ヒヨル 呼応する窓 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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ペイパーウェイトとして売られていたのを買ってもらった透明な地球が気に入っている。緯線と経線がきれいに地球を分割し、その上にざがざがの磨りガラスの触感で国が並んでいる。南極の部分が平たくなっていて机にすわり、宇宙に浮かばなければ丸くもないガラスの地球。ロシアの殺し屋おそろしやー、と独り言をつぶやいて、北半球にだらりと広がるユーラシアの、その上半分まん中あたりをつついた。ぴったりときれいに机に安定した地球はその指先を受けとめる。マントルのさらに中央にちいさく気泡が残ってきらめいていた。いのちのない星に沸き立つ、音も熱もない静かなマグマ。アラームがプリーズドンセイユーアーレイジー!と歌いはじめたので、目金は地球を持ち上げてぽけっとに滑り込ませた。持ち重りばかりがどことなくさびしい。今のぼくのぽけっとは宇宙だ、と思った。
休日の昼間に外に出るのはあまりこのもしくないと目金は思っている。人混みは元からきらいだし、休みの日には外に出るというその行為自体が健康的すぎる、と思う。指先で地球をぽけっとの宇宙に沿わすように転がしながら、iPodのイヤホンに意識を集中させる。せめてもこの人混みに馴染んでしまわないように。駅前では少林寺が車止めにすわって、退屈そうに足をぶらぶらさせながら待っていた。麻編みのぺたんこ靴は履き込んでいい色になっている。目金の姿を認めると、身軽にそこから飛び降りて寄ってくる。こんにちは。早いですね。普通です。少林寺はあかいメッセンジャーバッグを探り、これおみやげです、と目金のてのひらに夕張メロンキャラメルを乗せた。北海道?スープカレーたべてきましたと少林寺がにっとわらう。
質実剛健を旨にしている少林寺の一家は家族揃って食い道楽らしく、肉っ気をこのまない少林寺を連れてあちこちにうまいものをたべに行く小旅行をよくするらしい。医食同源ですから。函館と札幌を二泊三日で周り、海鮮や名物を片っぱしからたべておととい帰ってきたという少林寺は、並んで公園のベンチにすわりながら言った。食は大事なんです。隠元隆畸だってそう言ってます。突然日本黄檗宗開祖の名前を出されて目金はぎょっとする。そんな大げさなはなしになるんですか。だって先輩すききらい多いじゃん。あなただって肉たべないでしょ。雲水が肉食するわけないじゃないですか。いやいやあなた雲水じゃないから。あそおかー。少林寺はまた足をぶらぶらさせた。目金は手の中の夕張メロンキャラメルの箱をかたかたと鳴らす。包装ビニルがところどころこすられて濁っていた。
先輩メロン大丈夫?え。目金は顔をあげて、少林寺が心配そうにこちらを見ているのに気づいてあわてて首を振った。大丈夫。すきです。よかった。安堵してわらう少林寺の顔を見て目金もわらい、ぽけっとに箱を押し込もうとした。ん。なにかが支えてうまく入らない。手を入れて中身を取り出すと、出がけに入れてきたペイパーウェイトが出てきた。わーきれい。少林寺が目を輝かせて手元を覗き込む。それなんですか。あー。目金はそれを少林寺に手渡した。少林寺は地球を両手でくくむように持って、じっと眺めていた。日本。そうっと手の中で転がして、少林寺はわらった。中国。湖南省。湖北省。四川省。貴州省。重慶。よく知ってますね。少林寺は目金を見て、うれしそうにわらった。おれの産まれたとこです。重慶。これで見ると近くてびっくりする。少林寺はそれを陽に透かした。地球ってきれい、と、静かにつぶやいて。
衝動が。その幸福な横顔に、言葉にならない衝動が駆けた。気づいたら目金はそのてのひらからペイパーウェイトをもぎ取り、ふりかぶって思いきり投げ放っていた。あっ。少林寺がからだをこわばらせる。地球はきらきらひかりながら彗星みたいに流れて、すこし離れた噴水に沈んだ。とぽん、という水音に我に返り、目金ははっと少林寺を見た。あの。ベンチから身を乗り出した少林寺が、そこからするりと立ち上がって駆け出す。あ、少林寺くん。目金は慌ててあとを追う。覗き込んだ水面にはまだ波紋が残っていて、並んだふたりの顔を歪めてふやかした。かばんと靴を剥き捨てて噴水のへりに立ち、止める間もなく少林寺は噴水に飛び込む。驚いたことに目金もまたそのあとを追っていた。膝までを水に濡らしてもなお、なにが起きたかわからなかった。
水を足でかき分けて、両腕のほとんどを水にひたして水底を探っている少林寺に目金は近づいていく。やめてください、と、言おうとしたとたんに少林寺は立ち上がった。手にはペイパーウェイト。地球は水と藻をまとわせて、本物のそれみたいにあおく空を透かしている。呆然と立ち尽くす目金の額を、少林寺は思いきり叩いた。びしゃ、とかん高い音がして、水滴が割られたすいかみたいに飛び散る。髪も腕も服もずぶずぶに濡らして、それでも少林寺はわらうのだ。目金が捨ててしまったものを宝物みたいに拾い集め、目金が気づくのを待っている。目金は叩かれた額を押さえた。だらりと濡れたそこからぬるい水が顔をまっすぐに落ちていく。重力に引かれて生きるいきもの。宇宙のような少林寺のてのひら。
先輩はさ。カットソーの濡れていない部分できれいにペイパーウェイトを拭いながら少林寺は言う。すききらい多いし、たべものじゃなくてもきらいなもの、たくさんあるでしょ。レンズに降りた水滴が視界を歪める。だから、すきなものは大事にしなきゃだめだよ。すきなんだから。目金の胸元にぐいと地球を押しつけて、少林寺はまじめくさって言った。大事にしなきゃ逃げるんですよ。目金はまばたきをした。胸に寄せられた少林寺のてのひらに、そっと両手で触れながら。目金が産まれた日本。少林寺が産まれた中国。人間が産まれた地球。地球が産まれた宇宙。目金はうつむく。葦のように。先輩?少林寺がそっと問いかけた。いたいの?
少林寺の指の中でペイパーウェイトはひび割れていた。原始の裂け目ギヌングァガァプより噴き出す、どろりとやわらかなせつなさ。ついさっきまで確かに目金のぽけっとの中にあった宇宙は、今はそこからは失われた。でも消えたわけではない。ここにある。ふたりのいる世界が宇宙だ。なにもなくても。なにもなくてもここにある。少林寺のてのひらのなかで、ひび割れた地球はちかり、とひかった。まるで最初で最後の夜明け。いたくないよ。目金はしずかに言った。ありがとう。呼んでくれてありがとう。







呼応する窓
目金と少林寺。
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