ヒヨル きかく 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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背後から声をかける。振り向いた訝しげな顔がどうしようもなく懐かしいように輝くのを見て、夏未は少し目を細めた。待ったかしら。待った待った。半田はボストンを地面にどさりと置き、キャップをぶらさげたショルダーをかけ直した。立ち上った砂ぼこりさえ綺羅やくような日差しがふたりの目を射る。ライオコット島は今日も暑い。あとのみんなは。あー、その辺、と半田は後ろに向けて手を伸ばした。なるほど確かに、その辺、だ。日陰にじっとしている影野と、車のナンバープレートを興味深げに覗き込んでいる宍戸、うさぎ(なぜか野良のものがうろついている)を構っている少林寺を見て、夏未はにこりと笑った。思うところがあったとはいえチケットを4人分手配した甲斐があった、と思う。各々大荷物をぶら下げて来てくれただけでも嬉しかった。実のところ、気の滅入る作業ばかりの中、ふと、彼らに会いたくなったのだ。円堂たちもおおむね順調に試合をこなしている現状もあり、言ってみればプレゼントのつもりだった。自分と、彼らと、とどのつまりはみんなへの。
ポーターに車を手配させているが、到着が少し遅れている。さっぱりしたピーコックグリーンのTシャツを着た半田の背中が汗で蒸れているのを見て、夏未は額に手をやった。手の甲がちりつく。半田は夏未の方をちらと見て、悪いな、と眩しげに笑った。今大変なんだろ。いろいろ。監督からちょっとだけ聞いてる。言いながら半田は照れ臭そうにスニーカーのつま先で地面をせわしなく引っ掻いている。下ろしたてなのだろう、表面がまだぱりっとしていて新しい。つま先で地面を擦るのは困ったときの半田の癖で、つまり今のこの状況は彼を困らせているのかしら、と、夏未が言葉を探している間にも、半田はワゴンのアイスクリームへ視線を飛ばしたりしている。鮮やかな青いアイスクリームをふたつ買って、ひとつを半田に渡した。おお、甘ぇ。ひとくち運んでの第一声が円堂のそれと全く同じだったことに、夏未は微笑んだ。なんだろ、なに味かわかんねえな。わたしもわからないの。夏未の方を見ないで半田が笑う。
ライオコット島までは飛行機で半日以上かかる。疲れたでしょう。やーケツが痛くてね。なに味かわからないアイスクリームをせっせと食べながら、半田は首を回した。なんか、いいんかね。え?おれら観光気分だけど。みんな大変なんだろ。そうねぇ。夏未は半田の足元のボストンを見ながら、うなじに手をやった。もしかしたら戦力がほしいかと思ったのよ。はぁ。え、おれら?そうよ。参った。半田はダハハとふぬけたように笑った。スカウトと引き抜きのルールに関しては大会規約を隅々まで読んである。年齢と国籍と所属チームが明確である、との条件を満たしてあるならば、おおむね誰でも参加は認められている。あなたたちが必要なんじゃないかと思ったの。円堂くんにね。あと、イナズマジャパンにも。どうだかねえ、と半田はアイスクリームについていた木のスプンをきりきりと噛んだ。きっと喜ぶわ。なんと言えばいいのかわからずにそれだけを言うと、半田は横顔でにっとわらった。それはわかってる、みたいに。
戦うことを選んだのが円堂たちであるならば、言うなれば彼らは、戦わないことを選んだのであって、たとえば松野や闇野のように最初から戦うつもりでもあれば。夏未は思う。円堂は、きっと彼らを引きずってでも連れていっただろうに。円堂には彼らが本当に必要なのだ。夏未にはわかる。戦う円堂。戦う夏未。戦わない半田たち。切なくなるのは、違うからだ。彼らだって戦っているのに。それなのに誰も、彼らでさえも、そのことを知らないのだから。観光は一日だけにしてもらえるかしら。なのでことさら、あのころのように言う。あなたたちには円堂くんたちの力になってもらいます。それは理事長の言葉?半田がおかしそうに言った。あきれるほど眩しいような目をして。夏未は静かに微笑んだ。それ食べないならもらっていい、と、触れた半田の手が夏のようにあつい。実は荷物の中には各々スパイクを入れてあるのだと、照れ臭そうに言った、眩しいような夏の彼らである。









