ヒヨル きかく 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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あれはおかしくなってしまったのだ、とはチームメイトの言である。
確かに前から女という生き物を心から愛して敬い、何よりも貴ぶ男ではあったが(、そしてその割に、なぜか報われることがほとんどない男でもあった)、特定の個人にそこまで入れあげたことがかつてあったかと言われれば、首をかしげる。フェミニストな彼の愛は、女という生き物のすべてに注がれる普遍的なものであると、誰しも疑っていなかった。おなじチームで長くサッカーを共にした自分も、だ。
そもそも彼は騎士でありサッカープレイヤーである前に1人の男であるのだから、そのうちに特別な想いが芽生えたとしてもなんら不思議ではない。むしろ非常に自然な現象ですらある。それでも、何故、とチームの誰もが思う。彼の姿。1人の女に入れあげる1人の男であるエドガー・バルチナス。彼から某かが奪われたなどと野暮なことを言うわけではない。むしろ、こうと決めた相手には剣のようにまっすぐにひたむきに突き進む姿には、ただ1人の愛する者に剣を捧げる騎士のあるべき姿すら浮かぶようであった。騎士を称する彼をその場所に駆り立てたものが、ただ1人の異国の女だったことだけが、言葉には表すことができず拭いきることもできない奇妙な違和感となって、彼の周りに漂っている。妙に高揚している彼が、普段通りに振る舞うほど、その普段が浮いてしまう。騎士でありサッカープレイヤーである彼が、ふと綻んだ、と言えなくもない。ただ、今までの彼を知る者であれば、それは確かに違和感でしかなかったのだが。
勉強している、と彼は言った。彼女の国のこと、彼女の国の文化、彼女が愛しているものたちのこと。彼女にまた会うために。いいだろう、と彼は肩越しに笑った。レディが作ってくれたんだ。差し出された携帯電話の液晶画面には、どろりとしたソースがかかったパンケーキのようなものが映っている。今度これを食べに行こうと思っている。ああ、どうせならみんなで行こうか。あの国にはエンドウがいる。再びまみえるのも悪くはないだろう。右頬だけで笑って、彼は携帯電話を閉じる。騎士でありサッカープレイヤーである彼の笑み。それをそんなに会いたいのだろうか。彼女の国。彼女の文化。彼女が愛しているものたち。そして彼女。彼女に会うために変わってしまった、彼女を愛しているらしいエドガー・バルチナス。
(狂ってしまったのだろうか)
狂っていたというなら、それはこちらも同じだろうか。騎士でありサッカープレイヤーである自分たちは。誇り高く汚れを知らないはずの自分たちは。エドガー・バルチナスは。ただ1人の異国の女のために、それを捨てるというのだろうか。
(狂ってしまったのだろうか)
ふ、と微笑むと、その気配に気づいたのか彼はまた肩越しに振り向いた。どうした。どうもしない、と言う代わりに、彼のこめかみを軽く突っ放した。それならそれで構わないと思った。あれはおかしくなってしまったのではない。おかしくなってしまったのは、自分たち全てである。あの国には自分たちを負かした者たちがいる。あの国の、敗北の泥にまみれた自分たちは。










剣のひと
イギリスの彼ら。
リクエストありがとうございます!遅くなって申し訳ありません。エド→リカがとても好きです。
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納得いかねえよ!という罵声だか怒声だかはもう数えるのもばからしいほど頻繁に発せられているので構わないことにした。まぁなぁ気持ちはわかるがなぁ、と、広い額に青筋を立てる辺見をなだめながらも、なぜ自分ばかりがこういう役回りなのかとばかり思ってしまう。構わないと決めたはずなのに、気づいたら自分ばかりがあのでこぱちをなだめている。割に合わないが、無視できない自分が悪いのだ。どうせ。奴らに言わせれば。ベッドに転がったまま音楽を聴いている鳴神と、ベッドに転がったまま特になにもしていない万丈に順番に視線をやったが、やはりどちらにも気づかれなかった。ジャンプを読んでいる咲山、恐らくはわけもなく窓辺にぬうと突っ立っている五条、ベッドに窮屈げに座る大野とその膝にもたれた洞面、松葉杖の源田と佐久間がようよう部屋にやって来て、さらにそれを見ている寺門とで、いつもの、まぁいつもよりは多少いろいろ足りないが、いつもの帝国サッカー部になる。ただしよれよれで満身創痍の。
