ヒヨル そのほかのはなし 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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手をつないであるいているふたりを見ていた。学ランの少年と、ブラウスにプリーツスカートを揺らしている少女。つないだ手を隠すくらいに肩と肩を寄せて、ときどき顔を近づけてはなにかしらの言葉を交わす。寄り添うふたりのずうっと後ろからなにげないふうにその光景を見ながら、土門はひとりであるいている。ときどき街中で見かける、ぎたぎたと絡まりあうようにあるいている脳たりん丸出しの汚ならしい金髪カップルなんかより、そのふたりはずっと清潔で真っ当で、きれいだった。だからこそそのふたりを遠くから見ることによって、のどの奥にひたひたと満ちてくる苦いものがまぎれもない嫉妬であることに土門は安心し、それを恥じる。学ランの少年の髪の毛は背中を隠すほどながく、少女は小柄で華奢だった。割られていない割りばしみたいな、ひっそりと清貧なふたつの背中。むかしゴチックの教会で見た大理石の像を思い出した。満ち足りたものものはおのずと似てくるようだ。
夏になるにつれて露出したひふはあかくちりつき、きっかりユニフォームのかたちに焼けた部員たちは、揃いも揃ってまっしろな背中につややかな褐色の腕や脚を備えるようになる。ユニフォームのすそを広げて風を通していた影野は、土門の視線に気づいてはにかむようにわらった。多分に漏れず焼けた手でしろい腹をそっと撫で、なんか筋肉ついてきた、とひとりごとのように影野は言う。あんだけ動いてりゃ嫌でもごつくなるよな。嫌じゃないよ。土門の軽口に影野は妙にまじめな口調で応えた。筋肉つくと嬉しい。へえ。つよくなったような気がする。饒舌だなと思った。影野の焼けた首に汗が伝って髪の毛がはりついている。なんで。え?じんちゃんつよくなりたいの、なんで。影野は首をかしげ、じっと考えこむようにして、結局はわからないと言った。嘘だなと思う。影野にはちゃんと理由がある。木野はホースでベンチの周りに打ち水をしていた。季節にそぐわない、抜けるほどしろい指をして。
木野は無欲なくせにとても貪欲で、かたちあるものばかりに手を伸ばし、かたちに残らないものはなにひとつ欲しがらない少女だった。音楽は聴かないし、テレビも観ない。ひとをほんとうに愛することもできないし、そのくせにその行為の奥にあるほんの一瞬だけはるかなん万光年も向こうの星みたく輝くものを追い求めては、相手を取り替え次々と寝る。そんなことで得られるもののむなしさを木野はもう充分に知っているはずで、それなのに木野はその輝くものに手を伸ばすことをやめられないみたいだった。木野はいつもなにかをこらえるみたいな凛と澄んでこわばった顔をしている。前を見てくちびるを結んで、それでなければ、なにも、いらない、と。影野とは寝たのだろうか。土門は考える。影野との行為の奥には、木野がずっとずっと探して探してだけど見つからなくて見つからなくても諦められないほどうつくしいものは、輝くものは、あるのだろうか。
あるのなら見せてほしいと思った。たとえ土門のあたまや胸や腕や記憶の中で、やがて失われる興味にともない錆びつくにまかせたとしても。木野が彼女のしろい手で切り開いて見つけ出したものなら、土門はなんだって見てみたかった。影野が彼の能動によって起こしたもののどんなにか醜い成れの果てなら、土門はそれだってよかった。そんなものだってよかった。見せて。土門はくちびるを開く。見せて。影野はぽかんと土門を見て、ユニフォームのすそをつかんだ手を見下ろした。あるのなら見せてほしかった。そんな強さで、奪っていってくれるなら。土門は影野の腹を蹴りつける。おもたい手応えとのどの奥で詰まった影野の呻き声。髪の毛を引いて影野はよろけ、どさりとグラウンドに倒れる。そのとたん背骨を押しこまれるように土門も前のめりに倒れる。松野がドロップキックで襲いかかってきた。土門の胸ぐらをつかんでぎゃあぎゃあわめく松野の声を聞き流しながら、土門は影野を探した。影野の向こうの木野を探した。
