ヒヨル 女神の前髪 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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壁山は愛媛市街地の川のそばを散歩するのがすきだ。竹を組んだ風流な橋がかかっていたり、つやつやしたまるい石が水際にどっさり散らばっていたり、ときどき近くに生えたみかんの木のあおくさくすっぱいような匂いがしたり、するのがいい。海に近い場所のため、風にはときどき潮の香りがまじっている。沖縄ほどあからさまでないそのかすかだが深い香りに、温泉のあたたかな湯気と硫黄がまざりこんで吹いてきたりもしてまたそれがいいのだ。晴れると瀬戸内海があおくまっ平らな空の逆回しみたいに見える。稲妻町には海がないので、ゆったりとなめらかにうねるその広大な自然は、不思議な驚嘆を何度でも壁山にもたらす。因島だか大三島だかが遠くにかすんで見えた。愛媛は曇ってばかりだが、晴れたらどこまでだって見渡せる。
いつもの散歩コースをひとりでのんびりあるいていると、川岸にかがみこんだ小柄な背中が見えた。見慣れたあおときいろのジャージを着込んでいるため、たぶんキャラバンの誰かしらなのだろうと壁山はそちらにぶらぶらと近づいてゆく。特徴的なピンク色の帽子がそのちいさな背中の上のちいさなあたまにもったりと乗っかっていたので、小山先輩、と壁山は呼びかけた。小山千枝里はひっとちいさく短い悲鳴みたいなのを上げて立ち上がり、声をかけた壁山が驚いてしまうほどの勢いでばっと振り向いた。その拍子に足下のまるい石がごろりとすべってバランスを崩す。わああ、あ。先輩!両手を振り回して倒れるのをまぬかれようとする、その小山の手をつかんで壁山は力強く引いた。逆に勢いよくひっぱられた小山は壁山の豊かな腹にはずんで、そこに抱きつくような姿勢で止まる。からから、と彼女の足の下で石が鳴った。
ごご、ごめんなさい。ぱっと小動物さながらの素早さで壁山の腹から離れ、小山はすまなそうな顔であたまを下げる。こっちこそ、ごめんなさい。先輩があんなにびっくりすると思わなかったんす。壁山がおおきなからだをかがめ、こちらも屈伸するようにあたまをさげると小山はものすごい勢いで手を振った。違うの。違うの違うの。壁山くんがわるいんじゃなくて、あの、その。結局そばかすのほほをまっかにして口ごもってしまう小山をそうっと見て、壁山はぽりぽりとあたまを掻いた。その。壁山が声をかけると小山はびくんとあたまを上げる。ひょっとして、おれ、怖がられてます?一瞬ぽかんとした小山はみるみる焦りの表情を浮かべ、ちちちち違うの違うのとますます首を振る。ははあと壁山は内心うなづいた。小山先輩は気持ちのやさしいひとだから、きっとほんとのことが言えないんだ。そりゃそうかぁとちょっとかなしくなる。こんなでかいのがいきなり声かけてきたら、誰でもびっくりするし怖いに決まってる。そりゃそうだ。
小山はもじもじと胸の前で手を組んだりせわしなく髪をいじったりしている。ありがとう。やがて蚊の鳴くようなちいさなちいさな声がして、それまで小山のちいさな肩の丸みとかほそくて繊細な指なんかを女らしいなぁと思いながら見ていた壁山ははっとして、にこりとわらう。無事でよかったっす。壁山くんは。かちかちにこわばった口調で小山は続ける。こんなとこでなにしてた、んですか。敬語なんかやめてくださいと手を振って、おれはただの散歩っすよと壁山は首をかしげる。先輩は?あ、わ、わたしも、散歩。ひまだから。と言いながら小山はまた語尾をくしゃくしゃににじませてうつむく。確かにやさしくて穏やかなひとだけど。ううんと壁山はまた内心首をひねった。自分は先輩になにかしたかしら。練習試合のときに接触でもしたかな。いや、そんなことはなかったような気がする。
あまりにも沈黙がながくてどうしようかと思っていたところに、突然小山がぱっと顔をあげたので壁山はまばたきをした。あの。小山の小降りな顔がいよいよあかい。か壁山くんは。声が裏返っている。すきなひと。とか。いるの。突然の言葉にぽかんと口をまるくあけて、壁山はしげしげと小山を見た。小山のほほに散ったそばかすが、さえざえときんいろに浮かび上がっている。やがて沈黙に耐えられなくなったのか、豚の顔を模した帽子を両手でつかんで、そこに隠れるみたいに顔の上半分を覆った小山は、かろうじて覗いているくちびるをふるわせてみじかく息をした。あ。あ、っと。先輩。ごめんなさい!えっ?ごめんなさい、と小山は繰り返し、あのうそのうへんなこと聞いちゃったからわすれてくださいごめんなさい、みたいなことをごにょごにょと呟いた。自分の言葉に恥じ入るみたいに肩をちぢめ、壁山がなにか言わなきゃと考えているうちに小山はすごい勢いで走り去ってしまう。
今度はからだをななめに傾けるみたいに首を思いきりかしげ、んー?と壁山は眉の辺りをかるくこすった。なんだったんだろう。気を遣ってくれたのかな。別に怖がられてもしょうがないなぁとは思ってるから、いいのに。逆に先輩には申し訳ないことをしてしまった。あとで謝ろう。あーでも怖がられてるんだったら行くほうが迷惑かなぁどうしようかなぁ。壁山は自分の分厚くてたくましいおおきなてのひらを見て、さっきつかんだ小山のちいさくてほそくてやわらかな手の感触を思い出していた。やっぱり全然違うんだなぁ。木野さんも音無もよく言ってるし、女のひとは大事にしないとだめだ。先輩はフォワードだから、怪我なんかもしてしまうかもしれない。そういうときはおれが助けてあげよう。あっでもきっと先輩にはすきなひとがいるんだろうし(さっきもなにか言いかけてたし)、そのひとが先輩を助けてあげられるようにこっそりお手伝いでもできたらいい。先輩は気持ちのやさしいひとだから、先輩のすきなひともきっとやさしいひとだ。おれ応援しますよ!うん、ちゃんとそうやって先輩に言ってみよう。きっと喜んでくれる。壁山は嬉しくなってちょっとわらった。壁山は小山みたいに気持ちのやさしいひとがだいすきだったので、小山みたいに気持ちのやさしいひとがしあわせになってくれることを、疑いもしない。







女神の前髪
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