ヒヨル きかく 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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ざりざりに噛みちぎられた左手の指の爪に、しろく濁った薄皮みたいなのがまだ残っていて不愉快だ。犬歯でそれをぷつりと噛んで、吐き捨てようとしても舌にまとわりつく。それを力を込めて吐き出そうとしたら、思った以上に力が入りすぎてゴエッとえずいたみたいになった。目金がびくんと顔を上げる。円堂はいら立ちを隠しもしないまま、目金の方から転がってきたボールをつま先ですくい上げ、いちど浮かせてキャッチする。いたたまれないような卑屈な目をしてこちらを見ている目金にボールを投げ返してやると、びくりと両手を差し出してそれを受け取る。いらいらすることばかりだ。円堂は自分のボールをおなじように蹴り上げてひざの上でぽんぽんと弾ませた。目金のほそい目がぎゅうっとほそまり、たぶん意味もなくボールをいちどだけ地面に打ちつけた。たあん、と高い音がつめたい空気を裂いて響く。ああ、とついたおもたいため息が円堂の視界をもやりとかすませた。
目金をサッカー部に誘ったのは自分だということに、円堂は負い目を感じている。部員にも、自分自身にも、そして目金にも。どんなに人数が足りなくても、あんなのを誘うのではなかった。人間には向き不向きがあるわけだが、しかしそれはサッカーしかしてこなかった円堂にはうまく飲み込めない現実だった。あの日、目金は逃げて、円堂は追わなかったし、もう戻ってこなくてもいいと思っていた円堂の気持ちとは裏腹に、目金は戻ってきた。なんにもできないまま。最後のチャンスだったのに、と思う。サッカーを捨てるには、あの逃走が最後のチャンスだったのに。ちっと舌打ちをするとそれにもまた目金はびくびくと怯えるようにする。負い目を感じているのは、円堂だけではないらしい。目金がするそれを、円堂は理解することはできなかったが。
目金は円堂の責任だった。サッカーなんかできなくてもいいと目金は常日頃豪語していたし、目金がそれでいいなら円堂だってかまわないと思っている。できないものに無理強いするほど円堂は熱心ではないし、円堂にとって、サッカーとはそういうものではないのだ。それでもせめてリフティングくらいはできたほうがいいんじゃないかと染岡がまた余計なことを言うので、円堂は練習後の時間を割いて目金につき合っている。二週間、目金は一向に上達しない。いら立ちばかりを募らせる、いやないやな時間だ。目金は卑屈に縮こまるばかりで、円堂はただ黙っている。最初のうちは壁山もいてくれたが、円堂が無理やり帰らせてからはふたりだけの息のつまる時間になってしまった。ごろごろとボールは転げ、それはしかし、誰にも修正さえされない。
目金はうつむいてボールの縫い目あたりをいじっている。円堂くんは。ん?円堂くんは、どうしてずっとサッカーをするんですか。え。目金の問いかけに、円堂は目を見開く。考えたこともなかった。円堂は目金を見る。目金は奥歯を噛みしめるみたいな、妙にかたい顔をして円堂をじっと見つめた。ぼく、サッカーなんかできなくたっていいんです。でも円堂くんは違います。よね。だって。円堂は目をそらす。おれからサッカー取ったらなんにもなくなるだろ。それがわからないんです。目金はうつむき、くるくると両手のあいだでボールを回した。どうしてそんなこと言うんですか。円堂くんには、本当にサッカーの他になにもないんですか。気づかうようなその調子。そんなことありませんよね。その奇妙にべたついた声が、円堂の神経を思うさま逆なでした。
うるせえぇぇぇぇ!!声を限りに叫んだ円堂に、目金がからだをすくませて硬直する。おまえに!円堂は両手であたまを抱え、そのすき間からけだもののような目で目金をねめつけた。おまえになにがわかるんだ!サッカーの他に!大事なものがたくさんあるおまえに!おまえに!!目金は息を飲んで、怯えた目で円堂を見ている。円堂にはなにもなかった。サッカーの他には、なにも。なぜならサッカーの他には、なにも与えられなかったからだ。なにも選ばなかったからだ。目金はサッカーなんかできなくたっていいと言う。円堂はそれが理解できない。サッカーを奪われたら、どこにも行けなくなる。円堂はもう最後のチャンスを逃していた。サッカーを捨てて生きることは、もう円堂の選択肢から失われて、久しかった。最初からそのために生まれてきたように。そのためだけに、責任を負ってきたように。
サッカーがある限り、円堂はどこにもゆけないのだった。目金なんかにそれを言われるのがつらかった。サッカーがある限り、円堂はなにも探しにゆかれないのだ。宇宙をさまよう羊たちの一頭になる資格だって、円堂は持っていないのだ。目金が最初から持っていたそれに、円堂は憧れて憧れて、あこがれていたのに。夢も希望も、未来さえ探しにゆかれない。サッカーでグラウンドに繋ぎ止められたままの探索船。哀れにもがくだけのそれを見下ろしながら、目金はどこまでもどこまでも飛んでいくのだ。宇宙をさまよう孤独な探索船にさえ、憧れなければいけない自分のみにくいことが、円堂はなによりかなしかった。円堂くん。目金がおずおずと手を伸ばし、そっと背中に触れた。泣いてるの?生殖の石を探す奇跡の旅に、傷つくのは果たして誰であるのだろう。答えはいまだ見つからない。どこにもゆけない円堂から、輝くものたちは遠ざかっては消えてゆく。







