ヒヨル 砂漠の砂は尽き 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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あれ先輩、と横手からかかった声に、目金はそちらを向いて、眉をしかめて目を細めた。ちっす。親しげにほほえみかけてくる、ニット帽と眼鏡の同い年くらいの少年。は。目金は思いきり不機嫌な声でたずねた。誰ですか。彼はおどろいたような顔をして、それからへらっとわらった。やだなーおれっすよ。そう言ってひょろひょろの彼は、くろいセルフレームの眼鏡をはずしてあたまを包むニット帽を取った。そこから見慣れたオレンジのもじゃもじゃがあらわれたので、あーと思わず目金は声をあげていた。昼間の書店に似つかわしくない、おなじサッカー部の後輩。あなたですか。わかんなかったすか。すいません。いーっすよ。ゆるゆると手を振ってわらう宍戸の片手には、雑誌が一冊とジャンプの単行本が一冊収まっている。ワンピースすきなんですか。発売日チェックするくらいすきっすね。宍戸は眼鏡を服のすそでかるくこすって、ケースに入れてニット帽と一緒にかばんにしまった。あきらかにサイズのおおきいTシャツの胸元には、ピンクのマカロンとリングのネックレスが下がっている。目金は手にみどりの背表紙の文庫本を積み上げて、そうなんですかと適当な返事をした。ワンピースは全巻初版で持っているけれど、ここしばらくの目金のブームは星新一だ。
先輩も買い物っすかという宍戸の言葉を無視して、目金は指を伸ばしてマカロンにさわった。宍戸がちょっとわらう。それくえないっすよ。そのくらいわかってますよと目金はそれをつまみ上げる。よくできてますね。フィギュアみたいでしょ。おれ海洋堂のガチャガチャとかすきなんすよ。目金は顔をあげた。意外だった。宍戸はもさもさと髪の毛をかき回し、いつもどおりに目を前髪でおおってしまう。目、わるいんですか。わるくはないっすけど。宍戸はしろい首をうんとひねる。でも普通にしてて不便はないっす。そんな前髪してるから目がわるくなるんじゃないですか。先輩言いますねー。宍戸はひとさし指でふわふわの髪の毛をかるくねじった。砂漠に住む遊牧の民のような、骨のようにしろく乾いたその指。ほほえんだくちびるからエナメルがのぞく。まーおれシャイなんすよね。そういうことにしといてください。じゃまた、明日。宍戸はかるく片手をあげて、その拍子にマカロンとリングがちりんと触れ合った。
ひょろひょろの背中はマカロンごとあっという間に本棚の向こうに行ってしまい、目金は大量の星新一と一緒に残された。まったくよくわからないひとだ。なにも言うひまがなかった。目金はゆっくりとふかい息をする。見られない顔じゃないのに。セルフレームの眼鏡の奥の、やさしいひとみを思い出す。まるで知らないひとみたいだった、奇妙に大人びた後輩の親しげな笑顔。指先にはよくできたマカロンの感触だけが残った。海洋堂のフィギュアのような、リアルでだから非現実的な幻覚。やわらかにほほえんだエナメルとくちびる。シャイだなんてそんなのは嘘だ。葬列のように厳粛にすぎた、遠ざかるその痩せた背中。知らないわけではない。あなただって気づいている。
宍戸が伸ばす手を目金は知っている。その力ない骨のような指を知っている。誰にも届かないその言葉を知っている。絶望に垂れるこうべを知っている。宍戸はきっといろいろな部分で、折り合いをつけようとわらっている。現実をちゃかして小馬鹿にして、髪の毛の奥から世界をななめに見て、リアルのまがいものをそれと知りながら手に取ってしまう。宍戸も目金とおんなじだった。おんなじだからわかりあわない。宍戸のしろくてほそい腕には、おおきなあおあざがくっきりとついていた。平和で穏やかな遊牧の民で、彼はいつまでもいるべきではない。






砂漠の砂は尽き
目金と宍戸。
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