ヒヨル スタテュ・オブ・リバティの肖像 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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バッティングセンターに寄っていこう、と少林寺が言うので、部活の終わった放課後、壁山は厳重に金網にかこまれたボックスの後ろ、タバコのくろ焦げと穴のあるベンチに腰かけている。くたびれた風情のバッティングセンターにはそれでもそこそこ客がいて、壁山の前をよく陽に焼けた高校生が数人通っていった。高校名と名前の刺繍された泥よごれのスポーツバッグを下げ、清潔に剃られた坊主頭をした彼らはそれぞれがほそいバットケースをかついでいる。壁山はなんとなくいたたまれないような気分になって、せわしなくあちらこちらに視線を飛ばした。ほこりのかむったトロフィーが並ぶ棚に、色あせた写真が立てかけられてある。夜のバッティングセンターは煌々とあかるく、サーカスのテントみたいに風景からぽかんと浮き上がっているように思えた。むせかえるような夏の夜。虫の声がかすかに聞こえる。
ぱきぃん、ぱきぃん、とかん高く澄んだいい音があちこちから聞こえて、それは目の前の少林寺がいるボックスからも鳴り響いていた。からからのいちばん軽いバットを手に、少林寺は右のバッターボックスにしっかりと足を踏ん張っている。脇を締めて力強くバットを振り抜くその動作はなかなかに決まっていて、球速九十キロのボールを完全に捉えていた。腕も脚も棒っきれみたいにほそいのに、快調にボールを飛ばす少林寺に壁山は目をほそめる。二塁打は固いだろう痛烈なライナーがネットをばさりと揺らした。からだの使い方が上手なんだな、と壁山は思う。なりはちいさくて女の子みたいだけど、少林寺にできないスポーツはないのだ。
ジャージを脱ぎ捨てた少林寺の背中に、Tシャツが汗でぴたりとはりついている。脊椎のこぶこぶまでを浮かばせる痩せた背中は、ふと見ると特に痛々しい。ふと、それに気づいてしまう、ざらりとした罪悪感。百三十キロまで出る向こうのボックスでは、さっきの高校生がくろいバットを手に肩を回している。なめらかにぴんと張った筋肉を十二分に使う、これ以上に愉しいことはないという顔をして。ぎぃんとひときわ高く鋭い音で弾き返されたボールは、ネットの上の方に貼られたホームラン表示に突き刺さって落ちた。バックスクリーン一直線。完璧なセンター返しだ。壁山のようにベンチで見ていた友人らしい数人が、おおげさなくらいにぎやかに拍手をしている。
ボックスの中からそれを見ていた少林寺が、からんと高い音を立ててバットを落とした。手ぇいたーい。芝居がかった乾いた口調。つま先でグリップを器用に蹴上げて、肩に担ぐように持ち上げる。この前さぁ。ポケットから小銭を出して機械につっ込みながら、少林寺はひとりごとみたいに言った。目金先輩からマンガ借りたの。へー。なんのマンガ。なんか、ボーケン物?っぽいやつ。ピッチングマシンが再度動き出す。おれさー。びゅうびゅうと素振りをしながら少林寺は続ける。本とか読んでおもしろいとか、全然思わないから、さー。やや手元で落ちるボールを器用に流しながら、少林寺は歯を見せてわらっている。表紙だけ見て返しちゃった。へえ。壁山は目をまるくする。らしいなーと内心思いながら、先輩おこった、とたずねる。それがさ、おこんねーの、目金先輩。いいですよーって。なんも言わないし。あー、と憂鬱だかなんだかふかく息を吐いて、少林寺は言葉を切る。ボールの方に意識を向けたいだけではなく、ここから先をあまり言いたくないのだということを察して、壁山はベンチを立った。
ペットボトルのウーロン茶を一本買って戻ると、少林寺は最後の一球をまっすぐに弾き返したところだった。いいとこポテンの、ホームランにはほど遠い、それでも流れ星みたいにきれいな打球。少林寺が扉を肩で押し開けるように出てきた。汗が顔を伝っている。それを手の甲で拭ってやると、照れくさそうに少林寺はわらった。壁山はさ。うん。やさしいよね。えーどうかなー。ああと、目金先輩とかも、やさしいね。そうだね。おれはさ、あんまりやさしくないから。少林寺は痛いような顔をして、まっかになったてのひらを見下ろしている。だから気づかないんだ。全然。ばかだから。壁山は言葉につまる。少林寺がここのところ不調なのは誰の目にも明らかだった。だけどそれに対する原因だの不平だのを少林寺は誰にも言わないし、いっそ虚しいくらいにがむしゃらにプレイし続けるその背中は、痛みを通り越して憐憫さえ誘う。目金はそれに気づいていたのだろうと壁山は思った。苦心して選んだ、励ましだったのだろう。あのひとの中にも葛藤がある。選手としてはなにも言えない葛藤が。
壁山はふと百三十キロのバッターボックスを見た。くろいバットの高校生は、にらむような目でマシンを見ている。友人たちはもういなかった。たったひとりで彼はバットを振る。ホームランはもう打てない。世の中から辛いことや苦しいことがすべて消えて、楽園みたいな世界になったとしたら。きっとあの高校生や少林寺みたいなひとこそ、その世界で生きていくことはできなくなるだろう。喜びばかりをかき集めて幸福を知ったような顔をするひとには目もくれず、絶望の中にひそむ絶対の自由を、彼らは注意深く拾い集めて大切にする。そのために捨ててきたものの数も重さも、彼らは思うことはない。
壁山は濡れたペットボトルを差し出した。ありがとーと少林寺は顔を輝かせる。目金や、そして壁山さえも、少林寺を想っている。そのやさしさを想っている。なにも気づかない鈍感な手で、惜しみなく与える少林寺。ぼろぼろに皮がめくれた傷だらけの手のひらに、本当は持っていないものなんてなにひとつないのだ。むせかえる夏の夜にすだく虫の音が乾かす現実。ぽっかりと不幸で、それでいて幸福なバッティングセンター。少林寺が抱く絶対の自由を、壁山はなによりいとおしく思う。言葉には出さず態度にも出さず、それでも誰よりもなによりも、うつくしくいとおしいと微笑む。







スタテュ・オブ・リバティの肖像
壁山と少林寺。
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