ヒヨル いちねんせいのはなし 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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あたらしい教室のあたらしい机のあたらしい天板はビニルがはがされたばかりでかすかにざらついていた。三年の春。先輩たちはそこそこの希望とわずかな期待とたくさんの不安と雨雲をせおって卒業していった。キャプテンの手の中のきいろいちゅうりっぷをまだ覚えている。似合わなくてわらってしまった。
少林寺はまだ身長も体重もちいさくかるいままだ。てのひらの上に平気でおさまってしまう、ふわふわの髪をしたおれのかわいい少林寺。それでもすこし、三ミリくらい背は伸びたが、おれも同じだけというよりおれの方がずっと背が伸びたので、結果として少林寺はちいさいままだ。ちいさいちいさいかわいいおれの少林寺。首輪をいくつ買ってやってもぜんぶ食いちぎってしまうおれのかわいい少林寺。
壁山はどんどんでかくなって、今では教室の半分くらいを埋めつくすんじゃないかと思う。壁山はでかくなるほどどんどんやさしくなる。まわりの連中のやさしさを吸収するみたいに壁山はでかくなる。おれはたぶん壁山をけっこう熱烈に愛しているからやさしさなんかはそれはもう惜しみなく、惜しむことなくあげてしまう。もっともっと壁山がでかくなりますように。
栗松の前歯にほんとおれの目玉ひとつを取りかえてみようかと言ったら、栗松は案外すぐに乗ってきた。視神経が根っこみたいにずるずる伸びるおれの目玉を、栗松の指がつまんでしげしげと眺める。おれは栗松の前歯にほんを鼻の穴につっこんでこれどうよと聞いた。いやー案外似合うからそれでいけばと言われたけれど、やっぱりまだ早いかなと思ってくぼんだ空っぽの眼窩にそれをふたつともおさめた。栗松にそれ食っちゃえばと言ってみたが、栗松は元おれの目玉の視神経を器用に結んで携帯につるした。黒目が表面をすりすりとすべっていく。わりときれいで驚いた。
音無は毎日三百個くらいおにぎりを結んで、でも半分くらいはそこいらの地面に穴を掘って丁寧に埋める。いつか健康でまっすぐなおにぎりの木が生えてくることを願って、水も肥料もスポーツドリンクも音無は欠かさない。できたマネージャーだ。百五十個はおれたちが食べるけどそのうちの百個にはアーモンド入りのチョコレートとバタークッキーが具として入っている。まったくよくできたマネージャーだ。おれたちはひとつも残さずそれをたべる。
おれたちの一日の部活時間はたぶん十七時間くらいあるけど、一日は最近五百時間くらい平気であるので本当に困るのだ。なかなか昼にならないし、夜だってだいぶ辛抱しなきゃ来てくれない。足のうらにあたらしく口ができたよと栗松に見せたら、栗松のてのひらで目玉がばちばちまばたきをしていた。わらってしまう。
キャプテンはあの日のきいろいちゅうりっぷをむしゃむしゃ平らげて、まずかったからおまえらあと十年くらい高校に来るなって言った。敬愛するキャプテンの言うことはおれたちはちゃんと守る。てのひらの少林寺を指でなでると思いっきり食いつかれた。おれのかわいい少林寺。壁山の巨大なてのひらが教室の窓をおおって真っ暗にするのを、前歯のない栗松が目玉をぶらんぶらんさせた携帯で写メっていた。音無のおにぎりの木がグラウンドをぐるっと囲って、明日はみんなでそれを間引きする。ハローハロー。こちらは晴天です。先輩たちの持っていった雨雲のおかげで、この街にはもう百年くらい雨が降ってません。ハローハロー。こちらは晴天です。絶望って言葉を、おれたちはどっかに忘れてきてしまいました。






m9(^Д^)プギャー
一年生。
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宍戸さおれんこと殴ってくんね、と言ったとたんに殴られた。しっとみじかく息を吐いて。脇までしめて。いやんなる。なんでっていうか理由も定かではないけど、壁山に殴られたらたぶん死んでしまうなぁと思ったからだ。
