ヒヨル いちねんせいのはなし 忍者ブログ
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ギーーーーーヨギーヨギーヨギーヨギーヨギーヨギーヨギーーーーーヨ
ギィーーーーーーーヨギィーーーーーーーヨギィーーーーーーーヨギィーーーーーーーーーーーーーヨ

イーーーーヨイーヨイーヨイーヨイーヨイーヨイーーーーーーーーーーヨ
イーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーヨイーヨイーヨイーヨイーヨィーーーーーーーーーーー


「あちぃ」


イーーヨイーーヨイーーヨイーー、ッ、チチッ

「え?」

「今?」

「今じゃないとだめ?」


イィッ、イッ、チチッ
チチチッ

イーーーーヨイーヨイーヨイーヨイーーーーヨイーーーーヨ、イーヨイーヨイーーヨ
イーーーーーーーーーーーーーーーヨイーヨイーヨイーヨイーヨイーヨイィーーーーーーーーーーーーーーーン

「あ」

「いやいや、だから違うって」

「だか、」ちょ、
あの
あーーー待って待ってまって、まって

「、あ」


イーヨーツクツク、イーヨーツクツク、イーヨーツクツク、イーヨーツクツクイーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ギィーーーーーーーヨギィヨギィヨギィヨギィヨギィヨギィヨギィーーーーーーーーーーーーーーヨギィヨギィヨギィヨギィヨギィーーーーーーーーーーーーーーヨギィヨギィヨギィヨギィヨギィヨギィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

イィーーーーーーーーンインインインインインインインイィーーーーーーーーンインインインインインインイィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





やー、あついからさ



イーヨーツクツクイーヨーツクツクイーヨーツクツクイーヨーツクツクイーヨーツクツクイーヨーツクツクイーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「あたまいてーっつか」


イーヨ
イーーヨ
イーーーーヨ
イィーーーーーーーーヨ
イィー「だ」ーーーーーーーーーーギィヨギ「う、」ィヨギーーーーーーーーーーーーヨイーヨーイーヨーツクツクイーヨーツ「あっ」クツクイーーーーーーーーーーーーヨギィヨギィヨギィヨ「ちょ、あっ」ギィちょま、ヨーツク、やツクイーヨーツクツクィーーーーーーーーーーーーーーーーーーンあっ、や、インインインインインイィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

、あ。



チチッ、チチチッ、チチッ


「おま、




ばかじゃねえ?」




カッカッカッ、カナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナ、カナカナ、カ、ナ
カナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナ、カナカナカナ、カナカナ、カ、ナ



