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授業を抜け出すなどということは、勉強がきらいなふたりにとってはお手のもので、屋上の合鍵は古株さんの手持ちの中から松野がこっそり抜いた。その足でミスターミニッツにかけこんでコピーを量産し、屋上はサッカー部のものになった。栗松にここに来いとゼスチュアをして見せると、困ったように教師を見て、手を挙げて席を立った。便所とか言ったのかな。たぶんね。あれじゃすぐばれるな。もっとうまく抜けなきゃだみだ。だみだだみだーと松野はふざけて繰り返し、屋上のまんなかまでくるくるとまわりながらあるいた。つか教師だまくらかしてさぼるってどーよ。しらね、おれ屋上すきだもん。おれもすきだけどよ。じゃいーじゃん。ばたんとそこに大の字に倒れて、松野はぐりんと半田を見た。影野もきてくんねーかな。無理だろ、あれ普通にいいこだから。おれらわるいこかー。きしし、と松野はうすいくちびるをゆがめてわらう。松野が影野に対して、どうにも報われないであろう気持ちを抱いていることは半田は知っていた。かと言って特になにがかわるでもない。松野は女もすきで、だけどその延長に影野がいるというただそれだけだ。
屋上の扉がおもくきしんで、なんなんすかと栗松が顔を出した。来たな便所野郎、と松野がからだをばねじかけの人形のようにおこす。量産した合鍵を松野はもちろん影野にもわたしたけれど、影野がここに足を踏み入れたことは一度もない。サボりっすか。イエスオフコース。なんの用事っすか。くりたんがひまそうだったから、おにーさんたちが遊んであげようと思ったわけよ。はぁと困ったように生返事をする栗松の手の中で携帯がふるえる。それを見て、げっと栗松が眉をしかめた。なになに。松野の言葉に栗松はディスプレイふたりにむける。さぼってんじゃねーよ!!!!!!!!と山ほど!がついた一行だけのメールが表示されていて、しかも送り主はおなじサッカー部だったりしたので半田はおおいにわらった。しょーりんも呼んでやろうぜと今度は半田が携帯をとりだしてかちかちとメールを打つ。
しょーりんだけ別のフォルダなわけ。松野の言葉に栗松はおどろいたように目をみひらく。携帯をあわててポケットにしまう栗松に、松野は目をほそめた。なんなの。すきなの。その言葉に半田がちらりとふたりを見た。答えのない栗松の足を、松野はかるく蹴ってやる。きもちわりーな。耳まであかくする栗松を、松野はくちびるをゆがめてながめた。半田の携帯がふるえて、しょーりん来るってとその言葉を松野は鼻でわらう。よかったね。指先にからまった帽子が風に吹き飛ばされて、半田はそれを目で追った。松野がベッドの下を掃除していたらコンドームの袋が出てきたという話をしたが、誰もわらわなかった。松野もわらわなかった。全員が被害者づらをしてそこにはいた。誰もが被害者ではあったのだ。投げ込まれたものが一体なんだったにしろ。
屋上の扉がきしんだそのとたん、松野は栗松を思いきり蹴り倒した。唖然とする少林寺の前で、複雑なプロレス技を極めてみせながら松野はわらっていた。その顔が奇妙にさびしくて、半田はかわいたわらいごえを上げる。思えばもっと早くに、自分がそうしてやればよかったのだ。ポケットから飛び出した栗松の携帯が、半田のあしもとにすべってきたので、拾い上げて電源を落としてやる。いたいいたいギブギブギブという、栗松の声がすこしだけないていた。誰もが被害者だったのだ。ここでは。屋上に足を踏み入れようとしない影野の賢明さに半田は苦笑し、もっと早くに蹴り倒してやるべきだったな、と思った。松野は大暴れしているし、半田の足の爪はすっかりみじかくなり、ひざを抱えて涙目になっている栗松を見ている少林寺のむこうの空が、おどろくほどあおくさめている。
細胞シグマの絶望
半田と松野と栗松と少林寺。
栗松→少林寺→影野←松野と傍観者半田のおはなし。
むらさきの丘
染岡と宍戸。すいませんハイパー宍戸タイム継続中でした。
宍戸のさびしさを汲みたい染岡。影野が無意識にすくってしまうものを、染岡も理解したいと思っている。感じで。