砂礫ニカヱア
半田と夏未。
リクエストありがとうございます!ゲーム設定なので4人で遊びにきました。
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夢なんかはなかった。枕にあたまを押しつけてのそれの他には。この門の内側にはいつも未来だとか進路だとかなりたいものだとかやりたいことだとか、それを求めるあまたの手が引きも切らないので辟易する。なりたいもの、なんかは、ないのだ。今時分は特に。それではだめなのだろうかというようなことを、自分よりはいくらか未来について考えていそうな同輩に問うと、そういうのは教師が喜びそうなことを適当に書いておけばいいのだと豪語する。教師が喜びそうなこと、とはどんなことなのかとまた問うと、おまえなんか真面目そうだから、医者になりたいとか言っとけばいいんじゃねえの?と言われて、ああ最もだ、と思ったので今の夢は医者になることだ。医者になることはそう悪いことではないように思える。そう、まさに夢のような。水鳥ちゃんはなにになりたいの、と訊くと、あたしはお嫁さんになるよ、とあっけらかんと答えられたのが楽しくて笑ってしまった。彼女なら間違いなくいいお嫁さんになるに違いない。
ファインダーを覗くとほんのわずかに彼は内向きにたわんで見える。柔らかな髪をした端正な横顔とファインダーの間の直線には、いつも誰かのからだがうろうろと入り込んだり忙しなく横切ったりした。魚のようだ、と思う。あおい芝を泳ぐたくさんの魚たち。本当は写真を撮りたいわけではない。なので、声をかけられたらすぐにカメラを置いてベンチを立つ。べろりと剥けた傷口に(、一応は洗ってきたのかうっすらと血を浮かべててらてらしている)、ティッシュをあてがってマキロンをしゅうしゅう吹き付けると、強がりな同輩は眉をしかめて奥歯を噛んだ。染みる?ねえ染みる?倉間に肩を貸してベンチまで連れてきた浜野が、興味津々と言った顔でうろうろしている。うるさそうに浜野を追い払い、行きがけの駄賃と投げ出されたスパイク(中にぐしゃぐしゃの靴下が詰め込まれている)を取ろうと足を伸ばすので、立ってそれを拾ってやった。倉間は驚いたような顔をして、汚いのにごめん、と言った。答える代わりににこにこと笑って見せる。笑顔は存外に
雄弁だ。自分のものは特に。
傷口に有り合わせで作った絆創膏を貼って、絞ったタオルを渡してやる。擦りむけた両手を拭い、顔をごしごしと拭いて、ドリンクを持ってきたときには倉間はもうじっとグラウンドを眺めていた。視線に気づいたのかちらりと顔を上げ、手はいいよ、と言う。見ると片手にまだマキロンを持ったままだった。救急箱に、切り取ったガーゼやテープや脱脂綿と一緒に丁寧に片付ける。汚れたティッシュをビニル袋に入れて縛り、ごみ箱に片付けるついでに雑巾を持ってきてベンチを拭く。倉間はちらちらと横目でこちらを伺い、怪我をした足をぶらぶらと揺らした。釣り上げられた魚のようだ。退屈で、それ自体が危機のように。よく働くな。ふと魚が口をきくので驚いた。は、としてまばたきをする。どんくさそうなのにな。よく言われる、という気持ちを込めてまたにこにこと笑う。倉間は優しい。優しいのに、それをごまかそうとしているだけで、それでもごまかしきれないので倉間は優しい。しきりに鼻を擦るのでちり紙を渡した。
