ヒヨル はじかみてううるかばねの万華鏡 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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夏のうっとうしさを目金はすかない。景色が急速に熱を帯びて生命力に溢れるさまを見ていると、どうにも喉のあたりが苦しくなるのだ。空を染め上げるひかる雲と、それが鮮やかに刻む陰影。有名な画家やアニメーターの描いた巨大な油彩画に直面したときのように、夏は暴力的な色彩で目金をひるませる。有機的なエネルギーを惜しむことなくばらまいて、まるでそこで完結してしまおうとするような爆発的な生命。ぶちまけられた藍玉の空。世界の終わりのような夕焼け。あおざめたプルキニエ。死んでいく蝉の声。エアコン完備の教室のよどんだ空気が妙に肌になじみ、眼球を乾かす隔離された不健康の中で目金は夏をやりすごす。砂ぼこりと泥と血と汗のグラウンドを思うだけで目金の背筋はおもたくなった。そこにしか今では居場所を作れなかった愚鈍を、あけすけなほどに健康な夏が浮き彫りにしていく。
夏の部室はひどく居心地が悪い。マネージャーたちが懸命に換気しても、しっとりと濡れたような臭いがいつまでもこびりついて取れない。空気はむしむしと湿り、それでいて差すほどあつく渦巻いて、このまま八月が居すわって永遠に動かないのではないかと思うほどだ。空っぽのファブリーズの容器がボウリングのピンのように並んでいて、マネージャーの奮闘をあざわらうかのように、どんよりとおもたく熱気が沈む。打ち捨てられた水槽のような部室。風丸はいつもその片隅で、出入り口に背を向けてパイプ椅子にすわっている。がたがたのパイプ椅子は背もたれがばかになっていて、座面の詰め物があらかたはみ出しているような粗悪なものだった。しかし風丸はいつもそこにすわっている。いつもそこで、ただひとり、円堂だけを待っている。
鍵を借りて戻ってきた目金を風丸はパイプ椅子から振り向き、そしていかにも失望したというような顔をして、また背を向けてすわり直す。うっとうしいなと目金は思った。風丸は試合ではあんなにも頼りになるのに、一歩グラウンドを出るともう使い物にならない。風丸の目はいつでも円堂しか見ておらず、それ以外のものにはいささかの興味も示さない。ばかみたいに一途な風丸を、目金は口にも態度にも出さないが軽蔑していた。ついさっき外で目金は円堂とすれ違い、おれ今日はこいつと帰るから、と、栗松の二の腕をつかんでかるく持ち上げて見せられた。なるほど風丸への伝言だったのか、と目金は日誌をぱらぱらと開く。円堂くんならもう帰りましたよ。なるべくかるい調子で言うと、嘘だ、と即座に風丸の声がすべりこんできた。ぼくあなたに嘘なんてつきませんけど。とげのある口調で目金も言い返す。部室に渦巻く熱に肌がいやな感じにひりついた。
風丸は夢見るように言いつのる。おれはなんにも聞いてない。円堂がおれになんにも言わずにどこかにいってしまうわけないだろ。目金はそんなこともわからないのか。ばかだな。目金はあきれてちょっと首をそらす。ばかはどっちですか。風丸の献身にも似たその一途を同情しないわけではない。顧みられることもないのに、風丸はただ一徹に円堂の背中を追い続けている。どっちにしても辛いだけだろう。円堂がそれを快く思っていないのは誰の目にも明らかだった。あからさまに迷惑そうな顔をした後輩を、有無を言わさず連れて帰ってしまうほどには。とりあえず円堂くんはもう帰りましたし、あなたもはやく帰ってください。目金は不快を隠しもせずに言い放つ。憐れむには余裕が足りない。夏がじりじりと迫っている。
風丸が椅子を蹴るように立ち上がった。つややかな髪の毛が揺れる。まるで償いの人のような、凛と立った狂気の目。風丸はひとみだけをゆっくりと動かして目金を見た。おまえなんか来なくても。口調だけがぽつりと平坦で、目金は首の後ろが寒くなるのを感じた。円堂はおれを置いていったりしない。おれをひとりになんかしない。だって円堂なんだ。おれと円堂は。そこで風丸は肺の中身を押し出すようにわらった。おまえなんて来なくても、おれと円堂はちゃんと繋がっていられるさ。いつだってそれを知ってる。円堂だってちゃんとそれを知ってるんだ。苦しいほど力強いその言葉とは裏腹に、風丸の目からは涙が次から次からこぼれ落ちる。おれにはもう円堂しかいない。円堂には、そこで風丸はまたわらった。ちいさく、やさしく、悼むように。「     」
なにを言っているんだろうと目金は力なくわらった。このひとはなにを言っているんだろう。風丸は円堂のロッカーにぴたりとからだを寄せて目を閉じる。おれにはいつまでも円堂がいる。恍惚と、それよりもなお深淵のようにうつろな声で、壊れたスピーカーのように繰り返しながら。繰り返しながら風丸がどんどん疲弊していくのを目金は痛いほどに感じていた。手がつけられないほどに、どんどん、どんどん、絞り尽くして風丸は乾いていく。たったひとりで。円堂に顧みられることもなく。目金は両手で耳をふさいだ。鼓膜をむしばむ風丸の悲痛が、いつか自分にも降りかかると信じてやまなかった。ふたりきりで熱に包まれ、病みながら、痛みながら、ぽかりと開いた風丸の目はそれでも我が手の幸福を疑いもしない、ものだったから。あなた。目金が唸るように声を上げた。夏のようにまとわりつく、その絶望。どうしようもないこの姿を、誰でもいいからわらって。わらって。
「、さっきからうるさい!!」
身に迫るものをやりすごせないのは、いつだって目を背けることさえできないからだ。そこにしか居場所を作れなかった愚鈍。万華鏡のように疲弊させるその感情。いつかそれが手に入ったとしても、ぼくたちは捨ててゆくことしかできないのに。それでもなお手を伸ばす滑稽を、言うなれば夏が嘲笑する孤独な部室。







はじかみてううるかばねの万華鏡
目金と風丸。
リクエストありがとうございました!勝手に同族嫌悪的なふたりのつもりです。
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