ヒヨル 二丁拳銃すべり込む 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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ちいさい頃の話をして、と土門が言い出したのは、住宅街のまん中にある小ぢんまりとした公園の脇を通ったときだった。塗装の真新しいぺかぺかのジャングルジムに、動物の絵のついたシーソー。ばねがついてぐよぐよ揺れるあんぱんまんの形の乗り物。忘れ物のばけつがひとつ、砂場に転がっている。昼間はさぞたくさんの子どもが遊んだのだろう、あまくくたびれた静かな公園。土門は影野をおいて、さっさと車止めをまたいでしまっていた。仕方なく影野も公園に足を踏み入れる。ひゃーとか、ちっちぇーとか、やけに楽しそうにあちこち見回している土門の背中を見ながら、足下のれんが花壇に視線を落とした。歯抜けのあかいサルビアがたくさん植わっている。土に刺すプラスチックの柵が歪んでいたのでそっと戻し、顔をあげると土門がぶらんこをこいでいた。影野は苦笑する。
立ちこぎで快調にびゅうびゅう飛ばしている土門を見ながら、そういえば土門はアメリカ育ちだったなと今さらのように影野は思い出す。おれががきの頃はね。まるで影野の心を読んだように土門は言った。わりとでかい日本人学校に通ってて、そこにはオウムがいたんだ。しゃべるオウム、と尋ねると、もーちろん、と土門は快活に答える。よくしゃべるやつでね、おれはそいつがすきだったんだ。放課後とか休みのときは、秋たちとずっとサッカーしてた。あっちは公園が多いから、場所には全然困らないんだよね。母親が料理するのすきだから、外のめしはあんまりくわなかったな。ジャンクフードは日本のがダンチでうまい。そこまで一気にしゃべって、土門はぶらんこから勢いよくジャンプした。一番高い位置から、ぽーんと。着地のときにちょっとよろけて照れわらいを浮かべ、じゃあ次はじんちゃんのね、と手を払いながら一方的に決めてしまう。
影野はとまどい、しゃべることないよ、と言った。普通だよ、とも。影野はあまり公共の場で遊ぶのがすきな子どもではなかった。もともと引っ込み思案だし、友だちもいなかった。ひとりで家の中で(、あるいは図書室で、図書館で)、本を読んでいるのがすきな子どもだった。そう言うと土門は愉快そうにわらい、じゃあ今サッカーやってるのなんて奇跡なんだ。すげぇじゃん。とあながち冗談でもない風に言う。運動は。そして尋ねる。得意だった。影野はすこし考え、首を振った。苦手。足も遅いし、どんくさかった。ははっと土門はわらう。じゃあ、すきなおやつはなんだった。土門はそう言いながら影野の前を横切り、砂場にしゃがむとばけつを手にとる。ピカチュウの柄がついたあおいばけつを、土門は珍しいものでも見るようにしげしげと眺めた。
影野が考えて答える前に、おれはね、と土門が先に言う。ばけつに熱心に砂を詰めながら。ジンジャークッキーがすごくすきだった。アナズのジンジャークッキー。でっかい透明な瓶に入れてて、それが減ってくるとかなしかった。スウェーデンのクッキーなんだ、と肩越しに土門は振り向き、にっとわらった。まぁこっちでも手に入るんだけどね。うまいの。もー最高にうまい。生クリームをつけて食べたら他になんもいらないよ。ばけつのふちまではちはちに砂を詰め、それを崩さないようにひっくり返しながら土門は懐かしそうに言った。家に帰るといっつも母親がいて、おれはサッカーのこととか学校のこととかしゃべりながらクッキーをくう。アメリカには楽しいことしかなかった。ほんとだよ。その口調が驚くほどやさしくて、影野はすこしだけ後悔する。
ひっくり返したばけつを、じゃーん、と引き抜いて(砂場にはばけつの形の砂がそのまま残った)、でもおれは日本に帰ってよかったと土門は続けた。前みたいにはいかないけど、でも、日本にも楽しいことはたくさんあるし、それに気づいたからおれは戻らなくてもいつでもアメリカにいられるんだ。さびしいことなんてなんにもない。あおいばけつを砂山の傍らに置き、土門は両手をわき腹のあたりにこすりつけながら立ち上がった。ゆっくりと振り向いて、にこりとわらう。おれにはじんちゃんがいるから、いいんだ。影野は言葉につまり、視線を土門の胸元に落とした。影野がちいさい頃、世界は得体の知れない恐ろしい場所だった。楽しいことなんかどこにもない、つめたく尖った未知の世界。誰もいない家の中で、嵐のようにじっとやりすごすのが一番正しいのだと思っていた。ひとりで。ひとりきりで。
おかえり。思わず影野は口走る。土門が目をまるくした。すり減ったヒールを玄関で脱ぎながら、くたくたの母親がいつもそう言ってくれたことを思い出す。そういえば自分はこの瞬間がなによりすきだった。土門にとってのアナズジンジャークッキー。おかえり、土門。土門はなきわらいみたいな顔をした。ただいま、じん。そのとき土門のジャージのポケットからブルーハーツが流れ始めた。うわ、家からだ。土門は急いで携帯を取り出し、そして顔をあげ、にやっとわらう。日本にはいい音楽がいっぱいあるね。おれ、日本で一番最初にブルーハーツのCD買ったよ。影野はそっとわらった。もうここはぼくらの帰る場所。甲本ヒロトが声を張り上げている。夜が今口を開けて、ぼくたちを飲み込んでいく。二丁拳銃すべりこむ。チュルルルル。







二丁拳銃すべりこむ
影野と土門。
リクエストありがとうございました。土門がアメリカ少年なのをときどき忘れそうになります。
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