ヒヨル きかく 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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希望とともに放たれたものを探している。なんでもないように言う横顔がへんに張りつめていたので影野は言葉を探した。星間飛行の銀河鉄道はアルタイルを折り返したところで、遠くで金星シグナルがちかっちかっと光っている。少林寺はそれを追いかけて地球にやって来たという。もうなん万年も前のはなしだ。彼の故郷はふくろう星雲の右目の奥で、おなじ日に旅立った仲間たちはみな死に絶えたと言った。酸の星、氷の星、不毛の星、熱量を持った恒星、浮遊する無数の隕石、ブラックホール、超新星爆発、それらの不幸な事故によって。あるいは、孤独に耐えかねて。少林寺は地球に降り立ち、はじめの海で原始生物を見守りながらそれを探した。時に焼けつく地を這い、時には底知れぬ海へ身を投じた。ひとつの肉体ひとつのいのちでは到底足りず、細胞を切り離して何回も何回も生まれ直しながら、いまだ見つからぬそれを、たったひとりで探しているという。
(夢だ、と影野は思っていて、それと知りながら)そうっと手を伸ばして隣にいる少林寺のしろいほほに指先を触れさせた。その感触があたたかくて柔らかくて心の奥の方にほとほとと沈んでいくようなものだったので(、その代わりにこれが夢であることに影野はひどく落ち込む。)、吐いた息があまりに幸福だったことに、少林寺にいぶかしげに見つめられるまで影野は気づかなかった。ゆっくりとほほえむと少林寺もにこりとわらう。なんていとおしいのだろう(これが夢でさえなければ)。銀河鉄道は静寂。本数の少ない閑線はアルタイルのそばでおおきな荷物を担いだ狩人をひとり拾い、そこから先に新たな乗客はなかった。そっと触れた少林寺の髪の毛はしっとりと柔らかく、(夢なのに手触りも音も匂いも目が覚めるほど鮮やかで影野はどんどん絶望していく。これが現実であったならなにもいらないくらいの至福であるのに!)少林寺は(気づいているのだろうかと、思う)窓の外を見る(なんていとおしいのだろう、と思った)。
やがて鳴り響いたフィドルのような汽笛に少林寺は顔をあげ、ぱっと立ち上がると車両の窓を開けた。線路の下はぼかぼかした虹色の渦。遠くでは閃光。白鳥線は星々の活動が特に活発なところだ。生まれては死んでゆく星たちの永遠の興亡。少林寺がからだを乗り出すので、影野はあわててその華奢なからだが窓からすべり落ちないように押さえる。少林寺は上半身のほとんどを宇宙空間に晒して、じっと一点を見つめていた。ときどき飛来する隕石がびょおっと尾を引いて掠めていく。少林寺の髪の毛がそれ自体彗星のようにたなびいた。安全運転のため、銀河鉄道はここで急速にカーヴ・降下する。あっ。短く囁き、少林寺は手を伸ばした。どぅん、と空間のみを震動させた隕石同士の衝突の向こうに、うつろな黒点をまなこのごとく並べたふくろう星雲がぼうっと霞む。わずか一瞬。鉄道は逆しまに落ちていく。白鳥線は数百年に一度の運行だ。こうして、恐らくは二度と帰れない故郷に会いに来る少林寺の痛々しくもけなげな姿。影野の胸はいとおしさにつぶれそうになる。