「あっちい」
「な」
「アイスたべる?」











「いらね」



カッカッカッカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナ、カナカナカナ、カナカナ、カナ








腸捻転ボイラーで執行・繰り返すイエローレヴェル、みーたーいーなー?
目指せゲシュタルト崩壊
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最初にそれをされたのは部活が終わったあとの人気のない部室で、夕焼けがもう藍色に近かった空の底のほうには、ざらめの粒のような星がいくつかまたたいていた。さっきまでボールをごそごそと片付けていたはずの宍戸が不意に手を伸ばし、ロッカーを開けようとしていた栗松の喉を後ろからぐっと締め上げたのだ。やーめーろーよー、と悪ふざけのつもりででも疲れてるからそーゆーのまじでやめてよ、というつもりで発しようとした言葉がたちまち喉の奥で歪んで凍りつく。宍戸の痩せた指は栗松の喉のひふや筋やささやかな突起や、そのようなもののうちに執拗にもぐり込み、頸動脈を押さえつける乾いたてのひらの強さは冗談なんかでは、まったく、なかった。あたまが膨れるような感覚に栗松はロッカーをがんがんとてのひらで何度も叩き、あかい錆が汗のにじむそこを刺す。やがててのひらは唐突にゆるみ、血が一気にかけのぼり落ちるジェットコースターみたいな感覚に栗松は卒倒しそうになった。おそるおそる肩ごしに振り向くと、宍戸は相変わらずラックに積み上がったすかすかのボールに丁寧に空気を入れながら、今日ラーメンいくー?とのんきに声を上げている。ああとかうんとかごにょごにょと言葉を濁し、栗松はそうっと首に触れた。そこには確かにつめたく乾いたてのひらの感触が残っている。爪の間に食い込んだ錆が、今さらのように痛みを訴えた。
それからはまま、宍戸のてのひらは栗松の首に吸い付いてそこを容赦なく締め上げる。学校で、通学路で、ひとけのない場所で不意に背中をさらしたとたんに、宍戸のてのひらは栗松の首に絡んで息を止める。たとえ宍戸が、どんなに離れた場所にいたとしても。談笑しながら、冗談を言い合いながら、あっと思った瞬間にもう栗松は声が出せなくなる。そのときに宍戸の声だけはまったく変わらずにつらつらと会話の続きを垂れ流していて、栗松はてのひらの驚くほどの力強さもさることながら、実はそのことに何より怯えていた。突きつけられる病的な(実際にそれはもう、病気といっても差し支えなかったろうが)無関心が、こみ上げる嘔吐感をさらに押す。今まで息苦しいと開けっぱなしにしてあった詰襟のホックを留めるようになったのも、その頃からだ。てのひらの痕はときどきはあかぐろく首筋にへばりついたまま、なかなか消えてくれない。あの痩せたひらひらとうすべったいてのひらに込められた衝動の重たさに、思い当たることなんてなにもひとつないにも関わらず。宍戸はわらって、栗松はそれに戸惑う。結局あの日、ラーメンはたべに行かなかった。
ときどき壁山や少林寺に、この宍戸の悪癖についてそれとなく訊ねてみるが、ふたりとも曖昧な怪訝な顔をして、まともに取り合ってはくれない。少林寺などは嫌悪感をむき出しにして栗松をにらみ、きもいから寄るな、とそれだけを言った。壁山も困ったような戸惑ったような顔で半端にわらいながら、思い違いだろ、と断言する。うーんと首をかしげ、栗松は自分のてのひらで首筋をこすった。もう今では、宍戸のてのひらの感触がこびりついたように消えなくなっている。どこにどんなふうに指を置いてどうやって力を込めるのか、なんかが、宍戸がいないときでもわかってしまうのだった。