辺見の憤りは最もだったし、ある意味ではそれはこの病室にうらなる面々の総意でもあった。腹立たしいことに。しかし、彼らをこんな目に合わせた世宇子に対してだか、鬼道がまるで帝国を見限るように去ったことだか、そんな鬼道を受け入れた雷門だか、またその雷門が(あんな弱小校が!)のほほんと快進撃を続けていることだか、に、無差別に投げつけられる単なる苛立ちには辟易していることも事実であった。ただでさえ気の滅入る入院生活だ。先日見舞いだか冷やかしだかに来た雷門イレブンと言い争いになり、見舞いの果物を派手に投げ合ってからはそもそも誰も見舞いすら来ない。誰に対してだかますます声を張り上げる辺見に、腹筋の力だけで起き上がった鳴神がヘッドホンを投げつけ、うるせえ!と一喝する。掴み合いの心配をしなくていいのが唯一の慰めだ。辺見も鳴神も点滴やギプスで固定されてベッドから動けない。みんなうんざりした顔でそれを見ている、と思ったら見ているのは自分だけだった。途方に暮れた気持ちで、寺門はため息をつく。
まぁでもおれたちがなにをできるわけでもないからなぁ、と、洞面の頭を撫でながら(、そして嫌がられて避けられながら)、大野がのんびりと言う。鬼道が決めたことならいいだろ。万丈が寝返りを打って肘を枕に目を閉じる。なに言ったって負け犬の遠吠えだ、おれらは。ヘッドホンをぶち当てられた額を撫でながら、辺見はでもよぉ、と言いかけ、言いかけたまま反論は止まる。辺見だって言いたくて言っていたわけではないのだろう。たぶん。恐らく。誰もそれと言わないから、辺見が言うしかなかった、のかもしれない。かなり贔屓目に見て。ちらりと源田を見たら、五条の横に立って洟をかんでいた。予想以上に出すぎたのか、ティッシュと鼻の間につうっと引いた糸に真顔で焦っている。きたねえな、と咲山が噎せるように笑うのが見えた。今回の事態をキーパーの源田が一番重く見ているのではないだろうか、もしかしたら気に病んでいるかも、という杞憂があたまの中で崩れ去る。やはりどうにも、割には合わない。
鬼道はもう帰ってこないかもな。佐久間が唐突に言った。その言葉も唐突なら、沈黙もまた唐突だった。なんでだよ。かすれた声で辺見が問う。今勝ってるから。佐久間は眼帯の上から右目を掻きながら、左目をまたたく。血の引いたように黙る一同を見回して、佐久間はズズッと洟をすする。風邪か?大野の言葉に佐久間はそうかもしれないと二度頷く。ふと源田に視線を送ると源田はまたティッシュを抜いて鼻に当てていた。まばたきをして、それでもいいよ、と、言った言葉が自分の口から出たことに寺門は一瞬気づかなかった。なにを言ったっておれたちは。それでも続けようとした言葉はやはり途中で折れ、しかしその隙間には源田が鼻をかむズビーという音が滑り込んだ。ああ、風邪だ。たぶん。間の抜けたようなその言葉には佐久間だけが反応した。腹出して寝てたからだ。おれもだけど。そのやり取りに、怒声も反論もなにもかも削がれたらしい辺見が、振り上げかけた手でベッドの脇に置いてあったティッシュの箱を差し出した。なんとも言えない顔で。
その顔がおかしくて思わず苦笑したが、それはあまりにもうまく噛み潰せてしまったためにくしゃみのように聞こえた。おまえもか、とこちらを向く万丈に軽く手を振る。大丈夫だ。寺門は目を伏せて少し笑う。世宇子に叩きのめされたあの試合、焼け野原のようなグラウンドをベンチから一人呆然と眺めていた鬼道の顔を思い出す。鬼道のことだ。どうせなら一緒に叩きのめされたかった、くらいは思ったかもしれない。でも、それは言わなかった。先に鬼道を一人にしたのは自分たちだった。一緒に、は、叶わなかったのだ。鬼道も共に傷つくことなど誰一人望みはしなかったが、それでも。一緒にいてやることもできなかった。仲間なのに。仲間だったのに。鬼道は一人になってしまった。なにを言ったっておれたちは、鬼道を止めることなんてできはしない、と。源田がぼんやりと宙を見て、ああ、と言った。五条が隣で頷く。見透かされたようなそのタイミングで、むしろ見透かされていたい、と思った。どうせなら、振り向かずに行けばいい。戻らなくたって構わない。風邪を引いていなければそれでいいと、みんなだってきっと言うだろう。









