ヒヨル きかく 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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ローカル戦隊ピンクこと桃河愛は悩んでいた。なぜかローカル戦隊ひいきの円堂が喜色満面にくれた友情のミサンガとメイズスパイクが、それぞれ手と足の先で彼女とおなじくやんわりと悩んでいるように見えた。ピンクの隣では瀬川流留がこちらも妙に沈痛な面持ちをして、首をななめにかしげたままひざを抱える指をそわそわと動かしている。ふたりで並んですわる河川敷の石段は、午後のやわらかな光をいっぱいに浴びてうらうらとあたたかい。しばらく稲妻町で自由行動をすると宣言したあと、監督は古株さんとキャラバンのメンテナンスに行ってしまった。グラウンドでは新技お披露目も兼ねた紅白戦が行われている。ダブルサイクロンが吹き荒れ、さばきのてっついが地面をえぐり、中谷が放つリフレクトバスターをここ最近頭角を現してきた来夏のぶんしんブロックが阻む。白熱した試合は一進一退のままなかなか動かない。
ローカル戦隊の正装である仮面の先を風がさわさわと撫でていった。で。ピンクの言葉にルルがうっと言葉を詰まらせる。また失恋したの。言わないでぇぇ!わあっとひざに顔を伏せてルルはあたまを抱えた。わかってるの!自分でもばかだなーってわかってるの!でも仕方ないじゃない仕方ないじゃないいいい!はいはいとその背中をかるく叩いてやって、そんで次は誰なの、と気だるくピンクはたずねる。わらわない?わらわないって。ルルはしばし口ごもったのち、おずおずと中谷くん、と言った。あー、中谷くん。中谷くんメリィちゃんのことすきじゃない。だからあああ!ルルはぶんぶんと首を振り、もういいのあたし新しい恋に生きるからと諦めたように力なくわらった。その顔が変に悟っているみたいで、不憫だなぁとピンクはしみじみする。
年ごろの少年少女ばかりを乗せたキャラバンだが、それでもつき合うとかそういう方向になかなか発展しないのは全員をサッカーというおおきな和が繋いでいるからだ。誰かと特別な関係になっても、その和を乱さずにいられるものは少ない。精神的にも肉体的にも未熟で、だからこそ逸ろうとするこのくらいの年代だから、余計に。キャプテンである円堂は常々恋愛関係はめんどくさいと豪語していて、それがなんとなくチーム全体に伝染した風もある。なによりキャラバンの目的は全国一のサッカーチームを作ることであり、技術的に追いつけなくなれば容赦なく切られてしまうので、いくら思春期とはいえすきだのきらいだのばかり言ってはいられないのだ。もっともその辺は大義名分であって恋愛の萌芽はそこかしこで見られるし、円堂も自らマネージャーといちゃついたりしているわけなのだが。
ルルは恋愛には積極的で、片想いに悩む誰かがいれば男女問わずに押しまくる。中学ではカップルを誕生させる名人だったが、その手の人間にありがちなことに、自分の恋愛はどうにもうまく運べない不器用な少女だった。相手の気持ちに誰よりもはやく気づいてしまう、心根のやさしさがそうさせるのかもしれない。ピンクもピンクでローカル戦隊になぜか加入させられてしまってから、恋愛など遠ざかる一方だ。子どもとオタクには異常にもてるが。それでときどきこうやって、ふたりで顔をつき合わせて近況報告をする。おおむね失恋したルルのはなしをピンクが聞いてやるだけだったが、それでルルは立ち直るので安い仕事ではあった。キャラバン通算何連敗かなぁ。いいい言わないで。わかってるから。げんなりとうなだれるルルを横目で見て、ピンクはきょろきょろと視線を動かす。こういうはなしをしていると、そろそろもうひとりが来るころだ。