使い終わってくたびれた泥よごれのタオルを拾い集めてかごに入れながら、ぼんやりと明日のことを考える。きっと明日も今日の繰り返しで、明日もなに一つ見つけられないまま明後日に思いを馳せる。違うことなどなにもない。明日だってまた、昨日と同じだ。茜はお医者さんになるんだってなー。浜野がニヒヒと笑いながら話しかけてくる。意外と似合うんじゃない?ちゅーか、手際めっちゃよかったし。浜野の隣には倉間がなぜか憮然とした顔をして立っている。医者か。いいな、と彼は涼しく笑った。山菜が医者になったら、プロになっても安心だ。キャプテンゆーねぇ。浜野が言うのに合わせて、ゆーねぇ、と珍しく倉間も笑った。かごを抱えてにこにこと笑う、この顔を見て、みんなはなにを思うのだろう、と思う。雄弁な笑顔で、それでも語れないことはたくさんあるのに。明日がまた昨日の繰り返しであることみたいに。夢なんかなくたって、明日が何度だって来てしまうみたいに。
みんながにこにこと笑うので、いつも笑っていられる。笑っていると、明日が来ることを疎んじないままでいられる。なにになりたくったって、どうせなんにもなれなくて、どうせなんにもなれなくったって、きっといつだってにこにこと笑っている。雄弁な笑顔で、伝えられないことがたくさんあっても。伝えられないまま、それを笑える。あおい芝を泳ぐ魚の群れを見守ることは楽しかった。楽しくて、だから切なかった。お嫁さんになると言った水鳥ちゃんは、どんな夢を見て眠るのだろうと思った。お嫁さんになりたいと言えば、彼は笑ってくれただろうか。








花束の褥
茜。
あんまりにも家に帰りたくなくて、部室のベンチに寝っころんでいい加減ガタのきたパイプ椅子を脚でゆっくり揺らしているところに、たまたま忘れ物とかで戻ってきたのを捕まえてゲーセンに行ってカラオケに行って補導されそうになったのを逃げ帰ってから、松野は宍戸とときどき遊ぶようになった。ときどきというのは本当にときどきで、遊ぶといってもどこかに出かけたりなんかは面倒だし貧乏だしで絶対にしない。気が向いたら部室でふたりで居残ってなにもせずにダレているか、ごくたまに意味もなく言葉を交わしたり、それ以外のものも、本当にまれに、交わしてみたりする。松野の指はいつも発熱していて宍戸の指は冷たい。温度差はそのままふたりの差になり、いくら時間を重ねても埋まりはしなかった。それよりも先にそれでも構わないとだらけきってしまったからかもしれない。おなじ場所でする足踏みが土を削るように、おなじ場所でくつろいだまま、松野はときどき宍戸の時間を無為に喰い荒らす。
ごくたまに宍戸と交わす言葉とは別のものは、松野の心臓の真裏の深い場所にゆっくりと溜まって松野を奇妙に健やかに強くする。折れた骨の太くうつくしく繋がるような、その奇妙な高揚をそれでも松野は疎んじた。そういうんじゃないと思うんだけど。ベンチに仰向けに寝っころんで椅子をゆっくりと揺らしながら松野は思う。あーと宍戸は携帯を見ながら呻き、もう帰らないと、と言った。もうちっと。宍戸は無言で携帯を学ランのぽけっとにすべり落とす。宍戸の手首はしろくて骨みたいで、それが網膜でなん十回もおなじ動作を繰り返す。なー。松野は首を動かす。さっちゃん今なんかほしいものある。やー別に。宍戸は両手の爪を見ながらそっけなく答えた。十指に並ぶ噛みちぎられたみじかい爪。なんかゆえよ。ねえって。あんだろ普通なんか。おれ無欲なんすわ。松野はチッと舌打ちをする。嘘でも宍戸はそういうことを言うのでたまらない、と思った。松野も宍戸もいつだって嘘ばかりついている。
しかし確かに嘘でも宍戸はそういうことを言うし、松野はたとえ嘘でも自分を無欲だとは思えない。いくら宍戸と交わすものが松野を健やかに強くしたとしても、松野はなにかもっと違うもので埋めるしかない動物だ。一度無理やり宍戸の前髪をつかんでその奥を覗いてみようとしたが、宍戸は普段の彼からは思いもよらないほど猛然と抵抗した。宍戸の赤毛が松野の指にたくさん絡まり、たぶんそこからだった。もっと違うものがほしいと思ったのは。宍戸に望まれてみたいと思った。無理だとわかっていても。さわんな。宍戸はぞっとするほど冷たい声で言い、松野はその言葉と同時に宍戸の腹を蹴飛ばした。宍戸には望むものはなくても、守るものはあるらしい。そのことを、あのときの松野はもしかしたら喜んだかもしれない。恨んだり憎んだりしたかもしれない。そんなことがあったのはその一度きりで、それからはなにもしなくなった。言葉を交わし言葉の他のものを交わし、それで満たされようとした。健やかに強くなる松野は、やはり嘘をついた。