なにを探してるの。影野の言葉に、少林寺はゆっくりと手を下ろす。おれたちは決まったからだを持たないから。影野から見えるのは真横にたなびく少林寺の髪の毛だけだった。ごうっと音を立て、銀河鉄道は天の川へ飛び込んだ。探すために、みんな、いろんなものを棄てた。おれは。視界の端で赤色巨星が膨張から収縮を繰り返す。言葉を覚えて、忘れてしまいました。おれたちが探していたものを、もうおれは覚えていません。それなのに。と、ちいさな背中はこわばった。なにかをじっとこらえるように。飲み込んだ言葉が孕む絶望を確かに感じて、影野はくちびるを開いた。夢だろうか。これは夢だろうか。夢であってほしい。ああでも、そうしたら。その瞬間、少林寺の背中から現れた、眩しいほど光を放つちいさな鳥が、矢のように翼を翻して影野の口の中へ一直線に飛び込んだ。喉が太陽のように燃え盛る。あ。
目を開いたときに残っていたのは高揚だった。得体の知れない。ああ。影野はそっと腹を抑えた。ここにあるのがそれだ。希望とともに放たれた宇宙の芯。少林寺が影野を見ている。帰りたい。(帰りたい?)覚えてる。影野の言葉に少林寺はまばたきをした。ここだよ。影野は手を伸ばし、少林寺のちいさなてのひらを取った。少林寺が不意に寄りかかるように影野のからだに腕を回す。腹に耳を押し当てて、じっと、それを探している。いつか必要になったときには。影野はそのちいさな背中をてのひらでくくむようにしながら、静かに、囁くように言った。腹を割いて、出してあげる。少林寺は答えなかった。長いような短いような沈黙のあとに、ぽつりと、川の音がする、と言ったきり。もうこの子にはなにもかも擲っていい、と思った。腹を割いて取り出した希望が嘘でも(、あそこに少林寺が帰ってしまっても)、影野の中には永遠に残る。いとおしい少林寺。あの星にきみを、おれは、帰したくない。
影野は少林寺を抱きしめる。あの川でそうしたように。流すだけではない。逆らうだけではない。隔てるだけではない。そういうこともある。いとおしいきみを誰にも見つけられないように、浮かばないように、沈めるときもある。そこは深淵の宇宙。ありとあらゆる愛。その川の一番深い場所は。一番深い場所には。









その川の一番深い場所。
影野と少林寺。
リクエストありがとうございました!少林寺がかわいくていとおしくてなんでもしてあげたくてそれが歓びな影野、がすきです。モチーフはあのマンガとあの童話。
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立っているときに自分の足の裏が見えないからって泣くひとはいない、というようなことを遠回しで大げさに書かれた部分にうすいピンクのペンでラインが引いてあって、その脇にこれはかすれかけたボールペンで、ツウビイオアノットツウビイ、と書いてあった。さあるべきかあらざるべきか/生きるべきか死ぬべきか。シェークスピアを引用するほどの文句とも思えなかったが、さあるべき、だったのだろう。セリフの主は不幸な女で、不幸なわりに前向きにつよく生きようとしている。らしい。それきり興味をなくして土門はそのホチキス留めの古いシナリオを戻した。それは古書店の奥、ひと山いくらのようなぼろぼろの書籍のすき間になぜか紛れ込んでいた。おそらくは芝居のシナリオで、奥付け部分には昭和五十八年と書いてあった。ほこりとかびの匂いがする。
影野は背表紙が色あせた赤本が並んだ一角をじっと眺めていた。買うの。土門が声をかけると影野は首を振って、上智の05年がない、と指をさした。誰か受けたのかな。五年も前の?おんなじような問題ばっかり出るんじゃない。わからないけど、と影野は阪大09を08の隣に無理やり押し込む。酔狂なことに、大学別年代順に並べ替えをしていたらしい。よくわかんねえやつ、と思ってその通りのことを口に出すと、わからなくていいんじゃない、と影野は平然と答えた。さあるべき、か。土門はちょっと首をかしげ、つまらなそうな顔をする。休日にたまたま会うにしては、影野は面白味のある相手ではなかったな、と思う。じゃあ、と軽く手を振って別れ、入口で振り向くと影野はまだ赤本の棚の前でうろうろしていた。ほこり臭さが妙に鼻につく。
