ヒヨル 猫目はつふゆのくもりをたちわってきみにひかれむあの交差点 忍者ブログ
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真冬の朝の通学路は限りなくしろに近いはいいろにくもっていて、ゆきかうたくさんの子どもの群れから立ちのぼる息だけが、生気をおびてなまなましくしろい。
たったひとり黙々と影野はあるく。それは本当にただあるいているだけなのだが、ひとによってはひどく陰鬱に、つらそうにみえるらしく、悩みがあったらいつでも聞くとかなんとか、影野のもっともきらう脳筋教師ばかりがそんなかたちだけのなぐさめをする。悩みならある。だけどそれを言葉にするのもめんどうだし、口にだしたとたんにそれはみごとなうそにばけるだろうから影野はなにも言わない。なにも言わずに黙々とあるく。
歩道とのあいだをきえかけた一本のしろい線のみでわかたれた二車線の道路を影野は毎朝かよう。もっと安全でべんりな通学路がほかにあるし、影野の家からはそう大差のあるものではないが、学校へかようにはとおまわりと言えなくもないので、大半の生徒はこの道をとおらない。来年の春からはこの道は完全に通学路からはずされるらしい。事故多発、の立てカンがながいこと設置された交差点を、いちにちに二度影野はかならずとおる。
影野があるくすぐわきを、巨大なタイヤのトラックが腹のそこにひびく音をたててはしってゆく。その反対側、つまり歩道側には、かまえはぱっとしないが大盛況の動物病院がある。駐車場にとまったしろいムーヴから、ちゃいろとあおのかごにいれられた、ねこだかいぬだかを抱えた女がおりてきた。影野は生きものがすきではないのでこの病院もあまりすきではないのだが、まだわかいその女は、どこかうつろな目でちらりと一度影野を見た。絶望、のふた文字が影野の脳裏をかすめる。女はじつにそのふた文字が似合う顔をしていた。あわただしく病院へきえていく女を影野はなんでもないようにながめた。
生きものはあまりすきではないが、巨大なタイヤのトラックは影野はきらいではない。むしろもし万が一、寿命や病気のほかで命をおとしてしまうようなことがあるなら、このような巨大なタイヤにまきこまれてそれをおとしたい、と思う。そうしたら事故多発の立てカンはあたらしいものにかわるかもしれないし、春をまたずに学校の地図の、この道にあたる部分はあかいラインでぬりつぶされるだろう。
来年の春からも影野はこの道をかよう。半期にいちど提出をもとめられる通学路調査に、影野は毎回うそを書いてだす。だったら万が一あの巨大なタイヤにまきこまれてしまうことがあれば、むしろ責められるのは自分なのだろうかと影野は思った。虚偽の申告というのは、社会ではゆるされないことらしいが、だったら自分がしたことはなにに当たるのだろうと影野は考える。悩みおおき思春期の少年の、管理教育にたいするささやかな反抗とでもとらえられるのだろうか。それならそれでかまわないとも思う。口にだしたとたんに自分の感情なんかはまるきりうそにばけるのだ。たとえなんと言われようと、本当のことでなければなにもかもおなじことでしかない。
あつい雲のむこうで、朝日がねぼけたきんいろの円盤になっている。たちどまってそれをしばらくながめていると、動物病院からさっきのわかい女がでてきた。かごを腕にとおして、手にはしろいタオルでくるまれたなにかを抱いている。どうやらないているらしいその女の手のなかのタオルから、だらりと力なくふさふさしたしっぽがたれ下がっている。
女はまた影野を見た。やはりうつろなその目は、今はまっかに充血していた。マスカラがながれてひどい顔をしていた。呆然とたちつくす女の腕に抱かれたなにかに、触れるべきなのかそうでないのか影野は一瞬まよい、結局なにもせずにたちさった。ねぼけたきんいろの円盤はとうに雲におおわれてしまい、巨大なタイヤのトラックはもう見ることさえかなわない。
もしあの感触に似たようなものにめぐりあい、それに触れることができたなら。影野は思う。もしかしたらうそではない本当のことを口にだすことができるのかもしれない。しかしそれを求めるには影野は無力すぎて、こわがるものがあまりにもおおいしかなしみのなんたるかすら、まだしらない。
事故多発の立てカンのある交差点で巨大なタイヤにまきこまれたなら、あの女のようなうつろな目で見おくってほしい。それがかなうならそのほかにはなにもいらないと影野は思う。そうしたら次は生きものがすきでたまらないようにうまれてきて、あの女の手に抱かれたなにかに、やさしくやさしく触れてみせる。
そんなことを考えている間に学校についてしまった。校門には朝からやけにげんきな脳筋教師が、腹にひびくあいさつの声をはり上げてたっている。だけど自分はとうぶんあのタイヤにまきこまれるようなことはしないつもりだし、だったら生きものだってしばらくはすきにならない。だからまだあの感触にかわるなにかをずっとさがすのだろうし、だとすると自分のうそぶくことはこれからもうそのままだ。ざまあみろ。影野はあたまを下げるだけのあいさつを返し、なんだ朝からげんきないなと脳筋教師にわらわれる。そのうしろにはねぼけたきんいろの円盤がうかんでいて、見るまにねこの目にかわるそれが、にゃあとまたたく。





猫目はつふゆのくもりをたちわってきみにひかれむあの交差点
影野。
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