影野は壁山にかばわれて立ち上がり、木野は遠くを見ていた。影野は傷ついたような顔をして土門を見て、そして木野を振り返る。木野はそのときようやくこちらを見て、せつないようにほほえんだ。後悔が土門を打ったのはこの瞬間だった。音もなく舞い降りたものによって、輝くものがあのふたりの間でこなごなに砕け散るのを見た。土門はおののき、つめたくこわばる指先を震わせる。もう戻らない。もうなにも戻ってこない。木野は土門を見ていた。土門を見てほほえんだ。あき。土門はかすれた声で呼ぶ。彼のいとおしいひとを呼ぶ。木野は影野にあゆみ寄り、いたわるように焼けた腕に触れた。(あのときふたりは分かれ道で名残惜しいようにそっと手を離して、しばらくじっとお互いのことを眺め、それからどちらからともなく手を振って別れた。土門はあたまを煮やす感情に駆られて足を速め、華奢な背中だけを追いかけ追いつき、後ろから木野の腕をつかんで、)
なにもわるくはなかった。だからなにも、さびしくなんてなかった。なにひとつ間違ってなんていなくて、むしろそうでいなければならなかった。土門はなにも思わなくていい。どんな言葉も、必要ない。だけどいとおしかった。それさえも、間違ってはいなかったのだ。だけど(彼女が)いとおしかった。なのに(彼でないと)どうしようもなかった。かなしかった。どうしようもないほど。あのときの影野のひふはぞっとするほどしろかった。それだけで絶頂するほどに。そんなことは土門を傷つけることしかしなくて、思うさま傷つけられた土門はのたうつことさえできなかったけれど。土門は部屋のまん中に寝ころんで、いろんなことを考えた。三百回もそんなことをしているうちに、だんだんと外はあかるくなって、カーテンのすき間から漏れる光が、まるで水槽のように部屋と指先を孤独にあおく染めていくのを、眠くなるまでじっと眺めていた。









きみアポトーシス
土門と影野と木野。
元ネタはツイッターでの某さんの発言。かけ離れた。
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いやな予感しかしないとかいうときはたいがい当たるもので、しかもそれは抜群によくほとんどひゃくパーセントくらいに当たるもんで、半田は染岡のふくらはぎを外側から引っかけて無理やり足を止めた。なんだよと眉間にしわをよす染岡を置いて半田は道を内側に一本折れて猛ダッシュする。確認はしてないけどたぶん染岡もついてきてんだろと思いながら、商店街の裏通りをうねうねはしってごみ箱とか蹴倒してきたないのら猫を逃がしながら河川敷の土手へ抜けた。真夏日の太陽がつむじを斜めからじりじりと焼くのでなんだか焦げ臭い。階段をグミチョコパイーンと数段まとめて抜かして飛びおり、噴水と公衆トイレの横をどりゃーと駆け抜けてグラウンドに出たらいやな予感はどんぴしゃで、半田は斜めがけにしていたかばんをはずしてひもの部分を持ち、ハンマーよろしく振り回してそいつにぶち当てた。置き勉しまくっているから軽いもんだが、それでも肩甲骨と背骨の間のみぞにクリーンヒットして、そいつはようやく動くのをやめる。染岡が追いついてきたのはそのときで、手を抜いてはしってきたのか息も切らさない様子でなにやってんだよ、と不服げに(いつもそうだが)言った。松野は手に持った学校の椅子をがんっと地面に投げ捨てて一瞬半田をにらむが、半田がニチャっとわらったのでそれをすぐにやめてへんな顔でニタッとわらう。あんだよ。椅子は脚がほそいパイプみたいなのでできているまあまあありがちなやつで、まだ新しいやつだった。座面や背もたれがニスでてかてかしている。あれーいやな予感外れたかなぁと半田はちょっと考える。染岡はふたりを見て、松野が投げ捨てた椅子を見て、これどうした、と言った。おれのっ。持ってきたのか?おう。明日からどうすんだよ。明日また持っていくからいいだろ。あそうか、とか言ってなんとなく納得している染岡はあほだーアホアホだ、と半田はふししっとわらう。なにわらってんだよ。松野がむこうずねに足を伸ばしてきたので半田は一歩引いてまたわらった。松っちゃんその椅子なにに使うの。松野は目を見開いてなんだよその呼び方、とちょっとすごむ。おまえのクラスのやつがゆってたからおれもゆってみた。