それが夏の終わりのことだ。
つまりはわからないことをわからないままにしておくことも必要だということで、影野を含めた数人がが訳あってチームを離れ、また戻ってきたときに土門が思ったのはそんな感じのことだった。わかろうとすれば不幸になるし、それを求めて足掻くようなことは誰にとってもよいことではない。わかろうとして呑みこまれたような例もあったし、それは少なくとも土門にとっては必要なことではなかった。立っている足の裏が見られないと泣くほど愚かではない。さあるべきだったのだ、彼らは、要するに。風はつめたく、脳は燃え盛っていた。それでいいなら、構わないと思った。思おうとした。夏は終わったのに土門の内側をひたすらに燃やすものがわからない。望んで傷つき打ちのめされた、奇妙にうつろな目をした彼らの削がれた牙の痕を見て、催す憐憫がそれだったのだろうか。だったら。
土門にはわからないんじゃないかな。影野はいやにきっぱりと言った。華奢でほそながい手を土門に握らせたまま。髪の毛の奥から土門をじっとにらみながら。土門には、きっとわからないと思うよ。じんちゃんにはわかるの。わからないよ。でも、おれはわかりたいと思わない。へぇ。諦めてるんだ。違うよ。わざと声をあかるくした土門を、影野は軽蔑するような声音でぞっと撫でた。わからないことは、わかる必要なんてない。わからなくても、おれはもう知ってる。土門は目を見開く。風はつめたく、脳は燃える。影野の手が土門のてのひらの中でもがいた。それでいいんだ。
その言葉のあとには世界から音が消え、次に土門を打ったのは滝のような絶望だった。さあるべきかあらざるべきか。生きるべきか、死ぬべきか。指先がこわばって震える。影野の手は濡れそぼっていた。影野はじっと土門を見ている。土門が打たれているすき間なく降り注ぐおもたくつめたいかなしみが、土門を通じて影野にしぶいている。まるで夕立のようだった。あのシナリオの表紙には、汚い手書きで夕立の類とあった。ふたりの間は永遠ほどに分かたれたのに、まだ繋がっているてのひらがいとおしかった。さあるべきだったに違いない。そう思いたかった。
「ひとりで、いいんだ」
罪ならば償う。けれど、分け合う孤独のむなしさを、きみは知っているのだろうか。








夕立の類
土門と影野。
リクエストありがとうございました!お時間いただきましてすみません。土門と影野いいですよね!
飛鷹という無愛想な先輩のことを、壁山はとてもいいひとだと思っている。眉毛をそり落としてリーゼントを揺らすクラシカルなヤンキースタイルの飛鷹は、当初こそとげとげと不必要にとがっては周りといらない悶着を起こしていたが、元来の一徹さを響木監督とのサッカーだけでなくチームにも向けるようになった辺りから、チーム内でその類の軋轢が起こることはなくなっていた。ぶっきらぼうでぶしつけな物言いは変わらないものの、たどたどしい口調で年下の壁山にこれこれこういうプレイをするにはどうやって動けばいいのか、などと質問をしてきたりもする。響木監督や円堂には及ばないものの、壁山もその質問を受けて一生懸命に考えたり、それでもわからないときには実際に動いてみる練習相手になったりもしていて、やはり以前よりはずっと和やかに接することができるようになっていた。飛鷹はとてもいいひとだ。イナズマジャパンに選ばれてしかるべき選手なのだと壁山は思っている。