ペトラゲニタリクスオービター
円堂と目金。
リクエストありがとうございました!最後の一歩が踏み出せないのは、本当は円堂なんじゃないかなーと思いながら書かせていただきました。
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だらしないのよ、と彼女は言った。その高飛車な口調に、のそのそとだらしない足どりで雪をかき分けながら歩いてきた半田は苦笑する。北海道は白恋中の氷上グラウンドで今は二軍チームの調整を行っているところで、今や不動のスタメンエースストライカーである増谷乃流が、おでんをくうからと席をはずしている円堂の代わりにそれを見ている。つややかなながい黒髪をふたすじの三つ編みにした、大人びてうつくしい顔立ちの増谷乃流。わけあってキャラバンに合流するのが遅れた半田は、今のキャラバンメンバーのことをよく知らず、それでもさすが円堂が手ずからスカウトしただけあって、気立てもよく力ある粒ぞろいの人員ばかりだ。なぜか女子ばかりだが。ないるはその中でも特に攻撃的なサッカーを好む少女で、ねばり強く相手のゴールを攻めるその姿勢が円堂の目に留まったのだろう。並みいる強豪フォワードを押しのけて、スタメンの10番は彼女のものだ。
ないるは積もった雪の中に両足を開いて、寒さをものともせずに仁王立ちしていた。その傍らには寒そうに肩を縮めた宍戸が、自分のからだを抱くように立っている。そしてなぜかそのふたりの首はながいマフラーで繋がっていて、それぞれの端をまだだらだらと余らせていた。半田ははぁと中途半端にため息みたいな口調で呟き、ないるの隣に立つ。だらしないのよ、と言ったのは宍戸のことで、あまり寒さに耐性のない宍戸はマフラーをぐるぐるに巻きつけてなお、がたがたとからだを震わせている。これは?半田はふたりが一緒に巻いているあかいマフラーを指さした。編んだの。ないるが。なによわるい、とないるはきっと目をつり上げる。いやーかわいいじゃん、女らしくて。両手をジャージのぽけっとにつっこみながら言うと、ないるはうぐっとあからさまに言葉に詰まる。べべ別にそんなこと言われて嬉しいとか、思ってないんだからね!勘違いしないでよね!褐色のほほが濃く染まっている。
べくしょい、と宍戸がくしゃみをした。先輩さびーっす。だらしないわねぇ。宍戸は寒さに極端によわい。ずずっと洟をすすり、ついたため息がしろくその顔をかすませる。あー鼻毛凍る。マフラーに鼻水つけないでよね。それはどうかなーと宍戸はわざとらしく言って、足下の雪を踏み固めるように足踏みをした。寒そうだ。にしてもなげえなこれ。半田はマフラーの端をびよんびよんと伸ばしながら感心したように言う。三メートルぐらいあんじゃね。なんか編みすぎたのよね。なんでだよ。ノリよ。あそう。編み目はちょっと荒くてところどころがたついているが、いい毛糸で丁寧に編まれたあかいマフラーはふあふあとした手触りが気持ちいい。仲いいの?半田はからだを曲げて、ひとつのマフラーに巻きつかれたふたりを覗き込むようにした。宍戸とないるは顔を見合わせ首をかしげ、そしてなぜかぴたりと寄り添って腕を組む。「おい」仲いいんじゃねえか。うぜえな。ざしゃ、と蹴上げた雪がきらきらひかった。