廊下に出るとちょうど教科書を抱えた宍戸が階段を上ってきたところで、ようと手を挙げるその仕草におなじ動作を返しながら、栗松はそっと詰襟のホックにさわる。なに。理科、ガスバーナー。燃やすなよ。間に合ってるしと宍戸は自分のくせ毛をかき回した。けらけらとわらうと教室の窓から少林寺が身を乗り出す。あ、宍戸。おーあゆむ、ちーっす。ちーっすとピースを絡ませるふたりの手を見ながら、栗松は無意識のうちに喉をかばうように押し当てたてのひらに気づいた。それをそうっとずらす。思い違いに決まってる。そうに違いない。じゃーねーと手を振って特別教棟への渡り廊下へあるいていく宍戸の背中を見送って、栗松も教室へ戻ろうとからだを返したその途端。ひたりとつめたいふたつのてのひらが、栗松の喉を猛然と締め上げた。
一緒にかえろーぜーと、なぜか練習後の部室から一番に出ていった宍戸は、校門のところで両手を学ランのぽけっとに突っ込んだまま栗松を呼んだ。おーと栗松はスポーツバッグをゆすり上げる。ここしばらくプレイが冴えない。原因はなんとなくわかってるんだけどーと、栗松は肩を並べた宍戸のせいの高い横顔を盗み見た。ででてれてれ、ででてれてれ、ででてれてれたーらららー。宍戸がひとりごとみたいに歌っている。ででてれてれ、ででてれてれ、ででてれてれたーらーらー、らららららら。機嫌いーね。なんとはなしに聞くと、やー別にーと宍戸は首をひねった。機嫌いーんかな。いやおれはわかんないよ。あーそう。宍戸は不意に栗松の袖を引いた。遠回りしよう。なんで。ポケウォーカーあるから。あーと栗松はうなづいた。いいよ。さーんきゅーと宍戸は肘を栗松の腕にぶつけるような仕草をした。こころもち前に立ってあるく宍戸は、片足をわずかに引いている。今日の練習でひねったのだろうか。ひどくしなければいいけど、と思いながら、栗松は詰襟に添えたてのひらをどける。すっかりそれが癖みたいになってしまっていた。やるせない鈍い疲労が胸を刺す。そんなことをしても、宍戸のてのひらの感触は消える間がない。
河川敷は太陽の残り香が立ち込めるまま、ぬらぬらと燃えるように沈んでいた。先に立って宍戸はどんどんあるいていく。石段をたたったたっと下り、グラウンドをまっすぐに横切る宍戸の背中があかすぎる夕焼けにちろちろと揺らいだ。ふと目を西の果てにやると、熟れすぎた木の実みたいな夕陽が重たげに落ちていくのが見えた。秋の陽の釣瓶落とし。踏み出した栗松のスニーカーのつまさきがわずかにぶれる。なぜか唐突に、怖い、と思った。宍戸はできそこないのかかしみたいに、からだをかすかにかしがせて川のすぐそばに立っている。ぎらぎらとまっかな水面に沸き立つさざ波が、やわらかな刺みたいに浮かんでは消えた。栗松が横に立っても、宍戸はなにも言わなかった。ぼんやりと水面を眺めながら、嫌われたみたいに立ち尽くすできそこないのかかし。宍戸。栗松はみじかく呼んだ。宍戸のそばかすのほほが、あかく輪郭をにじませる。栗松。ようやく宍戸は呟いた。そのことに安堵して栗松が微笑もうとした途端、景色がぐらりと崩れ落ちた。耳のそばで水しぶきがはね上がる。ごぼっと噎せたくちびるからは大量の泡が溢れだし、吸い込んだものは酸素ではなくつめたい水だった。もがいたつまさきが水底の砂利に食い込み、その瞬間、全身を耐え難い寒気が包んだ。落とされた。視界がもやもやとふやけ、酸素を欲しがる脳が急速に熱を帯びる。ようやく掻いたてのひらが水底を捉え、栗松はからだを返して上半身を起こした。ひゅうひゅうと喉が鳴る。ずいぶんな浅瀬だった川は栗松の腰にも満たず、あまりのことに水中にへたり込んだままの栗松のむこうずねにまるい砂利がやわやわと食い込む。ぐっしょりと濡れたほほが、外気に触れて痛いように冷えた。
