ヒヨル いちねんせいのはなし 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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0.3ミリのシャーペンの芯がぽきんとかるい手ごたえで折れた。目金はペンを持った手をかるく振る。ペン先からみじかい炭素のかけらがぽろりと落ちて、ふかい憂鬱なため息をついた。左手でペンケースの中を探ったが、芯がはいったケースは間がわるいことに空っぽでそれがまたため息をふかくする。すいません。部誌をペンをはさんでぱたりと閉じ、目金は上半身をひねって呼びかけた。おおきな声を出すと、松野にやられた怪我がまだいたむ。投げ飛ばされてぶち当たったロッカーは、扉をわずかにゆがませていた。からだはどこもかしこもいたい。翌日はあまりのいたみに立ち上がれなかった。
確かさっきまではそこに少林寺がいたはずだと目金は椅子から立ち上がる。はあいと返事をしたのは、予想に反して音無だった。あ、いえ。ロッカーのかげから顔を覗かせて、先輩どうしたんですかと問いかけるその手には、たたんだタオルがたくさん抱えられている。目金は視線をそらした。少林寺くんは。あーさっき購買までお使い頼んじゃったんですよ。音無は眉をきゅっとさげる。なにか用ですか?あたしで足りるなら。いえ、いいんです。部誌のあいだからペンを抜こうとして、それがコンクリの床に落ちた。あ。それを拾い上げようとして、目金は眉をしかめる。わき腹がおもくきしんで、からだが曲げられない。先輩。タオルを置いた音無がしろい指でそれを拾い上げた。それを目金の手に戻した、ふたりのひふがわずかにこすれあう。先輩。音無が目金の顔をのぞきこんだ。目金の息が、のどの奥の方でつめたくかたまってしまう。ひざがきしんで、動けなかった。すべての音が、とおくとおくとおくへ消えていく。ペンを拾ったそのほそい指が、あおく鬱血した傷に触れようとして。そして。
音無ー。おとなしーぃ。外から聞こえた声に、はーいと返事をして音無はからだをひるがえした。部室の扉を閉めもせずに音無はあわただしく出ていってしまい、入れかわりに少林寺が戻ってきた。君ですか。目金はがたんと椅子にくずれ落ちる。血液があっという間にからだをめぐる。動揺は、今になってやってきた。あいつおれのこと便利に使いすぎです。首のうしろをかるくこすり、少林寺はユニフォームのズボンのポケットからなにかを取り出して、目金に差し出した。先輩なにされたんですか。目金がそれを受け取ってから、コンクリの床に少林寺はぺたんとすわる。松野さん部活こないし。先輩はボコボコだし。その言葉に目金はすこしわらった。わらうと顔がいたい。派手にあちこちぶつけたし、その前にあんなに力いっぱいなぐられたなら当然だ。目金は手早く受け取った芯をつめて、部誌の続きにペンを落とす。音無、おどろいてましたね。あなた見てたんですか。すこし。少林寺はきききとわらった。おれがいてよかったでしょう。そうですね。書き終えた部誌を閉じて立ち上がるとからだがひどくいたんだ。少林寺が眉を寄せて、目金の隣にそっと寄り添う。先輩、まじなんですか。音無さんには言わないでくださいね。かるく足を引きずるように目金は部室を出ていった。そのひょろりとした背中はあきらかに憔悴していた。
音無。窓から少林寺は呼びかける。だいじょうぶ。だいじょうぶじゃない。涙のまじった声がした。おれもう行くけど。音無、どうする。音無はどこにも行こうとしなかった。ただ、しゃくり上げる声がかすかに聞こえてくる。少林寺はさっさと着がえてかばんを肩にかけた。ふたつ。たぶんもうあのひとは戻ってこないよ。あんた最低。音無のひくいその声に、少林寺はしろいほほをわらわせる。嫉妬すんなよ、音無。そう言うと部室がどん、と揺れた。壁にはきっと音無の足がたがくっきりとついていることだろう。嫉妬すんなよ。少林寺はもう一度言った。もういいかげんわかればいいのに。
(おれだってあのひとに嫉妬してるのに)






ぼくもういかなきゃなんない
目金と春奈と少林寺。
目金から少林寺に出てる矢印は、信頼とか安心とかそんなものです。