にゅ、とふたりの間からほそい腕が伸びてきて、思わずピンクはのけぞった。たべる?柿ピーの袋をつかんだその手の持ち主はピンクが予想してたもうひとりで、細見咲枝里はふたりの間に割り込んでよっこらしょと腰を落ち着ける。さえりちゃああんとその首に抱きつくルルを見ながら、ピンクは遠慮なく柿ピーをひとつかみ袋から取り出した。なに、また?また。またとか!ひどい!だってそうじゃん。さえりはきれいに編み込んだ前髪の生え際をひとさし指でぽりぽり掻きながら、どうせまた自分から勝手に引いて勝手にへこんでんでしょーとあきれたように言う。それよりはやくあたしの恋愛応援してくれない?えっさえりちゃんすきなひといるの?いなーい。でももてたいの。てのひらの上で柿の種とピーナッツを分けながら、ピンクは順番むちゃくちゃじゃんとわらう。
っていうかさえりちゃんがもてないのは、さえりちゃんがオッサンくさいからだと思うよ。ルルも柿ピーをほおばって、しみじみとそう言った。あーまぁ普通おやつに柿ピーは選ばないよねぇ。はーちょっと意味わかんないんだけど。あたしのどのへんがオッサンなの。ルルはこくんと小首をかしげる。さえりちゃん、すきなたべものは。煮物。オッサンじゃん!思わず声をあげるピンクに、だって煮物おいしいでしょ!とさえりはちょっと方向性のずれた主張をする。えーちょっとさえり、ほんとにオッサンなの?そこはパスタとかかわいいこと言おうよ。うるさいなぁ煮物おいしいじゃん。煮物最高だって。さえりはちぇっちぇっとだだっ子みたいに足をぱたぱたさせる。つかあんたらに言われたくないから。大谷ちゃんやナッキーにならわかるけどさぁ。あーだよねーちょーかわいいもんねーとうなづく三人の前を、リカとティナとフェニクスが横切る。すらりと伸びたながい手足、高い腰きれいな髪豊かなまつ毛。いやまぁ、あそこら辺とは言わないけど。あれは正直おんなじ人間じゃないもん。美人すぎるでしょ。はぁ、とため息を三人同時について、ルルはさえりに寄りかかる。ううう。
さえりの痩せた上半身を横から抱きしめて、ルルはあーーなんでうまくいかないのーーと嘆いた。大丈夫だって。ピンクは手を伸ばしてそのあたまを撫でてやる。あ。さえりが身じろぎしてルルの腕をほどき、琴羽が呼んでるよ、と言った。ベンチのそばに立ったことはが、たぶん三人ともを手招きしている。ことはちゃんみたいに背がたかかったらなぁ。そんなことを言うルルをくっつけたままさえりは立ち上がり、はいはいしっぷうダッシュしっぷうダッシュ、とそのままルルを引きずるように行ってしまった。ローカル戦隊ピンクこと桃河愛は悩んでいて、それはつまりこの堂々巡りはこのまま終わらないんじゃないか?ということだった。立ち上がったとたんに腰に抱きついてきたココナをわしわしと撫でて、でも実は、この堂々巡りもそんなにわるくないんじゃないかしら、と思えてきていることこそを悩むべきなんだろうなぁ、とも思った。
(ルルとかさえりがいるんだったら、別にあたしは彼氏いらないんだけど)
なんちゃって!