宍戸はまっかな夕陽を浴びながら、無表情で栗松を見下ろしていた。魂が抜けてしまったようなそのうつろな表情を、栗松はぜいぜいとみじかい呼吸を繰り返しながら見上げる。げほっと噎せた喉の奥が変になまぐさい。目がひりひりと痛んだ。宍戸。ぐすぐすと湿った声で、栗松はおそるおそる宍戸を呼ふ。ししど?そのとき宍戸が足を踏み出した。ざぶざぶと水を掻き分けて、栗松の目の前に立ちはだかる。宍戸、と、再び呼びかけようとした栗松の声が潰れた。宍戸の両手は栗松のずぶ濡れの首を凄まじい強さで締め上げていた。栗松はその宍戸の顔に目の奥があつくなるのを感じて、つめたいその手に爪を食い込ませた。おまえだって。宍戸がやさしく、やわらかく、まるで栗松を労るような口調で囁いた。おまえだっていなければ。おまえだって、いなかったら。両目からだらだらと涙をこぼしながら、栗松は今にも叫び出しそうなほどの恐怖に、全身がこわばるのを感じた。やみくもに振り回した栗松の手が宍戸のそばかすのほほを思いきり打つ。呼吸も音もないその一瞬の、濡れた視界にあかすぎる夕陽がめらめらとめらめらと燃えていた。
翌日は体調を崩して学校を休み、次の日に学校に出ていった栗松を少林寺はかすかに痛ましいような目で見たが、結局そのときはなにも言わなかった。宍戸は相変わらず飄々と移動教室に向かい、くだらないはなしをして行ってしまう。あのさ。放課後の部室でスパイクのひもを絞めながら、栗松はおずおずと少林寺に訊ねる。昨日、宍戸、部活にいた?は?おなじくスパイクを履いていた少林寺が怪訝な顔を上げる。なにが。だから、昨日。おれが休んだとき、宍戸って部活来てた?少林寺は困ったような戸惑ったような顔をして、落ち着かなく視線をさまよわせた。栗松、なに言ってんの。え。今度は栗松が怪訝な顔をする。宍戸が部活来るわけないじゃん。なんで。なんでって、宍戸もう部活やめただろ。え。栗松はまばたきをする。くちびるがこわばり、呼吸が一瞬、ぴたりと、止まった。宍戸もう部活やめただろ。シシドモウブカツヤメタダロ。え?少林寺はぎろりと栗松を睨み、だから、といらいらと立ち上がった。あいつの足は治んなかったの!もう走れないからって、宍戸、言ってただろ!覚えてないのかよと少林寺は信じられないような顔で栗松を見た。嘘だ。栗松は立ち上がる。だって、嘘だよ。からだを返して壁に貼られた部誌記入当番表をめくった。宍戸の名前の上にはしろい紙が貼られ、そこにはタマノという名前が書かれていた。でも。栗松は肩越しに振り返る。でもおれ、ずっと宍戸としゃべってただろ?少林寺はあたまでも痛むような顔をして、ねえ、と逆に問いかけた。栗松さぁ、宍戸宍戸ってずっと言ってたけど、あんとき誰としゃべってたの。栗松はふっと手を落とした。さあっと全身から血の気が引く。でも、でも、おれ。少林寺はそのまま冷ややかな目をして栗松を見て、先行くから、と部室を出ていった。でも。栗松は消された宍戸の名前をわななく指先でそうっとなぞった。宍戸は確かにずっといた。練習にも参加していた。会話だって。でも。栗松は首を振る。でも思い出せないのだ。宍戸がどんな顔でグラウンドに立っていたか。どんなことを話していたのか。どんな声で。どんな仕草で。宍戸。そのとき、栗松の首筋をつめたい手がひたりと掴んだ。痩せた指、乾いたてのひら。さびしいさびしい宍戸の手。おまえだっていなくなればいいのに。途端にねじ切らんばかりに首を締め上げてくるそのてのひらに、栗松はもう抗えなかった。宍戸、宍戸、宍戸、宍戸。こぼれそうなほど見開いた目からぱたりとまるく落ちた絶望が、血のようなあの日の夕焼けのまま、栗松を蔑み、踏みにじり、罵倒する。宍戸。宍戸。宍戸。きみあのときわらってたくせに。
「おまえだっていなくなってくれればいいのに」
きみが死ねばいいのに。
