影野の顔をのぞきこみながら、サッカーそんなにすきなんだ、と土門は言う。影野はなにも言わない。もう言葉を発する元気すらないのかもしれない。俺もすきだよ、サッカー。へたくそがサッカーするのを見るのはきらいだけど。ごめん。影野がようやく口をひらく。あれだけ手ひどくやられながら、それでも謝ったりするのだ。別に謝ることなんてねーし。でも。土門はにっこりとわらって、影野の顔に自分の顔を近づける。俺のことすきって言ってくれたらゆるしてあげてもいいよ。顔を近づけると土の有機的なにおいがして、あまりにも不愉快だったので土門はもどしそうになった。その言葉に影野はあらく息をしてから、言わない、ときっぱりと言った。絶対、言わない。今までに聞いた、両手でかぞえられそうな影野の言葉のなかで、その言葉はひときわ意志的に清廉にひびいた。つよすぎて、はっと息を飲んでしまうほど。影野は土門が呼べばかならず来る。なぐられようが蹴られようが、かならず、来る。なのに。あまりにもくっきりと残ってしまったそれを消してしまうように、土門は影野を引きずりおこして、その顔を思いきりなぐった。ひじのあたりまでがしびれるようにいたんで、手をはなすと影野は地面にどさりとくずれた。俺のどこがいやなの。髪の毛がひどく土にまみれて、耳のしたから首筋がしろくのぞいている。血の気のひいたそのラインがくっきりと網膜にのこり、今日のオカズはこれにしようとふと思った。こういうとこが、いやなの。なんと答えられてもうれしくないに決まっているが、土門は聞かずにはいられない。手を取ることができなければ、あとは傷つけるほかに道はない。しかし傷つければ傷つけるだけ、影野への口にだせない思いは募るばかりで、はけ口を求めて渦をまくそれが、今ではどうすることもできない。なぐったところで消えるわけがない。そんなものが。そんな風には。影野のくちびるのはしがきれて、あかいものがにじんでいた。土門は顔をゆがめる。顔は傷つけたくないと思っていたのに。影野はその問いには答えず、授業がはじまる、とほそい声で言った。予鈴がふたりの耳をおおって、土門は影野の髪の毛を踏みつけた。いかないで。その言葉に、影野のつめたい指が髪の毛を踏む足首をやわらかくつかむ。そのとたんにまわり続けていた渦が、ぴたり、と凪いだ。俺おまえのことすきよ。泥だらけの髪の毛を踏みつけたまま、ふるえる声で土門は言った。足首にまきついた影野の指の感触は、ひどくよわくてたよりなかった。しってる。影野がそう答えたときに、耳から首筋にかけてのラインがひきつるようにうごいた。そこは抜けるほどしろかった。もうどうしようもなかった。渦がまたまわり始める。ごうごうと音をたててまわり始める。いっそ飲み込んでしまえばいいと土門は思った。声を飲み込んでうずくまる、影野のしろいしろい背中のように。
スピラ
土門と影野。バイオレンスかつ変態くさい話。
近すぎるがゆえに近づきすぎることをそれぞれがものすごくおそれていて、なんとか線引きをしたいけれど、こんな風にしか結局はならないのだと思います。
話しかけられて、目金は正直とまどった。嫌いなタイプではないが、うまが合うとは思えない。そばかすの散った頬はいつもわらっているが、底抜けにあかるい男なのだとは、到底思えないのだった。あなたは違うんですか。俺っすか。俺はまぁ、たのしっすよ。目金のほうをちらとも見ずにつらつらとまくし立てたその言葉尻に、なんてね、と冗談めいた言葉をわざわざつけてみせる。つーかできてなんぼっすからね。ベンチっつーことは、そーゆーことっす。楽しいとか楽しくないとかってその次、っすよね。ね、と言われても目金に返す言葉はない。自分はサッカーなんてできなくてもいい、と思っているからだ。なにも言えないままの目金をおいて、宍戸はベンチをきしませて立ちあがる。片手でぶらぶらと雑巾をふりながら、もう片手でベンチにすわる影野の背中をさわーとなでていった。びくりと肩をふるわせて影野がふりむき、駆けていく宍戸の背中をみとめてすこしわらう。影野が普段見せない笑みは、やさしくてなぜかなきたくなる。目金の視線を感じて、影野はふっと笑みをけした。我慢してるな。ひとりごとのようにぽつりと影野は言い、目金はやはりなにも言えない。サッカーやってて楽しいか。おなじことを影野は目金に問う。だから。言いかけた言葉はのどの奥に不快にへばりついた。戻ってきた他のメンバーが、宍戸のすわっていた場所にどやどやとすわっていく。無性にむなしくなって、目金は空をあおいだ。あおすぎてそれは、高すぎて、むしろいたくてどうしようもなかった。あのながい髪の毛のむこうで、影野がなにを見たのか目金は絶対に知りたくないと思った。宍戸がベンチを立ったままもどらない。あのしろい指がきれいに磨いたボールが、誰かのスパイクの下でかすかにゆがむ。目金に言うべき言葉はない。宍戸にとってそれがどのくらい大切で、失ったことでどのくらい傷ついたかを、目金は想像することさえできない。影野が音もなくベンチを立った。どうかうまが合わないあの後輩を泣かせてやってくれ、と目金は願った。それをなくしてしまったひとに、かける言葉なんて彼が持ち合わせているとは思えないけれど、それでも。
