ヒヨル きかく 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

きれいな首。しずまり返った部室で、土門はぼそりと呟いた。ん、と近くで着替えていた影野がそっと近づいてきて土門の手元をのぞきこむ。図書室から持ってきたフルカラービジュアルの動物図鑑(禁帯出、のシールが背表紙に貼られている)。そのうちのあるページを開いて、土門は影野にそれを示す。すんなりとながい首をしたタンチョウヅルが優雅に水辺にたたずむ冬の写真。棒きれのようなほそい脚が、華奢なからだをしっかりと支えている。まっしろい雪原の中、どこかさびしい目をした鶴はまるで水墨画みたいにくっきりとうつくしい。きれいな写真。影野はぽつりと言った。うん、と土門はページをめくる。羽根を広げた二羽が向かい合う横顔が、ひそやかな静寂とつめたい冬とともに閉じこめられている。きれいな写真。影野はみじかく繰り返す。生き物があまりすきでない影野の、それは精いっぱいの言葉なのだろうと土門は思う。
そばでじっと写真を眺めている影野のながい髪の毛が、土門の手にやわらかく落ちかかる。土門は横目でそっと影野の様子を伺った。抜けるようにしろいひふの喉が、視線の先でしずかに呼吸をしている。きれいな首。土門もぽつりとささやいた。影野はじっくりとそのページを眺め(たくさんの写真に申し訳程度に添えられた説明書きや、そこにうつる鶴の種類。ぽわぽわの毛の雛の横には「生後二週間」としか書かれていないような、そっけないそれらを含めて)、その顔のかすかな動きを土門は横目で眺める。おもしろいね、とさしておもしろくもなさそうな口調で呟いてから、これどうしたの、と影野は尋ねる。教室にあったから持ってきた。土門の言葉に影野は息をこぼすようにわらい、だめじゃん、と言った。
ページをめくるとそこにはフラミンゴの写真があった。あれ。同時に拍子抜けたように言い、土門が説明書きに顔を寄せる。ベニヅル。だって。へえ。影野は感嘆したように、指先でフラミンゴの写真を撫でた。たぶん、意味もなく。仲間なんだ。だな。似てない。でもほら、首が。フラミンゴの派手なサーモンピンクのほそい首を、次は土門の指がなぞった。ながくて、きれい。影野はゆっくり息をする。ほんとだ。きれいだね。影野の髪の毛が落ちてくるさまは、急須からあたたかなお茶がほとほとと湯飲みに落ちるようだった。穏やかでやさしく、それでいて触れられないほどせつない。土門はそうっと手をあげる。髪の毛を持ち上げるようにして、そしてその手を影野のうなじにそろりとすべりこませた。
影野はなにも言わなかったので、先に口を開いたのは土門だった。きれいな首。しろくなめらかなひふをした、鶴のような影野の首。うなじに触れる指先には確かにゆるやかな鼓動と体温を伝えてくるのに、触れたとたんに後悔させるそのかたくなさに土門は驚く。ずっと前に童話で、鶴ときつねのスープのはなしを読んだ。土門は視線を影野の首に注いだまま、噛みしめるように言葉をつむいだ。鶴に平たい皿でスープを出したきつねは、次の日に花瓶みたいな入れ物に入ったスープで仕返しをされるという筋の、ありきたりな童話だった。どっちもかなしくて。土門はちいさく息を吸う。あんまりすきなはなしじゃなかったよ。影野は黙ってそれを聞いたあと、じゃあそのふたりは一緒にスープを飲む必要がなかったのかな、とひとりごとのように言った。どっちもひとりなら、一番よかったのかな。土門は言葉につまる。言葉につまって、ゆっくりと影野の首筋に額を押しつけた。