さっちゃん死にてーって思ったことある。松野の言葉に宍戸は無感情に、あるよ、と言った。じゃーそれな、おれがくれるわ。松野は胸の上で手を組む。今度の誕生日。いらねー。宍戸はちょっとわらった。冷たい指のみじかい爪を立てても、宍戸には守らなければならないものがあるという。代わりにさっちゃんおれになんかくれ。斬新なカツアゲだなぁ。宍戸はまたちょっとわらって、いいよ、と言う。くーさんはなにがほしいの。おれはね。おれは、と言いかけて松野は口をつぐんだ。おまえと死ねるならいいよ、と、答えたくて、答えようと思って、それでもあふれ返ったものがのどをふさいだ。宍戸は松野になにもしてくれない。なにもさせてくれない。本当は声高に叫びたかった。愛してくれと。愛してくれと。松野はにっとわらって、さっちゃんと一緒に死んでみたいわ、と言った。宍戸は平然と、じゃあそれで、と答える。ばかみたいだ。松野はわらう。嘘ばかりついて。松野は宍戸には嘘なんてつけないのに。
宍戸と言葉や言葉の他のものを交わしていられるなら、松野は健やかにも強くもなれなくてよかった。だらけきった距離に立ち止まり、空ばかり見て、嘘ばかりついて、それでよかった。どうせふたりにはそれしかなかったのだ。満たされようとして、ひたすらに壁を積み上げて、そのくせふと振り返って、それなのにふと振り返らないと見つけることもできないふたりの距離には。










成子坂天ノ川溺死ーズ
松野と宍戸。
リクエストありがとうございました!新感覚なふたりにすごくドキドキしながら書かせていただきました。
痩せた腰を蹴飛ばしてやると驚くくらいに遠くへ飛んで、襟首を掴んで引き起こして殴ったときの手の感触が、思った以上に軽かったので。罪悪感もそれくらいに軽いような思い込みをわざとそのままにしながら、鬱憤を募らせるたびに染岡の手は擦りむけて宍戸は傷ついた。鬱陶しいわけでもなければ自己主張もしない棒きれのような宍戸は、染岡に無言で見つめられるとやはり無言で立ち上がって、部室からできるだけ離れた体育館裏へ移動をする。最初の二回は染岡が引きずっていった。その次からは自分の足でそこへゆく。抜けるようなしろい宍戸の膝の裏。脳に膜の巻きついたようなもどかしさを言葉にできない染岡にできることは、その痩せた背中を追いかけて思いきり蹴飛ばすことだけだった。いつも。棒きれの宍戸は声もあげずに鬱憤を呑み、その鼻血が地面にまるく鮮やかに広がる。そして染岡は穏やかに満たされた。朝焼けの模倣のような卑猥な夕焼けの滴るその下で。
円堂は後輩がわりとすきなので、ときどき染岡に小言じみたことを垂れたりもする。しかしそう言う円堂も少林寺をこれみよがしに打ったり蹴ったりするので、結局はどこまで行ってもおなじ穴のなんとやらだ。円堂に足りないものは世の中のすべてだったし染岡に足りないものは言葉にはできないものだったわけで、そのくせ同病相憐れむでもなくひたすら険悪であったのは怖かったからだ。あの中にしっくりとなじんでしまうことを、染岡はなにより怖れていた。有象無象に埋もれて息もできない恐怖は、体育館の裏に宍戸と一緒に置き去りにする。その痩せたからだを蹴って蹴って蹴りまくって、快楽を垂れ流す甘美な瞬間。棒きれの宍戸。弱者を踏みにじる圧倒的な優越。円堂はわらわないが染岡はわらう。穏やかに満たされる、そのための犠牲だと。卑猥な夕焼けの滴る放課後は性交にも似ていた。泣きもわめきもしない宍戸は、
(それでも)