スピーク・スイート・スイート・ラヴァーズ
クリスマス企画。
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沖縄はいつもよく晴れていて暑い。あおい海しろい砂、そしてあざやかなさみどりのグラウンド。そんな風景の中での大海原中との練習試合を、ベンチでクーラーボックスの番をしながら眺めている影野の背中に突然鈍痛がはしった。う、と声を詰まらせて振り向く。たぶん松野だろうと当たりをつけていたのに、そこに立っていた少女の存在に用意していたセリフがのどの奥でこわばった。どけよ、うすらデカ。小鳥遊忍はさんさんと降り注ぐこの太陽の下でも日焼けひとつせず、抜けるほどしろい肌のその膝が影野の猫背ぎみの背中にめり込んでいる。端正な顔のするどく光る猛禽のような目が、たかい位置から影野をにらんだ。あ。影野は急いでクーラーボックスを抱え、彼女のために場所をあける。フンとさも当然のように鼻を鳴らし、小鳥遊はどっかりとそこへ腰を落ちつけた。ながく華奢な脚を組み、つまらなそうな顔でグラウンドを眇で見ているのはきっと眩しいのだろう。小鳥遊の目は色素がうすい。
ん、とそのしろくほそい手が影野の前に伸びてきて、影野はえっと小鳥遊を見る。なに。ドリンク。早くよこせよ。いらいらと揺れるその手の中に、ひたひたに汗をかいたスポーツウォーターを滑り込ませてやって、影野はちょっとわらう。かつて敵だった小鳥遊がどうしてキャラバンに参加することになったのか、その辺の経緯は影野にはわからなかったが、突然背中に膝を突き入れられても影野は小鳥遊のことが嫌いではない。その傍若無人さも、慣れてくるとそうわるくはないと思えた。塔子やリカとはまた違う、男なんてきたねえきたねえみたいな顔で男ばかりの場所でサッカーをしているのも、どことなくあまのじゃくでこのもしい。なにより小鳥遊は非常にうつくしい容姿をしていて、そのしろくほそい脚から驚くほど強烈なシュートが放たれる光景は一種倒錯的な危うさをもって届いてくる。やわらかな髪をしているのにがさがさなハスキーボイスをしているとか、チョコレートよりあんまんがすきだとか、小鳥遊の中にはいろんな不均衡とギャップがひそんでいて、影野はそういうところをいいな、と思っているのだった。
足下のしろい砂をスパイクのかかとで蹴りあげるようにしながら、小鳥遊はつよい日差しに目をほそめている。どこか行ってたの。あぁ?おまえ関係なくね。小鳥遊はつれない。そのソックスとスパイクが砂だらけだったから、たぶん特訓でもしていたのだろう。うん。影野は再度グラウンドに目をやる。ツナミブーストの高波が大海原ゴールを襲うが、ボールは紙一重でそこをそれていってしまった。モジャなにしてんだよ。小鳥遊は試合にはあまり興味がない様子で(大海原中のノリが苦手らしい)、影野と逆隣の宍戸の手元を覗きこんでいる。音無のあほがストップウォッチ水没させたんすよ。プラスドライバー片手に慎重に分解作業をしている宍戸は、こちらもまるきり試合なんか見ていない。傍らに広げた説明書と分解したストップウォッチを見比べながら、丁寧にアルコールでちいさな部品を拭いている。小鳥遊はそれがおもしろいらしく、ぐっと身を乗り出してその手元に顔を寄せた。先輩じゃま。あ?影になるから逆行って。ああ。小鳥遊は素直に宍戸の反対側に回って、また手元を覗きこむ。おまこれ逆だろ。えーどれっすか。ここだよ。これ?違うよちゃんと見ろよ。こちゃこちゃとちいさな部品を挟んで言い争うふたりをのどかに眺めて、影野はふかく呼吸をした。太陽と潮の香りがする。