飛鷹はチームに溶けこんでなお、ひとりでいることを好んでいるが、壁山にはどことなく気安さを感じているのか、それとなく声をかけるとまんざらでもない風に応えたりする。試合後の夕焼けの甲板にひとりで背中を丸めてあぐらをかいている飛鷹に、壁山は隣いいっすかとさりげなく声をかける。以前なら敵意もあらわににらみ返した飛鷹は、おう、などと言ってわずかからだをずらした。膝を抱える壁山をじっと見て、かしこまるなよ、とわざとらしくすごむように言うので、おれはでかいからこれがいいんです、と壁山はわらう。そうか。飛鷹は眉間をこすって黙る。船上はどたばたとにぎやかなものだが、目の前のまっかな海は静けさそのものだった。エンジン音や歓声がかえって静寂を際立たせる。飛鷹は雰囲気に飲まれたのか、なんとなく眠たそうな様子でしきりに首を回していた。が、そのうちにうしろあたまをがりがりと掻きはじめたので、なにか言いたいことがあるのか、と壁山は気づく。
たぶん飛鷹はしゃべることがきらいではなくて、ただ会話をはじめるきっかけがわからないからもどかしい気持ちが動作になる。こころの機微に鋭く、相手の言葉を魔法のように引き出して見せる会話上手な同輩のことを思い出しながら、壁山は黙って遠くのほうを見ていた。そのうちに飛鷹はあたまを掻くのをやめて、さりげない調子で(、いかにもそれがさりげなさを装った風だったのでちょっとおもしろかった)、なあ、と言う。監督の娘ってかわいいよな。ええええと内心びっくりしながら壁山はまばたきを繰り返し、飛鷹がちょっと不機嫌そうにこちらを見ていることに気づいて慌ててにこりとわらう。そうっすねぇ。冬花さん、きれいだしやさしいっすよねぇ。そうだろ。なぜか飛鷹は壁山の当たり障りのないほめ言葉に得意げにわらう。選手とマネージャーの関係は微妙で、それはいつも必ずどこかで円堂の存在が絡んでくるからだった。久遠冬花も例外ではない。はかなげな容姿の可憐な視線がひたすら円堂を見つめていることに、気づかないわけもなかった。
飛鷹さんは冬花さんがいいんっすか。壁山は首をかしげる。いいっていうか、なんだ。かわいいだろ。ほせえし髪なげえし色めっちゃしろいし。すげえ女っぽい、みたいな。飛鷹は考え考え言葉を並べている。大事なものをひとつひとつ置いてゆくみたいに。木野さんとか音無は、どうっすか。飛鷹は壁山を見て意外そうな顔をする。そんなにおかしいか。いやいや別にそういうわけじゃないんすけど。飛鷹さんあんまりマネージャーとはなしたりしないじゃないっすか。あーまーなーと眉間をこすりながら飛鷹はじっと考えこみ、あんま考えたことねえ、と答える。冬花さんひとすじなんすねぇ。壁山の言葉に飛鷹はリーゼントをゆわんゆわんと揺らしてあたまを振ると、誰にも言うなよ、と語気も鋭くささやく。今さらの照れ隠しに壁山はわらって、冬花さんなら仲よくしてくれると思うっすよ、と答えた。
飛鷹は目をまるくして、仲よくできるのか、と壁山に詰め寄る。あっでも冬花さんからはきっと難しいですねぇ。壁山は前のめりの飛鷹をそっと押し戻しながら言う。呼び方とか変えてみたらどうっすか。呼び方。飛鷹は視線を泳がせて、はっと壁山を見る。キャプテンみたいにふゆっぺって呼べばいいのか。い、いきなりそこっすか。ふゆっぺ。飛鷹は何度かそう口に出し、満足そうにわらう。いいな。まぁ飛鷹さんがいいなら。よし、今度からおれはあいつをふゆっぺって呼ぶぞ。ふゆっぺ!飛鷹がそう口に出した瞬間、後ろからどさりとなにかが落ちる音がした。ふたりは反射的に振り向く。そこには話題の張本人、久遠冬花が顔をまっかにして立ち尽くしていた。足元に洗濯物を回収するかごが転がっている。あ。あ。あの。壁山がおそるおそる声を出すと、冬花はくるりと後ろを振り向き、船内に駆けこんでしまった。まっまっまもるくん!という焦った声とともに。
