ヒヨル 教師ニゴタ 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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ニゴタという教師がアメリカの日本人学校の英語担当にいて、彼は本人いわく、ヒスパニクの血を引く日本語をしらない日本人、だった。ニゴタはせいが高く、ラテンアメリカのからりとした気質と日本人の懊脳を兼ね備えた文学青年だった。シェイクスピヤだのドストエフスキだのユーゴォだの、ダザイだのオーガイだのを、いつもぼろぼろのブックバンドにはさんでぶら下げていた、まっすぐのキャメルの髪をした、冴えないニゴタ。木野はニゴタを毛嫌いしていて、西垣はそもそも英語がきらいだった。一ノ瀬はおさない顔で、彼はもっとクレバーに生きるべきだ、と言っていた。そして土門はなにも言わなかった。日本人の生徒たちは、ニゴタの語ることばを猿まねして英語を覚えた。
ニゴタは日本語をひとつも知らなかったが(ダザイだのオーガイだのはすべて翻訳版だった。土門はそれを思い出すたびに、そのまぬけさにおぞけが震う)、ひとつだけ知っている日本語があると言って、口ぐせのように言っていた。オシタイモーシアゲテオリマス。お慕い申し上げて居ります。呪文のようにそれを繰り返し、ニゴタは日本という国は愛のことばをたくさん持っているうるわしい国だ、といつも恍惚とした顔で語った。木野はそれがいやなんだと言っていた。日本生まれの木野と一ノ瀬と西垣と土門。だけど彼らはうるわしい愛のことばなんか知らない子どもたちだった。ニゴタは日本を図鑑でしか知らなかった。
以前、ひろい日本人学校の敷地の片隅で、ニゴタがからだのおおきな上級生に囲まれて殴られていたことがあった。土門はそれをたまたま見つけてしまい、最後まで黙って突っ立ってそれを見ていた。ニゴタは抵抗もせず、ときどきやめろとかよせとか言った。よわよわしく。最後にばちーんとかわいたおおきな音でニゴタのほほは鳴り、そのとき切れたくちびるを動かしてニゴタがささやくのを土門は確かに聞いた。オシタイモーシアゲテオリマス。上級生はさんざんニゴタを日本語で罵倒して行ってしまい、あとにはニゴタと土門が残された。ニゴタは土門を見て、ちょっとわらった。オシタイモーシアゲテオリマス。ニゴタは日本という国を愛していた。自分のからだに流れるうつくしい日本の血!土門はニゴタのくちびるに触れた。ニゴタは日本の愛を図鑑でしか知らなかったし、オシタイモーシアゲテオリマスの意味だってきっと知らなかったけれど。土門は確かにこのとき、ニゴタから愛を教わった。
お慕い申し上げて居ります。土門は今でもときどきそれを口に出してみる。木野も一ノ瀬も西垣もいないところで、そっと。影野のせなにてのひらをそわせ、その筋肉が骨が血が、確かに彼を生かしていることを感謝しながら。影野のからだを流れるうつくしい日本の血。うるわしい愛のことばなんて、土門は今でもひとつも知らない。影野は土門を死んでも愛さない。それは本人の口から幾度となく聞いた。わかっている。それでも。影野の耳に歯を立てて、オシタイモーシアゲテオリマスと土門はささやく。日本のうるわしい愛のことば、を、シェイクスピヤでもオーガイでもないことばで土門は影野に何度でもつむぐ。
ニゴタは今でも愛のことばをあれしか知らないのだろうか。キャメルの髪を伸ばして、辛気くさくドッグだのキャットだの言っているのだろうか。おそろしく下手くそな日本語でお慕い申し上げて居りますと繰り返すことしかできない、うるわしい日本に暮らす土門のように、ニゴタは今でもおそろしく下手くそな日本語で、オシタイモーシアゲテオリマスと繰り返しているのだろうか。






教師ニゴタ
4月13日に寄せて。
個人的土門が男に走った理由。

なんかたなさんから名指しで呼ばれたような気がしたんです。
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