ヒヨル そのほかのはなし 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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さびしいと嘯くきみがうれしくて手に手をとれば東京心中。


塗りつぶしても塗りつぶしても見えぬそらのあをきにきみのあをきを。


野衾の燃え立つ遥かニライカナイ海を朝餐素足のこども。


盲目とよろめく小指空回りさても愉快なユリウスカエサル。


振り向けば跡も残らぬ銃後の庭と闇に愛食むらくだの貴婦人。


高村のアトムの瞳かなしくば太宰に枕銀河鉄道。


失せ星のなが尾たなびきエキソドス指に絡まるうずめの潮。


しら羽の折れるがままに羽ばたいてイカロスと墜つきみを叫べば。


弔問にひく影あまた夕くじら寄り添う空で覚えていたい。


波の引くのにまかせよとつぶる目のあかく煮えたつやさしマグマは。







慈愛ふふたりに
愛し合い傷つけ合うふたりに寄せて。
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行きつけのコンビニが彼のからだを作っている。それはあながち間違いではなく、両親ともに多忙でさらには妹の見舞いに時間を割く豪炎寺には仕方のないことだった。豪炎寺は面会時間ぎりぎりまで病院にいて、それから汗だく泥だらけのからだを引きずるようにコンビニに寄る。練習後に円堂と半田と雷雷軒に行ったが、そのときにたべたものはとっくに消化され尽くしていた。空腹だ。豪炎寺は常時しかめっ面をしているために大概のひとに遠巻きにされるが、そのわりになにも考えていないものだから、そんなふうに腫れ物に触れるよう扱われるたびに、豪炎寺は理由がわからずに戸惑う。コンビニの店員はそんなことしないからいい、と思っていて、その正確で機械的な所作に豪炎寺はどことなく好感を持っていた。だから二回目の夕食はいつもコンビニで買う。気分がよければ、スナックやジュースなんかも。
いつものコンビニにのそのそと入っていくと、勝手に豪炎寺がいちばんレジが上手だと思っている店員はいなかった。健康的なラガーマンみたいな店員が、無感動ないい声でいらっしゃいませーと告げる。かかとを引きずるように弁当の棚の前までいくと、そこにはもう先客がいた。豪炎寺はまゆをひそめ、ぬっと後ろから彼を覗きこむ。うわ、と驚いた声をあげ、宍戸が肩をびくんとこわばらせる。宍戸はくすんだあいねずのラグランシャツにくろいスウェット姿で、ごわごわのマフラーを巻き素足に健康サンダルをひっかけている。おつかれさまっす。にっと歯を見せてわらう宍戸になんと返してよいかわからず、半端にああなどと言って豪炎寺はその隣にのそりと並んだ。宍戸がすっと場所を譲る。ふと豪炎寺は汗くさい自分をわずか恥じた。宍戸は明らかに風呂上がりの風情で、さっぱりしたしろい手指をしている。
先輩も晩飯っすか。宍戸が普段より抑え気味の声で訊ねてくる。豪炎寺はうなづき、特大めんたいパスタを手に取った。サラダスティックと餃子をそれに重ねる。くいますねぇ。腹が減ったんだ。宍戸はなにやら手巻きのようなもののパックにミルクティーの紙パックを重ねているきりだ。それで足りるのか。少食なんで。豪炎寺は痩せぎすの宍戸を眺め、確かに、と口には出さずに納得する。それはなんだ。そして宍戸の手元のパックを指さす。トルティーヤっす。くえるのか。くえないもんは売ってないでしょー。そう言って宍戸は噎せるようにわらった。豪炎寺はちょっと考え、サラダスティックを戻してトルティーヤを手に取る。最後のひとつだ。うまいのか。しげしげと眺めながら問いかけると、宍戸はたぶんうまいと思いますよと答えた。おれはすきです、と、最後に添えられたその一言で豪炎寺はトルティーヤをめんたいパスタに重ねた。