あーーーーもう限界。上着取ってきます。宍戸はあごを震わせながらそう言い、あかいマフラーからあたまを抜いてないるに手渡す。ついでに円堂くん呼んできてくれない。らじゃ。宍戸は指をわなわなさせながら敬礼をして、そのまま白恋中の校舎へあるいていく。ないるは手に持ったマフラーを自分へもりもりと巻きつけた。当たり前だがあっという間にあたまの先まで覆われる。赤頭よ。あかあたま。おまえばかだろ。マフラーのばけものがふるふると首を振った。おれにつけさしてよ。いいよ。赤頭の中から黒髪のないるがするすると表れる。宍戸の立っていた場所に立って、半田はあかいマフラーを今度は自分がもりもりと巻きつける。おおあったけー。そう、とないるの横顔がもうグラウンドを見ている。見ててって言われたんだけどなにすればいいの。うん、と半田は息を吸った。声だしてけー。おう、とグラウンドからばらばらと返事がする。
ないるが横顔でしろくほそい息をする。こういうの苦手。サッカーはうめーくせに。技術と資質は違うんじゃない、とやけに理系くさいことを言うないるの腕を半田はひじでつつく。自信ねーの。あるわ。にやにやわらいながら言う半田に、ないるはこちらもにっとわらって見せた。わたしは誰にも負けないの。墨絵のよにくろぐろとにょきにょきと空を押し上げる冬木立にからまるように、どこからか香ばしいとうきびの匂いがする。中綿の軽くてあたたかいベンチコートを着た宍戸が、金属バットに焼きもろこしを山と積んで戻ってきた。監督さんから差し入れっす。ありがとーおいしそう。あとキャプテン来ないって。えーやっぱり?ないるはすらりと手を伸ばしてそのてっぺんのものをさらう。ふたりがそれぞれ焦げ目のついた実にかぶりつくのを見届けてから、宍戸はグラウンドに降りていった。おつかれっすー。休憩どおぞー。その華奢な肩には巨大な水筒が、ぽけっとには重ねた紙コップが見える。まめな子ねえとないるはばりばりと焼きもろこしを噛みながら言った。その口調がほんとに宍戸のことをすきみたいで、不覚にも半田は動揺する。
考えてみれば、だけど、おかしなはなしだ。東京からなん百キロも離れた北海道で、指がちりつくほどあつい焼きもろこしを、すこし前まで名前も知らなかった女の子と、ひとつのマフラーにくるまってたべている。ぶはっと半田はぐずぐずに噛んだとうもろこしを吹き出した。ひっとないるがあからさまにからだを引き、汚いわねぇと眉間にしわを寄せる。急になに。いやーなんかおかしいなーって思ったらツボった。なにが。なんつか、状況が?ないるは腑に落ちない顔をして、ふうんと曖昧に返事をした。しゃきしゃきとわざとおおきな音を立てながら半田は焼きもろこしをかじる。さっきの。え?おれともやってよ。なに?ないるは首をかしげ、その拍子にマフラーがくっとひっぱられるやわらかな圧力が半田の首を揺らした。なんのこと。ちぇっちぇっと半田は内心舌打ちをする。ほんとにわかってねえでやんの。おれのぽけっと空いてんよ。あそう。ないるはよくわからないという風に半田を見て、宍戸くんお茶ちょーだーいと声を張り上げた。ちょっとだけさわってみたかったないるの指先で、きれいにたべ尽くされたとうもろこしの芯がしろい。