どっちもひとりなら。土門はひくくささやく。こんな風にはならなかったか。影野はすこし考えるように黙ったが、結局わからないと言った。おれは動物がきらいだし、考えたって無意味だ。そう、と土門はわらう。だったらそれが正解だ、と思った。膝の上の図鑑に切り取られて押し込められた無数の静寂のように、今この瞬間だって閉じこめて切り取ってしまっておきたいと土門は思う。いつかどうにもならないときに、取り出して確かめるために。目の前のことを無意味だと、いつでも思い出せるように。影野の首はしろくてすんなりとしている。ひとりをえらんださびしい鶴。うなじに触れた指先がぬくもっていく。それなのにそこは得体の知れない感情に、我慢できないほどにがたがたと震えていた。







鶴のスープ
土門と影野。
リクエストありがとうございました!あんまり首筋について語っていなくてすみません。
PR
ちいさい頃の話をして、と土門が言い出したのは、住宅街のまん中にある小ぢんまりとした公園の脇を通ったときだった。塗装の真新しいぺかぺかのジャングルジムに、動物の絵のついたシーソー。ばねがついてぐよぐよ揺れるあんぱんまんの形の乗り物。忘れ物のばけつがひとつ、砂場に転がっている。昼間はさぞたくさんの子どもが遊んだのだろう、あまくくたびれた静かな公園。土門は影野をおいて、さっさと車止めをまたいでしまっていた。仕方なく影野も公園に足を踏み入れる。ひゃーとか、ちっちぇーとか、やけに楽しそうにあちこち見回している土門の背中を見ながら、足下のれんが花壇に視線を落とした。歯抜けのあかいサルビアがたくさん植わっている。土に刺すプラスチックの柵が歪んでいたのでそっと戻し、顔をあげると土門がぶらんこをこいでいた。影野は苦笑する。
立ちこぎで快調にびゅうびゅう飛ばしている土門を見ながら、そういえば土門はアメリカ育ちだったなと今さらのように影野は思い出す。おれががきの頃はね。まるで影野の心を読んだように土門は言った。わりとでかい日本人学校に通ってて、そこにはオウムがいたんだ。しゃべるオウム、と尋ねると、もーちろん、と土門は快活に答える。よくしゃべるやつでね、おれはそいつがすきだったんだ。放課後とか休みのときは、秋たちとずっとサッカーしてた。あっちは公園が多いから、場所には全然困らないんだよね。母親が料理するのすきだから、外のめしはあんまりくわなかったな。ジャンクフードは日本のがダンチでうまい。そこまで一気にしゃべって、土門はぶらんこから勢いよくジャンプした。一番高い位置から、ぽーんと。着地のときにちょっとよろけて照れわらいを浮かべ、じゃあ次はじんちゃんのね、と手を払いながら一方的に決めてしまう。
影野はとまどい、しゃべることないよ、と言った。普通だよ、とも。影野はあまり公共の場で遊ぶのがすきな子どもではなかった。もともと引っ込み思案だし、友だちもいなかった。ひとりで家の中で(、あるいは図書室で、図書館で)、本を読んでいるのがすきな子どもだった。そう言うと土門は愉快そうにわらい、じゃあ今サッカーやってるのなんて奇跡なんだ。すげぇじゃん。とあながち冗談でもない風に言う。運動は。そして尋ねる。得意だった。影野はすこし考え、首を振った。苦手。足も遅いし、どんくさかった。ははっと土門はわらう。じゃあ、すきなおやつはなんだった。土門はそう言いながら影野の前を横切り、砂場にしゃがむとばけつを手にとる。ピカチュウの柄がついたあおいばけつを、土門は珍しいものでも見るようにしげしげと眺めた。