ときどき宍戸がグラウンドの一点をながめたままぼおっとしていることがあって、だけどその煩悶とかそういうたぐいのものはいたいくらい理解できるような気がしたからなにも言わずにおいた。米の炊けるにおいに宍戸はくるしそうにくちびるをゆがめる。ひやあせのつたうそばかすのひふ。宍戸にはたまにザーメンくせぇってわらわれる。けどそれはお互い様だ。欲求のない人生なんて。夜の洗面所でそれを洗い落とす瞬間の、あの感じで死にたい。
おまえってけっこうめんどくさいやつなのね。宍戸がたまにぼそっと言う。その言葉は当たらずとも遠からず、って感じで、自分のことをめんどくさがってしまったら終わりだと常々思っているから、宍戸の言葉はよんぶんのいちくらい当たっている。あとのよんぶんのさんはからだの奥の方にだいじに飼う。いずれ生まれてくるために、よんぶんのいちはいつか殺さなければならない。
わりあい素直にふっ飛んだら壁山にぶつかって止まった。いいパンチ持ってんじゃねーか、と、ふざけようとした喉がつまった。宍戸は右のこぶしをつきだしたまま固まっている。壁山が、それ、新しい遊び方かなんかなの、と普通の顔して聞いてきたので余計に苦しかった。いやんなる。天使みたいにやさしい壁山。
いずれ死ぬために生きているのだとしたら、こんなに苦痛なことはない。壁山を見上げてへなっとわらった。めんどくさいめんどくさいめんどくさい。壁山の目がわらっていない。天使みたいにやさしい壁山。ああいやんなる。いやんなる。だから全部に絶望してしまう前に、夢精に希望してセックスにそれを失って、そうやって全部染めてしまう前にそのこぶしでおれを(砕いてくれ)。






グリーングリーングリーングリーン
宍戸と壁山と栗松。
花びらがあまりにもたくさん川を流れているので、宍戸がスパイクを脱いで靴下も脱いで足をひたしてしまった。春の水はまだつめたい。足首にしろくさざ波のように水が立つ。そこを割るように、埋めるように、花びらがどんどんと絶え間なく流れてくる。栗松はその背中をじっと眺めていた。ゆうひのような宍戸の背中。
おまえもしてみれば。気持ちいいよ。振り向きもせずに宍戸が言うと、栗松は口ごもった。えー、なんか。ごにょごにょと言いながら、それでも宍戸のとなりにしゃがみこむ。宍戸はジャージのそでもまくり上げているので、骨ばったひじやひざが夕日にはえている。痩せたしろい腕。ふとそのしろい腕に自分のそれを並べてみたくなるような、筋が目立つ宍戸の腕。
きたなくね?栗松が水面を見下ろしてぼそりと言うと、えーなにがだよと宍戸はわらう。なんか、おれはやだ。まーいんじゃね。おれおまえのそーゆーとこかっけぇと思うし。なにがだよ。なんか。うん、と宍戸はすこし首をかしげた。なんかおまえって、わかってる、って感じ。今度は栗松が首をかしげる。なにそれ、どゆこと?なんかさー、例えばおれなんかさ、あーこれいいかもーって思ったら、あんま考えずにぱーっと行っちゃうわけ。そんであとからすげー後悔するの。うわーやっちまったーアホだわおれ、みたいな。ひひひと宍戸はわらう。ざばざばと足を動かすたびに、しろい波がやわらかく立って花びらがくるくるとまわる。ずーっと向こうにたくさん桜がさいていて、それが散ると全部全部流れてくるのだ。ここへ。そして、ここを通り越して、海へ。
だけどさ。宍戸は両手を後ろについてからだをそらした。栗松ってそーゆー線引きしてんじゃん。嫌だったらやらね、みたいな。やなことをやだって言えるの、おれはすげーかっけぇと思う。ほめんなよと栗松はしたくちびるをつき出し、別にほめてねーしと宍戸はわらった。しろい腕を伸ばして、栗松のほほにかるくこぶしを触れさせて、だからおれはわりとおまえがすきだよ、と宍戸は言った。宍戸は今後悔してんの。ほほを押さえられたまま栗松は言う。別にしてねーよ。じゃーいーじゃん。おれなんてまいんち後悔してっからね。ひひひと今度はふたりで声をあわせてわらう。
