ヒヨル イタイヤ 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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木野のしろく細い足首をぼんやりと眺めながら、染岡は眠い、と思った。つまらない怪我を放っておいて悪化させるいつもの悪癖を遺憾なく発揮した染岡は、今は練習を全面的に禁止されている。どうせ退屈ならマネージャーの仕事でも手伝ってこいという監督の指示にしぶしぶ従って、今は木野が上った脚立を押さえながら、グラウンドから聞こえる歓声や罵声や怒声やそれを諌める監督のあきれ返った声に耳を傾けていた。ごめんねー。脚立の上で背伸びをした木野が言う。部室の電気は大半が切れて、蛍光灯にびっしりとほこりをまとわせていた。それらをひとつひとつ拭いて交換する、その作業を染岡は手伝っている。最初は自分が上ろうかと提案したが、染岡くんが落ちてきたらわたし死んじゃう、という木野の言葉になぜか納得し、染岡は安全弁の役割に甘んじた。傍らには交換されたふるい蛍光灯がごろごろと転げている。
木野が危なげない手つきで、ながほそい蛍光灯を丁寧に拭う。よくやるよ。ひとりごとみたいにぼそりと染岡が言うと、木野がくすくすとわらった。染岡くんだってよくやるよ。なにが。わたし痛いのはきらいなの。怪我のことを言われているのだとようやく気づいて染岡は赤面し、うるせえなぁと照れ隠しに声を張り上げると木野はますますおかしそうにわらう。脚立ががたがたと震えた。あ、こら。あぶねーぞ。あっごめん。ふふっと木野は息を吐くみたいにわらい、再び作業に戻った。中途半端にたくしあげられたジャージのすそが落ちかかっている。すりきれてぼろぼろになった生地に、目には見えない苦労がにじんでいるような気がして染岡はちいさくため息をついた。わ。木野がぐらりと体勢を崩す。わわわわわ、わ、あ、染岡くんあぶな。うお、と染岡は一歩退いて両腕を差し出した。狙いをあやまたずに木野がそこに背中から落ちてきて、蹴られた脚立がけたたましい音で倒れる。
もうもうと上がる砂ぼこりの中で、先にからだを起こしたのは木野だった。わあああああ染岡くん大丈夫?ごめんねごめんね!怪我はない?どっかいたくない?うーと呻いて、染岡は顔をのぞきこんでくる木野に手のひらを向けた。大丈夫。木野は?わたしは平気。ありがとう。心配そうに眉をひそめた木野が、今にも鼻と鼻が触れてしまいそうに近くまで顔を寄せてくるので染岡は急いで顔を背けた。やーあの、大丈夫なら、いいんだ。よかったな。そのときがらりと部室の扉が開いて、影野がぬうと入ってきた。すごい音。あはは、と木野がごまかしわらいを浮かべる。影野は脚立をまたいで近づいてくると、木野に手を伸ばした。大丈夫。ありがと、大丈夫。その手につかまって木野が身軽に立ち上がる。自然すぎるその接触に、なぜかのどの辺りがむずがゆくなるのを染岡は感じた。監督が呼んでる。わかった。気をつけて。平気だよ。木野は部室を出ていって、そしてほどなく引き返してくると染岡くんありがとう、とにこりとわらった。
影野は倒れたままの染岡には目もくれず、脚立をひっぱり起こして奥に片づける。なにしに来たんだよ。打ちっぱなしの地面に肩を思うさまぶつけた染岡はそこを撫でながらからだを起こす。手伝い。影野は両手を腰に当てて、あーとひくいため息をついた。さっきのどたばたで、転がしておいた蛍光灯はすべて砕けてしまっていた。飛び散った破片が変にしろくてかてかしている。ちりとり。影野はぽつりと呟いて、すーっと掃除用具入れまで行ってしまった。そこから砂まみれのちりとりと先がばさばさに広がった箒を出してきて、じゃらじゃらと音を立てながら影野は片づけをはじめる。破片は箒で撫でられるたびに地面やこまかい砂にこすれ、たくさんの鈴みたいなかん高い音で鼓膜を震わせた。
染岡がいなかったら。箒をざりざりと動かしながら、影野はぼそりと言った。木野死んじゃってたかもね。ありがとう。あ?ようよう尻を払って立ち上がった染岡が首をかしげる。なにが。木野。影野はながい髪の下からたぶん視線をよこし、妙に無感動に言った。助けてくれてありがとう。なんでおまえがありがとうとか言うんだよ。すきだから。最後の破片を丁寧にかき集め、立ち上がりながら影野は言う。いぶかしげな顔の染岡を見ながら。木野が、すきだから。染岡はその言葉をぽかんと聞き、やがて目の周りがあつくなってくるのを感じた。耳がちりつく。いや、あ、え?なに、なにがだよ。つかおまえ、それ関係なくね?あるよ。指で破片をつまんで燃えないごみに分けながら、影野は淡々と言った。関係あるよ。
染岡は言葉につまり、それあぶねえよ、と影野の手元を指さした。うん。影野はあたりを見回して、軍手借りてくる、と部室を出ていった。これだけよろしくと、先がばさばさに広がった箒を染岡に手渡して。染岡はぼんやりとその背中を見送り、やがて足音が遠ざかると、手にした箒を思いきり地面に投げつけた。箒は瀕死の生き物みたいにはじかれ、ロッカーのそばで死んだように止まった。あっという間に静寂は戻り、ちりとりの中で蛍光灯の破片がきらきらしている。まるで無意味に、のどかに、きらきらとひかっている。指を伸ばすとひふがすっとななめに切れた。染岡は顔をあげる。打ち付けた肩がずくずくとうずく。いたい、と思った。いたい。まだいたい。まだいたい。「影野」






イタイヤ
染岡と影野。
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