影野が考えて答える前に、おれはね、と土門が先に言う。ばけつに熱心に砂を詰めながら。ジンジャークッキーがすごくすきだった。アナズのジンジャークッキー。でっかい透明な瓶に入れてて、それが減ってくるとかなしかった。スウェーデンのクッキーなんだ、と肩越しに土門は振り向き、にっとわらった。まぁこっちでも手に入るんだけどね。うまいの。もー最高にうまい。生クリームをつけて食べたら他になんもいらないよ。ばけつのふちまではちはちに砂を詰め、それを崩さないようにひっくり返しながら土門は懐かしそうに言った。家に帰るといっつも母親がいて、おれはサッカーのこととか学校のこととかしゃべりながらクッキーをくう。アメリカには楽しいことしかなかった。ほんとだよ。その口調が驚くほどやさしくて、影野はすこしだけ後悔する。
ひっくり返したばけつを、じゃーん、と引き抜いて(砂場にはばけつの形の砂がそのまま残った)、でもおれは日本に帰ってよかったと土門は続けた。前みたいにはいかないけど、でも、日本にも楽しいことはたくさんあるし、それに気づいたからおれは戻らなくてもいつでもアメリカにいられるんだ。さびしいことなんてなんにもない。あおいばけつを砂山の傍らに置き、土門は両手をわき腹のあたりにこすりつけながら立ち上がった。ゆっくりと振り向いて、にこりとわらう。おれにはじんちゃんがいるから、いいんだ。影野は言葉につまり、視線を土門の胸元に落とした。影野がちいさい頃、世界は得体の知れない恐ろしい場所だった。楽しいことなんかどこにもない、つめたく尖った未知の世界。誰もいない家の中で、嵐のようにじっとやりすごすのが一番正しいのだと思っていた。ひとりで。ひとりきりで。
おかえり。思わず影野は口走る。土門が目をまるくした。すり減ったヒールを玄関で脱ぎながら、くたくたの母親がいつもそう言ってくれたことを思い出す。そういえば自分はこの瞬間がなによりすきだった。土門にとってのアナズジンジャークッキー。おかえり、土門。土門はなきわらいみたいな顔をした。ただいま、じん。そのとき土門のジャージのポケットからブルーハーツが流れ始めた。うわ、家からだ。土門は急いで携帯を取り出し、そして顔をあげ、にやっとわらう。日本にはいい音楽がいっぱいあるね。おれ、日本で一番最初にブルーハーツのCD買ったよ。影野はそっとわらった。もうここはぼくらの帰る場所。甲本ヒロトが声を張り上げている。夜が今口を開けて、ぼくたちを飲み込んでいく。二丁拳銃すべりこむ。チュルルルル。







二丁拳銃すべりこむ
影野と土門。
リクエストありがとうございました。土門がアメリカ少年なのをときどき忘れそうになります。
一年生と二年生の時間割がずれる日に、担任が早めにホームルームを切り上げたりすると影野は憂鬱になる。一年生の方が先に授業を終える日の部室はやけに親密でゆるやかな空気で満たされていて、そこに入っていくのはあまりひとの感情の機微に聡いわけではない影野の足さえ鈍らせてしまう。そのがらくた入れみたいな空気は扉を引いたとたんにひび割れて跡形もなくなってしまうし、さらに後輩たちはおかしな具合に緊張してさっぱり会話なんかしなくなる。影野は後輩たちがいつつのあたまをつき合わせてごちゃごちゃしゃべっている、そのくすぐったいようなひとときをこのもしいと思っているので、それが自分によって壊れてしまうことが単純に嫌だった。無情にも担任はホームルームをあっという間に終わらせてしまう。放課までまだ十五分近くも残したままばらばらと席を立つクラスメイトにあわせて、影野も重たい腰を上げた。
部室の前まで来ると、話し声がもれて聞こえてくる。ときどきかん高い声を上げているのは音無だろうか。ああ。影野は鞄をゆすり上げる。憂鬱だ。松野や染岡みたいには後輩を邪険に扱わないし、むしろなにを咎めることもしない影野は後輩たちに疎んじられることはない。ただ特別親しいわけでもなく、誰にでも平等に親切な壁山が穏やかに気遣ってくれたり、興味だか好奇心だかで寄ってくる少林寺をかまう程度だった。面倒くさがりの宍戸は親しい数人以外には近づかないし、先輩嫌いの栗松や音無とはたぶんまともに話したこともない。憂鬱だ。それでもいつまでも部室の前に突っ立っているわけにもいかず、影野は扉を引いて開けた。空気が一瞬でかたまる。そっとロッカーを回り込むと、顔を上げた五人がばらばらに挨拶を寄越した。