あほじゃねえのハンパ。はーんぱ。こいつうぜえなあと思って、さっきから置いてきぼりにしている染岡を見たら染岡は意味がわからん的な顔をしていた。なあその椅子なにに使うの。うるせえ黙れ早漏。あぁ?半田は喉の奥から濁った声をあげた。誰に聞いたんだよ。ミオギ。ああちくしょうミオギさんなにゆっちゃってんの。いやまじおれミオギとつきあいてえよ。勝手につきあえよクソビッチだぞ。染岡に紹介してやれよ。いきなりはなしを振られて染岡はえっとびっくりしたみたいな顔をして、あーわりい聞いてなかった、と言った。染岡おんなのことつきあいてえ?松野がいつの間にか転がしてあった椅子に背もたれを抱えて馬乗りになっている。松野は口が横にひろいので、ニタッとわらうとそれはそれはげすい顔になるのだが、そのげすい顔でわらわれても染岡は平然としていてあーやっぱこいつばかじゃね、と半田は思う。うえっとへんな声を出していきなり顔をあかくしてなに言ってんだおまえらとかごしゃごしゃ言ってる染岡からは、おんなのことつきあいてえ!というオーラがもんもん出ていてちょっとうけた。だよなぁ目金にも彼女ができる時代だしなぁ。げーあれつきあってるのとちがくね?わからんけど目金リア充って言ってたぞ自分で。きんもーっおたくきんもーっ。松野が椅子から転げ落ちる。しーねっしーねっと足をばたばたさせているのが瀕死の魚みたいだ。松っちゃんさぁ彼女つくらねえの。彼女はいらん。セフレがほしいわけおれは。染岡は彼女つくらねえの。なにげなく問いかけたら肩パンされたので半田は染岡を蹴り返す。はんぱは今の彼女といつまでつきあうの。ミオギさん美人だけどクソビッチだからそろそろ新しい彼女ほしい的な。おれ的には。ふうんと松野は瀕死の魚をやめて砂だらけの学ランで立ち上がるとまっ人生いろいろじゃんねぇと言った。よいせっと椅子を持ち上げる。松っちゃんいくの。いくよ。だったら止めなきゃなんだけど。無理だよーおれもう七人だし。あと三人だし。諦めたら七人でおわるんじゃね?やーもうおれのね、たぎるソウルは止まらないの。ノンストップなのよ。わかる?わかるか。いやわからんでもいいけど。松野はげすくわらう。まぁそういう人生もありってことなんじゃね?半田は椅子をつかもうとするがその前にひょいと松野は逃げてしまった。じゃーな!松野は椅子を引きずって土手をのぼっていく。がらんがたんがらんがたん、と音がどんどん遠ざかってやがて松野がむこうの方に見えなくなってからけーるかと半田は言った。おまえなにしにきたんだよと染岡はあきれたように言う。松野の椅子の脚はすらりと伸びてきれいなままだった。すべてが起こるとしたらこれからで、これから起きることを考えたとたんに脳が煮やされる。夕陽が目の奥でスーパーノヴァ。まっちゃん。半田は顔中の穴という穴から体液を吹いてあお向けに倒れた。染岡は松野がいってしまった方を黙って見ている。やがて染岡もいってしまう。止めにいってしまう。松野は決して止まらない。望まれないこどもたち。半田はニチャっとわらった。ミオギさんに会いたいと思った。あつがなちいわ。やってらんねえよ。








ロカビリー・ヒットマンと彼の葛藤について
半田と松野と染岡。
まっちゃん呼びをさせたかっただけ。
網戸にした窓から虫の声がする。はっと目を覚ますと陽は昇りきっていて、いつも部屋の隅に置いてある通学用かばんがなくなっていた。ああまた忘れられた、と思う。朝、目覚まし代わりの自分はそのまま忘れられることが多い。。今日もかなりしつこく起こしたけれどなかなか起きなくて、それは昨日遅くまで2ちゃんねるとかブログを見ていたからだ。腹が減ったなと思ったけれど、充電ケーブルはベッドの下にすべり落ちてしまっていた。腹が立つ。ベッドにつくねんと腰かけて、足をぶらぶらさせながら、はやくあいつ帰ってくればいいのに、と彼は思った。彼は携帯電話で、彼の持ち主はサッカーをしている中学生。通話料とパケット通信定額プラン、学生割引と家族割引にに加入している、扱いも丁寧でトイレや水溜まりに落としたりしない、いたって模範的な持ち主だ。