富永太郎忌日に寄せて。
何日か前に宍戸の母親と宍戸と三人ですき焼きをつついたことを思い出す。宍戸の母親というのはやたらめったらにあかるいきれいなひとで、栗松は宍戸の家に遊びに行くたびに、これでもかともてなされて死ぬほどうまいものを食わされる。また宍戸がへんな感じにすれてなくて、照れたりもとがったりもせずに普通にその母親と仲良くしているので栗松はそれはちょっといいなと思ったのだった。別に家庭内暴力に走ったり暴言を吐いたりするわけではないが、栗松も一応思春期であるがゆえに母親と一緒のところを友人なんかに見られるのは死ぬほど恥ずかしい。なのに宍戸は平気な顔で、母親がよそったいい肉やしらたきやえのき茸をずるずる掻きこんでいた。栗松くんもっとたべなー、と、おかわりはどんどんよそわれる。練習後の腹ぺこのからだにはありがたい、甘からいいい肉を栗松もどんどん掻きこんだ。宍戸の母親は、宍戸そっくりのながく痩せた指と骨がぽこんと飛び出したほそい手首をしている。そしてどこかくすぐったいような、かすかにしゃがれたいい声をしている。
栗松は見た目にそぐわず神経質で人見知りをするので、宍戸の母親とここまでうちとけるにはだいぶ時間がかかった。今でもストレートな宍戸の母親の物言いにはぎょっとすることが多く、半端にわらってごまかしてしまうことも多々ある。一方で宍戸はというと、あっけらかんとした顔であっという間に栗松の家族に馴染んでしまったのだった。おじさんおばさん、から、まるで自然におとうさんおかあさん、に変わった呼びかけを、栗松の両親はえらく喜んでいる。時々は食卓で父親とチャンネル争いまでしてしまうのだから、驚きだ。母親が客間にふたつ並べて引いた布団に腹ばいになって、足をゆっくりとぱたぱたさせながら、てつんちさいこー、などとまんざらでもないふうに言ったりもする。ふうんと気のない返事をするが、栗松だってもちろん嬉しかった。うちの子になればいいのに、なんて思いながら、泳ぐみたいにさらさらのシーツにてのひらをすべらせる宍戸の痩せた肘なんかを、じっと眺めたりもする。
ある朝の通学路、宍戸の家の前を宍戸の母親がほうきではわいていた。ながいエプロンにワッシャー加工のブラウス、モノトーンのフレアースカートからのぞく足首はほそく、素足につっかけたくたびれた健康サンダルからはわざとらしいくらいの倦怠が立ち上っている。ちょっとからだをそらしてとんとんと腰を叩き、宍戸の母親は栗松を見た。心臓がぎゅっとちぢむ。はやく学校行きなさいよーとがさがさの声で言って、彼女はわらった。そのしわしわとしたせつないわらいかたが宍戸にそっくりで、栗松は不意に噛み締めていた奥歯から力を抜く。ブラウスをまくった左腕は発光しているみたいにしろく、無力な突起と化した肘の骨がまるい地雷みたいに網膜に焼きついた。今日から宍戸は学校に来ない。明日もあさっても、たぶん、来ない。急いで、息を止めて駆け抜けた栗松の耳の奥に、じゃらじゃらとさびしいほうきの音が響いている。恨んでほしいと思った。
放課後の陽に焼けて色あせた皮張りソファはぱりぱりと乾いて倦んでいる。並んで腰かけても言葉はなく、ふたりのからだの下でかたく詰まったスポンジからやんわりと空気が抜ける、その気配ばかりが沈黙を満たした。ななめに差し込むオレンジの光がリノリウムのしろい廊下を切り抜いて、そこにときどきちらちらとちいさな影が踊った。あーそう、と宍戸は言った。朝のことを切り出した栗松がひるんでしまうくらいの、平坦でつめたい声をして。どーでもいいや。どうでもいいとうそぶく宍戸の横顔は傷だらけだった。目に見えないこまかい傷がざらざらとざりざりと、彼の表情をえぐっている。今夜もまた彼は傷だらけの傷ついた顔で眠るのだろうか、と思った。あのしろいかたい棺桶みたいなベッドで。その瞬間にふいに鉄砲水みたいにせり上がってきた気持ちに栗松はひどく動揺する。彼がいとおしいと思った。驚くほどの強さで。いとおしさとは真逆の感情がそれと同時に背中を押す、そのこととおなじくらいの強さで。
おれもう帰りたくねーんだ。ちょっとからだを返して、宍戸は言う。あんなとこ、すげー嫌。嘘みたいだろ、と彼はわらった。いっそあどけないほどの笑顔に胸をえぐられるような気がして、栗松も半端にわらいかえして目を反らした。網膜にまるく焼きついた、そっくりおなじみたいな無力な突起。言うんじゃなかった、と、後悔は猛然と脳裏を焼いた。嘘みたいだろ。嘘のほうがよかった。あんときの肉うまかったよ。結局そんな言葉で濁して、栗松はぱりぱりと乾いたソファに投げ出された宍戸の痩せた指に、そうっとさわった。嘘のほうがよかったに決まっている。忸怩たる、忸怩たる、忸怩たる惨憺たる横顔で生きていくよりは。宍戸の横顔がわらいもしない。そうやって生きていくほかないこんな現実よりは、嘘のほうが、なんぼか、ましだったろうに。