次の瞬間飛鷹は立ち上がり、猛然と冬花を追いかけていった。壁山が止める間もなく。やがて船の中から悲鳴と怒号、なにかが壊れる激しい音が聞こえてくる。壁山は目を閉じて、それらを聞かなかったことにした。ゆったりと水尾の引く海に視線を飛ばすと、船が大きくかしいだ。その衝撃でころんころんと転がってきた木暮を受け止める。キャプテンがすげー怒ってるんだけど。壁山にさかしまに支えられたまま、木暮は器用に首をかしげた。なんでかな?さぁ。飛鷹さんとケンカしてたっぽいよ。なんか知ってんだろー、とからだを起こして首に抱きつく木暮をあたまに乗せてやりながら、壁山はちょっとわらった。そういうときもあるんだって。そういうときもある。飛鷹はいいひとで、とてもいいひとで、だけどそれに気づいてもらえない。そういうときもある。円堂は知っている。だからそれを冬花に見せたくない。あのときの冬花の顔はこの海ほどにまっかだった。なんだかとても幸福で、それを噛み締めながら壁山はゆっくり立ち上がり、騒ぎの方へ向かった。







アンダーパス・サンセット
飛鷹と壁山とふゆっぺ。
リクエストありがとうございました!あんな些細な妄想にご意見いただけてとっても嬉しかったです。トビ冬推しです。
雨の音がする。壁山はふと目を開けて、ぽっかりと眠りに沈むキャラバンを見回した。自分の左右に寄りかかって眠っている木暮と目金をそうっと支えながら座席を降り、ふたりを静かに横たえてやってから抜き足差し足で出入り口に向かう。ごろごろと座席に横たわったりシートにもたれたりしているさなぎのような一同に、不思議とほほえましいような気持ちが込み上げてきた。よだれを垂らして寝ている円堂の口元を、起こさないようにそっとジャージの袖で拭う。キャラバンを降りると雨なんかちっとも降っていなくて、女子専用のテントが月光を浴びてつつましくうずくまっているばかりだ。澄みきった空気に星が降るほど輝いている、名もない山の静かな夜。ゆっくりと息を吸うと、肺が引き締められるのと同時にやわらかな水の香りがした。遠くからしんしんとせせらぎの音がする。無風の山はそれ自体が眠りに落ちているようで、壁山はそのひそやかな空白にあたまの先まで満たされる。
ぐるりと車体を回り込むとそこには栗松がいて、携帯を片手にうろうろと歩き回っていた。栗松。小声で名前を呼ぶと栗松はびくんとからだをこわばらせ、あからさまに怯えた顔をして肩ごしに振り返った。下から携帯のライトに照らされているせいで、ひどく顔色がわるいように見える。なんだ。壁山をみとめると栗松は顔からもからだからもぐにゃんと力を抜き、脅かすなよーとへなへなの声でささやいた。なにしてんの。やー電波をね、探してて。栗松の手元を覗き込むと、ディスプレイのアンテナ部分には圏外の文字が表示されている。山ん中だからね。栗松は携帯を無意味に振りながら、あーやっぱだめだなーと下くちびるをつき出す。急用?そういうわけじゃないけど。ぱちんと携帯を閉じてジャージのポケットにしまい、栗松は両手を手持ちぶさたに組み合わせる。連絡したいなーって。ああ。壁山はなんとなく察してそこから先を言うのをやめた。
つい先日、稲妻町に戻ったときに、壁山は栗松と入院している一同を見舞いに行った。少林寺も宍戸もベッドで時間を潰すだけの単調な日々に倦みきっていて、ふたりの訪問を恐縮するほど喜んでくれた。コージーコーナーのシュークリームは差し出したとたんに松野と半田に奪われ、次はメロンを持ってこいと三回くらい言われた。いろんなことをしゃべったし、キャラバンの中では考えられないほどわらった。それなのにあれ以来、栗松は妙に元気がない。里心でもついたのなら壁山も仕方がないと思うが(自分だってもちろんさびしいのだ。両親やサクに会いたいし、母の作ったカレーを腹いっぱいたべたい)、栗松は変に頑固なところがあるので、なんでもかんでも我慢してしまう。せめて自分にはなにか言ってくれてもいいのにと思いながら、壁山はそっと栗松を伺った。もう戻ろう。おずおずと言うと、栗松はぱっと顔をあげる。うん。その表情が思ってもみないことを言われたみたいにこわばっていた。