試合は山場を迎えていた。大海原選手の放ったシュートに、円堂は高々と足をあげて力強く踏ん張る。正義の、鉄拳っ!気合い一閃、放たれた拳のかたちのオーラは相手のシュートをやすやすとはじき返し、相手の驚愕の声と潮風と、ついでにその軌道上にいた栗松を巻き込んで炸裂した。あ。ああ!あああ!?ぎゃあああああーと栗松の悲鳴は彗星のように尾を引き、やがてだばーんという着水音と水しぶきがそれに変わった。おいおい。影野は誰に言うでもなくぼそりとつぶく。瞳子監督と古株さんの乗った救命艇が、とろとろと現場に向かっていくのが見えた。くッ栗松ー!壁山と塔子が慌ててグラウンドを囲むフェンスに駆け寄るが、当の円堂はあれおかしいなと首をかしげるやら、おいおいおまえ今日もノリノリだなと大海原選手に持ち上げられるやらで、まったく危機感を抱いていないようだ。まぁ、みんな頑丈だからな。影野の視界の先では栗松が救命艇にようやく引き上げられ、なにやら心臓マッサージのようなものを施されている。頑丈、だよな?おいおまえら正義の鉄拳のときはちょっと離れろよ。円堂の無責任な忠告に、ディフェンダー陣がさあっとあおざめる。
ターイムと手をTのかたちにした円堂がこちらを見たので、影野はからだをぎくりとこわばらせる。しかし円堂はあれっしのぶ戻ってたのかーと声をあげ、おまえちょっとディフェンダーやってくれよーと手を振った。小鳥遊はそんな円堂の声など耳に入っていない様子で、宍戸の作業に見入ったり口を挟んだりしている。おーい。しーのぶー。しーのーぶー。るっせーなてめーでっかい声出してんじゃねえよ!円堂に負けず劣らずの大声で怒鳴る小鳥遊に、円堂は動揺も見せずにおーい試合でてくれーと呼びかける。取り込み中だよ見てわかんねえのか脳筋!なんだよーじゃあしょうがねえな!いいのか、と影野は肩透かしをくらった気持ちになる。んじゃ影野な。影野はちらりと宍戸を見るが、宍戸は先ほどの怒鳴り合いすら聞こえていない様子で熱中している。壁山が沈痛な表情で首を振り、諦めてくださいみたいな感じで手招きをした。
影野は覚悟を決めてベンチから立ち上がる。栗松を背負った古株さんとすれ違ったのでちょっとがんばろうと思った。背後に広がる砂浜からはマネージャーと女子プレイヤーが遊ぶかん高い声が聞こえていて、目の前のグラウンドには決死隊みたいな表情の雷門イレブンがいる。ここが地獄の一丁目。じゃり、とスパイクを踏み出した、背中から宍戸と小鳥遊の言い争う声がした。







海は燃えているか
クリスマス企画。
冬のよく晴れた早朝の、すみれ色の雲が薄氷みたいにあおく澄んだ空を泳いでいる姿がすきだ。塔子は基本的に早寝早起きなたちなので、女子部屋ではいちばんに起きる。のどと粘膜の保護のために監督がくれたネックウォーマーを外し、蒲団からそうっとはい出して伸びをした。つつましやかな寝息が静かにたちのぼる、女子部屋の朝はあまやかで心地がいい。隣の蒲団ではリカがながい髪を乱し、枕に顔を埋めるように眠っている。マネージャー三人も、それぞれあどけなくくつろいだ顔で夢の中を漂っていて、それを確認して満足すると塔子はタオルをつかんで洗面所へ向かう。凛とはりつめた空気は痛いほど冷えていて、素足の指先がかちかちにこわばるが塔子はそういうのもあまり嫌いじゃない。顔を洗う冷水がひじまで滴るのも、寝間着のスウェットの首周りが濡れるのも。塔子は季節とともにからだをおとなう変化がすきだ。ばさばさの髪をちゃんと整えろとリカがうるさいので、最近はちゃんと身支度を整えてから活動している。
手早くジャージに着替え、しろい息を吐きながら外へ出るとそこにはもう少林寺が待っていた。おはよーお待たせー。おはようございます。折り目正しく礼をする少林寺は、この寒いのに平然とした顔をしている。この小柄な後輩とは早起き同士なんとなく顔を合わせているうちに会話をするようになり、まだみんなが寝ている時間に少林寺の指示で体操や瞑想や太極拳をするのが塔子の日課になっていた。少林寺は先輩相手にも容赦なく、塔子の姿勢のわるさやからだの固さをずはずば指摘するが、その分指示は的確で小気味よく、なんとも健康的でからだにもこころにもよく効く(ような気がしている)のだ。それなので塔子は早起きが全く苦にならない。朝からしゃきしゃきと元気な少林寺を見ていると、自分もつられて元気になるようだった。今日も手をつないでストレッチをしたり、深い呼吸でからだを動かしたり拳法の型をなぞったりする。すみれ色の雲がようやく力強く差しはじめた太陽ににじんでいた。冬のよく晴れた早朝は正しく清潔で、気持ちがいい。