いたいよぉ。か細いうめき声に染岡はびくりと背中を震わせた。いつもの放課後は掻き消え、夕焼けは炎上した。肩越しにそっと振り向く。横たわる宍戸。そのからだがゆっくりと動く。いたいよぉ。すすり泣くように小さく低く呻きながら、宍戸はゆるりとからだを起こした。だらしなくへたりこんだまま呆けたように仰向く宍戸の横顔。砂だらけのユニフォームと腫れて歪んだ頬。ゆうひのような宍戸の髪。いたい。宍戸は一度息を吸って、思い出したようにぽつりと呟いた。宍戸。染岡はからからに干からびた喉でささやく。宍戸は染岡を見なかった。腫れて歪んだ頬にのろのろと触れる、宍戸の指先と唇の端があかい。宍戸はまたゆっくりと首を動かし、いたいよ、と言った。細い指が地面をがりりと掻く。擦りむけた腕をかばうように押さえ、宍戸はのろりと立ち上がった。支えてやらなければ。思いとは裏腹に染岡は指すらも動かせず、宍戸が無言で打ちのめされていくのを眺めていることしかできなかった。
やがて宍戸は吊られたようにぎこちなく立ち上がる。あああ。生命と呼吸を確かめるように、宍戸は卑猥な夕焼けを仰いで声をこぼした。手のひらをじっと見る。擦りむけた、痩せた、薄っぺらな、宍戸の手のひら。ああ。次の声は落胆に聞こえた。染岡の鼓動が速くなる。宍戸は顔を上げる。ゆうひのような宍戸の横顔。その横顔はほほえんだ。切れた唇と腫れた頬とゆうひのような髪の毛の奥の砂浜みたいなカルシウムの怒濤と鉄と水の草原を踏み越えたまだ奥の奥の奥の奥の。目がくらむ。手を伸ばす。手を伸ばす。手を伸ばす。どうか届かないでくれと、どうか握り返さないでくれと願いながら。
(それでも)「それでも」
染岡は宍戸がわらうと苦しくなる。宍戸が、泣いたり、わめいたり、怒ったり、怯えたり、しないことが、苦しい。宍戸がたったひとりで泳ぎきった沈黙と砂浜カルシウムの怒濤と鉄と水の草原と六角稚魚と四十八億を、染岡は一歩たりともゆくことができない。そちらにゆければ。ゆければ。宍戸はもう静かに横になって眠っていてくれるだろうか。宍戸は染岡の横を通りすぎる。それでも明日にはまたおなじことを繰り返し、宍戸は傷ついて、染岡は満たされる。だから、染岡はは見ないふりをする。ただ、宍戸へのすべてを、宍戸が塗りつぶすのを待っている。

『十力の金剛石はきょうも来ず』
明日は雨だ。









しあわせになろう
染岡と宍戸。
リクエストありがとうございました!染岡さんはどうしても楽になれないイメージです。
夏未が買い食いをしたことがないなどと冗談みたいなことを言うので、ふたりで先に学校を出た木野を探している。三人でドーナツでもたべようと思ってあるき出した矢先、夏未が車を出そうかと提案してくれたが、音無はそれを断った。ああいう高級なかしこまった車は苦手なのだ。なんだか手足がかゆくなる。庶民派の音無は、いいもの、というのが苦手で、いいものの上で澄ましかえった夏未も最初は苦手だったが、最近はおもしろいひとだと思うようになって、自分から話しかけたり遊びに誘ったりするようになった。夏未もまんざらではないらしく、木野がいれば、という条件つきなら、だいたいのことにつきあってくれる。夏未は木野のことがとてもすきだ。木野さんと音無さんとカイグイするなんておもしろいわ、と楽しそうにあるいていた夏未が不意に足を止めたのは、汚いどぶ川にかかる橋の側だった。木野が三人の少女に囲まれていて、少女たちはひどく怒っている。うちひとりは木野に詰め寄り、があがあと怒鳴っていた。音無はあわてて夏未を路地の陰に引っぱる。
木野はなにも言わずに彼女の言葉を聞いていた。彼女はひどく激昂した様子でわめき、かと思うと泣き出して、泣き出しついでに木野の髪の毛をわしづかみにして引っぱった。ピンが地面に転がる。わきにいた別の少女が木野のブラウスの二の腕を引き、その反対側にいた少女が木野から鞄をむしり取った。木野は抵抗もせずなされるがままにされ、死ねくそ女、という怒号とともに鞄が川に投げこまれるのを、奇妙にやすらかな穏やかな顔で見ていた。最後に彼女は音たかく木野の顔を打ち(、それは、殴る、といったほうが近かったかもしれない。ひどい勢いの一撃だった)、まるで自分が被害者であるかのように左右の友人にすがりついて、そのまま去っていった。友人たちは冷ややかな目で木野をにらんで、もう「泥棒」しちゃだめだよ、と言い捨て、振り向きもせずに行ってしまう。夏未がぎゅっとつかんでくる腕がいたかった。その横顔が怒りに蒼白になっている。