健康的なラガーマンはてきぱきとふたりの晩飯をレジに通して、パスタと餃子はちゃんと温めてくれた。どうしてコンビニなんだ。は。店を出て唐突に切り出した豪炎寺に宍戸はわけのわからないような顔をして、やがてあーとうなづく。おかんが仕事なんで。そうか。いつもなのか。まー大体は。おれもだ。豪炎寺の言葉に宍戸はやわらかくほほえみ、コンビニもわるくないっすよ、と言った。わるくないというのは額面どおりの意味だろうと豪炎寺はうなづき、それじゃあと帰ろうとする宍戸を呼び止めた。一緒にくおう。ええ、と宍戸はあからさまに困った顔をするが、河川敷ならすわるところがあるなと豪炎寺は続ける。一緒にくおう。まぁいいっすよ。宍戸はしぶしぶといった風情で言い、あんまりにもその肩が寒そうなので豪炎寺はジャージを貸してやった。痩せぎすの宍戸。
春に差し掛かっているとはいえまだまだ夜は寒い。屋根のついた木のテーブルにコンビニの袋を置き、向かい合ってはしを割る。宍戸はあからさまに食欲がない様子でミルクティーをのろのろとすすっているが、豪炎寺はそれを全く気にせずに力強くめんたいパスタをすすりこんだ。よくくいますね。宍戸が感心したように言う。腹がへったからな。言いながら餃子をふたつまとめてはしでつかむ。はぁーと驚愕とも侮蔑ともつかない息をして、宍戸は気だるげに頬づえをついてちょっとわらった。水の音がする。せせらぎを這いのぼる底冷えが、つめたいてのひらのように足元へ絡みついてくる。腹がへったら。餃子を咀嚼して豪炎寺は言う。サッカーができないだろう。宍戸はなにも言わずに、ようやく開けたトルティーヤをひとくちかじった。野菜のちぎれる音に、豪炎寺は不思議と安堵のような思いをする。
豪炎寺はトルティーヤをひとくちでたべ、もしゃもしゃと噛みながらこれはうまいなとうなづいた。飲みこむ。おれもこれはすきだ。そうっすか。ふふ、と宍戸は奇妙に大人びてわらう。コンビニは確かに彼のからだを作るが、その中身をどこかに置き忘れてきてしまったみたいだ。ふたりともふたりとも、かける言葉を探せない。もうやめましょうよ。豪炎寺は顔をあげる。宍戸がうんざりした顔で、あきれたように、わらっている。やわらかな弧を描くくちびる。やめましょう。不毛です。そうか。豪炎寺は目を伏せた。じゃあ、もうやめようか。宍戸はジャージを脱いでおざなりに畳むとたべかけのパックをざっと片付け、飲み干したミルクティーをごみ箱に叩きつけるようにして行ってしまう。ぽつんと取り残されたまま、豪炎寺はふたつめのトルティーヤを頬ばった。足音が遠ざかる。さびしいさびしいさびしい音だ。
楽しかったのに。口には出さずに豪炎寺は思う。おれはとても楽しかったのに。なのに楽しかったはずの豪炎寺はにこりともせず、宍戸はずっとわらっていた。ちっとも楽しくなんてなかったはずなのに。豪炎寺にはよくわからない。宍戸がどんな気持ちでコンビニにいたのか。どうして、不毛だ、などと口にするのか。仕方のないことなのに。どうしようもないことなのに。それをどうやって飲みこめばいいのか、豪炎寺にはわからない。おなじ場所で機械に作られた、おなじものをたべて生きているふたりなのに。豪炎寺はジャージをたぐりよせる。それを学ランの上から羽織り、すっかり冷めきってしまった食事の続きをはじめた。コンビニ弁当がどんどんからだに染み渡る。どんどん、どんどん、生かされてゆく。豪炎寺がそれをそれを望むからだ。明日もサッカーができるように。
星の降る寒い夜だった。さびしい夜だった。明日謝ろうか、と思いながら、だけどどんな言葉で謝ってよいかわからない豪炎寺は、そこで思考を止める。どんな言葉なら許してくれるのだろうか。それとも許してはくれないのだろうか。許してくれなければ、もう一緒にめしをくうことはできないのだろうか。今日はとても楽しかったのに。腹は満たされたのに、他の場所はぽっかりと空洞だった。あの健康的なラガーマンが打つレジに、空洞を埋めるものをひとつも持っていかなかったから、だ。