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焼却炉の前で少林寺が返ってきたばかりのテストをやぶりまくっている。あかの入れられた答案をすべて、文字も読めないくらいにずたずたにしてから最後に焼却炉のなかにつっこんで、金属製の扉をがしゃあんとけたたましくしめた。そうして栗松をふりかえって、仔犬のようなくろ目がちの目をきゅうっと細める。その目にうつる栗松は、こまった顔をして立っている。うえからしたまで栗松をながめた少林寺の眉間に、ちいさなたてじわがよった。
なにみてんだよ。両手で栗松の胸をおしのけながら、少林寺はむっとしたように言う。だってお前。つきのけられて二歩うしろにさがった栗松は、眉尻をさげてすこしわらう。はらいたいって、言ってたじゃん。あんなんうそだよ。腹痛をうったえた少林寺を保健室に見送ったのは、一時間以上も前のことだ。ながい髪の毛が砂ぼこりのまじる風に、ほどくように流されている。しろいカルシウムのつぶのような歯をのぞかせて、ついてきてんなよこの変態、と少林寺はほそい肩をいからせた。わるかった、ごめん。口先だけで謝りながら、栗松はひらいた二歩ぶんの距離を一歩でつめる。もろに反抗期思春期に突入した少林寺は、ここ最近は常時むしのいどころが思わしくない。部活ではそれでも素直な後輩をつらぬいているが、少林寺がいつになくぴりぴりした空気をまとっていることは周知の事実のようだった。いつぶち切れやしないかと壁山なんかは目に見えてびくびくとおびえていて、またそれが少林寺のいらだちをあおる。
手を伸ばして、栗松は少林寺のちいさな手をとる。もうもどろう。ぱっとそれははらわれて、いやだ、という言葉があとにのこった。まるでパフェのうえのミントの葉のようだ、と栗松は思って、それを連想したのが少林寺の手がやたらとつめたかったからだと気づいた。風に吹き散らされて焼却炉につっこまれることをまぬかれた答案のかけらが、ひらりと栗松のあしもとにまいおちる。ふたつ並んだゼロ。顔をあげると少林寺はそっぽを向いて、おれもうなにがやりたいかわかんないんだよね、とひとりごとのように言った。栗松はさ、やりたいこととかあんの。それができたら、うれしーの。棒をのみこんだように、言葉はすきまなくまっすぐに、無機質に、少林寺からおし出される。そうして栗松の胸を、今度はその両手ではなく言葉でつきはなす。
(やりたいこと、なら、あるよ)(それができたらもちろん、うれしいだろうよ)(でもそれを言うとおまえはわらうだろうし)(その前にそれがかなうことなんて絶対に、絶対にないんだから)別にないかなと答えた栗松をおもしろくなさそうに少林寺は見て、おれとおんなじだね、さびしいね、と言った。もどろうと伸ばした手に少林寺がふれることはなく、その指はあかい答案をつまんでひらりと風にほうった。つらいときになけたら、どんなにしあわせだろうねぇ。少林寺の言葉に栗松はかすかわらう。だったらそれは今しかない、と思う。くせに。
少林寺の髪の毛がすこし伸びたことに、自分以外の誰が気づいただろう。そしてその仔犬のような目が追っているひとのことを、自分以外の、誰が。奥歯をかみあわせるとミントをかんだように鼻の奥がつうんとした。なきたいときになこうと思えるだけおれの方がおまえより大人だ、ざまあみろ。






バイバイ・ミー
栗松と少林寺。
ゴーサインが出ましたので、記念にひとつ。
影野からのメールはいつもみじかい。わかった、か、じゃあまた明日、のどちらかしか少林寺の携帯には入ってなくて、しかも返ってこないことが大半だったりする。疑問形のメールはだいたい返ってこなくて、単純な業務連絡なら、わかった、と返してくれることだけを少林寺は覚えた。影野のメールは影野とおなじくらいそっけなくて、だけどそれでも喜んでしまう。
甘えようと思って甘えれば、きっと影野は甘やかしてくれるだろうと思う。近づきがたいだけでつめたいひとでは、あのひとは決してないのだ。だけど、ただ単純に甘やかしてもらうなんてことは少林寺にはできないのだった。もう、それはできないのだった。ぱかぱかと携帯をとじたりひらいたりしながら、ぐしゃぐしゃに濡れたままの髪を片手でなでる。寝間着がぬれるからきちんと乾かしてから部屋に戻りなさいと祖母はいつも言うのだが、どうにも言うことを素直にきくのが難しい時期だったりする。