その空気をくしゃくしゃとかき分ける引きずるような足音に思わずふたりが振り向くと、ブランケットをぐるぐるに巻きつけた寝ぼけまなこのリカが立っていた。あーリカ!珍しいじゃん、どしたの。リカは寒そうに肩をちぢめ、あんた出ていくときにウチの髪の毛踏んだやろ、と不服げに言った。そーだっけ。そーやで。目ぇ覚めてもーたやんと目をこすりながら、リカはけだるい調子で寄ってくる。おはようございます。おはよーしょうりん今日もかわいいな。ごしごしと少林寺のあたまをなでながら、リカはきょろきょろとふたりの顔を交互に見る。デート?そんなわけないだろ。後ろから少林寺に腕を回してブランケットでぶわっと包んでやりながら、塔子の言葉にリカはけらけらとわらう。まーあんたらの色気ないこと。修行してるぼんさんか思たわ。少林寺はリカの腕とブランケットの間からその顔を見上げ、ぼんさん?と首をかしげる。おぼーさん。なんか抹香くさい連中が京都にいてるやん。あんなん。言いながらリカはブランケットを揺らした。中でくすぐられたのか、きゃらきゃらと少林寺がわらう。一見限りなくかけ離れた相容れないふたりだが、実はリカと少林寺が仲がいいことを塔子はちゃんと知っていた。似ているところがないからこそ、一周まわって気が合う、みたいな。
あーもーしょうりんあったかーぎゅーしたろー、ぎゅー。そう言いながら少林寺を後ろからぐるぐるに抱きすくめるリカに、塔子はぱっと自分を指さした。リカ、あたしもあたしも!えーいややーしょうりんあったかいもん。あーっつうかあんた今日ウチのトニックウォーターつこたやろ!うん。だってリカいっつも髪直せって言うじゃん。あれ高いねんからジャバジャバ使われたらお財布が泣くわ。あれいい匂いだからすきなんだもん。リカは眉間にきゅっとしわを寄せ、もー、と言った。言葉につまったというよりも、はじめから全然怒ってないよ、みたいなその調子に塔子は嬉しくなる。あーさぶ。ウチもっかい寝るわ。しっかりおつとめしいや。そう言ってリカはぱっと少林寺を離し、塔子はえええーと声をあげた。一緒に太極拳やらないの?やらへん。もー寝てる時間なんかないよ。いやまだがんばったら三十分は寝れる。ねーねーリーカー。やかまし。睡眠不足はお肌の天敵やねん。塔子はブランケットをしっかりかき合わせるリカの両腕をつかんで揺さぶった。ふうわりとティーツリーのやわらかな匂いがする。
リカは塔子より背もたかくて、髪もきれいで、いい匂いがして、モデルみたいなすんなりした手足をしている。そして、そういうひとつひとつのことが塔子には嬉しくてたまらない。リーカー。甘えた調子でリカの肩に額をこすりつけると、その背中がぶわっとブランケットに包まれた。もー。リカからはいい匂いがする。リカはやさしい。リカはフィクサーズにいた誰よりもやさしい。わしゃわしゃっと塔子の髪を華奢な指でかき回し、トニックウォーター使うときはちゃんと言うんやでーとリカは言った。はい。いいおへんじ。塔子がはいと返事をすると、リカはいつもいいおへんじ、とほめてくれる。塔子はそれも嬉しい。嬉しくてたまらない。髪をかき回すリカの指が冬みたいにつめたいことだって、今日は自分の髪の毛からリカとおなじ匂いがすることだって。