鞄をなるべくしずかに置くと、先輩、と壁山が影野を呼んだ。ちょっといいっすか。なに。影野は首だけで振り向いた壁山のおおきな背中に歩み寄り、まるくすわった五人の輪の中を覗き込んだ。中心にコートの絵を描いたホワイトボードが置かれてあり、そこに名前の書かれたマグネットがいくつか貼られている。風丸、と書かれたあおいマグネット(DFのものだろう)を音無が持っていたので影野は思い出す。今度の練習試合と陸上の記録会が重なってしまって、風丸は陸上に出ることになっていた。今度の試合、DF足りないんすよ。壁山が困ったようにそう言い、他の四人は難しい顔でホワイトボードを見下ろしている。先輩の意見も聞きたいんす。円堂は。おまえらでやっとけって。音無が首をかしげる。でもきっと意見程度ですねー。オーダー予想みたいなものです。
やけに快活に言う音無にあーと影野がうなづくと、だからさーやっぱりこうだって、と少林寺が松野と書かれたオレンジのマグネットをDFの位置まで下げた。いやでも上がってくるしょ、あのひとなら。そう言って宍戸が指でそのマグネットをFWまで押し上げ、やっぱおれかなぁ、と自分のマグネットをDFにずり下げる。壁山と栗松がまん中やってくれたらできるんじゃね。先輩もいるし。あー、じゃ、これは。栗松が目金と書かれたしろいマグネットをDFに置き、宍戸をMFに戻す。ザ・無難。えーこれ無難ー?宍戸と少林寺が不満そうな声をあげ、だったらこの方がましだって、と少林寺が松野をDFに下げて目金をFWに上げる。ええーこれもどうかと思うけど。つかあゆむ松野さん嫌いな。ボールと一緒に蹴っ飛ばしてくるから離れてほしいんだよ。ふふ、と思わずわらうと五人が揃って影野を見たので思わずひるんだ。あ、ごめん。先輩はどうっすか。壁山が促したが影野はかるく手を振って、もう少し考えてもいいかな、と言った。壁山はやさしい調子でうなづき、五人はまた議論に戻る。
戦力外の目金をどこに置くかにこだわる栗松(なるべく邪魔にならないとこに立っててほしいらしい)と、できるだけ松野と離れてプレイしたい少林寺はかみ合わず、さらにより堅実な方法を選ぼうとする宍戸の意見は面白いようにすれ違った。だったらおれがDF下がる、と気短なことを言う少林寺をふたりが一蹴し、しかし目金をDFに置きたがる栗松と、自分か半田をDFに下げるべきだという宍戸はどちらも譲らない。ここでいっつも詰まるんすよねぇ。壁山がのんびりした口調で言う。おれはDFやりたいひとがやればいいんじゃないかって思うんすけどねぇ。うん。影野はうなづいた。音無は。え、あたしですか。うーんと音無は考えて、いっそあたしが出ましょうか、とわらった。それもいいかもね。影野もやわらかくわらい、ちょうどそのとき扉が開く音がした。
無言で入ってきた円堂に影野はかるく手を挙げ、壁山と音無は会釈する。クッキーフレーバーを噛んでいる円堂は影野を押しのけ、壁山の肩に手をついてぐっと身を乗り出した。そこではじめて三人は円堂に気づいたらしく、それぞれ間延びした挨拶を投げかける。これ。円堂はフレーバーの食べかすがついたくちびるを親指で拭い、そのまま手を伸ばした。目金と松野をFW、栗松をMF、あとはいつも通り、にマグネットを並べかえて、円堂は手を払う。栗松MFやれ。さらにその手を横に伸ばして、音無に飲み物を催促しながら円堂は言う。人数足りないでやんすよ。DFはふたりで足りる。相手傘美野だろ。(と音無を見た。音無はポカリを渡していそいでうなづく。)十点入れて勝つからと円堂は離れていった。染岡と豪炎寺は二点であとのFWとMFは一点ずつ。できなかったらグーパンな。
