ヒヨル その川の一番深い場所 忍者ブログ
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希望とともに放たれたものを探している。なんでもないように言う横顔がへんに張りつめていたので影野は言葉を探した。星間飛行の銀河鉄道はアルタイルを折り返したところで、遠くで金星シグナルがちかっちかっと光っている。少林寺はそれを追いかけて地球にやって来たという。もうなん万年も前のはなしだ。彼の故郷はふくろう星雲の右目の奥で、おなじ日に旅立った仲間たちはみな死に絶えたと言った。酸の星、氷の星、不毛の星、熱量を持った恒星、浮遊する無数の隕石、ブラックホール、超新星爆発、それらの不幸な事故によって。あるいは、孤独に耐えかねて。少林寺は地球に降り立ち、はじめの海で原始生物を見守りながらそれを探した。時に焼けつく地を這い、時には底知れぬ海へ身を投じた。ひとつの肉体ひとつのいのちでは到底足りず、細胞を切り離して何回も何回も生まれ直しながら、いまだ見つからぬそれを、たったひとりで探しているという。
(夢だ、と影野は思っていて、それと知りながら)そうっと手を伸ばして隣にいる少林寺のしろいほほに指先を触れさせた。その感触があたたかくて柔らかくて心の奥の方にほとほとと沈んでいくようなものだったので(、その代わりにこれが夢であることに影野はひどく落ち込む。)、吐いた息があまりに幸福だったことに、少林寺にいぶかしげに見つめられるまで影野は気づかなかった。ゆっくりとほほえむと少林寺もにこりとわらう。なんていとおしいのだろう(これが夢でさえなければ)。銀河鉄道は静寂。本数の少ない閑線はアルタイルのそばでおおきな荷物を担いだ狩人をひとり拾い、そこから先に新たな乗客はなかった。そっと触れた少林寺の髪の毛はしっとりと柔らかく、(夢なのに手触りも音も匂いも目が覚めるほど鮮やかで影野はどんどん絶望していく。これが現実であったならなにもいらないくらいの至福であるのに!)少林寺は(気づいているのだろうかと、思う)窓の外を見る(なんていとおしいのだろう、と思った)。
やがて鳴り響いたフィドルのような汽笛に少林寺は顔をあげ、ぱっと立ち上がると車両の窓を開けた。線路の下はぼかぼかした虹色の渦。遠くでは閃光。白鳥線は星々の活動が特に活発なところだ。生まれては死んでゆく星たちの永遠の興亡。少林寺がからだを乗り出すので、影野はあわててその華奢なからだが窓からすべり落ちないように押さえる。少林寺は上半身のほとんどを宇宙空間に晒して、じっと一点を見つめていた。ときどき飛来する隕石がびょおっと尾を引いて掠めていく。少林寺の髪の毛がそれ自体彗星のようにたなびいた。安全運転のため、銀河鉄道はここで急速にカーヴ・降下する。あっ。短く囁き、少林寺は手を伸ばした。どぅん、と空間のみを震動させた隕石同士の衝突の向こうに、うつろな黒点をまなこのごとく並べたふくろう星雲がぼうっと霞む。わずか一瞬。鉄道は逆しまに落ちていく。白鳥線は数百年に一度の運行だ。こうして、恐らくは二度と帰れない故郷に会いに来る少林寺の痛々しくもけなげな姿。影野の胸はいとおしさにつぶれそうになる。
なにを探してるの。影野の言葉に、少林寺はゆっくりと手を下ろす。おれたちは決まったからだを持たないから。影野から見えるのは真横にたなびく少林寺の髪の毛だけだった。ごうっと音を立て、銀河鉄道は天の川へ飛び込んだ。探すために、みんな、いろんなものを棄てた。おれは。視界の端で赤色巨星が膨張から収縮を繰り返す。言葉を覚えて、忘れてしまいました。おれたちが探していたものを、もうおれは覚えていません。それなのに。と、ちいさな背中はこわばった。なにかをじっとこらえるように。飲み込んだ言葉が孕む絶望を確かに感じて、影野はくちびるを開いた。夢だろうか。これは夢だろうか。夢であってほしい。ああでも、そうしたら。その瞬間、少林寺の背中から現れた、眩しいほど光を放つちいさな鳥が、矢のように翼を翻して影野の口の中へ一直線に飛び込んだ。喉が太陽のように燃え盛る。あ。
目を開いたときに残っていたのは高揚だった。得体の知れない。ああ。影野はそっと腹を抑えた。ここにあるのがそれだ。希望とともに放たれた宇宙の芯。少林寺が影野を見ている。帰りたい。(帰りたい?)覚えてる。影野の言葉に少林寺はまばたきをした。ここだよ。影野は手を伸ばし、少林寺のちいさなてのひらを取った。少林寺が不意に寄りかかるように影野のからだに腕を回す。腹に耳を押し当てて、じっと、それを探している。いつか必要になったときには。影野はそのちいさな背中をてのひらでくくむようにしながら、静かに、囁くように言った。腹を割いて、出してあげる。少林寺は答えなかった。長いような短いような沈黙のあとに、ぽつりと、川の音がする、と言ったきり。もうこの子にはなにもかも擲っていい、と思った。腹を割いて取り出した希望が嘘でも(、あそこに少林寺が帰ってしまっても)、影野の中には永遠に残る。いとおしい少林寺。あの星にきみを、おれは、帰したくない。
影野は少林寺を抱きしめる。あの川でそうしたように。流すだけではない。逆らうだけではない。隔てるだけではない。そういうこともある。いとおしいきみを誰にも見つけられないように、浮かばないように、沈めるときもある。そこは深淵の宇宙。ありとあらゆる愛。その川の一番深い場所は。一番深い場所には。









その川の一番深い場所。
影野と少林寺。
リクエストありがとうございました!少林寺がかわいくていとおしくてなんでもしてあげたくてそれが歓びな影野、がすきです。モチーフはあのマンガとあの童話。
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