イヨマンテの子
豪炎寺と宍戸。
「もしも明日世界が終わるとしたら」

おまえなにする。松野がばかみたいに真剣な顔でそんなことを聞くので、影野は少々面食らいながら、なにもしない、と言った。まじで?明日世界終わるんだぞ。みんな死んじまって日本沈没すんのになんもしねーの?ばかじゃねーの。バカゲノ!そう言って松野はぱかんと影野のあたまをひとつはたく。終わるの。終わるよ。絶対?絶対!じゃあなおさらなにもしない、と思ってそれを口に出すと、松野はあからさまな侮蔑の表情を浮かべて影野をにらんだ。てめー脳みそ入ってねえのかよ!入ってるけど、とためらいがちに言ったらひざの後ろを蹴られた。真面目に考えろよと松野はがあがあ怒鳴るし、真面目に考えた結果がこれだよとはどうにも言いづらいので影野はあたまをひねって必死に考える。松野はおおきな目をぎろぎろさせて影野をじっと見据えていて、まるでおもしろいことを言わなきゃ殴ると言わんばかりだ。実際そのとおりなのだろうが。
早くしゃべり出さないと松野がまた蹴ってきそうだったので、影野は考えながら口を開く。明日世界が終わるとしたら。おう。まず、おれは普通に朝起きて朝飯をくって学校に行く。げーまじで?さぼれよそこは。明日平日だろ。つまんねーなおまえ。つまんねーつまんねーと繰り返す松野を無視して影野は続ける。学校に行くと、まぁ休んでるやつもいるかな。だろうな。だから日直とか掃除当番とか、おれが代わるよ。うわぁと松野はなんとも言えない表情を浮かべた。提出物とか、おれが集めるし、黒板も消す。なんかもうそこまでいくと逆にきめえな。きめえしうぜえ。松野の言葉にうんと影野はうなづき、それから、と言葉を探すように宙を見る。昼飯は、音無か木野か夏未さんとたべようかな。ぶはっと松野は下品に吹き出し、次の瞬間には腹を抱えてげらげらわらいだす。通学路を学校に向けて同じように遡っていく学ランの生徒が、ぎょっとしたように爆笑する松野を見た。
ひーひーと横隔膜を引きつらせるようにわらい続ける松野を影野は困ったように見た。そんなに変か。変つーか、おま、まじ、きもっゲホッゴホッ。噎せるなよ、と内心思いながら、影野は涙を拭う松野の背中を軽くさすってやる。わらいすぎて苦しそうな息の隙間に、きめぇきめぇというかすれた声が聞こえた。失礼なやつだ。あーもーいきなりへんなこと言うんじゃねーよ。松野ははらいてーと影野のマフラーで顔を拭った。ちょっと。うんうん。木野かやかましか夏未と飯くうんだな。うまいだろーな。そんでなに話すのと松野は顔を拭ったマフラーをびよびよ伸ばしながら訪ねる。その口調が小ばかにした感じの、なんていうか、はいはい、みたいな感じだったので今さら冗談だとも言えなくなって影野はまた考える。そうだな。告白でもしようかな。そう言ったとたんに思いっきりふとももの後ろを蹴られた。痛い。うるせーぼけ!うぜーんだよ!まったく理不尽だ。じゃあ、しないよ、と言ったらまた蹴られた。男ならいっぺん口に出したこと簡単にテッカイすんじゃねーよ!あほ!松野がどうして怒っているのか影野にはわからない。うん、と曖昧にうなづくとまた蹴られた。