栗松は水面に手を伸ばす。もちろん届きはしない。この花びらってさ、海まで行くのかな。さあ。行くんじゃね。海まで行ったら、どうなるのかな。さあ。魚がくうのかな。おれそこまで考えたことねーわ。栗松は想像する。からだじゅうにたくさん桜を咲かせた魚が群れをなして泳ぐ春の海。さびしい、うつくしい、さびしい、その光景。おれもいつか後悔するよ。どうにもならないことになくんだ。宍戸は手を今度は栗松のあたまに触れさせた。じゃーおれもないちゃるよ。つかさびーと宍戸はざばりと足を水から引き抜く。そのしろいほそい足首に花びらがたくさんはりついていた。さびしい、うつくしい、さびしい、わが身の影をあゆまする石の上。





石の上
宍戸と栗松。
三好達治すきです。
少林寺がいないと教室がひろすぎたりせますぎたりする。栗松の席は廊下がわから二列目前から二列目にあって、少林寺の席は窓ぎわの前から三列目。あいだに三列はさんですこし後ろに少林寺がいるという距離感が、教室の中で栗松が唯一はかることができる距離感だった。だから今そこに少林寺がいないということで、栗松はそれを失いつつある。教師の声が耳を聾するほどおおきくなって、目の前にやにのうっすらとついた歯が迫っているかと思うと、海と砂漠の向こうほどもとおくから、すぐ後ろにいる友人の手が肩をたたいたりする。机の上のノートがまるで千畳敷のように永遠に広がっていくけれど、そこを這う文字は水にすむ微生物ほどにちいさい。栗松はほおづえをついてついでにため息をついた。参ってしまう。
少林寺は昼休み、あっという間に弁当をたいらげてからどこかに行ってしまった。それから帰ってこない。五時間目の担任の国語教師はひとり足りないけどどうしたの、と学級委員に聞いたが、学級委員は栗松を見た。あわてて首をふると、いちど首をかしげて、知りません、と彼は言う。ふーん。じゃああとでノート見せてあげてね。それきりその話題を切り上げて、教師はチョークを取り上げた。授業はじめます。五十七ページ、開いて。栗松はおっくうな指で教科書をひらいた。それが何万光年もとおくでされたことのようだった。参ってしまう。松野や半田は今日も屋上にいるのだろうかとふと視線を窓の外にとばす。以前は窓ぎわのいちばん後ろにいたものだから、屋上からよく見られてあまつさえ呼び出されたものだった。傍若無人な彼らからは、ときどきうっすらとタバコのにおいがする。栗松、と呼ばれてあわてて立ち上がった。もう野菜だけの無謀な弁当をたべることはやめたが、それでもときどきあのときの空虚感を恋しいと思うときがある。肉をたべない少林寺と、栗松はそこで繋がっていた。
そうしてその日の部活にも少林寺は来なかった。無断欠席なんていちどもしたことのないやつだったから、みんなおおいに驚いて、心配していた。松野と半田と土門がかたまってなにかをしゃべっている。彼らには珍しく辛気くさい顔をしていた。現実感がすうっと遠ざかり、ぱらぱらとざわざわと、あちこちから聞こえる声は散弾銃をはなつようだった。外国人からは日本人の言葉はぱらぱらぱらぱらと聞こえるらしい。誰のものともつかないその声が、栗松の意識にいつまでも穴を開けていく。まるで戦争にでもきてしまったみたいだった。
もしも戦争になったら栗松はいちばんに戦場へいく。錆びついた銃を片手に。そうして残していったものをぜんぶぜんぶ、少林寺にあたえてくれればいいのだ。栗松の指は戦場で尖った骨になり、弁当の青菜をつまむしろい箸になればいい。そんな場所で繋がっていられるなら構わないのだった。松野がうち沈んだ様子で影野によりそい、影野はあからさまにうっとうしそうな顔をする。少林寺がいないとグラウンドだってひろいひろいひろい。アップするぞーという声にかけだす足さえも他人のものだった。空虚感は恋しかったが、少林寺がいないとさびしい。栗松の目と耳と鼻は戦場に行って鉛のような兵隊を見ている。栗松の指は何万光年もむこうで少林寺をさがしている。







鉛の兵隊みなごろし
栗松。