素晴らしき生命
宍戸と栗松。
ちいさい頃は表でいつまでも遊んでいられたものだった。夕焼けの影がながく伸びるころ、ひとりふたりと親に連れられて帰る友人たちの背中を見ながら、それでも帰りたくないと思っていたことを思い出す。ひとまわり以上年の離れた兄の、剣道をやっていたてのひらにはいつも絆創膏や湿布が巻かれ、ひふはぼこぼことがさついていた。学ランの兄の無口な背中は、ときたま迎えに混ざるせいの高い男親たちのくたびれたスーツに似ていて、その控えめなグロッシィさが当時の自分には妙に安堵して見えていたのだった。おまえって外すきなぁ、とひとりごとみたいに呟いたあのときの兄の顔はもう思い出せない。ぼこぼこにがさついたてのひらに手をつないだ次の瞬間に現れる記憶はもう次の日の朝、パンとハムエッグと牛乳の孤独な食卓なのだった。ジャムはてのひらくらいの瓶に入ったちょっと高いやつを使っていて、あのときの兄の顔は思い出せないが、今でもあのとろりとふくよかな甘みなら思い出せる。現金さがおかしいと思った。
夏の終わりごろ、兄と手をつないで帰っていると、兄がその日は妙にごそごそと手を握りなおしたりこちらを見下ろしたり、落ち着かない日があった。家に帰ってせいのびで手を洗って母親に両手を開いて見せると(きれいに洗いました、の合図だ)、あれこれどうしたの、と母親が左手を取ってしげしげと眺める。なんか触った?の問いには首を振った。なんか、という漠然としたものが午後の公園いっぱいに広がってふやけてしまったのだ。濃く化粧をした母親は左手の、特に小指にマニキュアの指を添えて、そげ立ったかなーと呟いた。いたい?と問われてまた首を振る。母親のてのひらの中の左手は、小指だけが他の四指の倍にまで腫れ上がっていたというのに。兄が仏頂面で黙ったまま、このやり取りを見ていた。
このままだと膿んじゃうね、とかるく言って、母親は小指を思いきり握った。すると左手の小指の先からは、茶と黄とオレンジをごたくたに混ぜたような塊が、虫みたいにひねり出されてきた。その瞬間に恐怖があたまを満たし、そして気づいたらやっぱり次の日の朝、パンとハムエッグと牛乳の孤独な食卓にまで記憶は飛んでいってしまう。なんだったんだろね。左の小指を噛みながら、宍戸はぼうっと宙を眺めた。宍戸の指はながくてほそく、てのひらはひらひらとうすべったい。爪がみじかいのはいつも噛んでしまうからだ。奥歯で小指を噛みながら、むしろ肉よりも骨そのものの感触を確かめているような、その頼りない感覚がすこしだけすきで落ち着くそのわけを考える。第一関節と第二関節の間がきゅっとほそくなっている、そこに奥歯のでくぼくをなんとはなしに噛み合わせてみたりもする。不思議な不思議なジグソーパズル。人体は奇跡だ、と思う。
以前栗松が、宍戸の指を噛むしぐさを癖かと確かめたその上で(あー癖かも、と宍戸は答えた。意味ねーし、無意識だし、と言うと栗松は困ったような顔をして)指しゃぶりは愛情が足りてないらしいんだけど、と変にまじめくさって言った。そうなの。え、なにが。だから、愛情。あーもー足りてる足りてる。ヨユー。へー。心配してくれんの。そうじゃないけど、と栗松は口ごもり、なんかあったら言えよな、と言った。真剣な顔で、じっと宍戸を見ながら。栗松はまじめでやさしい。確かその日は顔を腫らしていた。兄弟喧嘩の名残だが、説明するまでもないと宍戸は思っている。愛情なら十分に足りていた。母親はジャムを切らしたことなんていちどもなかったし、兄の迎えだって欠かされたことはなかった。だからそれで十分だと思っている。あの日この指からわるいものを追い出してくれた。宍戸はちゃんと愛されている。
なにが出たの、と聞くと、膿、と母親は言った。ほっとくとよくないからね、と宍戸のあたまを撫でながら。ウミと聞いて思い浮かんだのはあおく平らかな太平洋で、それがどういう意味なのかどうしても怖くて聞けなかった。今でも思う。あの日から宍戸は前髪を伸ばした。なるべく外を見ないようにした。口の中から抜き出した小指は歯形だらけでぬらぬらと湿っていて、その先端にしろく肉が盛り上がったちいさなちいさな傷がある。母親がウミを抜くためにつけた傷だ。骨みたいな傷痕。宍戸のまぶたの裏側にはいつも、白骨で満たされた大海原が広がっている。絵の具をごたくたに混ぜた虫みたいな宍戸が、指を噛みながらからからとそこをあるいてゆくのだ。愛情なら十分に足りていた。宍戸は愛されている。答えならとっくに出ているはずなのに、まだなにかが足りない気がしてならない。十分に愛されて満足していたはずなのに、家には帰りたくなかった。今もずっと。
宍戸はいらいらと髪に隠れた眉間にしわを寄せた。あの日からだから抜かれたわるいものを、今ならもう一度受け取ってもいいと思っている。ばかばかしいと自嘲し、松葉杖をたぐり寄せて立ち上がった。検温の時間だ。







