪者になっちゃうからなと半田は脱いだ学ランをばさばさと振った。くくく、と目金は肩をふるわせる。大丈夫です。まだしにません。
ひらきっぱなしの扉の向こうから、けものが吠えるみたいな声がした。影野しんでないといーねと半田は言った。目金はゆっくりと立ち上がって外へ出ていく。レンズが欠けたちかちかの視界で、影野が松野に殴られている、殴られている。
(あなたほんとは影野くんこそころしたいんでしょう)
ばかなひとだ。






おとなすぎたきみはげんきだろうか
影野松野目金。
[8]  [9]  [10]  [11]  [12]  [13]  [14]  [15]  [16]  [17]  [18
カレンダー
09 2024/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
まづ
性別:
非公開
自己紹介:
無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

adolf_hitlar!hotmail.com

フリーエリア
アクセス解析

忍者ブログ [PR]