栗松は最近、あおい野菜ばかり食べている。栗松の弁当箱の二段目は梅干しの乗った白米が半合くらい、そして一段目にはきゃべつだのブロッコリだのさやいんげんだのほうれんそうだの、目がまわるほどあおい野菜が、毎日まいにちぴったりとすきまなく詰めこまれている。えせベジタリアン、と宍戸はそれを大っぴらにばかにしてなんとかやめさせようとしているが、なんと言われようと栗松の弁当の中身はあまり変わらない。肉っ気の苦手な少林寺だって、たんぱく質や炭水化物や脂質なんかをちゃんと別のもので補っているのに。栗松はある日を境に野菜ばかりを食べるようになった。ジャンクフードもぱたりと断ち、菓子類も食べなくなった。あまいジュースも飲まなくなった。そして熱心に筋トレばかりするようになった。
だからある日の授業中、栗松が教師に指されて立ち上がろうとし、それがかなわずに倒れたことを少林寺のひとかけらの冷静な部分は、当たり前か、と思った。今日の昼だって栗松は野菜ばかりをざくざくと食べていたし、やっぱり宍戸はそんな栗松をばかにした。だけどそれを指摘する余裕があったかと言えばそんなことは全然なくて、教室がざわりと揺れるより先に、栗松、と椅子をけとばして少林寺は立ち上がっていた。あおざめた栗松は、床に横たわりぐったりとしている。喉のあたりがひくひくと痙攣していた。教師の制止もきかずに、少林寺は栗松のわきの下からあたまを突っ込んで、そのからだを持ち上げる。重かった。そのまま引きずるように廊下の洗面台まで連れていって、あたまをそこに押しつけてやるのと同時に栗松は吐いた。そのことに少林寺はひどく動揺した。壁山。宍戸。声を限りに少林寺は叫んでいた。栗松が。栗松が。がらりと教室の扉のひらく音が遠くでして、それと同時に栗松の弛緩した腕がぎゅうと少林寺を抱きすくめた。だいじょうぶ。おれはだいじょうぶだから。壁山がふたりをまとめて抱えあげたのはそのときで、保健室ベッド開いてる、と宍戸の声が下の方から聞こえた。栗松のまるい目の下が、げっそりとあおくやつれていた。
保健室の皮張りのスツールに、まとめて所在なく腰かけるさんにんに、保健教師はとりあえず説教を垂れて、貧血と過労です、と言った。栄養不足ですね。栗松くんちゃんとごはん食べてる?その問いには誰も答えられず、黙ったまま顔を見合わせた。またすこし吐いたみたいだし、ちょっとないてるみたいだから、あんまり動揺させちゃだめよ。保健教師はそう言って、おうちに電話かけてくるからと席をはずした。当然だよな、と宍戸がやりきれないようにつぶやく。あいつ痩せた。すごく。膝を抱える少林寺の背中を、壁山はそのおおきな手のひらでなでた。行ってあげれば。その言葉に押されるように、ぴょこんと椅子から降りた少林寺は、しろいカーテンをそっとめくった。人のかたちにまるくふくらんだ布団が、ちいさくちいさく揺れている。栗松。おれ。枕元に両手をかけると、栗松の目が思ったよりちかいところでまたたいた。そのまわりがひどくあかい。顔色が、驚くほどわるくて、少林寺はそこにちいさな手を伸ばした。しょーりん。ごめん。やつれたほほで栗松はちょっとわらう。ごめん。触れたそこがつめたくて、ほんとにないていたんだと少林寺の背中がざわついた。ごめん。のみ込んだ嗚咽をこぼさないように、少林寺は栗松のほほに額をおしつけた。栗松なかないで。おねがい。そんなことでなにができるというの。そんなことで、なにが。
身長と体重が伸び悩むことや、筋肉がなかなかつかないことを栗松はいやがっていた。帝国戦のあの日、相手のシュートに栗松はかるがると吹き飛ばされた。その日以来栗松はすこし変わった。すこしだけ今までより努力家になった。今日練習やすみだよと少林寺は言う。その言葉に力なく目を閉じた栗松の額をそっとさわった。あの日で終わったのだ。なにもかも。返ってこないものがなんなのか、少林寺も栗松も、とっくに思い出せなくなっていたのに。






昼下がり、雨
栗松と少林寺。
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