されどなれは旅人
帝国学園。
リクエストありがとうございました!他校だけで一本書いたのは初めてです。
タイトルは三好達治「なれは旅人」より。この詩は鬼道さんのようです。
じゃあこっちから来たらどうする、と、聞こえたので足を止めた。ゴール前でむくむくとしゃがんだ背中がふたつ。狩谷と西園が地面を覗いて顔を突き合わせている。狩谷の手にはどこで拾ったやら細い木の枝が握られていて、しきりに地面を引っ掻いていた。それと悟られないように距離を保ち、いかにも何でもないように装いながら耳だけはしっかりと傾ける。うーん、と唸り、西園はわずかからだを動かした。こっちから、こう。こう、のときに手振りが入る。そんじゃあこう、こう来られてさ。狩谷ががりがりと地面を掻く。あーそっかー。西園の肩が落胆する。どうやらゴールの守り方を話し合っているらしい。小柄でリーチも短い西園が、広いゴールを守るにはかなりの練習が必要になると踏んでいた。短期間で化身を使えるほどに目覚ましい成長をした西園だが、それでもボールが来たときに反射的に取る動作は走ることだ。狩谷に指摘されるまで両手を使ってもよいことに気づかないほど、西園は一途でひたむきで、だからこそキーパーに向いている。
円堂監督は多くを語らないが、同じキーパーのよしみだと中学時代の話をしてくれたことが一度だけある。おれらのいっこ下のキーパーも信助みたいなちびだった、という話で、あれもすんげー努力家だったよ、と、さして懐かしむ様子もなく言った監督の顔を、西園はつぶらな目でじっと見ていた。そのひとは化身は使えましたか?ようようひねり出したその質問に少し考え込んだ監督は、ありゃ化身なのか?と結局隣にいた音無先生に振った。たまごろうくんですか?マジン・ザ・ハンドにはほんとに助けられましたよ、と快活に言った先生は、タイタニアスがあの技を使えるならあれも化身だったのかしら?と首をかしげた。まぁおれらの頃は化身って言葉自体がなかったからなとやけに強引に話を切り上げた監督が、先生と懐かしげに誰それの話をするのを西園はじっと眺めていた。化身なんて言葉は今だって都市伝説だ。化身使いのチームメイトができた今も。望んで手に入れられるものでないなら、それはないものと同じだ、と思う。
キーパーの強みは、諦めないことでも、がむしゃらなことでもない。それらは資質と呼ばれる。あるいは、才能なんて便利な言葉で。本当に強いキーパーの条件は、いつでも涼やかに笑っていられることだ。ゴールを割られ、チームメイトの不安な視線を受けて、なお、前を向いて笑えるものの天職だ、と。昔教わったことを今でも信じていて、誰に語ったこともなかったが、一度だけ何気なく円堂監督にそう言ったことがある。いっこ下のキーパーの話、の、お礼のつもりで。監督はしばらく考え込んだあと、独り言のように言った。たまごろうはな、キーパーが孤独ってことをよく知ってたよ。だから強かった。本当に、あいつは強かった。どういうことかと訊ねたら、おれもよくわからないと肩をすくめる。おれも才能の方にいたから。おまえには悪いけど。ああ、と思う。おれの下に立向居っつうのもいたけど、あれの言葉がわかったんなら西園もそっちだろうよ。言われる前に理解したので頷いた。才能なんて便利な言葉で、あっさり分けられた自覚だってあった。
持たないものを持たないと足掻くことを孤独と呼ぶなら、果たしてそのまま埋もれゆく自分はなにになるのだろう。輝く原石のような西園を見たときの、この上ない安堵と喜びは、それとは違うのだろうか、と思う。持たないならば、持たないまま戦うしかないではないか。持たないままで、割られたゴールを背に、安心しろと笑う自分が、どれほど滑稽に見えても。それを乗り越えて、その上で、越えられない壁に潰れることを孤独と呼ぶなら。それでも構わないと思った。悔しさは、些細なことだ。天城だって言った。現実だから戦うのだと。だから、自分は見送る側でいい。自分が越えられなかった壁を、西園が綺羅やかに越えてゆくのを。黙って見送れたら構わない。涙なんてものがあるなら、それは、そのあとのものだ。おまえはたまごろうに似てるな。監督は不意に言葉を和らげた。あいつの近くにいるとな、雨も風も雪も、なんにも近づかないみたいだったよ。その言葉には、笑っていいのかどうかはわからなかったが。