彼はまばたきをする。もうすぐ12時。あと7分くらい。内蔵の時計は20秒ずれているがほぼ正確だ。そろそろお昼かーと思った。そして、そろそろ気づく頃だ。彼の持ち主は校内ではそう携帯を使わないし、彼も電源を落とされてかばんの中で眠っているばかりだけれど、ときどきサッカー部からの連絡網が届くことがある。でも今日はそんなに困りはしないだろうな、と彼は思う。本日晴天。降水確率10パーセント未満。部活が突然休みになることもないだろうし、万が一なにかあっても、確かおなじクラスに友達がいたはずだ。きっと教えてくれるだろう。そんなことを考えながら彼はベッドにきちんと正座した。持っていってくれるひとがいないと、自分で移動することもままならない。遠くからどこかのチャイムの音がする。正午。ご主人はごはんをたべているだろうか。おれもなにかたべたい。
そのとき突然部屋の扉が開き、彼はびくっとからだをこわばらせた。あ、携帯ちゃん。今日はお留守番?あっお母さん!持ち主の母親は掃除機を持って部屋に入ってくる。ちょっと待っててねーと言いながら母親はあっという間に部屋を掃除してしまい、再度掃除機を下げて部屋を出ていく。あれっと思ったが母親はすぐに引き返してきて、携帯ちゃんごはんたべる?と訊ねた。たべる!間髪入れずに答える彼ににっこりし、母親は彼の手を取って部屋から連れ出してくれた。あの子また忘れたの。今日起こすの大変だったよ。遅刻ギリギリじゃなかった?そうなの。遅くまでなにしてたの。それは内緒。またネットでもしてたんでしょ。言いながらテーブルに着かされる。今日はおそうめんね。最近暑いので、母親のお昼はこればかりだ。台所でつゆを作っている母親の隣に、母親の携帯が所在なく立っていた。彼女は機能重視のスタイリッシュなもので、見た目ができる女風なので彼はちょっと萎縮する。
そうめんにはひき肉となすの炒めものが乗っていた。経口摂取したものは充電に変わる。三人で食卓を囲むことなんかはじめてだったので、彼はなんだかむやみに緊張していた。おいしいわ。彼女が言う。あらそう、あなたがいて助かったわね。どうやらレシピブログあたりを見ながら作ったらしい。携帯ちゃん、おなす大丈夫?うん、おいしい、です。敬語になったのは彼女がじっとこっちを見ていたからだ。さらさらのながい髪をした彼女。彼とは真逆の。電話です。静かに彼女がそう言ったとたん、彼女の姿はふっとかき消えた。あとには無機質な着信音をこぼす、機能重視のスタイリッシュな携帯が、ひとつ。母親が彼女を手に取ると、彼女が使っていたはしが高い音を立てて転げた。自分がする分には構わないが、これを見ると、いつも、胸のあたりがいやな気持ちになる。彼はくちびるをへの字に曲げた。携帯が携帯に戻るのは、当たり前で、仕方のないことなのに。
そうめんをたべ終わると、玄関のあたりがにわかに騒がしくなる。ただいまぁ。彼はぱっと入り口を振り向いた。リビングに入ってきた持ち主を、通話中の母親が手の仕草だけで労う。持ち主はそれを見て、そして彼に視線を投げた。あーごめんごめん。今日忘れてった。つかなんでここにいるの?うわぁぁぁおかえりぃぃぃ!!さびしかったぁぁぁ!!彼は手を伸ばして持ち主にぎゅうぎゅうと抱きつく。持ち主は暑苦しそうにからだをよじった。今日早いね。今日からテスト期間だから早いの。着替えちゃいなさいと母親が通話をしながら小声で言うのにはあいと返事をして、持ち主は彼の手を引いて部屋に戻る。メールきてる?メルマガだけ。あそう。彼はたちまちうきうきと楽しくなって、ベッドにばたんと倒れてもしばらく足をばたつかせていた。
持ち主は落ちていたケーブルを拾って彼に手渡す。あっおれ今日おかあさんとそうめんたべたんだ。だから平気。えー?と持ち主は変な顔をした。メールとか見せてない?見せてないよー。あっメルマガ見る?見る?言うなり彼は携帯の姿に戻る。持ち主は彼を手に取り、ベッドに腰かける。そのときを見計らって、彼は人間になった。うわっ。上半身をすっかり抱えこまれて持ち主はベッドに沈む。彼は両手でぎゅうぎゅうと持ち主を抱く。彼のいちばんいとしいひとを抱く。ねえ。なに。おれって携帯でさ、でもそれって仕方ないことって思う?なに急に。おれ、メールしたり電話したりするの楽しいけどさ、それってたぶん、おまえが。そこまで言って、彼は唐突に言葉を切る。がくんと腕が重くなり、視界がくらくまたたき意識が遠ざかっていく。あ、じゅ、でん、き、れ。て。