シェイクハンズ・ウィズ・オーロラジェンヌ
クリスマス企画。
携帯で新規メール画面を開きながらコンビニに入った。音無は適当な感じにまたメールするよーとか言っていたが、まだ買い出しの詳細の連絡は来ない。だいたい音無はいい加減で、買い出し行ってきてとか言いながらメモすらよこさないのだ。うえーと思いながらおれはぽちぽちと携帯のキイを押した。店の中の空気はばさばさに乾いている。おれはコンビニもメールもあんまりすきじゃない。
すぐ後ろから栗松がひゅっと画面を覗きこんできたが、特になにも言わずにオレンジ色のかごを手に取る。あーメール栗松に頼んだらよかったなーと思ったのはそのときで、だけど今さらお願いするのもしゃくなのでそのままぽちぽちメールを打った。「なにかう」『ウィダー人数分と氷!』『あと粉のポカリ』音無はメールを打つのがはやい。そのくらいはやく準備とかもできたらいいのに。栗松、ウィダー人数分と氷と粉のポカリ。えー多くね?ふたりで持てるかな。おれが肩から下げたクーラーボックスを見て、まぁまずはウィダーと栗松は栄養剤が並ぶ棚へ向かった。味は?なんも。じゃてきとーに。栗松が片っぱしから銀色の容器をどかどかかごに入れていく。
ちびだからクーラーボックスの底がコンビニのつるつるの床にこすりそうになって、ちょっとつま先立ちをしてみたらふらーとよろけた。言い忘れたけどこれおもいっす。なにそれ、壁山?ちがう。ふーんと栗松は首をかしげて、あとでおれが持つよと両手に持ったウィダーの裏っかわをじっと見比べていた。なに。やー賞味期限がね。すぐくうんじゃない。タシカニ。栗松はタシカニ、と(いうか、てしけにー、みたいなイントネーションで/ちなみにあんまり似てない)繰り返しながらうなづいて、なんでか手に持っていたふたつともごろごろっとかごに落とした。えっ。えっ?迷ってたんじゃねーの。よく考えたら数が全然足りなかった的な。あそお。栗松はそういうとこ文系っぽいなと思う。とか言いながらおれもキャラバンの人数が正確に何人なのかとかよくわかっていない。足りないよりはね。ね。そんなこんなでウィダーの棚は空っぽになってしまった。店員がびっくりした顔でおれらを見ている。
粉のポカリは三箱あったので、みっつともウィダーの山の上にどさっと積んだ。もうこれ完全に持ち上がらねんだけど。栗松は両手でギリギリかごを下げている。エコバッグにもたぶん入らないんじゃない。まじ音無計画性ないよな。うん、とうなづいて壁面の冷凍庫をがちゃっと開ける。つめたい空気がひやーとからだの前面に吹きつけた。氷なんこいると思う?えー音無なんも言ってねーの。うん。栗松があからさまにげんなりした顔をして、ジャージのぽけっとから携帯を取り出した。ぽろりろりろーろ、ぱらりららー。コンビニに誰かが入ってくる。手がひやい。
ぱたぱたっとかるい足音が近づいてきて、あ、いた、と短く声がかかる。ゆいさんは無口なので、それだけでおれたちを手伝いに来てくれたのがなんとなくわかった。栗松はほんとに驚いたみたいで、思わずばしゃんとかごを取り落として、あ、すいません、とひとりでテンパっている。氷、みっつって。ゆいさんはそう言っておれより先に冷凍庫からロックアイスをみっつ取り出して、きょろきょろとおれらを見回した。おれはクーラーボックスしか持ってなくて、栗松の持ってるかごはもう満杯だ。ぱたぱたと入り口まで引き返して、ゆいさんもオレンジのかごを下げてきた。しろい手がつめたそうに見える。