五人はなんとも言えないような表情を見合わせ、いっせいに影野を見る。え。影野はうろたえ、すこし考えてから、じゃあそれで、と言った。それでもいかにも腑に落ちない顔をしている五人にちょっとわらいかけ、大丈夫だよ、とつけ加える。まぁ、やるだけやろうか。はーいと気だるげに後輩たちは腰を上げ、ボールを手にばらばらと部室を出ていった。音無が壁のいちばん目立つところに引っかけたホワイトボードを影野はちょっと指で撫でる。コートの線がにじんであたふたしていると、もー先輩触っちゃダメですよと音無がそれを描き直した。ごめんと謝って自分もボールを手に取り、影野は幸福なため息をついた。今日はたくさんしゃべった。後輩たちといると楽しい。せんぱぁいと外から壁山が呼ぶ。今いく、とぼそりと声を上げると、おまえ声まで地味なのなーと円堂が愉快そうにわらった。







反逆エトランジェ・彼ら
影野と一年生。
リクエストありがとうございました。影野は何だかんだで一年生すきだといいなぁと思っています。
不健康なその肌の色を見るたびに、気が滅入って仕方がない。宍戸が薄っぺらな手のひらの間でサッカーボールを揉むように回している。泥がさあっとこびりついたボールを、ひとさし指を軸のようにしてくるくると回転させ、一度地面に弾ませてから膝で打ち上げてまた受けとめる。その膝にまるく骨が出っぱって、いつ怪我をしたことやらうす汚れた絆創膏がべったりとはりついていた。それどうした。気だるい調子で染岡が尋ねても、宍戸は黙々とボールを回している。おい。やや強い語調でふくらはぎをかるく蹴ると、うぇ、と変な声をあげて宍戸はようやく振り向いた。えあ、あ、おれっすか。あ、あーボール。あー。染岡に蹴られたことに動揺したのか、宍戸から離れていったボールはでこぼこのグラウンドを転がって水たまりにひたった。あーあー。宍戸は後ろあたまを掻きながら、泥水に浮かぶボールを見おろす。染岡さんのせいっすよ。おれかよ。仕方なく染岡も宍戸の隣に立ってそれを見おろした。染岡のきれいに筋肉がついた腕に並んだ宍戸の腕は、野ざらしの骨みたいに痩せてくすんでいる。
やーもーまじやめてくださいよ。宍戸はだるそうに首を回して、ゆっくりとその場にしゃがんだ。指を伸ばしてひたひたに濡れたボールに触れる。あーあー。なんだよおれがわりぃのかよ。完全に染岡さんのせいじゃないっすか。あーと宍戸は喉の奥でうめくような声をあげ、泥水をしたたらせるボールを持ち上げた。おまえのリフティング下手なんだよ。見てらんねぇ。ひっでぇ。宍戸は形ばかりかすかにわらい、ずぶ濡れのボールをまたゆっくり回した。宍戸の手のひらは枯れかけた木の葉に似ている。筋と血管の目立つ、くたびれたつめたい手のひら。おとなしーィ。宍戸が突然声をはり上げたので染岡は驚いた。わりー。水たまりに落とした。なにやってんのよもー傷むからやめてって言ってんじゃん!さっくんのばか!ボールを持っていったとたんに音無のローキックをくらって宍戸が沈む。だーもーおれのせいじゃねって。その言葉に音無が染岡をにらんだので、染岡は慌てて首を振った。
音無が怒りながら行ってしまうのを見送って、染岡は尻を払って立ち上がる宍戸に手を伸ばした。指が軽々と回ってしまう腕をつかんでひっぱり起こすと、ひゃひゃひゃ、と宍戸はだらしなくわらう。あざっす。あー、や、わりい。いいっすよ。宍戸は空いている腕をかくかくと振った。あおい静脈が川のようにだらだらと流れる宍戸の腕。いいんすよ。無言の染岡に、ふふふ、としずかに宍戸はわらう。そのくちびるがあまりにやわらかにわらうことに、そのすんなりと切ないことに染岡はいつでも苦しくなるのだった。不健康な色の宍戸のひふから、染岡の指が冗談みたいに浮き上がっている。ああ。染岡はふと、水がしみこむほどにはっきりと理解する。気が滅入るのは宍戸が受け入れてしまうからだ。どこにゆくにしても、なにを言われても。
