ヒヨル 亀の鞍 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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夏休みは部活以外になにもすることがないので、宍戸はあるける範囲であちこちに出向いた。少林寺とは前からぬうと立った煙突が気になっていた銭湯を見に行って、汗だくになったのでついでにふたりで一番風呂に入りフルーツ牛乳を飲んで帰った。壁山とは池のある公園に行ったり、さるの絵のついた巨大な滑り台のある公園に行ったりした。そこでは下らない話を延々として、日が翳って涼しくなるまでそれが尽きることはなかった。話すことはいくらでもあって、時間は膨大だった。音無とはエアコンの効いた公共施設で、大量に持ち込んだネイルケアのグッズを駆使してお互いに爪をきれいに磨き合う。どんなにきれいなマニキュアをつけても次の部活のときにはぼろぼろに剥がれてしまうのだが、そのくらい潔くてあっけない方が楽でいいと宍戸は思っている。ひとりでなら本屋をめぐって新書の背表紙をずっと眺めている。金がないのでおいそれと買うわけにはいかないが、これとおなじことを栗松がしているのでなぜかやめられずにいる。
よく晴れた日の部活のあと、てつ今日どっかいかね、と宍戸はAg+のシートで腕や首を拭いながら言った。えーと栗松はよく冷やして固く絞ったタオルを顔に当てながら振り向いた。きれいに浮かんだ肩甲骨。なんて?今日おれとデートしよって。やだよと栗松は眉間にしわを寄せた。宍戸は手を伸ばし、汗で浮き上がった栗松の鼻のテープをびっと剥がす。いーじゃん。どーせ暇なんだろ。まー暇だけど。栗松は言葉を濁し、助けを求めるように視線をさまよわせた。少林寺はかばんを肩にかけて、今日はおれ宿題するからとさっさと帰ってしまう。音無は壁山の腕にひしと抱きついて、今日はあたしたちお買い物行くもーんとわらった。あーと栗松はため息をつき、うらめしそうに宍戸を振り向く。今日くらい家にいれば。おれ家すきくねーし。ぐじゃぐじゃとあたまを掻いて、じゃいいよ、と栗松はテープを剥がされた鼻をてのひらでこすった。結局栗松はやさしいのだ。宍戸はにっとわらってカッターシャツに腕をとおす。
洗いざらしたピンクのポロシャツとダメージジーンズは栗松によく似合う。うーすと宍戸は手を挙げた。栗松は待ち合わせの五分前に、ちゃんと最寄りのファミマで待っていた。おせーよと栗松は携帯を尻のぽけっとにしまう。ややサイズがおおきい襟ぐりの開いた七分袖アンサンブルとサルエルパンツ、アイスクリームのチャームのネックレスをつけた宍戸をしげしげと眺めて、おまえよくそんなの着れるね、と栗松は半ばあきれたように言った。ひょろりと痩せてせいの高い宍戸には中性的な格好が似合う。なんだおまえまたこれ貼ってきたの、と宍戸はひとさし指で栗松の鼻のテープを撫でた。栗松は鼻炎持ちで、本当は教室や部室の空気が苦手なのだ。どこ行くの。宍戸の手をべちんと払い、栗松は鼻をこすった。ちょっとぶらぶらしよーぜ。そう言って宍戸はポロシャツ越しに栗松の二の腕を取る。律儀にそれも払われて、宍戸はちょっとわらった。
汗かきの栗松はいくらもあるかないうちに、もうすでに額から汗を流していた。暑いの苦手。うん。栗松はだるそうに額を拭う。おまえ平気。おれ暑いの得意。宍戸はうなじにてのひらを当てる。冬は苦手だが夏はすきだった。汗もあまりかかないし、熱中症にかかったことは一度もない。動物じゃん。栗松はへらっとわらう。変温動物的な。ほれ。宍戸はてのひらを栗松に差し出す。さわってみ。うわつめて。てのひらに触れて栗松は目をまるくする。なにおまえ、すげーな。すげーだろ。うわーと栗松はおそるおそる宍戸のてのひらをほほに当てた。きもちいー。宍戸はもう片手も伸ばして栗松のほほを挟む。あつくちりついた夏の肌。その瞬間、じゃあじゃあと降り注ぐ蝉の声がすべて途絶えたような気がした。栗松が顔をあげて、はっと離れようとする。宍戸は両腕をつかんでそれを止めていた。なまぬるい空気が足元を吹き抜ける。あおい、と、思った。空があおい。こわいくらいに静かに、あおく沈む。
そのまま結局どこへも行けず、栗松は宍戸の数歩前をゆらゆらとあるいている。孤独な散歩みたいな、ひとりきりの徘徊。ふたりの間の何メートルに、気づけば沈黙がすべりこんでいる。呼びかける声さえためらわせる、焼け焦げた静寂が耳を刺す。夕焼けがながくながく影を伸ばし、栗松は振り向かない。ロールアップのジーンズからのぞく足首が筋ばってほそい。腕と顔と膝だけが焼けてあとは驚くほどしろいままのひふと、何度も剥けて分厚くなったかかとの皮。おなじ場所でおなじことを夢見ておなじものを持ちながら、伝える言葉だけをいつのまにかなくしていた。そうやって届くことを選んだのだった。そうしたかったんだと自分に言い聞かせた。宍戸はそっとてのひらを見下ろす。そうやって届くことを選んだんだって。
宍戸はよわくゆるく、ふふふとわらった。冗談みたいに飛び出た鎖骨にネックレスのチェーンがしゃらしゃらと流れている。現実をつないで幻想を捨てても、だぶついた着地点にあしあとはせつなくぶれた。埋まらない溝をつま先でにじって、ないふりをしようとあがく滑稽な自分。あまくにごった夕暮れを融かす涙にも似た空気の向こうで、栗松のうなじがぽかりとしろく透明だった。それだけをもらって宍戸はゆく。ぶれたあしあとを無数に重ね、埋まらない溝に深く沈みながら。栗松が振り向いて、はやく行くよ、と宍戸を急かした。それだけをもらっておれはゆこう。どうにかなると信じていた、信じるに足りた場所を置いて。いつかどこかで思い出し、手に取って眺める日が来るといい。確かになにより幸福だった、あおく燃えていくふたりの日々を。







亀の鞍
宍戸と栗松
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