ふと横を見ると栗松が真剣な顔でビタミン飲料を眺めていた。栗松はビタミン配合とかサプリメントとかトクホの食べ物とか飲み物とか、そういうのがすきだ。なんでか。からだわるいのかなぁと思うけど、そういった兆しを今まで感じたことはない。どれ?後ろからゆいさんに声をかけられて、栗松はおかしいくらいあからさまに肩をびくつかせた。栗松は年上の女のひとがあんまりすきじゃない。もっと年代が上の、きれいなおねえさんはすきみたいだけど。いやいいですなんでもないです、と必死に手を振る栗松を押しのけるみたいにして、ゆいさんは二リットルのペットボトルを引っ張り出した。栗松くんがのまなかったらわたしがのむから。ゆいさんはちょっとひくくて落ち着いた、やさしい声をしている。
部費の財布にはご当地キティちゃんがぶらぶらついていて、そこに最近つなみ先輩がゴーヤのやつを足してくれた。カウンターまでようやくかごを持ち上げて、ゆいさんに財布を渡す。キティちゃんがゆいさんのしろい手からぶらぶらぶら下がって、それを見ていると遠くまで来ちゃったなぁ、みたいな変な気持ちになった。栗松はほんとにすまなそうな顔をしていて、でもそのくらいでマネージャーは怒らないと思うよ、とフォローしてみた。栗松にはわりとへこんでる顔が似合う。っていうかたぶんおれが普段から結構きびしいことを言っちゃうからで。で、栗松は栗松によく似合うへこんだ顔をして、ごめん、って言った。おれに謝られても困る。少林寺くんクーラーボックス貸して。あっはい。ゆいさんはてきぱきお会計を済まして荷造りに取りかかる。
氷はみっつともクーラーボックスに詰めこんで、ウィダーもかろうじてエコバッグに押しこむ(が、やっぱりちょっとこぼれそうになっている)。粉ポカリだけはどうにもならなかったので袋をもらった。これもたぶんアイシングで再利用する。ゆいさんはクーラーボックスをななめに下げて、持てる?と聞いた。エコバッグの、おれが右で栗松が左の取っ手を持つといい感じだったのでそうする。なんかかわいいね。ゆいさんのなにげない言葉にも栗松は過剰反応して、ぶんぶん首を振ったらウィダーがぼろぼろこぼれた。ばかじゃねえの。からだをかがめてこぼれたやつをちょいちょいっと拾ってポカリの袋につっこむ。栗松の左手には二リットルのペットボトル。おれの右手にはウィダーとポカリ。
ゆいさんのしゃんと伸びた背中がおれたちの前をゆっくりあるいていく。仲よしだね。ゆいさんが振り向きもせずに言った。おれはぱっと栗松を見て、そしたら栗松はちょっと照れたみたいにうつむく。どういう意味。なんも言わないおれらに最初から返事なんか期待してなかったみたいな感じで、ゆいさんは今日は栗松くんがスタメンやりなよ、と言った。ひくくて落ち着いたやさしい声で。いい天気すぎて目がいたい。ゆいさんのぽけっとからキティちゃんがぶらぶらしている。ほんとに遠くまで来ちゃったなぁと思ったけどやっぱりおれはなんにも言わなかった。そのかわりなんにも言わずにゆいさんの背中をじっと見ている栗松の横顔を見て、なぐさめてなんかやらなきゃよかった、と思った。