ぱかりと携帯をひらいて、新規メール作成画面のしろい画面を呼び出す。それからアドレス帳をひらいて、2をいっかい横キーをいっかい2をよんかい下キーをいっかい、押して影野のアドレスを呼び出した。携帯からインターネットにつないだり、くだらない自己紹介にこころを砕いたりするような愚にもつかない趣味は少林寺にはない。携帯電話はメールと電話だけの道具で、学校以外であのひととつながっていられる唯一のものだ。液晶画面をつるりとそででなでて、だけれど画面はしろいままうまらない。ぶぶぶ、と手のなかでそれがふるえて、思わず少林寺はそれをとり落とした。ひろい上げて画面をきりかえると左上のメールマーク(少林寺はこのアイコンもすきではない。だいたいがつまらない内容だからだ)がきえて、新着メールの画面になる。ぼっとほほがあかくなった。まさに今から送ろうとしていた相手のアドレスが、未開封のアイコンとならんでいる。
『忘れ物を預かっています。明日渡します。じゃあまた』
「ありがとうございます!わざわざすみません!なに忘れてましたか?」
親指がふるえる。ぐしゃぐしゃにぬれた髪の毛から、ぽたりとしずくが布団におちる。疑問形で返しても、このひとからの返事はこない。こないこないこない。土門の目があたまをよぎる。わらっていたろうか。わらっていたのだろうか。やさしくされてそれを、おれがよろこんでいるとでもおもったのだろうか。
だん、と畳をふんで少林寺はたち上がる。携帯を振りかぶって思いきり投げたら、ふすまを破ってぼたりとおちた。髪の毛のしずくがまるで星のようにあちこちに飛び散って、首すじをつたうそれがつめたかった。どこにも自分は行けない。この部屋からさえも出られない。
携帯のバイブが鳴った。ひろい上げてひらいて電源をおとす。あのひとからでないのなら、誰からの電話もメールもいらない。穴のあいたふすまを少林寺はうつろな目でながめた。あのとき床にころがった携帯をおおきな甲虫の死骸のようだ、と思って髪の毛をまたなでる。しずくがまとわりついてひじまで流れていった。自分はどこにも行けない。この部屋からも出られない。土門がわらっていたのならそれはなぜだろうか。少林寺にはもうなにも考えられない。死骸はあのひとに会いたいとなくのに。わずらわしいほどいつまでもなくのに。
(ああ、こないこないこないこない)
(なきたいのはおれだよ。ばかやろう)






手紙の雨
少林寺。
あとひとつ書いて、いったん区切りをつけます。
その瞬間のあの顔は、きっと一生忘れないと思った。
練習後に泥だらけのスパイクの歯につまった泥をブラシでこそげ落としていると、ぬっと手元にながい影が落ちた。少林寺が顔をあげると、土門がひざを曲げて手元をのぞきこんでいる。なんですか。少林寺は手をとめて土門を見上げると、あっわるいわるい邪魔しちゃったね、とへらへらわらう。
最後にぼろ布でざっと歯をぬぐい、少林寺は袋にスパイクを入れて立ち上がった。帰るの?帰ります。一緒に帰らない?なんでですか。なんでって、一緒はいや?じゃないですけど、でも。逆方向だろ、と少林寺は思う。このせいの高い先輩とは、いつも校門のところで別れる。その疑問が顔に出ていたらしく、ちょっと寄るとこあんだよねと土門は手をふった。あゆむちゃんひとりじゃ危ないでしょ。お兄さんが途中まで送ってってあげるよ。あくまでも気楽な言いぐさに、スポーツバッグに袋を押しこんで、じゃあお願いしますとにこりともせずに少林寺は言う。じゃあ決まりだねはやく帰ろうと土門は指先で鍵をくるくるまわした。今日の鍵当番は少林寺だ。
土門のことを、少林寺はどういう風にも思っていない。サッカー部にはいろんなひとがいて、そのひとたちに関して少林寺はさまざまな感想や評価を持つわけだが、土門は少林寺の中で、特にどうでもいい類の人間だった。取りたててなかよくしたいわけでもなければ、嫌っているわけでもない。帰りながら土門はなにくれと少林寺に話しかけた。部活がどうの学校がどうの。それに対して少林寺は、上っ面な答えしか返すことができない。そうしてたぶんそれを、土門も気づいているのだろうなと思っている。見上げるせいの高い横顔は浅ぐろくやせていて、頬骨がめだつ。小柄で色がしろく、ふっくらとした頬の少林寺とは、おなじ種類のいきものだとは思えない。