舎利と膿
宍戸。
別にそれはわるいことではないのだ。努力と結果は必ずしも比例するものではなかったし、そこには適性だとか天性だとか、あるいは才能などという面映ゆいものが折に触れて影を落とす。いまだその苦労を知らない少林寺にとっては、それはあたまではわかっていても到底理解の及ばない出来事であり、しかし報われるものはすべからく努力しているというなにかの引用を何度も思い出しながら、ベンチに所在なく腰かける先輩をぼんやりと眺める。今よりもっとちいさい頃から、少林寺はずっと筋の通ったなにかを胃の腑におさめて踏んばっていた。才能があるとは両親も祖父母も一言も言わなかったし、両親の輝かしい遺伝子はとっくにふたりの姉に割り振られていた。配られたカードで勝負するしかないのだと本能的に知っていて、それをおかしいことだとも思わなかったのだ。別にわるいことではない。それでも影野がいつもどこを見ているのか、少林寺にはわからない。
苦悩や煩悶を見せることは、少林寺が生きてきた短い人生において、ほとんど最大に近いタブーだった。大概のひとに疎ましがられる頑固で強情な性格は、見えないところでの血のにじむ努力がプライドまでも押し上げてしまった結果だと少林寺もわかっていたし、言うなれば余裕のないこの性格だって、できるならば改善したいと思っている。夢のない子どもだなと変に達観したまま、それでも結局古武術の道をひととき外れることにした。サッカーは楽しい。今までとは違う理由で、今まで身につけてきたものが使える喜び。努力と結果が比例しないことを骨身に染みて実感し、それでも入部してからこっち、スタメン落ちの経験はない。他校から引き抜きのはなしも出たというのを、あとから壁山がこっそり教えてくれた。音無がぶちきれて、あゆちゃんはあげないとひたすら突っぱねたらしい。涙が出る。
少林寺は満足を知らない。積み重ねれば積み重ねるほど増してゆく、目には見えないものものだけを信じて戦ってきた。百点満点がつけられる試合なんかひとつもなかったし、自身が点を入れて勝った試合でも、喜んだりなんかできなかった。まだやれるまだいけるとハードルを上げ続け、それに添ってひたすら練習に打ち込んだ。チームメイトの前ではなにごともないような顔をして、なまなかでない数の煩悶を飲み込んできた。嘘ではない。本当のことだ。羨ましくなんかなかった。誰も彼も、羨ましいとなんか思わないようにしてきた。へこんだり落ち込んだり当たり散らしたり、できないことへの鬱屈を臓物みたいにぶちまけるチームメイトを冷めた目で眺める、そのずっと向こうにはいつも影野がいた。少林寺は満足を知らない。知ってしまえば終わってしまうものがあると、その代わりちゃんとわかっていた。
