ヒヨル そのほかのはなし 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

公営の図書館には、ひらべったいディスプレイの中をさかながおよぐ仕掛けの二次元水槽(どう呼ぶのかはわからない)があって、その下にあおく着色された水時計が設置されている。
油だかなんだか、水ととけあわないくせに水に似せられたそれは、ころころとしたちいさなつぶになってすべりおち、歯車をぬけ、一番したにうすくたまっては、また落ちるべく吸い上げられる。
それを見ていると時間をわすれてしまうので、半田はなるべくそっちを見ないようにする。せっかくの日曜日、わざわざ着替えて出てきたのにドタキャンはないだろうと、半田はもう三十回くらいあたまの中で殴ったふたりの顔を、もう一回ずつ殴る。ぼこぼこだ。
水槽と水時計からはなれた席で、半田はひたすらマンガを読んでいる。意外とマンガの種類が豊富で、しかしそれは全くの歯ぬけだったので、半田はスラムダンクを三冊と幽遊白書を五冊とブラックジャックを二冊読んで、読書に飽きた。まっしろい机のはしに、ハートマークでぐるっとかこまれた名前がふたつあって、それが明らかに男と女のものだったので、半田は親指のはらでそれをこすって消した。くろく引きのばされた筋がついて、きたなかった。
本を返して、結局二次元水槽のさかなをながめた。三歩ほどはなれた場所にあぐらをかく。邪魔だろうなとは思ったが、半田には今はこわいものなどなかった。うすべったいディスプレイの中で、ひらひらとくるくるとさかなが泳いでいる。あぐらをかいた目線の高さにはちょうど水時計があって、こちらもせわしなく落ちたりまわったりのぼったりしている。あざやかすぎるあおがかえって毒々しい。
フットボールフロンティアのことでも考えるべきなのかとも思ったが、やはりそれはうまくいかず、なんであいつらドタキャンしたんだと、しかたのないことばかりがあたまをめぐる。サッカーのことでもなんでも、別のものがすべり込んできてほしいと思った。宍戸でも呼びつけて愚痴ってやろうかなとカバンから携帯を取りだした半田のとなりに、あぐらをかいた半田の背丈とおなじくらいの、ちいさなこどもが立った。
仕掛けがおもしろいらしく、まるい目も口もぱかんとひらいて、じっと水槽と水時計を見ている。そのあまりにも真剣なまなざしに、半田はすこしのまれた。ああ自分もこんな風にこれを見ていたのかあほくさいと立ち上がり、水槽に軽くひとつ拳をくれた。あっ、とこどもが声をあげる。振り返りもせずに半田は図書館を出て、宍戸を呼びつけるべく電話帳からその名前を呼び出す。
なるべくさっきのことを考えないようにして、だけどあのこどもと同調したような気がした。あのこどもの目が半田のそれになって、ひたすらあおく着色された水時計を見ている。目の前には歯車をころがるちいさなつぶつぶではなく、ひっそりと底にたまったあおが広がっている。空や海より毒々しいあおを、半田もしかしあのこどものように見ていた。
こどもの目は半田の目になって、それを、吸い上げられてころがってまわって落ちるまで、ただだまって見つめていた。
七回目のコールでようやく出た宍戸に、駅前のマックに今すぐこいとだけ告げて、そのまままっすぐ家に向かう。だけど宍戸はそんな些細なことでは絶対怒らないだろうと、あたまの中でドタキャンした二人をぼこぼこにしながら半田も同じことをする。目の奥で歯車がくるくるしていて、そのあおは涙に似ていてきもちわるかった。