おおきな道が別の道とぶつかる交差点で、少林寺は足を止める。あの、ここまででいいですか。数歩さきに進んでいた土門は、くるりと振りかえってそうかとわらう。うん、気をつけて。ありがとうございました。ちょこんとあたまを下げて背中を向けようとする少林寺を、あのさ、と土門はひき止める。あのさ。影野っておまえにやさしい?質問の意味がわからずに少林寺は首をかしげる。くらくなりかけた夕陽にてらされて土門は真顔だった。まぶたのうすい爬虫類めいた目が、少林寺をじっと見つめている。おまえ、影野のこと、すき?その言葉が耳にはいったとたん、そこがおそろしい勢いでかっとあつくなる。だけど少林寺はなにも言えなかった。土門はさびしいようにふふっとわらった。あいつ俺にすげーつめたいんだよ。あゆむちゃんがうらやましい。
それだけを言って、土門がきびすを返す。せいの高いやせた背中を少林寺はじっとながめていた。夕陽が目のはしできらきらとまぶしい、と思ってなぜまぶしいのかとふとそこに触れたとたんに涙がぼろぼろとあふれだす。土門は来た道を引き返していってしまい、少林寺は涙をこぼしながら足をひきずるように帰路についた。一緒になんて帰るのではなかったとひどく後悔する。いやだいやだいやだ。土門はなにもしらない。あのひとは(おれになんてやさしくしてくれるわけがない)。ぬぐってもぬぐっても涙がどんどんながれて、そうしてまたそれがどうして出てくるのか、少林寺はいやだった。わからないことなんかだいきらいだった。わかっているくせに。わかっているくせに土門はわからないふりをする。知っているくせに。もう持っているくせに。
なきながらあるく少林寺をゆっくりとさおだけ屋が追い抜いていって、音のわれたスピーカーからはりんご追分がずっと流れていた。土門の爬虫類のような目が、何度も何度もわらいかける。その瞬間のあの顔は一生忘れないと思った。あゆむちゃんがうらやましい、という言葉をわらいかけるのとおなじ数だけ繰り返して、その数だけ少林寺は土門をきらいになってゆく。影野もあのひとをきらいになればいいのにと思ったそのときに家が見えてきて、ああもう地球なんか終わればいいと少林寺はぬれた頬でわらう。土門は影野のところへ行くのだと、自分は最初からわかっていたではないか。ぬぐってもぬぐっても涙がとまらない。そうしてそれがなぜだかわからない。上っ面な答えしか出せない少林寺を、爬虫類の目をして土門は何度でも何度でもわらう。りんご追分は遠ざかっていくけれど、地球はいつまで経っても終わってくれない。







りんご追分
土門と少林寺。
嫉妬心まるだしのふたり。
ファミリーレストランではひとの性格が出る、と壁山は常々思っていて、今目の前でいかにもからだにわるそうなみどり色の炭酸をすすっている宍戸は、それに照らし合わせればかなり性格がわるい、と思う。別に食べちらかしたり店員に文句をだらだら言ったりするわけではない。しかし、箸だけでオムライスでもグラタンでもきれいにたいらげる少林寺や、つけ合わせのパセリまで食べて米つぶひとつ残さない栗松と比べると、やっぱり食べ方にやや難があるな、と思う。もちろん壁山自身は食べることが無上のたのしみであるために、誰よりもうつくしくがっついて見せるのだが、それを見るたびに食欲が失せると宍戸は文句をたれる。ソファにだらりと足をなげ出してすわる宍戸の前には、ひとくちかふたくちだけ残ったミートドリアが、ソースを皿にかさかさにこびりつかせて置いてあり、なん十分もそれに手をつけないまま、宍戸はみどりの炭酸ばかりを延々と飲んでいる。そでで口をおおって、げほ、とたまった炭酸をはき出し、これどこに売ってんのとコップをぐるぐるまわして見ながら宍戸はひとりごとのように言った。そんなにすきなのか?や、なんか、うまい。そんなことを言いながら、さしてうまそうでもなく宍戸はコップをかたむける。ぐーっと一気にそれを飲みほして、宍戸は壁山にむけて舌をべろんとだした。きもちわりー。のみすぎ。炭酸まじきちー。だからのみすぎだろ。壁山はあきれたように立ちあがると、ふたりぶんの水を注いでくる。ここらへんが、宍戸のしょうがないところだ。食べられるものを食べないくせに、するべきでない無理をする。