ヒヨル ここにいてすべての遠いものを夢見よう 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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目金はいつもひとりでいる。ながい昼休みのときは、日の当たらない校舎裏か、にわとりのいる飼育小屋の裏、あるいは駐車場のそばの植え込みの裏で、ひとりでぼおっとすわっている。どれも、松野をはじめとする目金をいじめるグループが近づきもしない場所だ。奥歯を折ってしまったときには、言い訳にひどく苦労した。今日は飼育小屋の裏でにわとりの声を聞いている。なぜ飼育小屋を選んだかというと深い意味なんかは特になくて、ただ単に今日が少林寺の飼育当番の日だったからだ。手伝いはしないが、ぐだぐだとしゃべりながらてきぱきとはたらく少林寺を眺めているとなんとなく笑みがこぼれる。少林寺は手際がいい。そしていきものがすきだ。すごくいい、と思う。
それに今日はなんとなく影野にあいたくないなと思っていた。影野はいきものがきらいだから、飼育小屋のある一角には寄りつこうとすらしない。昼休みはときどき影野としゃべる。それは目金が一方的にしゃべるだけだったが、影野がときどきおだやかにうなづきながら聞いてくれるのが心地よくて、いくらでもしゃべれてしまうのだ。ゲームも漫画もアニメもネットも影野は全然詳しくないけど、詳しくなくてもはなから聞かないなんてことはしない。じゃあ趣味はなにかと以前聞いてみたら、影野は口ごもって、ない、と言った。だからしゃべるのは目金の役目になった。
昨日、影野が松野に乗っかられて殴られていた。それは目金にするみたいな、容赦なくつめたいやり方ではなく、むしろみずみずといろいろなものをこぼしているような、そんな殴り方だった。松野はうっすらとわらっていて、影野は無抵抗だった。松野は最後にぱしんと音高く影野のほほをぶって、ばーっかと罵りながら部室を出ていった。見ている目金を空気みたいに突き飛ばして、満足そうにわらいながら。影野はゆっくりとからだを起こして、目金をじっと見た。目金が向かい合わせにぺたんとすわる。ふたりとも無言で、それがちっとも気詰まりでないことに目金は驚いていた。影野の前髪がばさばさに乱れていて、そのすき間から見えるくちびるが、やわらかくむすばれている。
目金が手を伸ばして、そこを直してやった。影野はなにも言わずに、されるがままになっている。影野のほほに指先が触れて、そこがひどくあつくなっているのでああきっといたいだろうなと目金は思った。やわらかな髪の毛をかきわけて、目金は指先をすべらせる。上へ。鼻のわきをとおり、髪の毛の下をくぐるように。眉間をとおって額にたどり着いたとき、指先がびくりとすくんだ。すべらかな影野のひふの、それは異境だった。いつから。十歳。いたかった。うん。今も。今は、もういたくない。なんで。影野はゆっくりとくちびるをわらわせた。きらわれてたから。
ぎゅ、とそこにわずか指をくい込ませるように、目金は力をこめた。十歳の影野がうずくまってないている。十四歳の目金はそれに届かない。十四歳の影野は松野に殴られているので、どれだけつらくてもかなしくても、お門違いな後悔をしても、絶対に届くことはない。目の奥があつくおもくなって、気づいたらないていた。レンズがぶわっと一瞬でくもって、ぼたぼたとしずくが落ちていく。影野は額を目金に触れさせたまま、なかないで、と言った。ひどくしずかに、なかないで、と。肩をふるわせる目金のほほを、影野のほそい指がやさしくぬぐった。
かなしいのはそんなことではない。目金は首をふった。殴られて蹴られて、きたない言葉をはきかけられて、つらいのはそんなことではない。嫌われてそねまれて、ずっとずっとひとりぼっちで、むなしいのはそんなことではない。例えば触れてみないとそれがわからなくて、触れてみたところで理由もいたみももう理解できないことが、かなしいのだ。松野のように伝えるのではなく、それをかばいあって、目をそむけあって、だけどとっくにできることなんてし尽くされていて、それに代わるなにかを見つけ出すことさえできないことが、さびしいのだ。
目金はばっと影野の前髪をはらった。しろい顔がさらされる。あなたはきれいな顔をしてるんだから。しゃくりあげながら、おずおずと目金は手を伸ばした。だから、もうなかないで。抱きよせたあたまは髪の毛がさらさらとうつくしくて、二次元のキャラクタの髪の毛に触れたらこんな感じなのかもしれないと目金は思った。ばかばかしい。影野のてのひらを背中に感じて、なきながら目金はすこしわらった。影野はちっともないてなんかいない。ないているのは、ぼくだけだ。だから。
あーばかなことをしてしまった。飼育小屋に背中をあずけると、いきもののにおいがした。ないてしまった。あんな簡単に。あんな些細なことで。それにひどいことをした。ああ最低だ。恥ずかしい。背中でうろうろとにわとりが歩き回る気配がする。目金は足を交差させて膝をたてる。そこに額を押しつけて、両手であつい耳をふさいだ。だけどあのときは確かにそれができると思ったのだ。ここでふたりで、すべての遠いものを夢見ることが。あー恥ずかしい。だから目金は知らない。ほうきやら餌の残りやらを抱えた少林寺が、突然の訪問者に驚いた顔をして、次ににっこりとわらって、目金がうずくまる飼育小屋の裏を指差したことを。






ここにいてすべての遠いものを夢見よう
4月12日に寄せて。


目金と影野は谷川俊太郎「きみ」だと思います。
わりと心にくる詩なので、気が向いたら読んでみてください。
タイトルは同氏「地球へのピクニック」より。
影野と少林寺の「ここでただいまを云い続けよう」も、この詩からいただきました。
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