熱帯雨林の夜
クリスマス企画。
壁山は愛媛市街地の川のそばを散歩するのがすきだ。竹を組んだ風流な橋がかかっていたり、つやつやしたまるい石が水際にどっさり散らばっていたり、ときどき近くに生えたみかんの木のあおくさくすっぱいような匂いがしたり、するのがいい。海に近い場所のため、風にはときどき潮の香りがまじっている。沖縄ほどあからさまでないそのかすかだが深い香りに、温泉のあたたかな湯気と硫黄がまざりこんで吹いてきたりもしてまたそれがいいのだ。晴れると瀬戸内海があおくまっ平らな空の逆回しみたいに見える。稲妻町には海がないので、ゆったりとなめらかにうねるその広大な自然は、不思議な驚嘆を何度でも壁山にもたらす。因島だか大三島だかが遠くにかすんで見えた。愛媛は曇ってばかりだが、晴れたらどこまでだって見渡せる。
いつもの散歩コースをひとりでのんびりあるいていると、川岸にかがみこんだ小柄な背中が見えた。見慣れたあおときいろのジャージを着込んでいるため、たぶんキャラバンの誰かしらなのだろうと壁山はそちらにぶらぶらと近づいてゆく。特徴的なピンク色の帽子がそのちいさな背中の上のちいさなあたまにもったりと乗っかっていたので、小山先輩、と壁山は呼びかけた。小山千枝里はひっとちいさく短い悲鳴みたいなのを上げて立ち上がり、声をかけた壁山が驚いてしまうほどの勢いでばっと振り向いた。その拍子に足下のまるい石がごろりとすべってバランスを崩す。わああ、あ。先輩!両手を振り回して倒れるのをまぬかれようとする、その小山の手をつかんで壁山は力強く引いた。逆に勢いよくひっぱられた小山は壁山の豊かな腹にはずんで、そこに抱きつくような姿勢で止まる。からから、と彼女の足の下で石が鳴った。
ごご、ごめんなさい。ぱっと小動物さながらの素早さで壁山の腹から離れ、小山はすまなそうな顔であたまを下げる。こっちこそ、ごめんなさい。先輩があんなにびっくりすると思わなかったんす。壁山がおおきなからだをかがめ、こちらも屈伸するようにあたまをさげると小山はものすごい勢いで手を振った。違うの。違うの違うの。壁山くんがわるいんじゃなくて、あの、その。結局そばかすのほほをまっかにして口ごもってしまう小山をそうっと見て、壁山はぽりぽりとあたまを掻いた。その。壁山が声をかけると小山はびくんとあたまを上げる。ひょっとして、おれ、怖がられてます?一瞬ぽかんとした小山はみるみる焦りの表情を浮かべ、ちちちち違うの違うのとますます首を振る。ははあと壁山は内心うなづいた。小山先輩は気持ちのやさしいひとだから、きっとほんとのことが言えないんだ。そりゃそうかぁとちょっとかなしくなる。こんなでかいのがいきなり声かけてきたら、誰でもびっくりするし怖いに決まってる。そりゃそうだ。
小山はもじもじと胸の前で手を組んだりせわしなく髪をいじったりしている。ありがとう。やがて蚊の鳴くようなちいさなちいさな声がして、それまで小山のちいさな肩の丸みとかほそくて繊細な指なんかを女らしいなぁと思いながら見ていた壁山ははっとして、にこりとわらう。無事でよかったっす。壁山くんは。かちかちにこわばった口調で小山は続ける。こんなとこでなにしてた、んですか。敬語なんかやめてくださいと手を振って、おれはただの散歩っすよと壁山は首をかしげる。先輩は?あ、わ、わたしも、散歩。ひまだから。と言いながら小山はまた語尾をくしゃくしゃににじませてうつむく。確かにやさしくて穏やかなひとだけど。ううんと壁山はまた内心首をひねった。自分は先輩になにかしたかしら。練習試合のときに接触でもしたかな。いや、そんなことはなかったような気がする。
あまりにも沈黙がながくてどうしようかと思っていたところに、突然小山がぱっと顔をあげたので壁山はまばたきをした。あの。小山の小降りな顔がいよいよあかい。か壁山くんは。声が裏返っている。すきなひと。とか。いるの。突然の言葉にぽかんと口をまるくあけて、壁山はしげしげと小山を見た。小山のほほに散ったそばかすが、さえざえときんいろに浮かび上がっている。やがて沈黙に耐えられなくなったのか、豚の顔を模した帽子を両手でつかんで、そこに隠れるみたいに顔の上半分を覆った小山は、かろうじて覗いているくちびるをふるわせてみじかく息をした。あ。あ、っと。先輩。ごめんなさい!えっ?ごめんなさい、と小山は繰り返し、あのうそのうへんなこと聞いちゃったからわすれてくださいごめんなさい、みたいなことをごにょごにょと呟いた。自分の言葉に恥じ入るみたいに肩をちぢめ、壁山がなにか言わなきゃと考えているうちに小山はすごい勢いで走り去ってしまう。
今度はからだをななめに傾けるみたいに首を思いきりかしげ、んー?と壁山は眉の辺りをかるくこすった。なんだったんだろう。気を遣ってくれたのかな。別に怖がられてもしょうがないなぁとは思ってるから、いいのに。逆に先輩には申し訳ないことをしてしまった。あとで謝ろう。あーでも怖がられてるんだったら行くほうが迷惑かなぁどうしようかなぁ。壁山は自分の分厚くてたくましいおおきなてのひらを見て、さっきつかんだ小山のちいさくてほそくてやわらかな手の感触を思い出していた。やっぱり全然違うんだなぁ。木野さんも音無もよく言ってるし、女のひとは大事にしないとだめだ。先輩はフォワードだから、怪我なんかもしてしまうかもしれない。そういうときはおれが助けてあげよう。あっでもきっと先輩にはすきなひとがいるんだろうし(さっきもなにか言いかけてたし)、そのひとが先輩を助けてあげられるようにこっそりお手伝いでもできたらいい。先輩は気持ちのやさしいひとだから、先輩のすきなひともきっとやさしいひとだ。おれ応援しますよ!うん、ちゃんとそうやって先輩に言ってみよう。きっと喜んでくれる。壁山は嬉しくなってちょっとわらった。壁山は小山みたいに気持ちのやさしいひとがだいすきだったので、小山みたいに気持ちのやさしいひとがしあわせになってくれることを、疑いもしない。