松野はぶつぶつときめぇうぜぇを繰り返している。こういうときは放っておくに限ると影野は前を向いた、とたんにマフラーが引かれる。続きは。もう考えてないよと正直に影野は言い、あとは帰って家族とめしくって寝るよ、と続けた。寝てる間に世界が終われば楽だ。松野はにやっとわらって、ほんとおまえってつまんねーな、と面白がるみたいに言った。しゃーねーからおれがおまえの最後の一日のスケジュール組んでやるよ。え、別に。まず最初は学校に行く前におれのこと迎えに行く。松野の家学校と逆方向じゃ。また蹴られる。そんで学校着いたらおれと屋上でモンハンやって、昼飯はおれとくう。松野は指を折りながら楽しそうに続ける。そんで放課後はおれと部活やってぼこぼこになって、それから雷雷軒でおれにチャーシュー麺おごってゲーセン行っておれにおごって。おごってばっかりだな。だから貯金はしっかりしとけよ。平然と松野は言って、そして振り向いてにたりとわらった。
松野の帽子の耳たれが、影野のすこし前でぶらぶら垂れて揺れている。世界の終わりってさ、隕石なんだって。だから最後は河川敷で見てようぜ。たぶんすげーあかくてすげーと思う。松野は語彙がすくなくて、だから影野にはうまく伝わらなくて、だけど伝わらなくても言いたいことを力ずくで伝えてしまうのが松野だったから、影野はいつでもその言葉の力強さに呑まれてしまう。松野の口調は、まるで明日ほんとうに世界が終わってしまうみたいだった。世界が終わるその瞬間を、明日の夜にはふたりで見ているような、そんな奇妙な感覚が通学路を揺らめかせる。月の裏側の花畑。静かの海。オリンポス火山。オリオン。プロキオン。ペテルギウス。星々の大海。世界が終わってしまったら、おれたちはどこへゆくのだろう。一緒だろ。松野は言った。ずっと一緒だろ。振り向きもせずに、乱暴に、それが当たり前みたいに、松野は言った。
おーはよーという気だるい挨拶に、影野は現実に引き戻される。カラフルなループ糸のマフラーを巻きつけた半田が、イヤホンを外しながら近づいてくる。鼻のあたまがあかい。うぇーーーと奇声を上げながら、松野が思いきり半田に向かって体当たりをした。いってえ。朝からなにすんだてめー。今はやりの挨拶。うそついてんなよ!絡みつく松野を突っ放しながら半田が寄ってくる。うす。おはよう。影野はちょっとわらって、迷惑そうな顔をしている半田にまとわりつく松野の肩をそっとさわった。朝から一緒にいるとかめずらしー。半田がほんとに意外そうに、影野と松野を順番に見る。明日世界が終わるとしたらどーすんのってはなししてたんだよ。影野の言葉を遮るように松野が言う。ふーんと半田はいかにも興味なさそうな顔をして、つまんねーことはなしてんだな、とへんな顔をした。そんでなにすんだ。影野は告白とかするんだってさ。うげーまじで?にあわねー!やめとけやめとけ。半田の言葉に松野がぎゃはははとわらう。
松野はどうするんだと半田が聞くと、あ?おれはなんもしねーよと松野はいいかげんに答えた。なんだそりゃ。黙ったまま松野を見たら松野がにやにやわらいながら影野を見上げてくる。なんだよ。そのおおきな目の中から隕石が落ちてくる。なんでもないよと影野は前を向いた。いつか世界は終わるだろう。それが手の届かない未来でも、たとえば明日の夜だったとしても、影野にはかまわなかった。理由なんかない。ただ、力ずくでこじ開けられた隣が熱をもってひりついているだけだった。いつか世界は終わるだろう。まっかに燃える隕石が、ふたりの影をかき消しながら。







