ヒヨル 夕焼けを終えて 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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練習が終わった直後になにげなく足をふみ出したとたん、ぷつりと実にかるい手ごたえでスパイクのひもが切れてしまった。そのまままっすぐ部室にもどり、カバンの内ポケットをさぐって染岡は舌打ちをする。予備がたしかあったような気がするのに、指にさわるのはじゃりじゃりした砂ばかりだ。
おい誰か靴ひも持ってねえ?その呼びかけに、おのおの着々と着替えを進めるメンバーたちは、持ってねーよだのわりーなだのすいませんだのそのくらい用意しとけよだのとにべもない。あーあーと染岡は右のスパイクを脱いでかかとに指をひっかける。帰りにスポーツ用品店に寄って帰ろうか、でも遠いしめんどくさい。そんなことをぐるぐると考えていると、これでよければと目の前にふっとひもが差し出された。
影野が横からおずおずと差し出したそれを染岡は手に取ってから、ああ影野だったのかとつぶやいた。これでよければともう一度影野はくり返し、全然いいよありがとなと染岡はパッケージを見た。三足ぶんの靴ひもがセットになっているそのなかには、二本の靴ひもをまとめて結んだものがふたつ入っている。一度あけられたパッケージののりの部分は丁寧にまた閉じられていたが、指をかけるとそれはあっけなくひらいた。
ついでにもう片方のも変えてしまうか、とスパイクを脱ぐと、よければ手伝うけどと影野が言う。いらねーとよ一瞬言おうとしたが、着替えを終えていないのが自分と影野のふたりだけだったので、じゃあ頼むと右のスパイクを渡した。部室の壁ぞいに置かれたベンチのまん中に陣取っていたことに気づき、染岡がからだをずらすと、隣に影野はすっとすわる。ふわりと髪の毛がほほにさわって、ひもをほどこうとした手がすこしゆれた。
パッケージから取り出した一本を渡してやると、それを受けとった影野の指がよれよれの靴ひもを丁寧にほどいていく。ふと影野の足もとを見ると、今手にしているのとおなじ靴ひもが結ばれていた。染岡の靴ひもは適当に穴にとおして最後はぎゅうと引っぱって締めてしまうために、いつもねじれてがたがたになっている。影野の靴ひもは逆にやたら几帳面にきっちりと締められていて、それはどことなく、丁寧に編まれた髪の毛を想像させる。
お前って器用?泥のしみ込んだひもをぐいぐいと引っぱって外しながら染岡がたずねると、そうでもない、と影野は淡々と言う。影野はとっくに靴ひもをはずしてしまっていて、よじれた部分を指でのばしたひもを、なれた手つきで穴に通していく。でもうめーよな。そう言ってやると影野は顔を上げ、自分の手元と染岡の手元をじゅんばんに見て、染岡よりは、と言った。うるせーよこんなもん上手くできても意味ねーよと肩をいからせると、影野は息をぬくようにふふっとわらった。
いつの間にか部室からは人影が消えていて、蛍光灯がちかちかとまたたいている。しんとした空気にひもと靴の生地のこすれる音だけがかすかに落ちていって染岡はぐるりと首を回した。影野の横顔はながい髪にかくれてしまって見えない。ユニフォームからのぞくひざの骨がまるくでっぱったりくぼんだりしていて、右足のそこにはひらたくおおきな絆創膏が貼られている。あれはなんのときのケガだったかと染岡が考えていると、こんこんとベンチが振動する。顔を上げた染岡に、できた、と影野が靴を持ち上げて見せて、染岡は手元を見下ろす。全く進んでいない。
げっお前はえーよ、俺ぜんぜんできてねーしと染岡は照れかくしにまくし立てる。染岡は不器用なんだな。ちょっとわらってつぶやくように言った影野のその言葉が染岡のなかにまるく沈んで、首のうしろのあたりがざわざわした。無言でスパイクを差し出す。かわりにやってくれという染岡の意図をすぐに汲んで、影野がそれを受け取る。そのときにさわった指先が、ひんやりと砂でざらついた。
染岡のそれよりもずっと影野の指先は器用にうごいて、スパイクをはきながらそれを見つめていると奇妙な気分になった。影野の手は指がながいがうすくてほそい。自分の手とどちらが大きいだろうと染岡はそれを広げてみた。指紋のみぞに泥がこびりついてかさかさとかわいている。いつもやたらかっかとあつい染岡の手とは逆に、影野の手はいつもつめたい。
自分たちはこんなところで何をしているんだろうと、急激に現実感が遠ざかってしまって染岡はゆれた。部室のすりガラスの外はとっくに暗くなっていて、なのに自分はこんなところから動きもしないでいる。影野の横顔はやはり髪にかくれて見えない。その指先がしろくかすんでいる。つめたい指先だった。影野、と呼びかけようとした寸前、できた、と意識にすべりこんだ影野の声に、染岡は急速に現実へ引き戻された。
差し出された靴をだまって受け取った。何故だか心臓がばくばくと鳴っている。影野が手渡すスパイクに、いそいで足をつっ込んだ。なんとかしてとどまらないといけないと思った。丁寧に編まれた髪の毛のような靴ひもの、両足のスパイクが奇妙に重い。影野、と結局たまらずに染岡は呼びかけた。影野はなにも言わない。言うべきことがない。言うべきこともないのに染岡だってなにもできない。切れた靴ひもを手にして、影野は染岡をゆっくりと見た。途方にくれたような気持ちで、やわらかなその髪に染岡は触れる。染岡は不器用だなと言った影野のことばが泡のように胸のあたりに浮かんできて、それを吐き出すまいと染岡は息を止める。もしも器用ならばどうにかできていたのだろうか。影野の手に、ふれたい、などと思わなくてもよかったのだろうか。心臓がばくばくと鳴っていて、伸ばした指は影野のつめたいほほにふれた。とどまらなくてはいけないと思った。だけど影野はなにも言わない。どうかしてもとどまるべきだったのだ。わからなくてもよかったのだ。
影野のひざのケガは染岡と接触したときのものだった。泥ですりきれた傷を影野はなんでもないと言って、そのむこうで夕日がおどろくほどあかかった。思い出さなくていいことばかりを思い出して染岡はひどく後悔した。だから靴ひもはその日のうちにほどいてしまった。




夕焼けを終えて
染岡と影野。基本的に染岡が影野に対して屈折している感じで。
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