女神の前髪
クリスマス企画。
『無題』
「いまどこ」


『Re:』
「商店街【ビックリマーク】」


『Re:Re:』
「おせえしふざけんな【怒り】」


『Re:Re:Re:』
「荷物多いから【汗】/今誰いる?」


『Re:Re:Re:Re:』
「えんあきごうなつふぶとうそめどものせりかつなきどじんおれかぜまるちこく」


『Re:Re:Re:Re:Re:』
「もう揃ってんじゃん!めは?」


『Re:Re:Re:Re:Re:Re:』
「いらねーのにいるワラでんちきれるからえんにメールして」


『無題』
「悪い【汗汗】時間かかってる【ムンク】」

『RE:』
「先始める」





ほーてらすねーつたいやーあなーたならあーわたーしならうー、もえあ
「あ?」
てめーふざけんな!荷物多いっつってんだろ誰か来いよ!そんだけいたら誰か暇だろ!なんでおれひとりでお菓子箱買いしてんだよ!わらってんじゃねーよさびーんだよ!
あ?今雷神模型んとこ。
風丸?やだよ。女子が来いよ。
ふざけんななにが嫌だよ全滅かよ!おれどんだけ人気ねーんだよ!だからわらうな!いいから来いよ!
だから風丸はやだって。あいつこえーし。
あ?風丸ついた?あー、あー遅刻だから?松野止めねーと風丸病院送りになるぞ。別にいいとかふざけんなwwwwかわいそうだろwwww
つかほんと誰か来て。無理だから。こんだけ持つのまじ無理メだから。
あ?あー。えー別にいいけどさぁ、まじ今の状態だったら無理だよ。おまえさぁなんか思い違いかもしれねーけどさ、おれ腕二本っきゃついてねえからね。
ばかふざけんな!見間違いだろどう考えても!あるか!ユニフォーム着れんわ!だからわらってんじゃねーよ!早く来いよ!
あー。えーやだよ。えー、まぁそれならいいけど。絶対来いよ?絶対だからな?来なかったらまじぶっとばすからな。はいはい。はーい。じゃまたあとで。

ピッ


半田なんて?
あとから行くからって言ったらケーキも買っといてくれるって。
ぶはwwwwwwwwばかじゃねえのwwwwwwww
ものは言い様なんだよ。
お手伝い行こうか?
いーっていーって。あいつはできる子よ。
でもさすがに無理じゃない?
おまえら半田を信じろよ!あいつならやってくれるよ!
なにイイ話っぽくしてんだよ。
だってあいつ腕四本あるっつってたし。
ねーよwwwwwwwwきめえよwwwwwwww
松野いたいいたいいたいいたい前髪はやめて前髪は!
つか今日まじさびーな。おいキモヲタ、もっとエアコン温度上げろよ。
あなたたちぼくの家でくつろぎすぎじゃありませんか!?ああああそのフィギュアは限定品なんですさわらないで!
うわキモ。そういうのでムキになるとかしけー。
なぁこれ続きとかねーの?
ありません!まだ出てません!
せっかく集まったのにくうもんねーとかまじないわ。半端早く帰ってこいよ。
だから手伝いに行けばいいはなしだろ。
じゃおまえ行け。
さびーからやだよ。
腹へったーポテチくいてー。はんぱーはんぱはんぱはよ帰ってこいし。
なぁこれ操作どうやるの。
これは中指をスティックに置いて、ってなに勝手にプレイしてるんですか!やめてください上書きしないで!
へーこれがラブプラスか。すげえな。おまえほんとキモいんだな。
やめてーぼくの寧々さんにさわらないでー!!
いたいいたいいたいいたい松野!松野悪かった!もう遅刻しないから!
うるせえな風丸さっきから。もうちょっと静かに痛がれ。
ちょ、あんたさっきからわらいすぎやで。
もうやめて。おなか、おなかくるしー。あははははははは。
塔子完全ツボってんな。
ん?
なぁ、誰か来たんじゃないか?
半田かな。
出るか?
いいよ。勝手に入ってくんだろ。
いませーん。
誰もいませーん荷物置いて帰れ!
ほらクラッカークラッカー。配って。
みんな持った?


「なんで誰も来ねーんだよ!帰ってきちゃったよ!」

メリークリスマス!!







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無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

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