それでも君たちはしらないだろうから。雑談の合間に蹴られたボールが転がって水たまりにひたった。宍戸があれをどんなに大切に大切に磨いたかを、君たちはしらない。どんなに穏やかな横顔で、やさしい顔でグラウンドを見ていたかを、君たちはしらない。影野の背中を撫でていった指に、宍戸がどんな思いをこめていたのかを、これは誰もしることはできないけれど、少なくともあのときの彼を見ていない君たちは、しらないだろうから。サッカーがたのしくて仕方ないひとの気持ちなんて目金はわかりたいとも思わない。だって誰も言わないのだ。今ここにいないふたりのことを、だって、誰も、言わない。
ねじれて空
目金と宍戸と影野。やっぱり宍戸がすきです。
プールのそばのシャワー室までシャワーを借りに行って、みじかい髪をごしごしとタオルでこすりながら部室に戻ると、ひとりかちかちと携帯ゲーム機をいじっている目金だけがいた。がらりと扉が引かれた音にぱっと顔を上げて扉を開けた染岡を見て、くちびるをかすかにゆがめていやみったらしい表情をする。しかしそのしろい頬がつるりとなめらかで、つくりのいかつい染岡とはそもそも種類が違うんだろうなとどことなく思わせた。目金の頬骨のたかい部分が日焼けであかく擦れたようになっていて、インドア派ゆえの色のしろさにはやけにそれがいたいたしい。。
なんだよお前何やってんだよ。染岡がそう言うと、画面から目をはなさずに目金はひょいと右手をあげた。中指に部室の鍵が下がっている。はやく着がえて帰ってくれませんか。うすいメガネのレンズにゲームの画面がしろっぽくかすみながらカラフルに映りこんでいる。目金のそういうひねた言い草にはもう慣れた。おめーもシャワー行ってくればと声をかけると、いやですと即座に言葉じりをぶち切るようにそう答えた。ひとが使った後のシャワーなんてきたなくて絶対いやです。いやいや練習のあとの方がきたねーだろうよ。ちらりと上げた目金の目と染岡の目があう。ほそい目をきゅうっとさらに細めて、はやく着がえて帰ってくださいともう一度繰り返した。その言葉を無視して染岡は横からゲーム画面をのぞく。ひじを上げて目金は染岡の胸板をうった。見えません、どいて。へーへーとはなれて蝶つがいのさび付いたロッカーを音を立てて開ける。かちかち、と、目金の立てるかすかな音だけがその空間と染岡の鼓膜を埋めていく。
つかおめー今日当番じゃなくね?なにやってんだよ。僕は今日代わりです。代わり?影野くんの。ああ。染岡はぐしゃぐしゃにつっ込んだカッターシャツをばさばさ振って広げながら言った。あいつ大丈夫かな。大丈夫なんじゃないですか。風邪って。なら大丈夫ですよ。おー。しわになったシャツに腕を通してボタンをかける。松野が電話をかけてそれに便乗したメンバーたちが、かわるがわる影野としゃべったのはつい三十分ほど前の話だ。声ががらがらにしゃがれていて驚いた。そして相変わらず言葉は少なかった。んで、なんでお前が当番代わるんだよ。問いかけながら振り向くと、目金があからさまにうっとうしそうな視線を染岡に投げてきた。塾がある日はよく影野くんが代わってくれるんですよ。お前そんな影野と仲よかったのか?まぁ、ベンチですから。あー。ため息のように納得して、染岡は適当にベルトをしめる。
ところであなたは何してたんです?俺?俺は別に普通にシャワー浴びてたけど。きったねぇしくせーし。眉間にしわを寄せて染岡が言うと、どこか寄る用事でもあるんですかと目金は視線をやはりゲーム画面に落としたままたずねた。見舞いだよわりーかよ。そう言ってカバンを持ち上げて染岡が目金を見ると、目金もなんとも言えないような表情で染岡を見ていた。なんだよ。やめといた方がいいと思いますよ。なんでだよ。染岡が食い下がると、心底呆れたようないやそうな顔をして目金は言う。そんなことしても影野くんはよろこばないですよ。お前になにがわかんだよ。せっかくの好意を足蹴にされたような気がして、染岡はすこしいら立った。そのとき目金が前触れなくばちんとゲームの電源を落とした。突然あたりが暗くなり、そのときにはじめて染岡は日が沈んでいることに気づいた。あなたはほんとにやさしくないですね。ひどくつめたい口調で吐きすてるように目金は言い、染岡はその言葉の意味をうまく受け取れなくてうろたえた。はやく帰ってくださいよ。その言葉に背中を押されるように染岡は部室を出た。振り向いてすこし待っても目金は出てこなかった。鍵当番なら俺が代わってやるよと影野に言えばよかったと染岡は思い、もしそうしていたら今こんなに途方にくれたような気持ちにならずにすんだのだろうと染岡はほとんど信じている。目金のしろい頬は薄暗い部室で、つよすぎるゲームの光にてらされてほとんどりんかくが消えるほどにかすんでいた。やさしくしてやるべきだったのかと、家に帰りながら思わないでもなかった。
ロール・プレイング
染岡と目金。
目金はあんまり部の中で仲良くしてるイメージがないです。影野か少林寺と仲よさそう。