とりあえずやってみようと狩谷が尻をはたいて立ち上がる。そばのボールをつま先で蹴上げ、片手に抱えて走っていった。西園も同じように立ち上がってゴールに向かい、そのときに初めてこちらに気づいてぱっと明るい顔になる。三国さん!にこりと笑って西園に軽く片手を振り、ラインの外に出た。西園はこちらに向けて大きく両手を振り(、つられたのか狩谷も手を振った)、グラウンドに向かって身構える。西園にはわからないかもしれない、と思った。才能なんて便利な言葉で、こんなにも簡単に人は傷つくのだと。同時に、自分にもわからないに違いない、と思う。才能なんて便利な言葉で、こんなにも簡単に人は期待を寄せてしまう。狩谷のボールは速くて正確だ。蹴転がされてばかりの西園だったが、ふとからだを翻し、力強く地面を蹴った。彼が、跳べ、と思ったのと全く同時に。ボールを弾き返した西園が満面の笑顔でこちらを向くので、両手で大きくマルを作る。嬉しそうにガッツポーズをする西園を、眩しい、と思った。西へ翳る太陽は炎のように燃え上がる。もう戦わなくていいのだと、涙を熱く乾かすように。煽り立てるように。








太陽、西へ西へ
三国。
リクエストありがとうございました!三国さんかっこよすぎて弱ります。
三人目が欲しいとのことだったので少し憂鬱になる程度が罪悪感だ。妻はひとりっ子だったので、大家族というものに憧れている。自分と妻が出会ったきっかけであるサッカーになぞらえて、チームができるほど欲しい、などと。妻とは中学生の頃に出会った。あの時期は彼の人生のうちに他にないほどたくさんのものに出会った時期だ。たくさんのものたちは長じるにつれひとつ離れ、ふたつ離れ、を繰り返し、気づくと一番近くに妻がいた。妻と出会った頃、自分には他に愛する少女がいたのだが、彼女もまた彼の元から離れていった。そういう時期だったのだ、と思わざるを得ない。そういう時期だったのだ。彼にとっても、妻にとっても。つつがなく結婚し、子どももできた。上も下も元気に育って、ありがたいことにどちらも妻に似ている。おおむね仲はよく、ケンカもまぁたまにはして、好き嫌いが多少あったりして、マンガとお菓子が好きで、よく笑ってよく泣く。上は妻の真似をして、パーパ、と彼を呼んだりもする。彼の愛する家族たち。そして彼。34歳の影野仁。
輝く同輩たちと一緒くたに、まるで伝説のように持ち上げられるかつての自分にはどうしようもない違和感が纏いつく。それでも伝説は伝説であり、今なお彼らの光は増すばかりであった。イタリアでプロとして活躍している染岡からは、上の小学校入学祝にチーム全員のサインを入れた彼自身のユニフォームが送られてきた。その中に混じったフィディオ・アルデナやマック・ロニージョ、ロココ・ウルパなどの名前は各々が繚乱する欧州の華である。染岡竜吾というプレイヤーの人脈を手繰れるだけ手繰ったようなそのプレゼントには、子どもよりもむしろ妻が喜び、そのことを正直に伝えると染岡は笑った。おまえのヨメは変わってるからな。そうだろうか、と思った。確かにあの頃は変わっていたとも。でもそんなものは20年も前の話だ。20年経った今はふたりの子どもの母親で、20年経った今も染岡は結婚していない。染岡は、20年前から点取り屋よりもむしろ父親に向いているように思える。さすがに口に出したことはなかった。影野の20年は、まぁそんなものだ。