あかんほんまさぶい。えーリカ行かないでよージャージ貸したげるからさー。いらんわとリカはぱたぱたと手を振る。自分の取ってくるから。ほんと?ほんと。戻ってくる?くるくる。ほななとリカは少林寺のほほをぷにっとつまんで、背中をちぢめてサムイサムイサムイサムイと繰り返しながら行ってしまった。少林寺がつままれた箇所をごしごしこすって、またくるって、と言う。よかったね先輩。うん。塔子は快活にわらい、リカがそうしていたように少林寺を後ろからぎゅーっと抱きすくめた。そのままくるくるとふたりでまわる。少林寺はあたたかで、伸びやかなひなたの匂いがした。あたしねえリカのことだいすきなんだ。少林寺がちょっと照れたように、塔子の手にそのちいさなてのひらを添わせる。ふたりの後ろでじゃりじゃりとかるい足音がした。ティーツリーのいい匂いが、ブランケットみたいにふうわりとふたりを包む。







きまぐれカポーテの夜明け
クリスマス企画。
夏のうっとうしさを目金はすかない。景色が急速に熱を帯びて生命力に溢れるさまを見ていると、どうにも喉のあたりが苦しくなるのだ。空を染め上げるひかる雲と、それが鮮やかに刻む陰影。有名な画家やアニメーターの描いた巨大な油彩画に直面したときのように、夏は暴力的な色彩で目金をひるませる。有機的なエネルギーを惜しむことなくばらまいて、まるでそこで完結してしまおうとするような爆発的な生命。ぶちまけられた藍玉の空。世界の終わりのような夕焼け。あおざめたプルキニエ。死んでいく蝉の声。エアコン完備の教室のよどんだ空気が妙に肌になじみ、眼球を乾かす隔離された不健康の中で目金は夏をやりすごす。砂ぼこりと泥と血と汗のグラウンドを思うだけで目金の背筋はおもたくなった。そこにしか今では居場所を作れなかった愚鈍を、あけすけなほどに健康な夏が浮き彫りにしていく。
夏の部室はひどく居心地が悪い。マネージャーたちが懸命に換気しても、しっとりと濡れたような臭いがいつまでもこびりついて取れない。空気はむしむしと湿り、それでいて差すほどあつく渦巻いて、このまま八月が居すわって永遠に動かないのではないかと思うほどだ。空っぽのファブリーズの容器がボウリングのピンのように並んでいて、マネージャーの奮闘をあざわらうかのように、どんよりとおもたく熱気が沈む。打ち捨てられた水槽のような部室。風丸はいつもその片隅で、出入り口に背を向けてパイプ椅子にすわっている。がたがたのパイプ椅子は背もたれがばかになっていて、座面の詰め物があらかたはみ出しているような粗悪なものだった。しかし風丸はいつもそこにすわっている。いつもそこで、ただひとり、円堂だけを待っている。
鍵を借りて戻ってきた目金を風丸はパイプ椅子から振り向き、そしていかにも失望したというような顔をして、また背を向けてすわり直す。うっとうしいなと目金は思った。風丸は試合ではあんなにも頼りになるのに、一歩グラウンドを出るともう使い物にならない。風丸の目はいつでも円堂しか見ておらず、それ以外のものにはいささかの興味も示さない。ばかみたいに一途な風丸を、目金は口にも態度にも出さないが軽蔑していた。ついさっき外で目金は円堂とすれ違い、おれ今日はこいつと帰るから、と、栗松の二の腕をつかんでかるく持ち上げて見せられた。なるほど風丸への伝言だったのか、と目金は日誌をぱらぱらと開く。円堂くんならもう帰りましたよ。なるべくかるい調子で言うと、嘘だ、と即座に風丸の声がすべりこんできた。ぼくあなたに嘘なんてつきませんけど。とげのある口調で目金も言い返す。部室に渦巻く熱に肌がいやな感じにひりついた。
風丸は夢見るように言いつのる。おれはなんにも聞いてない。円堂がおれになんにも言わずにどこかにいってしまうわけないだろ。目金はそんなこともわからないのか。ばかだな。目金はあきれてちょっと首をそらす。ばかはどっちですか。風丸の献身にも似たその一途を同情しないわけではない。顧みられることもないのに、風丸はただ一徹に円堂の背中を追い続けている。どっちにしても辛いだけだろう。円堂がそれを快く思っていないのは誰の目にも明らかだった。あからさまに迷惑そうな顔をした後輩を、有無を言わさず連れて帰ってしまうほどには。とりあえず円堂くんはもう帰りましたし、あなたもはやく帰ってください。目金は不快を隠しもせずに言い放つ。憐れむには余裕が足りない。夏がじりじりと迫っている。