嘘ではない。いつだって、いつだって背中を向けたことなんてなかった。飲み込んで積み重ねたものたちが、だんだんおもたくからだに沈み、やがて血や骨や意識に絡みついてひとつになってゆく。引き剥がせないほどに凝り固まったそれは、果たして何物であるのか。それは自分と呼べるのか。いつの日か万が一、それを無くしてしまった自分は今までどおりの自分でいられるのか。嘘ではない。少林寺はからだの底に、龍よりも遥かにつよいなにかを飼っている。それが胸の奥をかきむしり食い荒らし、少林寺歩をすこしずつ減らして駆逐していくのだ。嘘ではない。恐怖を感じたことはなかった。嘘ではない。それが幻想であることも、少林寺はわかっていたのだ。
背中を向けたことなんてなかった。差しのべられる手には、最大の敬意と注意を払った。影野はこわい。それははじめての感覚だった。それは例えば壁山や栗松が言うような、影野先輩は不気味だから、というようなそれではない。張り巡らせた神経の裏をざりりと砂で撫でるような、あまがゆい痛みに似た恐怖。わるいことではない。影野は少林寺を見て、いつもひそやかに、そうっとわらう。それをふたりだけの秘密にしておこうとするみたいに。あるいはいっそ単純に、病んだけものをいたわるみたいに。少林寺はくらい目をする。そんなふうに見なくたって、わらわなくたって、おれはちゃんとやっていけるのに。大丈夫なのに。影野が少林寺にわらいかけると、食い荒らされた胸のあたりがしくしくと痛む。背中を向けたことなんてなかった。だから少林寺はいつも、影野のほほえみを正面から受け止めた。そうしてまた、煩悶した。
くるしくないくるしくないくるしくない。あのひとは悪気なんてない。サッカーが全然上手にならないのだって、ひとには向き不向きがあるんだからしょうがない。おれに求めてるものなんてなんにもない。くるしくない。かなしくない。おれにわかってほしいなんて、あのひとは思ってない。だからこのままでいい。くるしくない。かなしくない。知ってしまえば終わってしまうものがおれの中にはもう棲んでいる。だからかまわない。もう、なにもかまわない。
報われるためにあのひとがしていることを、少林寺は知らないし知りたくもない。ただ、むしろ蔑まれているのが自分であると悟ったそのときも、あのひとはやさしくやわらかくわらって、黙って少林寺を見ていた。食い荒らされた跡形を継いで接いでまた立ち上がる。もうそのことに関する正しい理由は奪われていた。からだの底でこわいなにかがゆるりととぐろを巻く。理想ならとうに、雲の彼方であった。







くもおひ
少林寺。
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無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

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