染岡は日本に帰ってくるたびに必ず雷門中に寄り、雷雷軒でめしを食って金閣寺でいい酒を飲み、円堂や豪炎寺や目金や、あの頃のメンバーに会えるだけ会って、唐突にイタリアに戻る。今ではむしろ教育者というような意味合いが強い円堂たちにも、別段思うところはないらしい。10年ほど前の騒動には染岡も多少関わったらしいが、そのことも遺恨として残った様子はなかった。でろでろに酔い潰れて電柱の根元で吐いては影野の家に転がり込む悪習とともに、友情めいた面映ゆい関係は静かに続いている。酔いつぶれて盛大に吐き、死んだように眠った翌朝には染岡はいつも元気に朝めしを食い、子どもと遊んで、また酒を飲む。酒量だけは負けたことがない。普段からこうなのかと問うと普段はこんなんじゃないと言い張る。日本の酒がうまいからだとどろどろの酔眼で言う染岡に、笑ってしまうのはいつも影野だった。肩を貸してやるのも。リョーマ・ニシキもこうなのだろうかと思う。染岡の秘蔵っ子は染岡よりたちの悪いばかだったと円堂は言っていたが。
染岡がイタリアに発ってからこっち、何度会っても、何度同じような泥酔の夜を繰り返しても、社交辞令も湧かなかったのは不思議だった。染岡はいつまで経っても染岡だった。それこそ20年経っても染岡のままだった。染岡はこのまま死ぬまで染岡のままいるんだろうかと思った瞬間、不意に染岡がそれを手放したがらないことに気づく。惜しんでいたのだろうか、とも思えるほど、それは本当に不意打ちだった。並々ならぬ苦労もあっただろう染岡はそれを一度も口にしたことはなく、影野もまた、染岡にはすべて完了したあとの、きれいに成形された事実しか話さなかった。結婚も、子どもができたことも。ふたり目ができたことも。三人目を欲しがっていることも。惜しんでいたのだろうか。理由もなく?染岡はいつも、そうか、と言った。自身の言葉を意識のどこかに納めるように。あるいは、適当な言葉で、適当な感情を、あえて選んでよそおうように。だからいつも影野の言葉は過去形になる。惜しんでいたのだ。匂やかな負傷の気配を。
おまえが独り身だったらな。冗談めかしたそんな言葉にも、もう慣れた。社交辞令も湧かないような、そんな風な時間でしかなかったはずなのに、時を経て、海を隔てて、あの頃築いたものものは深まっていくばかりのように思える。意図せぬ場所で、ぶすぶすと燻るように。それでも。ボブ・アンド・キャンディ・ペポパルーニとはいかないよ。なんだって?と染岡が眉間にしわを寄せて聞き返す。影野は髪の毛に(、すっかり短く清潔に切ってしまった、もう20年近くも前に)、髪の毛に手をやりながら、関係ないことを言おうとして、不意に言葉を選んでしまった。20年もは戻れない。染岡は白い歯を見せて笑った。そりゃそうだ、と。そりゃそうだ。影野も繰り返し、手酌でグラスを満たした。惜しんでいたのだろうか。それはない。染岡の中でだって、影野はいつでも過去形のはずだ。戻れない場所から、思い出したようにパスを出す、影法師でしかないはずだ。そうだと言ってくれ。そうだろう染岡。おれの親友はおまえだけだ。そうだと言わせてくれ。「染岡」










ザ・上れる下り坂
染岡と影野。34歳。
リクエストありがとうございました!どんな感じなんだろうなと思いながら、こんな感じになりました。仲はいいはずなのに、という距離感があるといいなと思ってます。
持久力はある方だがスピードはあまり速くない。頭に血の上りやすい性格でもあるし挑まれた勝負には万難を排して噛みついてゆく。従ってボールに追い付けないこともときにはあるので、増谷乃流は最前線に配置されることが多い。ここ最近の彼女は試合開始と同時にまっしぐらにゴールを目指し、あとはオフサイドにだけ気を付けておく、というなんとも味気のない仕事を黙々とこなしている。適宜機転を利かせろとの円堂の指示は、守れているやらいないやら。それでも彼女のシュート力(だか彼女自身だか)があまりに魅力的なおかげか、彼女はここしばらくスタメン落ちを経験していない。精神的に打たれ強いのも、女子にしては破格の強みであった。同じく攻撃的でかつ打たれ強いフォワードであるリカともまた違って、ないるは粒揃いの雷門中にあっても一際味のあるプレイをする選手として評価されていた。無頓着なないるは評価だの実績だのよりも、実際に泥臭くプレイをすることを好んでいて、そこもまた円堂の気に入るところである。