あの。宍戸はそっと視線をめぐらせた。染岡さん、離して。その言葉に染岡は弾かれたように宍戸の腕を離した。ああああ、あ、わるい。や、いいっす。宍戸はさりげない調子で染岡がつかんでいた場所を木の葉の手のひらで撫でる。そこにあおぐろくあざが浮かんでいた。まるで代わりの目玉のように。おまえって。染岡は言いかけて口をつぐむ。口にしたら逃げてしまうもの、を、逃がさないようにしっかりと握りながら。宍戸は首をかしげ、足元に転がるボールを拾い上げた。さっきみたいに指で回し、それをしながらひとりごとみたいに言う。どーしょーもないって、つらいっすね。その言葉の重みを量りかね、染岡は黙った。おれ、染岡さんにだけは気づかれたくなかったのに。どうして、と問いかける前に、その答えはもう染岡の中にあった。逃がすまいとつかんだ手のひらの中で、あわれに苦しくもがいている。中学卒業して高校行って大学とか行っても、あんたにだけは二度と会いたくないっす。そう言う宍戸の横顔がさびしくやさしくわらっていた。
宍戸の手のひらから泥水が涙のようにしたたっている。染岡は右足をかるく引いた。ほそい脇腹を思いきり蹴りつけるその瞬間にすべては逃げていってしまって、だけど染岡にはそれ以上は必要なかった。それこそがあの瞬間の答えだったのだ。グラウンドに転がる骸のようなからだを、やっぱり気が滅入るな、と染岡は見下ろす。絆創膏がべろりと剥がれて、ぐずぐずの傷口が覗いた。死んだように寝ころんだまま、宍戸は遠くを見つめている。髪の毛に隠れた目がまばたきをするのが見えたような気がして、染岡はいそいで目をそらした。宍戸といると苦しい。(でもそれは理由ではない。)葛藤がゆっくりと、ふたりの終わりに近づけてゆく。すり減らすだけの毎日さえも、宍戸はわらって受け入れてしまうのに。







黄泉ヶ辻
染岡と宍戸。
リクエストありがとうございます。わたしもこのふたりすごくすきです。
ペットボトル片手に円堂が河川敷をあるいていると、ゴールポストにつながれた犬をかまっている塔子の背中が目に入った。そおっと後ろから近づいて、両ひざをその背中にぶつける。うわっと塔子はよろけて振り向くが、円堂をみとめたとたんにとがったまなざしがふわりとゆるんだ。塔子は色とりどりのキャンディがつまった瓶がプリントされたしろいTシャツに、ふくらはぎまでをゆるく覆うチョコレート色のパンツを身につけている。水玉模様のやわらかそうなサンダルから覗く足の爪はなにも塗らない透明なままで、円堂は、いいな、と思った。よう。片手を挙げると、塔子はにっとわらって奇遇だねと言った。稲妻町に戻ってきて三日。塔子はしらない町をとうにあるき尽くして満喫している。
立ち上がろうとしない塔子の隣にしゃがんで、円堂も犬の鼻先を撫でた。くろい毛がくるんくるんにカールした、やさしい目をしたキャバリエ犬。こいつどうしたの。両手で犬の顔を挟むように撫で回している塔子に円堂はそう尋ねる。飼い主さんがお買い物に行ったから、留守番してるんだって。へえ、言ってることわかるんだ。わかるよ。塔子は自分の鼻を犬の濡れた鼻に押しつけて、くふふ、とわらう。ちょうどそのとき、飼い主らしきワンピースの女性が戻ってきたので、ふたりは弾かれたように立ち上がった。塔子は名残惜しそうだったが、なんとなく円堂はその手を引いて急かす。リードがとかれ、キャバリエは行ってしまった。つないだのとは逆の手をちいさく振る塔子を肩越しに見て、円堂はわずかにくちびるを尖らせる。塔子の華奢な指に、犬の抜け毛がたくさん絡まっていた。手を洗おう。なんとなく手を離せないまま、円堂は水飲み場を見る。手ぇすごいことになってるね、と、肩越しにちらりと見た塔子は自分のてのひらを見つめてびっくりしていた。
