ヒヨル 夕立の類 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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立っているときに自分の足の裏が見えないからって泣くひとはいない、というようなことを遠回しで大げさに書かれた部分にうすいピンクのペンでラインが引いてあって、その脇にこれはかすれかけたボールペンで、ツウビイオアノットツウビイ、と書いてあった。さあるべきかあらざるべきか/生きるべきか死ぬべきか。シェークスピアを引用するほどの文句とも思えなかったが、さあるべき、だったのだろう。セリフの主は不幸な女で、不幸なわりに前向きにつよく生きようとしている。らしい。それきり興味をなくして土門はそのホチキス留めの古いシナリオを戻した。それは古書店の奥、ひと山いくらのようなぼろぼろの書籍のすき間になぜか紛れ込んでいた。おそらくは芝居のシナリオで、奥付け部分には昭和五十八年と書いてあった。ほこりとかびの匂いがする。
影野は背表紙が色あせた赤本が並んだ一角をじっと眺めていた。買うの。土門が声をかけると影野は首を振って、上智の05年がない、と指をさした。誰か受けたのかな。五年も前の?おんなじような問題ばっかり出るんじゃない。わからないけど、と影野は阪大09を08の隣に無理やり押し込む。酔狂なことに、大学別年代順に並べ替えをしていたらしい。よくわかんねえやつ、と思ってその通りのことを口に出すと、わからなくていいんじゃない、と影野は平然と答えた。さあるべき、か。土門はちょっと首をかしげ、つまらなそうな顔をする。休日にたまたま会うにしては、影野は面白味のある相手ではなかったな、と思う。じゃあ、と軽く手を振って別れ、入口で振り向くと影野はまだ赤本の棚の前でうろうろしていた。ほこり臭さが妙に鼻につく。
それが夏の終わりのことだ。
つまりはわからないことをわからないままにしておくことも必要だということで、影野を含めた数人がが訳あってチームを離れ、また戻ってきたときに土門が思ったのはそんな感じのことだった。わかろうとすれば不幸になるし、それを求めて足掻くようなことは誰にとってもよいことではない。わかろうとして呑みこまれたような例もあったし、それは少なくとも土門にとっては必要なことではなかった。立っている足の裏が見られないと泣くほど愚かではない。さあるべきだったのだ、彼らは、要するに。風はつめたく、脳は燃え盛っていた。それでいいなら、構わないと思った。思おうとした。夏は終わったのに土門の内側をひたすらに燃やすものがわからない。望んで傷つき打ちのめされた、奇妙にうつろな目をした彼らの削がれた牙の痕を見て、催す憐憫がそれだったのだろうか。だったら。
土門にはわからないんじゃないかな。影野はいやにきっぱりと言った。華奢でほそながい手を土門に握らせたまま。髪の毛の奥から土門をじっとにらみながら。土門には、きっとわからないと思うよ。じんちゃんにはわかるの。わからないよ。でも、おれはわかりたいと思わない。へぇ。諦めてるんだ。違うよ。わざと声をあかるくした土門を、影野は軽蔑するような声音でぞっと撫でた。わからないことは、わかる必要なんてない。わからなくても、おれはもう知ってる。土門は目を見開く。風はつめたく、脳は燃える。影野の手が土門のてのひらの中でもがいた。それでいいんだ。
その言葉のあとには世界から音が消え、次に土門を打ったのは滝のような絶望だった。さあるべきかあらざるべきか。生きるべきか、死ぬべきか。指先がこわばって震える。影野の手は濡れそぼっていた。影野はじっと土門を見ている。土門が打たれているすき間なく降り注ぐおもたくつめたいかなしみが、土門を通じて影野にしぶいている。まるで夕立のようだった。あのシナリオの表紙には、汚い手書きで夕立の類とあった。ふたりの間は永遠ほどに分かたれたのに、まだ繋がっているてのひらがいとおしかった。さあるべきだったに違いない。そう思いたかった。
「ひとりで、いいんだ」
罪ならば償う。けれど、分け合う孤独のむなしさを、きみは知っているのだろうか。








夕立の類
土門と影野。
リクエストありがとうございました!お時間いただきましてすみません。土門と影野いいですよね!
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