なんだかねぇ、と宍戸は髪の毛の内で薄くまばたきをした。リカとないるならば自分がマークすべきはリカである。ちら、と後ろを見た。ないるは壁山に任せようと、一歩踏み出す。左右からのディフェンスを踊るようにかわしたリカが、ほんの僅かに呼吸を遅らせた。宍戸の踵が地面を擦る。迷わずないるに向かったのは、リカが斜め後ろにバックパスを出すのとほとんど同時だった。フェイクボールを出そうと息を吸い込んだそのとき、ないるがにやりと笑う。いつの間にかないるの後ろに回っていたリカ、そしてルルがそれぞれ身構えた。ないるの華奢なからだがあっという間に宙に投げ上げられ、回転しながら急降下してくる。ブーストグライダーの風圧に、宍戸と、こちらも止めようと駆け寄ってきた半田がまとめて吹き飛ばされた。一回転して顔を地面に擦った宍戸は、べっと苦い砂を吐いて立ち上がる。頬骨が地面とぶつかるごつりとした感触が首の後ろにわだかまっているのを無視して駆け出した。膝がわななくのは頭を揺らしてしまったせいか。
壁山と栗松をあっという間に突破してシャインドライブの体勢に入っているないるに猛然と追いすがる宍戸を見て、ゴールで身構えている円堂は目を剥いた。蹴り出されたボールの前にからだを投げ出す。閃光、そして衝撃。ゴールに向けて転がってきたのは宍戸の方で、どこでどう弾いたやら、ボールは高く跳ね上がっている。壁山がそれをヘディングでラインの外に出した。円堂は腹を押さえて呻く宍戸の上半身を自分に寄りかからせるように抱えて、なんとも言えない顔をしている。ただの紅白戦でそこまでする必要があったのか、という不可解さがありありと滲んだ顔をして、困ったように壁山や栗松を見た。おい。そばかすの頬を軽くはたく。生きてるか。なんとか。唸りながら答える宍戸にほっとした顔を見交わす壁山と栗松が、華奢な腕で左右に押し退けられた。切羽詰まった顔で風のように飛び込んできたのはないるだった。技を放った影響か、まだエネルギーの余波がからだの周りでかすかに帯電している。
ちょっと!!円堂が制止する間もなく、ないるは両腕で宍戸の胸ぐらを掴む。ただの紅白戦でなにやってんのよ!ばかじゃないの!?下手したら死ぬとこだったわよ!ばか!!円堂の腕から宍戸をもぎ離し、早口でまくし立てながらがっくんがっくん前後に揺さぶる。おい。珍しく焦ったように円堂が止めようとするが、ないるはほとんど涙混じりの声でますますわめきながら宍戸を振り回す。しぬ。しぬって。ちょっと、ないるさん。わななく腕をなんとか上げてないるの腕を掴みながら、宍戸はかすれた声で言った。大丈夫だから。その鼻孔からつっと鮮血が流れ落ちる。思わずびくりと手を引っ込めた円堂とは対照的に、ないるは宍戸のあたまを抱えて思いきり自分の胸に押し当てた。がつ、と額が鎖骨にぶつかる。ち、血がぁぁぁ!!今さら驚いたように悲鳴をあげるないるの腕の中で、霞みかけたあたまでだらだらと鼻血を流しながら宍戸は薄くまばたきをする。なんだかなぁ。
別にないるに一泡吹かせたかったわけでもなければ、本気でゴールを守ってやろうと思ったわけでもない。腹を立てたわけでもなければ、もちろんかっこいいところを見せたかったわけでもない。怪我は、するだろうな、と思っていた。でも別に、どうということもない。どうということもなかった。今、自分が心底驚いていることの他は。閃光の中で向かい合った瞬間、ないるは驚いた顔をした。腕を交わして、抱き合えそうなほど近くで。からだがぐらりと歪み、目を開けると空が見えた。壁山に抱え上げられ、ベンチに運び出される直前に見えたのは、ぐしゃぐしゃに泣き濡れたないるの顔だった。血だらけのユニフォームを着て。宍戸の手のひらをぎゅっと握る細い指があつい。壁山が歩くのに合わせて本当に名残惜しそうに離れたないるの指の先で、ぱちりと火花が弾けた。一泡吹かせたかったわけでもなかったのだ。本当だ。ごめんね、とだらしなく笑った、声が、誰にも聞こえていないといいと思った。









遠吠えと軋る四八の他汝こころ
意訳:悔しくて歯軋りしているあなたの手のひらはまるでわたくしのもののようです。
リクエストありがとうございました!宍戸とないるちゃん。ないるちゃん好きって言っていただけてとっても嬉しかったです!
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無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

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