おちる時間
半田。わりとやんちゃな子のような気がする。
PR
謝る気があるのかと言われたらないと答えるだろう。
結局松野はあの大暴れの日から学校を三日休み、半田も一日だけ学校を休んだ。
あまりにも後味わるく出てきてしまったものだから影野にメールをした。そっけない文章には、そっけない内容で返ってきた。怪我はむしろ、松野にボコボコに蹴られた染岡や宍戸のほうがひどかったらしい。母親同伴で謝りに来た松野はそれでも、影野のした同情とも手加減ともとれるささいなプレイを、許しはしなかったという。
影野自身はどうしたのかと聞くと、特に変わりなく学校に行ったらしい。ああーと半田は思い至る。そういえば怪我の程度をたずねてくれるような友人は、影野にはいない。
半田もまた母親にひどく叱られて(監督から連絡が来たらしい)、松野の家に謝りに行った。母親同士はなんだかんだとしゃべっていたが、半田は最初にごめんと言って頭を下げたきり、ひとことも口をきかなかった。松野は冷却材をタオルにつつんだものを頬やら目やらに当てていた。それなのになきはらしたその顔が奇妙に大人びて見えて、不思議だった。
布団を頭からかぶって昼のバラエティ番組を見ていると、すさまじく現実味がなくなっておかしな感じがした。耳の中がやけにいたいような気がしたし、昨日いらいらのままにごみ箱につっ込んだユニフォームもスパイクも、そのままだったのに。
自分が本当に謝らなければならないのは松野なんかではないと半田は思う。自分のしたことの善悪くらいはわかるし、それを考えたら確実にあのとき自分が「悪」かったのだろうと思うけれど。でも。食欲がこれっぱかしもわかないので食事にも手をつけずにいると、携帯が三秒間鳴った。送信者の名前を見て、半田は開封もせずにそれを削除する。
認められないから子どもだなんて昨日父親から言われたけれど、そんなことしないと大人になれないならば、いつまでもがきのまんまでいいと半田は答えた。父親はわらって、でもなにも言わなかった。あのときは自分も悪かったろうけれど、あの程度のことで影野を殴る松野が、そのときは無性に腹立たしかった。
あのとき染岡がついたため息の理由がわからない。父親はなにも言わなかったけれど、晩ごはんのときに自分のおかずを次々に半田の皿にのせた。次々に。言葉に困ってしまうほど。
今日は部屋から一歩も出ていないし、カーテンも開けていないから天気がわからない。今ごろはみんな昼めしを食い終わっただろうか。何ごともなかったような顔で、昨日こんなことがあってさなんて、話しているのだろうか。
わかってくれると思っていたのに、それがないから怒るなんてばかばかしい。半田は頭から布団にもぐりこむ。どんどんどんどんばかみたいに涙がでで、しかもそれが止められないからどうしていいかわからない。松野みたいに怒って暴れればよかったのだろうか。そうしたらそれで伝わっただろうか。染岡はなんというだろうか。またため息をついて、かわいそうみたいな目で見るのだろうか。
ユニフォームとスパイクは母親が持っていってしまった。明日にはぱりっと乾いていることだろう。食事は手をつけられないままどんどん冷えていった。昨日父親がくれたおかずみたいに。テレビから聞こえるバラエティの声がうっとうしいし、カーテンを開けていないから天気もわからない。ひとりをひとりで噛みしめながら、それでもさびしいと半田はなく。





