ヒヨル 鶴のスープ 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

きれいな首。しずまり返った部室で、土門はぼそりと呟いた。ん、と近くで着替えていた影野がそっと近づいてきて土門の手元をのぞきこむ。図書室から持ってきたフルカラービジュアルの動物図鑑(禁帯出、のシールが背表紙に貼られている)。そのうちのあるページを開いて、土門は影野にそれを示す。すんなりとながい首をしたタンチョウヅルが優雅に水辺にたたずむ冬の写真。棒きれのようなほそい脚が、華奢なからだをしっかりと支えている。まっしろい雪原の中、どこかさびしい目をした鶴はまるで水墨画みたいにくっきりとうつくしい。きれいな写真。影野はぽつりと言った。うん、と土門はページをめくる。羽根を広げた二羽が向かい合う横顔が、ひそやかな静寂とつめたい冬とともに閉じこめられている。きれいな写真。影野はみじかく繰り返す。生き物があまりすきでない影野の、それは精いっぱいの言葉なのだろうと土門は思う。
そばでじっと写真を眺めている影野のながい髪の毛が、土門の手にやわらかく落ちかかる。土門は横目でそっと影野の様子を伺った。抜けるようにしろいひふの喉が、視線の先でしずかに呼吸をしている。きれいな首。土門もぽつりとささやいた。影野はじっくりとそのページを眺め(たくさんの写真に申し訳程度に添えられた説明書きや、そこにうつる鶴の種類。ぽわぽわの毛の雛の横には「生後二週間」としか書かれていないような、そっけないそれらを含めて)、その顔のかすかな動きを土門は横目で眺める。おもしろいね、とさしておもしろくもなさそうな口調で呟いてから、これどうしたの、と影野は尋ねる。教室にあったから持ってきた。土門の言葉に影野は息をこぼすようにわらい、だめじゃん、と言った。
ページをめくるとそこにはフラミンゴの写真があった。あれ。同時に拍子抜けたように言い、土門が説明書きに顔を寄せる。ベニヅル。だって。へえ。影野は感嘆したように、指先でフラミンゴの写真を撫でた。たぶん、意味もなく。仲間なんだ。だな。似てない。でもほら、首が。フラミンゴの派手なサーモンピンクのほそい首を、次は土門の指がなぞった。ながくて、きれい。影野はゆっくり息をする。ほんとだ。きれいだね。影野の髪の毛が落ちてくるさまは、急須からあたたかなお茶がほとほとと湯飲みに落ちるようだった。穏やかでやさしく、それでいて触れられないほどせつない。土門はそうっと手をあげる。髪の毛を持ち上げるようにして、そしてその手を影野のうなじにそろりとすべりこませた。
影野はなにも言わなかったので、先に口を開いたのは土門だった。きれいな首。しろくなめらかなひふをした、鶴のような影野の首。うなじに触れる指先には確かにゆるやかな鼓動と体温を伝えてくるのに、触れたとたんに後悔させるそのかたくなさに土門は驚く。ずっと前に童話で、鶴ときつねのスープのはなしを読んだ。土門は視線を影野の首に注いだまま、噛みしめるように言葉をつむいだ。鶴に平たい皿でスープを出したきつねは、次の日に花瓶みたいな入れ物に入ったスープで仕返しをされるという筋の、ありきたりな童話だった。どっちもかなしくて。土門はちいさく息を吸う。あんまりすきなはなしじゃなかったよ。影野は黙ってそれを聞いたあと、じゃあそのふたりは一緒にスープを飲む必要がなかったのかな、とひとりごとのように言った。どっちもひとりなら、一番よかったのかな。土門は言葉につまる。言葉につまって、ゆっくりと影野の首筋に額を押しつけた。
どっちもひとりなら。土門はひくくささやく。こんな風にはならなかったか。影野はすこし考えるように黙ったが、結局わからないと言った。おれは動物がきらいだし、考えたって無意味だ。そう、と土門はわらう。だったらそれが正解だ、と思った。膝の上の図鑑に切り取られて押し込められた無数の静寂のように、今この瞬間だって閉じこめて切り取ってしまっておきたいと土門は思う。いつかどうにもならないときに、取り出して確かめるために。目の前のことを無意味だと、いつでも思い出せるように。影野の首はしろくてすんなりとしている。ひとりをえらんださびしい鶴。うなじに触れた指先がぬくもっていく。それなのにそこは得体の知れない感情に、我慢できないほどにがたがたと震えていた。







鶴のスープ
土門と影野。
リクエストありがとうございました!あんまり首筋について語っていなくてすみません。
PR
[269]  [268]  [267]  [266]  [265]  [264]  [263]  [262]  [261]  [260]  [258
カレンダー
09 2024/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
まづ
性別:
非公開
自己紹介:
無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

adolf_hitlar!hotmail.com

フリーエリア
アクセス解析

忍者ブログ [PR]