ワールドエンド
影野と松野
※大変不愉快な描写あり。閲覧注意。



例えば彼の手の指なんかは浅ぐろく焼けてざらついていて、爪のひとつひとつがコートから切り離されたくすんだぼたんみたいにとつとつとまるく並んでいる。そのぼたんみたいな爪にはそれをくるむようにすうっと周りにくろくかわいた土が沈んで、ところどころささくれで皮がめくれあがっている。指は、なんていうか、取れ立てのやあらかいごぼうみたい。あんまりきれいじゃないけど、よくしなうやさしい指。てのひらはいつでも太陽のようにぽかぽかしていて、ひなたの落ち葉みたいなにおいがする。うまく言えないけれど、彼の手は彼そのものみたいだ。繊細さはないけど、その代わりに限りなくあたたかな手。彼は木登りがとっても上手で、彼そのものみたいなてのひらをぴたりと幹に押しあててするするするっと上までいってしまう。そのときに彼のてのひらが、木の皮とあんまりにもなじんでいるみたいで、あんまりにもなじみすぎてひとつになってしまうんじゃないか、と、いつもいらない心配をしてしまう。
いちばんはじめにふたりが出会ったとき、猿田登は気をつけの姿勢のままほんのちょっぴり前かがみになって、ものすごくおおきな声で、さるたのぼるでえす、よろしくおねがいしまあす、と言った。その挨拶を向けられた瀬川流留は目をまるく見開いて、ちょっとあごを引いて姿勢を正し、せがわるるでえす、こちらこそよろしくおねがいしまあす、とおなじくらい声を張り上げてみせたのだった。その声のおおきさは近くでパス練をしていた土門と栗松がぎょっと振り向き、その拍子に足元をくるわせた土門のボールが栗松の横をひゅうっとすり抜けて、キャラバンの横腹にでくぼくの模様をくっきりつけてしまうくらいだったのだが、当の本人たちはお互いがお互いを予想外だと思っていたらしく、ただぴっちりと直立不動で見つめあっていた。なにやってんの、と土門が不審そうにたずねなければ、きっとふたりはなん時間でもそうやって、お互いを予想外だと思いながら立っていただろう。
そのころルルは高いキック力と制球力に反して冗談みたいに低いガード、というアンバランスな能力を、自分自身でも、そしてキャプテンの円堂ももて余していた。どうにもうまく攻撃陣と噛み合わない突出したルルの能力をコントロールするために、円堂が採った方法はルルをコンビ技での斬り込み役とするものだった。そのために選んだパートナーは野生中でミッドフィルダーとして活躍していた猿田で、こまやかなボールコントロールとバランスのよい能力、加えておおらかな気質と些細なことにも動じない精神的なずぶとさが円堂の気に入ったからだ。ルルより先に雷門中でプレイしていた猿田はこの提案をふたつ返事で引き受け、そしてこの対面と相成ったのだ。ルルはくちびるをちょっと曲げて、足ひっぱったらごめんなさい、と言い、サルはそれにキキキっとあかるくわらって、あいきどうの秘伝書をルルに差し出した。
年齢性別は違えど努力を惜しまないふたりであるから、ふたりはあいきどうをそれは一生懸命に練習した。足を踏み出すタイミング、腕の振り、呼吸、どういうモーションから技へ繋げるか、技のあとにどうやってボールをさばくか、技をかわされた、あるいは打ち破られたときはどうやったらふたりともけがをしないように避けられるか。ふたりは寝る間を惜しんで特訓し、あたまを絞って考え、ときどきは技を鏡に写したりビデオに撮ってもらったりしながら練習に練習を重ねた。ルルがもうできないようとだだをこねるとサルが励まし、サルが飽きて練習をやめようとするとルルが引き止めた。なんかもうわたしの手ってサルくんの手のこと覚えてるみたい。うん?うん、とルルはまじめな顔で自分の手をぐうぱあさせながらサルに差し出した。なんだかへんだよ。
ルルの手はしろくほそく華奢で、それでもスポーツをするひとによくあるみたいにてのひらといわず甲といわずかわいてかさついている。つるりとしたさくら色の爪が、砂浜に落ちた貝がらみたいにぽつぽつぽつっと並んでいる。ちょっと伸びた爪のあいだには少しだけ砂がつまって、それがほそい三日月みたいなカーヴを描いている。しろくてほそくてやわらかな、ルルの手はマーガレットの花みたいだ。サルくんの手って植物みたいだよねえとルルは言って、自分のぐうぱあの手をサルのてのひらに並べた。なんかねえサルくんの手っていきものーって感じがする。いきものだよ。うんそれはそうなんだけどね。ルルはそう言いながらサルのてのひらに自分のそれをぴたりと重ねた。こうやってると栄養もらってるって感じ。そうかな。そうだよーとルルはあくまでまじめな顔で、あいきどうのときにいつもそうしているみたいに、サルの指に指を絡める。
あのねーサルくんてさー木登りするじゃんね?そんで上手じゃんね?うん。あれねーやめてほしいなー。なんで?なんかねーサルくんの手って植物みたいだから、サルくんが木にひっついちゃって取れなくなったらどーしょって思うの。ひっつかないよ、とサルはびっくりしたように、ルルと繋いだのとは反対側の手を見た。特別おかしなことはなにもない、ただの自分のてのひらだ。だって今までひっついたことないもん。そんなのわかんないじゃんとルルはしたくちびるをつき出す。これからもしかしたら、ひっついてサルくんも木になっちゃうかもしれないじゃん。ならないよ。サルはルルの顔をのぞきこむように首を曲げた。先輩、どしたの。そう言ったとたん、ルルがひゅっとからだを返してサルの首にその腕をまわす。えーんと頼りない声音でルルが泣き出したのはそのときで、サルは思わずこわばらせた全身から力を抜いた。
ぶあっと吹いた突風がふたりの頭上の木を揺らし、葉っぱをなん枚もひらひらひらっと落とした。雨みたいに降り注ぐ葉っぱの中で、ルルはだだっ子のように泣きじゃくりながらサルから離れない。ルルの指がサルのバンダナの結び目をしっかり掴んでいて、やがてそれがほどけて吹き飛ばされる。マーガレットみたいにやわらかななルルの手。サルくんいないとサッカーできないし。しゃくりあげながらルルは言う。やだよ。わかった。サルはそうっと自分の手をルルの背中にまわした。もうしない。先輩と一緒に、サッカー、する。ああこのままひっついてしまえばいいのに、とルルは思っていて、本当のところ彼と一緒にいられるなら方法はなんだってよかったのだ。遠慮がちなサルのてのひらからは栄養がからだにどんどん流れこんでくる。ルルはその栄養でどんどんつよくなって、いつか彼をさらっていってしまいたい、くらいに思っている。けれど今はなぜか涙が止まらないし、それなのにずっと彼が一緒にいてくれて、それがまた新しい涙をぼろぼろこぼさせる。せめて離れないようにてのひらに力をこめてつよくつよく彼を抱く。なくしたくない、なんてことは、ずっと前からもう知っていた。







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無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

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