絶望はそらいろか
半田。思春期特有のいらいらが消えない。
松野が影野を殴った。
練習終了直後の部室はがやがやとして、それぞれにほっとしたような顔で今日の夕食がどうとか、宿題がどうとか、そんなことを話しているようなぽっかりとおだやかな時間だった。
そこに突然ひびいた重たいかわいた音と、がしゃんという甲高い音と、押し殺した悲鳴のようなものが、そのおだやかな空気をあっという間に駆逐していく。
殴られてロッカーにひどくぶつかった影野はそこにずるりと崩れ落ちて、まだその影野を蹴りつけるだか踏みつけるだかでスパイクの足を振り上げた松野を後ろから羽交い絞めにしたのは、たまたま一番近くにいた宍戸だった。先輩どうしたんっすか何やってるんすかと早口で宍戸が言い募るが、その腕を振り払おうと松野は顔をまっかに染めて暴れている。
染岡はそのふたりの間に体を割り込ませた。やめろバカ何やってんだよと、宍戸とふたりがかりで暴れまわる松野をなんとかおさえこむ。影野はロッカーに頭をぶつけたか、うずくまったまま動けないでいる。少林寺がちいさなからだでそこに覆いかぶさり、栗松が呼びに行った円堂と風丸が駆けつけた。
どうしたんだという円堂の問いに答えられるのはだれひとりおらず、それでも松野が口ぎたなく影野をののしるものだから、染岡はああとなんとなくあることに思い至った。
紅白戦の最中、強引にディフェンスを突破してきた松野をからだで止めようとした影野が、確かにそのとき一瞬躊躇したのだった。松野の帽子が横にずれて、視界を半分ほど覆っていた。止めようとしたら、止められていた。ためらってしまった影野はあっさりと松野に抜かれ、影野と、その松野のボールを止められなかった円堂がまとめて罰走になった。
っざけんなよバカゲノ!てめぇいい加減にしろよ手ぇ抜いてんじゃねぇぞ殺すぞ!松野はその小柄なからだのどこにそんな力があるのかと思えるほどにもがいて、羽交い絞めにする宍戸のわき腹や足や、前に立ちふさがった染岡を何度も何度もぶったり蹴ったりした。スパイクを履いた蹴りがやたらいたくて、そればかり染岡は考えていた。
円堂と風丸が同じように横から松野をなだめ、壁山がおおきなからだをちいさくして影野に手を伸ばす。助け起こされた影野は打たれた頬をおさえて、やけにしずかに激昂する松野をながめていた。
ああ、ごめんって言う。影野がうすいくちびるをかすか開いたので、染岡がそう想像すると、影野がそれを口に出す前に、鈍いおおきな音がした。円堂を押しのけた半田が、後ろから拳骨で松野の頭を思い切り打ったのだった。
あやまんなよ影野。お前わるくねーから。松野がまっかに充血した目でゆるゆると振り返る。てめーに何がわかんだこの野郎と、今度は半田に食いついていく。半田も負けじといつまでグチグチ言ってんだてめーが悪かったんだろと声をはり上げる。おだやかだった空気はあとかたもなくかき消えて、触れたら切れそうなひびわれた空気だけが狭い部室に充満していた。もうやめてくださいよマジでっと宍戸が泣き言を言った。すねから下の靴下がスパイクの歯に引っかけられてぼろぼろになっている。
ついに振りほどかれた松野の腕を、しかし今度は染岡がつかんだ。また後ろからその腕を宍戸がすくい、それでも結局蹴りが一発半田に入った。
そのとき、マネージャーに囲まれた監督ががらりと部室の扉を開けた。どうしたんだと呼びかける声に答えることができるのはやはり誰もいなくて、おそらく監督に注がれた視線は、自分の途方にくれたそれだけだったのだろうなと染岡は思った。普通なら天の助けとでも思えるはずの監督の姿は、その場では奇妙な闖入者でしかなく、ひびわれた空気をよけいにとげとげととがらせる程度の役にしか立たなかった。
ひどくうんざりして、染岡は半田を見た。ユニフォームの腰のあたりが蹴りつけられて汚れている。予想に反して半田はにっとわらい、その顔はあまりにもちぐはぐだったくせに、この空気にはいちばんしっくりきたような気がした。影野の頬がすでに腫れはじめて、その足元には少林寺がぴったりとからだを寄せている。暴れつかれて荒い息をする松野のうしろでは、宍戸がその三倍くらいつかれた顔をしていた。松野のまっかな目からはいつの間にか涙がこぼれていて、頬をしとどにぬらしている。
円堂が困ったように視線をただよわせた。だけれどそれにもだれひとり答えなかった。ひびわれた空気が徐々にふさがりはじめていて、とんだ茶番だと染岡はため息をついた。わらうことさえできなかったのに、それを見た半田の目から涙がひとすじ流れた。
たとえばお情けの一点でも喉から手が出るほどほしい。監督を押しのけて出て行く半田の背中を染岡は黙認した。あの手で松野を殴ったのだ。その煩悶にはいたいほど心当たりがあったけれど、それでも振り向いて影野の頬に指を伸ばした。そこはあつくて、それでも顔色がおどろくほどあおざめていた。あのとき息を止めていればよかった。影野はないてすらいない。
あの手で松野を殴ったのだ。外は夜になりはじめているのに、やけに煌々とした部室を、染岡もはやく出て行きたかった。だってもう済んだことだろう。松野はうつろな目をして影野を見ている。半田が決めたシュートは、染岡の記憶では一本もない。





呼吸とす
染岡と半田。
半田を口に出さずに理解する染岡と、松野から影野への屈折した感情。
[13]  [14]  [15]  [16]  [17]  [18
カレンダー
09 2024/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
まづ
性別:
非公開
自己紹介:
無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

adolf_hitlar!hotmail.com

フリーエリア
アクセス解析

忍者ブログ [PR]