木野は膝を折ってピンを拾い、平気な顔をして前髪につけた。引かれてよじれたブラウスのぼたんやりぼんをきちんと直し、スカートを払って、川へ降りる階段を封じた錆びた金網を乗りこえる。そのまま木野の背中が階段の下へ消えるのを見送って、音無は夏未の横顔をちらりと見た。なんなの。夏未はかすれた声でつぶやき、しかし音無には心当たりがあったので、なにも答えられなかった。木野の素行のことだとわかった。泣いていたあのひと。確か、テニス部のキャプテンとつきあっていた。テニス部のキャプテンは、木野のことがとてもすきだった。きっと、そういうことがあったんだろう。そしてあのひとは、ううん、テニス部のキャプテンも、捨てられた?そこまで考えたときに腕を引かれ、音無の思考は中断する。夏未は音無を引っぱって大股であるき、金網を勇ましく乗りこえてごみだらけの川辺へ降りた。ヘドロと汚水でできているような汚い川。木野はそこへからだを沈め、投げられた鞄を探していた。
よしなさい。夏未はつよい語調で言い、木野をにらみつけた。あなたがそんなことする必要なんてないわ。声のつよさとは裏腹に、その目があかくうるみはじめている。上がりなさい。早く。木野は立ち上がり、泥が二の腕までこびりついたおそろしく汚い手で、臆することなく落ちかかった前髪をかき分けた。額から泥水がひとすじ、木野のしろい顔を縦に裂くように流れ落ちる。異臭はふたりの元にまで届いた。もうやめて。お願い。木野はからだのほとんどを汚水に沈めて、それでもなお探し物をやめない。ごみの引っかかった鞄、中身がほとんどなくなったペンケース、かわいいポーチや手帳もみな、無惨な姿で拾い上げられた。水を吸ってがぶがぶになった教科書とノートを引き上げ、中をめくって木野はちょっとため息をつく。文字、流れちゃった。そう言ってほほえむ木野の横顔は、ぞっとするほどにうつくしかった。夏未は呆然と立ち尽くしている。今にも泣き出しそうな顔をして、拳をふるわせながら。
やがて木野は水から上がってきて、言葉を飲みこむふたりを見て、なぜかはにかむようにほほえんだ。ごめんなさい。そうしてそんなことを言う。あの子たちはわるくないの。夏未は思ってもみないことを言われたように、おおきな目を見開いた。どうして。木野の華奢な足は泥だらけで、スカートもブラウスも、おそらく二度と着られないくらいに汚れていた。異臭の汚水にまみれ泥に汚れ、それでも、木野はほほえんでいる。夕陽にななめに照らされて、木野は、聖女のようにきよらにうつくしかった。音無は夏未を押しのけるようにして一歩前に出ると、ぐしゃぐしゃの木野の首に腕を回して、そのからだを抱きしめた。春奈ちゃん?木野が驚いたように言う。汚いよ。音無は首を振った。鼻の奥がつうんと痛む。音無のからだを突き動かしたものは、瞬間的にあたまを突き抜けた衝動だった。なぜだかわからないけど、こうしなければならないような気がした。こうしなければ、夏未は。そして、木野は。
(これはなに?)
(わたし、どうしてこんなにかなしいの)
その夜、生まれてはじめて流れ星を見た。思っていたほどすばらしくもうつくしくもなかった。それなのに涙が止まらなかった。あのとき泣かなかったのは、あのひとだけだった。誰の願いが叶っても、あのひとの願いだけは叶わない。誰もがとっくに気づいてしまっていた。それなのにあのひとはわらっている。きっと今も。









仇花は夕焼
マネージャー三人。
リクエストありがとうございました!女子のリクエストいただくとテンション上がります。お察しの通り木野さんがすきです。
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無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

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