あたまは決してわるくないのに、甘ったるい炭酸を飲みつづけたら気分がわるくなるだろう、ということまで考えが及ばないのだ。席にもどると宍戸はひじをついて膝をたて、かちかちと携帯をいじっていた。目の前に置かれた水にすこし顔をあげる。さんきゅ。ん。ぱたんと携帯を閉じてポケットにつっこんだ、その手を抜きだすときにぱたりとなにかが落ちた。壁山の足もとに転がった、あおいパッケージのそれは。拾いあげた壁山の手からそれをうばい返し、にやっと宍戸はわらう。あとで吸ってみよーぜ。言葉をなくす壁山の前で、宍戸は小銭をばらばらっとテーブルにぶちまけた。色のしろいほそい指がそれを数えている。壁山もあわてて鞄からサイフをだした。計1642円。
くらい公園のぶらんこにこしかけて、同時に火をつけたそれを吸いこんだ。うまく火がつかなかったし、いがらっぽい煙が鼻やのどにあふれかえってふたりとも盛大にむせた。想像とちがうな。な。もっといけるもんかと思った。つかそれ誰の。兄貴。いくつ。18。だめじゃん。あのひとはそーゆーの気にしないから。いやいや気にしなきゃだめだろこれは。はんざーい。わかってて持ち歩くなよ、お前のが犯罪だからね。まだ三本ほど中に紙巻きが残ったパッケージを、さっき小銭を数えた指がにぎりつぶす。へーい。心のこもらない返事をしながら、宍戸はそれを思いきりふりかぶってごみ箱になげこんだ。ついでにライターは池に放り込んでしまう。迷いないその動作に、壁山の心のすみの方がわずかいたんだ。あかく火がついたままのそれをくちびるのはしにくわえたまま、あーきもちわりーと宍戸は言う。ひとくち吸ってみただけでいやになったそれを、しかし捨てることも消すこともできずに手にもって、そのまま壁山は宍戸の背中を見た。すんなりと伸びた奇妙にさびしいそのうしろ姿から、煙がひとすじまっすぐに立ちのぼっている。かえろーぜ。ぷっとそれを地面にはきだし、ニューバランスのかかとでじゃんとこすって宍戸はふりむきもせずに言った。ファミリーレストランではあんなにも傍若無人なのに、普段からへらへらとわらっているくせに、ときどき宍戸が見せる潔癖さや清廉さに、壁山はおいていかれたような気分になる。それをあまりにも宍戸が、心の奥のほうにじょうずに隠してしまうから。壁山も宍戸とおなじように火を消した。きもちわりー。繰り返された言葉が、一気に温度をさげたくらやみにぽつりと落ちてすこしにじんだ。宍戸さ、あんま考えんなよ。お前いいやつなんだから。その言葉に宍戸はじゃりっと地面をこすった。その足音がざくざくと移動して、隙ありっ!という声とともに壁山はきれいにぶらんこから落ちた。べしゃりとうつぶせたその背中に、宍戸がどっかりとすわる。あのさーそーゆーこと言わないで。宍戸が体重を移動させるたびに、からだがゆらんゆらんとゆれる。いつでもあんなふうにいてくれたらいいのに。見せたくないところなんか、壁山だって見たくないのに。宍戸。だまれよ。壁山が言葉をつむぐ前に宍戸がそれを立ちきった。だったら壁山に言うべき言葉はもうない。うつぶせた目の前に、靴底でこすられたマイセンがしおれて落ちていて、それがすこしぼやけたので壁山はたくさんまばたきをした。ふたくちだけ残されたミートドリアを、結局宍戸は食べなかった。かさかさにかわいて、きっとあれは今ごろすてられている。食べてやればよかったと今さらのように壁山は後悔して、後悔しながらそれがどんなに無意味なことかをかみしめる。壁山の背中で宍戸がうたをうたっている。やや調子のはずれた、かすれたうたごえだった。そのかかとががりがりと地面をかいている。靴底にはあの灰が、くろくこびりついていることだろう。壁山には言葉など必要なかった。言いたいことならとっくにマイセンが雄弁に語っていたではないか。はじまらずにおわったすべてのことを。そしてその顛末を。





殻のマイセンは知っていた
壁山と宍戸。ファミレスジャンキーなふたり。
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無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

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