稲妻町に知り合いのいない塔子は、夏未の家に間借りしている。秋や春奈がまいにち来てくれるんだ。ばしゃばしゃと派手に水をはね散らかしながら塔子は言う。あたしより夏未のほうが嬉しいみたいでさ。おかしいよ。ふうんと円堂は生返事をしながら、水のしたたる手でボトルのキャップをひねった。しそペプシをひとくち流し込んで、塔子に差し出す。くれるの。まずいけど。ひひっとわらうと塔子もわらってボトルを受け取り、Tシャツのすそで飲み口をくるんと拭った。そうしてひとくち飲み込んでから、またそこを拭う。まっずい!けたけたとわらう塔子の、そういうところがいいのだと円堂は常々思っている。あけすけなくせに潔癖で、踏み込むことをよしとしない。つないだ手だって居心地が悪そうに固まっていた。そういうところが、いいのだ。最後の一線を譲らないだけでなく、誰にも感じさせることすらしない。壁山にどことなく似ている気がする。塔子は完璧なディフェンダーだ。そういうところがいい。
今から見舞いに行くのだと言ったら、じゃあ花を摘まなきゃと塔子は言った。あたし、四つ葉のクローバー探すの上手だよ。シロツメクサが固まって咲いている草むらにひざを埋めて、塔子は楽しそうに鼻歌を歌っている。円堂も隣にしゃがみ、そっと塔子の腕に触れた。髪の毛越しに、こめかみにくちびるを押しつける。塔子はなにも言わずに、途切れた鼻歌が残ったくちびるを結んだ。おれんちに来ればよかったのに。すべらかなひふに少しだけ指をくい込ませると、塔子はいたいような笑顔を浮かべた。円堂はそういうとこ、やさしくないよね。円堂のジーンズのひざが草の汁に染まる。塔子の華奢な指は、もう一本目のクローバーを探し当てていた。その指に自分のそれを重ねて、そのまま連れてゆきたかった。その指がさみどりに埋没していくのを、見守るだけではだめだったのだ。
塔子は色とりどりのキャンディがつまった瓶がプリントされたしろいTシャツとふくらはぎまでをゆるく覆うチョコレート色のパンツに水玉模様のやわらかそうなサンダルを身につけて、稲妻町から逃げたそうにしていた。夏未と一緒にたべるごはんはうまいよ、なんて、屈託なくわらったりキャバリエをかまったりしながら。この町では誰もがみなどこかに寄る辺を持っていて、その濃すぎる空気がゆるやかに塔子を疲弊させる。だからその手を取らずにはいられないのだ。塔子がそれを嘆いてしまう前に。円堂がそれを認めてしまう前に。乾いた四つ葉のクローバーの束は、あとから半田のベッドに投げ込んでおいた。円堂の願いは叶わない。なぜなら理由が死んだからだ。






つむぎ糸ひくてあまたにららららら
円堂と塔子。
リクエストありがとうございました。勝手にカプっぽくしてすみません。
[3]  [4]  [5]  [6]  [7]  [8]  [9]  [10]  [11
カレンダー
09 2024/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
まづ
性別:
非公開
自己紹介:
無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

adolf_hitlar!hotmail.com

フリーエリア
アクセス解析

忍者ブログ [PR]