壁山くん壁山くん壁山くん。目金が壁山の広い背中をぱちぱちと叩きながら早口で言い募る。栗松くんが最近元気ないんですけど、壁山くんなにか知ってますか。知らないっすねぇとなるたけやんわりと聞こえるように、壁山は心を砕いて返事をする。そんなこと自分だってわかっている。そうですかぁと目金は落胆したように肩を落とし、せっかく高個体値パーティー組んだから相手してほしいんですけどねぇと言った。壁山くんからも頼んでくれませんか。うなづく壁山の視界の端で栗松と土門がなにかしゃべっている。ふたりとも背中を向けているが、たぶんなにか冗談みたいなことを言い合っているのだろう、あかるいわらい声が聞こえてくる。今ならだいじょぶじゃないっすかねぇ。あっほんとだ。目金はぱっと顔を輝かせ、栗松くーんとふたりの間に割って入った。ちらりと見えた栗松はいつも通りに見えた。だけど片手をジャージのぽけっとに入れっぱなしにしている。壁山は知っている。そこには鳴りっぱなしの携帯が入っているのだ。
雨の音がする。壁山はあれからときどき雨の音に目をさます。だけど目を開けても見えるのはキャラバンに射し込むやわらかな月光ばかりで、雨が降っていたためしは一度もなかった。そういう日は必ずななめ前のシートに栗松は起きていて、携帯のディスプレイをうつろな目をして眺めている。無機質なしろい光に栗松のおばけみたいな影が天井を横切り、そのぞっとするほど寂しいことに壁山はいつだっておののいた。ぐにゃりと影が歪む。栗松はあたまを抱えるようにして、嗚咽をこらえている。壁山に術はない。雨の音が鼓膜を打つ。ぱらぱらとばらばらと。しろい光がふつりと消えた。壁山。栗松は絞り出すようにささやく。おれはまだここにいていいかな。いいよ。間髪入れずに壁山は答えた。いてくれよ。おれを置いてどこに行くんだよ。栗松はがくんとうなだれ、悲壮な声でごめんと言った。謝ってなんかほしくはなかったのに。
結局、栗松は病んで去り、壁山は残された。壁山は諾諾と流されていくだけで、たぶん、だからいけなかったのか、と考える。あのときも、あのときも、いつだって何度だってチャンスはあったはずだ。自分にできることならなんだってしてあげたかったし、どんなことだって受け止めるつもりでいた。かと言ってそれを口に出すことをしなかった自分が、なにもできなかった自分が、ただ見送ってしまった自分が、いけなかったのだ。自分が彼らを追いつめたのだ。あんなふうに飢えてしまうまで。あの日も雨が降っていた。音だけの幻想の雨がいつまでもいつまでも降っていた。
あの日、円堂よりもずっと壁山は憤っていた。ずっとずっと怒っていた。病んだけもののような彼らを、そうなるように見逃してしまったのは自分だったのだから。天国への扉は閉じ、悪夢のような現実が始まる。空洞のようなまなこをして、彼らは高らかにわらうだろう。目を凝らし、息をして、壁山はそのときを迎えるのだ。ほころびていく意識の中で、壁山は怒りのままに友人たちを蹂躙してゆく。断末魔を拾い集め、彼らのうつろな目に空を映すまで、壁山はその手を止めることはない。できることならなんでもする。後悔だってちゃんとさせてやる。あの日壁山の神は死んだ。だから代わりにやらねばならない。代わりに与えなければならない。当たり前に積み上げてきた今までのすべては、もう二度と戻ることはないのだと。
雨の音がする。雨の音が鳴りやまない。雨の音がする。雨の音が消えない。