風丸が椅子を蹴るように立ち上がった。つややかな髪の毛が揺れる。まるで償いの人のような、凛と立った狂気の目。風丸はひとみだけをゆっくりと動かして目金を見た。おまえなんか来なくても。口調だけがぽつりと平坦で、目金は首の後ろが寒くなるのを感じた。円堂はおれを置いていったりしない。おれをひとりになんかしない。だって円堂なんだ。おれと円堂は。そこで風丸は肺の中身を押し出すようにわらった。おまえなんて来なくても、おれと円堂はちゃんと繋がっていられるさ。いつだってそれを知ってる。円堂だってちゃんとそれを知ってるんだ。苦しいほど力強いその言葉とは裏腹に、風丸の目からは涙が次から次からこぼれ落ちる。おれにはもう円堂しかいない。円堂には、そこで風丸はまたわらった。ちいさく、やさしく、悼むように。「     」
なにを言っているんだろうと目金は力なくわらった。このひとはなにを言っているんだろう。風丸は円堂のロッカーにぴたりとからだを寄せて目を閉じる。おれにはいつまでも円堂がいる。恍惚と、それよりもなお深淵のようにうつろな声で、壊れたスピーカーのように繰り返しながら。繰り返しながら風丸がどんどん疲弊していくのを目金は痛いほどに感じていた。手がつけられないほどに、どんどん、どんどん、絞り尽くして風丸は乾いていく。たったひとりで。円堂に顧みられることもなく。目金は両手で耳をふさいだ。鼓膜をむしばむ風丸の悲痛が、いつか自分にも降りかかると信じてやまなかった。ふたりきりで熱に包まれ、病みながら、痛みながら、ぽかりと開いた風丸の目はそれでも我が手の幸福を疑いもしない、ものだったから。あなた。目金が唸るように声を上げた。夏のようにまとわりつく、その絶望。どうしようもないこの姿を、誰でもいいからわらって。わらって。
「、さっきからうるさい!!」
身に迫るものをやりすごせないのは、いつだって目を背けることさえできないからだ。そこにしか居場所を作れなかった愚鈍。万華鏡のように疲弊させるその感情。いつかそれが手に入ったとしても、ぼくたちは捨ててゆくことしかできないのに。それでもなお手を伸ばす滑稽を、言うなれば夏が嘲笑する孤独な部室。







はじかみてううるかばねの万華鏡
目金と風丸。
リクエストありがとうございました!勝手に同族嫌悪的なふたりのつもりです。
case1.栗松鉄平の場合
影野さんは変わってる。
なんか家が貧乏?らしくて、スパイクなんかいっつもつま先がちょっと開いてかかとがかぱかぱしてるやつを履いてる。学ランも肩とかひじとかぽけっととかがてかてかになってるやつを着てるし、昼ごはんはいつもスーパーで投げ売りのパンとペットボトルのお茶だけだ。あんなながいからだがそんなもんでもつわけないので、部活中によくふらーとなってる。教科書もぼろいやつばっかりで、なんていうか、苦学生、って感じがする。でも別にわるいひとではないし、やかましく文句とかも言わないし(見た目はこわいしサッカーはあんまり上手じゃないけど)、おれは別に影野さんが嫌いじゃない。
ある日影野さんがすげーいいスパイクを持って部室に立ってたことがある。新しいやつでやんすか?と、気になって聞いてみると、影野さんははにかんだようにちょっとわらう。
「染岡がくれたんだ」

「サイズ間違って買ったからって。でもおれの足にぴったりなんだ」
??
意味がわからなくて聞き返すと、言葉通り染岡さんが影野さんにスパイクをプレゼントしたらしい。いやいやいやいや。それはちょっと。
「染岡はいっつもおれになにかくれるんだ」
!?
「染岡ってやさしいよね」
そんなことをはにかみながら影野さんは言うのでおれは申し訳ないけどドン引きした。ついでに染岡さんの姿まで脳裏をよぎる。あほなのかなんなのか全然このひと疑ってないけど、先輩、それは、いろいろやばいです!!

