女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。
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影野の席は窓際のいちばん後ろにある。遮るものがなく校庭を見渡せ、いつでもよい風が吹くベストポジションだ。そこにすわっている影野のことをうらやんでくれるひとはクラスには実はいなくて、いつでも遠慮なしに突撃してくる松野が席を替われ替われとわめいたり、昼めしをたべにくる染岡がほんとこの席いいよなーとぽつりと言ったり、そういう言葉でしか表されない。クラスで影がうすく、いることにさえ気づかれないことがままある影野には、そうやってわかりやすく言ってやらないとわからない。ときどきカーテンが襲いかかってきたり、プリントが派手に羽ばたいたりするらしいけれど、それでもあの席いいなと土門も思っている。この席いいねと言うと影野ははにかむようにちょっとわらって、いいよ、といつも言うのだった。ぼーっとするには最適、などと口にするほど。
土門は校舎内であまり影野に会わない。影野は移動教室のとき以外はずっと、窓際のいちばん後ろにすわって黙って本を読んでいる。そもそも出歩くのがすきではないらしく、ちょっと席を離れると影がうすいものの悲しさか、すぐに席を占領されてしまうという。休み時間が終わるまで廊下に所在なく立ち尽くしている影野なら何度か見た。土門もあまり校内をうろうろするタイプではないが、影野のクラスの前を通るときに見える、本を読む横顔なんかはちょっといいなー絵になるなーと思っていて、さらにうすいカーテンが閉じているよく晴れた昼間なんかの、かすかに濁った逆光に影野の髪の輪郭がちらちらにじんでいるところなんかすごくいい、と思う。思うだけで口には出さない。そういうひそやかで一方的な満足を、なんとなく知られることは避けたかった。なんとなく。
風がつよい日の放課後、土門が部活前になにげなく影野の教室を覗くと、いつもの席に影野がぽつんと立っていた。クラスには他に誰もおらず、カーテンがゆらゆらと揺れる窓際に立った影野がばけつに売れ残ったパンパスみたいに浮いている。じんちゃん?思わず足を止めて土門は教室に身を乗り出した。ときどきおおきくはためくカーテンには、あかい夕陽が漏れるようににじんでいる。影野は何も言わずにただ立っている。本を読む横顔よりも、つよいくるしい顔をして。じんちゃん。土門はもう一度呼びかけた。部活遅れちゃうよ。なぜか教室に足を踏み入れることはためらわれて、土門はもどかしげに教室の扉をかつん、とかるく叩く。土門。影野がかすかにささやいた。おれはもうだめかもしれない。なにが、と言いかけて土門は息を飲む。
影野がゆっくりと土門に向き直った。ひときわつよい風がカーテンを巻き上げて、影野の髪をびょおびょおと吹き散らす。あかく焼けた空と校庭。売れ残ったパンパス。喧騒がすうっと遠ざかり、雲がこわいくらいにはしってゆく。遮るもののなにもない、しかくく切り取られた日常の口。土門は目を見開く。
『そのとき、ぼくは、確かに見てしまったんだ。
窓枠をつかむ三本の爪。
あおい翼竜の
隠された
瞳
を』
だめになると言いながら影野ははにかむようにちょっとわらった。ぼーっとするには最適なその場所で募らせたなにがしかを、音もなくしずかに吐き出すように。得体の知れない感情にぞわりと背中をこわばらせ、土門はわななく指をそうっと握った。校庭を見渡せる窓際のいちばん後ろのベストポジションに、風つよく吹けばぼくは空き地に隠れたろうか。
窓際のドラゴン
土門と影野。
『HIGHSCHOOL DRAGON』より
土門は校舎内であまり影野に会わない。影野は移動教室のとき以外はずっと、窓際のいちばん後ろにすわって黙って本を読んでいる。そもそも出歩くのがすきではないらしく、ちょっと席を離れると影がうすいものの悲しさか、すぐに席を占領されてしまうという。休み時間が終わるまで廊下に所在なく立ち尽くしている影野なら何度か見た。土門もあまり校内をうろうろするタイプではないが、影野のクラスの前を通るときに見える、本を読む横顔なんかはちょっといいなー絵になるなーと思っていて、さらにうすいカーテンが閉じているよく晴れた昼間なんかの、かすかに濁った逆光に影野の髪の輪郭がちらちらにじんでいるところなんかすごくいい、と思う。思うだけで口には出さない。そういうひそやかで一方的な満足を、なんとなく知られることは避けたかった。なんとなく。
風がつよい日の放課後、土門が部活前になにげなく影野の教室を覗くと、いつもの席に影野がぽつんと立っていた。クラスには他に誰もおらず、カーテンがゆらゆらと揺れる窓際に立った影野がばけつに売れ残ったパンパスみたいに浮いている。じんちゃん?思わず足を止めて土門は教室に身を乗り出した。ときどきおおきくはためくカーテンには、あかい夕陽が漏れるようににじんでいる。影野は何も言わずにただ立っている。本を読む横顔よりも、つよいくるしい顔をして。じんちゃん。土門はもう一度呼びかけた。部活遅れちゃうよ。なぜか教室に足を踏み入れることはためらわれて、土門はもどかしげに教室の扉をかつん、とかるく叩く。土門。影野がかすかにささやいた。おれはもうだめかもしれない。なにが、と言いかけて土門は息を飲む。
影野がゆっくりと土門に向き直った。ひときわつよい風がカーテンを巻き上げて、影野の髪をびょおびょおと吹き散らす。あかく焼けた空と校庭。売れ残ったパンパス。喧騒がすうっと遠ざかり、雲がこわいくらいにはしってゆく。遮るもののなにもない、しかくく切り取られた日常の口。土門は目を見開く。
『そのとき、ぼくは、確かに見てしまったんだ。
窓枠をつかむ三本の爪。
あおい翼竜の
隠された
瞳
を』
だめになると言いながら影野ははにかむようにちょっとわらった。ぼーっとするには最適なその場所で募らせたなにがしかを、音もなくしずかに吐き出すように。得体の知れない感情にぞわりと背中をこわばらせ、土門はわななく指をそうっと握った。校庭を見渡せる窓際のいちばん後ろのベストポジションに、風つよく吹けばぼくは空き地に隠れたろうか。
窓際のドラゴン
土門と影野。
『HIGHSCHOOL DRAGON』より
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