バイバイヘブンズドアー
DE戦壁山。
リクエストありがとうございました!DE戦に至るまで、がメインになってしまいましたが、壁山は実はDEメンバーに対して一番怒っていたんじゃないかなーと思います。
もらいもののキャメルのマフラーをぐるぐると巻いて自転車にまたがる。ハンドルのゴムがぱきぱきに冷えていて、思わず手を離すと指のかたちが残っていた。ふわっと吐息が鼻先を渦巻く。チェーンをきしませながらぐっとペダルを踏み出すと、風がかみそりのように肌を舐めた。それと同時に、刺すようにいたむ指にはっとする。あー、あー手袋、あー。忘れ物を置き去りに、家はどんどん遠ざかっていく。まあいいかと影野はペダルを踏む足に力をこめた。冬景色の住宅街がどんどん流されていく。駅までは自転車で二十分くらいかかる。ブレーキがききっとかん高い音でスポークを噛んだ。もうだいぶ手入れしていない。油差さなきゃと考え、ああまぁもういいのか、と影野はすぐに思い直す。一人暮らしの家に、自転車は持っていかないつもりだった。
大通りをわしわしと漕いでいくと、道の傍らをひょこひょことゆるい足取りで歩いていく背中が見えた。一度ざあっとその横を通りすぎ、影野はブレーキをぎっと握った。宍戸がおおげさにからだを傾け、かくかくと右手を振る。あー先輩、ひさしぶりー。うん、と影野は自転車から降りて宍戸が追いついてくるのを待った。宍戸はノーカラーの濃いグレイのジャケットにスーツ素材のサルエルパンツを履き、絵の具だらけのリュックを背負ってなぜか女物のパンプスを無理やりつっかけている。相変わらずがりがりに痩せたひとつ年下の後輩は、別段急ぐでもなくのんびりと影野の隣に並んだ。むき出しの首が寒そうだ。ひさしぶり。影野は自転車を押して歩き始める。いつぶりっすか。あー、と影野はながく声を伸ばした。思い出せないな。宍戸がおれもっすとわらう。
あかるい赤毛を指先でねじりながら、おでかけっすか、と宍戸が訊ねる。うん。影野は宍戸のリュックを半ば無理やり受け取って荷台に乗せてから、ちょっとわらって答える。教習所。あーと宍戸は納得したようにうなづく。合格おめでとうございます。ありがとう。大学生かーいいなー。いいかな。いいっすよ。宍戸はかるく左右に首を揺らすようにしながら言った。一人暮らしとかしてー。そう手放して羨ましがられると面映ゆい。宍戸はまだ絵やってるの。宍戸はうすいくちびるをわらわせる。やってますよー。ふうん。自分から振っておいてうまく会話を続けられず、影野はちょっと焦って言葉を探す。今日は、どこか行くの。先輩が吉祥寺で個展やってんで、それ観に。いいね。つまんないすよーあのひと難しいから。あっけらかんとわらう宍戸の横顔が、記憶にあるよりもずっと大人びてほがらかなことになぜか影野は戸惑った。意味もなく。
荷台に乗せたリュックはずしりと重い。これ、なに入ってるの。あーまーいろいろ。宍戸は照れくさそうにわらう。画材とか椅子とか入ってます。いつでも描けるように。へえ、と影野は感心したようにリュックを撫でる。趣味があるっていいね。先輩、無趣味っすか。うん。もったいねーなー。なんかないんすか。影野はゆっくりと首を横に振った。ながい髪の毛がざわざわと揺れる。高校行ったら、なにか見つかるかと思ったんだけどね。へーえと宍戸は感嘆とも侮蔑ともつかない調子でぽつりとあいづちを打つ。なんだかへんな空気になってしまい、影野があわてて言葉を探している、そのすき間に宍戸が奇妙にあかるい調子で言葉をすべりこませた。まーひとっつうのはそうそう変わらないっすよ。先輩がむっちゃアクティブになって毎週合コンとかやりまくってたら、おれはむしろそっちのが引きます。ひひっとわらう宍戸に影野もつられてわらった。