case2.宍戸佐吉の場合
土門さんはうざい。
アメリカ帰りだかなんだか知らないけど、なんかもう無駄に明るいし無駄に声でけーし無駄に朝からハイテンションだし無駄に英語とか使っちゃうしまたそれの発音が無駄に完璧。まじうざい。男女構わずセクハラ三昧だし、まじきもい。それなのにサッカーできちゃって、微妙にむかつく。まぁおれは普通にへらへらしながらいい後輩ーっぽく接してるけど、うざいもんはうざいのであだ名だってつける。ルー。由来はアレ。
「グッドモーニング!さっちゃん」
あーはいはい。おはざーす。
「なーに?朝から暗いよ?なんかいやなことでもあったの?」
いやまぁあんたと会ったからなんすけどね。
「今日は部活紅白戦だよね。おんなじチームになれたらいいよねぇ」
超どうでもいーっす。つか近い近い近い。肩を抱くな。きもい。
「じゃーおれじんちゃんにもハグしてこなきゃだから、先行くね。ハヴアナイスデイ」
とまじでおれに抱きついてひらひら手を振りながら土門さ、いやルーは行ってしまった。周りぽかーんとしてんじゃん。朝からテンション下げんなよほんと。ルーまじうざい。まじきもい。

case3.少林寺歩の場合
染岡さんはうっとうしい。
誰に対してでもわりとうっとうしいけど、特に影野先輩に対しては尋常じゃなくうっとうしい。昼ごはんとか、わざわざかなり多目に持っていって先輩にわけてあげたり、わざとサイズ違いのスパイクや学ランを買って先輩に押し付けたりしている。たちがわるいことに先輩の身につけるもののサイズとか、染岡さんは完璧に把握しててまたそれがキショいしうっとうしい。もうそれストーカーじゃね?って思うけど、当の先輩はなにも言わないし、だからたぶん周りもやんわり放置してる。染岡さんはそれだけじゃなくて、他にも先輩にいろいろものをあげたりしてるらしい。先輩は言っちゃわるいけどまじでばかだから、ただありがとうありがとうって受け取ってるけどそれやばいんじゃね、っておれは思う。
「おう、少林寺」
うわうぜえ。なんですか。
「おれ今日先生に呼ばれてるからさ、これ影野に持っていってやってくんね?」
弁当?と、なんか。中身はまぁ、またたぶん先輩が身につけるものだ。
「今日はあいつ屋上のとこの階段にいるから、頼んだ」
ってかなんでそういうの把握してんの!?このひとほんときもいんだけど!!とか思ってるうちに弁当の包みを持たされて、染岡さんにはルーがまとわりついていた。うん、まぁ、すっげどうでもいいけど死んでくんないかなあの二人。

case4.壁山塀五郎の場合
影野さんと染岡さんと土門さんは仲がいい。
仲がいいっていうか、影野さんに二人が一方的にまとわりついてる感じ。見てる分には仲がいいなぁなんてほほえましく思えるけど、一度ちょっと深く先輩たちを知ってしまうと、そんな感想がかすんでしまうくらいやばいんじゃないかなぁ、と思う。まず染岡さんがどう考えても影野さんのストーカー。しかも無自覚で犯罪すれすれっぽい。影野さんが家を出る時間まで把握してるから本物だ。もうなにを言っても無理っぽい。影野さんは影野さんでそれをおかしいこととも思ってないみたいで、ますますやばそう。むしろ自分をちゃんと見てもらえてるって喜んでる。影野さん、それはほんとにやばい。
染岡さんがストーカー行為に走るのは土門さん(宍戸や栗松がルーって呼んでる)が染岡さんを無駄にあおるからだ。土門さんも影野さんにちょっかい出して、影野さんはやっぱり全然いやがらない。そんで染岡さんはそれが気に入らない。だからますます影野さんにべったりする。三人はこんな感じでだめな感じにどんどん進んでいくけど、特にサッカー部のみんなはなにか言ったりしない。もう関わるのすらめんどくさいんだろう。おれだってめんどくさい。今日も英語混じりにしゃべってる土門さんを宍戸と栗松が小声でバカにしていて、少林寺は本気で不機嫌な顔をして着替えている。染岡さんは影野さんに張りつきっぱなしで土門さんもそこに混じる。
「ねぇねぇ、へえちゃん」
なに、音無。
「あの三人ってさぁ」
うん。
「ほんっと、だめ人間だよね!」
あーあー。言っちゃった。まぁでも、否定はしないかな。







おおかみ少年たちの午後
影野、染岡、土門。
リクエストありがとうございました!なんかオムニバスっぽく書きたかったような気がします。
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無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

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