飄々としながら、さらに達観してしまったような宍戸の口調が影野には落ち着く。あのころ宍戸は、こんなふうではなかった。あかるいふりをしながらいつも鬱屈とした、無気力な掴み所のない少年だった。ほんとはね。宍戸が言う。おれたち、あのころもこういうはなしをするべきだったんすよ。あのころ。うん、あのころ。宍戸は首筋にてのひらを当てる。あのころ、おれたちにはサッカーしかなくて、サッカーしかしてこなかったでしょ。思っていたことをずばり言い当てられ、影野ははっとする。あのころおれら、サッカーのことしかはなさなかったから。だから今なんにも思い出すことがないんだと思います。あのころ。影野にサッカーしかなかったころ。あのころ自分はなにを追っていたのだろう。あのころ、宍戸とどんなはなしをしていただろう。影野はちっとも変わっていない。がりがりに痩せたいびつな脚で、飄々と進んでいく宍戸とは違って。
宍戸は歩きながらそっと胸の前で手を組んだ。祈るように。そこに視線を落としながら、宍戸は奇妙に厳粛につぶやく。世界に受け入れてもらうんじゃない。あなたがこの世界を、受け入れるかどうかなの。影野は宍戸の横顔を見る。宍戸はぱっと顔をあげ、なんつってー、とにやりとわらった。つうわけで先輩、美人女子大生との合コンセッティングしてくださいよ。ええ、おれ合コン行ったことないよ。えー先輩彼女とかいなかったんすか。いない。もったいねー!宍戸はいるの。あーーーまぁそこは聞かない感じで。なんだよ。うぇっへっへっと宍戸はわらい、影野の肩に自分の肩をぶつける。ね。え。こういうの、楽しいっしょ。影野は言葉につまる。あのころもきっと、おれらはこーやってくだらねーことはなして、いっぱいわらったり、するべきだったんすよ。
駅の駐輪場に向かう影野の荷台からリュックを受け取り、宍戸は華奢な背中に背負う。ありがとうございました。そう言って手を振り、宍戸はさっさと背中を向けた。宍戸。思わずその背を呼び止めた、自分の言葉に影野は誰よりも驚いていた。なんすかぁ。宍戸は振り向く。あのころよりもずっと大人びてほがらかな顔で。また会えるかな。影野の言葉に、宍戸はこともなげに言った。会えますよ。会いましょうよ。影野は髪の毛の下で目をほそめる。あのころ自分たちは、どんなはなしをしていればよかったのだろう。今からどんなはなしをすれば、あのころを取り戻せるのだろう。そいじゃあまたーと手を振って、今度こそ宍戸は行ってしまう。なんでもないものをたくさん詰めこんだリュックをがちゃがちゃと揺らして。なにか他のものを探すでもいい。合コン、してみてもいい。美人女子大生に声をかける自分は、確かにあのころからは遠く遠くかけ離れていることだろう。今度きみに会ったら、どんな言葉ではなしをしよう。きみとはなしたこの日を、次は忘れないでおこう。
影野はそっと手を組んだ。うらうらと差す日が耳をあたためる。あのころの自分は、なんでもない日々にばかり傷ついていたような気がする。そしてただそれを、不幸だと思っていた。「あなたがこの世界を、受け入れるかどうかなの」受け入れれば世界はどんなふうに変わり、どんなふうに回るのだろう。大人びたほがらかな顔でわらえるなんでもない日が、いつか自分にも舞い降りるといい。そんなことを考えている。







なんでもないようなことが素晴らしかったと思いませんか
影野と宍戸のなんでもない日。
リクエストありがとうございました!勝手に未来パラレルにしちゃってすみません。本当の距離感をつかめるのが、このふたりの場合はすこし遅いといいなぁ、と思っています。
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