彼は後悔している。もう少したべればよかった。充電が切れると彼は死ぬ。彼を生き返らせてくれるのは、何度も何度でも生き返らせてくれるのは、彼の持ち主のやさしさだけだ。彼はそれを信じるしかない。きみはどこ。どこにいるの。おれにはきみしか。目を開いても闇。開いても闇。開いても闇。彼を追うものはなにもない。
(おまえが、おれを、使ってくれるから)
闇を歩けない、彼は携帯。









愛は手に、瞳は闇へ
りんぐでぃんどんな感じ。
まだちょっとおかしい、というようなことを言われて、栗松はグラウンドの外で宍戸とリハビリを兼ねたストレッチをしている。栗松は今日ひさしぶりにほんの少しだけグラウンドを走って、だけどそれ以上のプレイを止めたのは響木監督だ。響木監督は栗松を呼んでふたつみっつ質問をして、ちょっと考え、やっぱり今日は外にいろ、と言った。栗松は別段なにを言うでもなくそれに従い、今はくっついたばかりの足首をゆっくりと回している。自分のからだのことは自分がいちばんわかる、というやつだろうか。せっかく戻ってきたというのに、栗松は特にどんなことをはなすでもなく、おまけにあっという間にグラウンドを出たものだから、どことなく拍子抜けした空気のまま目金はだらだらと部活をしている。ダメガネ避けろ!その声にびくっと振り向き、目金ははじかれたようにあたまを抱えた。頭上をすさまじい勢いでボールが通りすぎる。松野はにやあっといやらしい感じにわらった。次も避けろよ。目金は髪の毛を撫でつける。あんまぼーっとすんなよ、と染岡が目金の背中をかるくこづいた。
いちばん最初に怪我をしたメンバーや染岡は、早々と怪我を治してキャラバンに合流している。怪我をしたタイミングが他よりちょっと遅かった風丸や栗松は、最近ようやくグラウンドに出てこられたばかりで、まだ本格的に動くことは止められている。今日はキャラバンのメンテナンスのため、一同は雷門中で響木監督預り。次の試合に向けて紅白戦でもやろうか、といったところだ。さっきから黙々と駆け足縄跳びをしている風丸が手を止め、ストレッチ中の宍戸と栗松を覗きこむようにしてなにやら言っている。栗松が尻を払って立ち上がり、縄を受け取ってかるく跳びはじめ、風丸は反対にその場にすわり、宍戸と一緒にストレッチをはじめる。後頭部をボールでぽんと叩かれたのはそのときで、目金が振り向くと不機嫌面の円堂が立っていた。あ。目金がなにか言う前に円堂はくるりときびすを返し、リハビリ組の方へあるいていってしまう。二言、三言、円堂があんなにこわい顔をしていなければいいと目金は思った。
そのうち宍戸はベンチへ戻り、風丸は円堂になにやら頼まれた風で部室へと引っこんだ。特になにをするでもない様子の栗松のこめかみをかるくげんこつで突っ放してやってから、円堂は思いきりグラウンドにボールを投げ込んだ。紅白戦!くじ引きするぞ。風丸がビブスを抱えて戻ってくる。おまえベンチな。円堂は目金を見もせずに言う。スコアラーやってくれ。タイムは宍戸がやるから。あ、はい。あっと、栗松くんは。風丸と審判。そうですか。円堂は肩ごしにちらりと目金を見て、しかしなにも言わずに去った。ベンチでマネージャーがくじ引きの用意をしている。ふと視線を巡らせると、手持ちぶさたに縄を結んだりほどいたりしていた栗松と目が合った。栗松はふいと目を反らし、長めに結んだ縄をぐるぐる回しながら、同じタイミングで足首を回している。つまらなそうだ。後ろからはくじ引きで分かれたチームがそれぞれ作戦会議をしている声が聞こえる。
つまらなそうですね。え?目金は小走りに栗松に駆け寄る。退屈ですよね。あ、まぁ。足は。やーまだなんか、ちょっと。いたいですか。いたくはないです。栗松は照れくさそうにわらい、それを隠すみたいに足首を回した。紅白戦、出たかったですか。足引っぱるよりは審判のがいいでやんす。目金はちらりと栗松の足首に視線を落とす。栗松くん。顔を上げると栗松も目金を見ていた。サッカー、まだすきですか。はぁ。栗松は唐突なその言葉にぽかんと口をまるくあけ、すきですけど、といぶかしげに言う。栗松くん。目金はまじめな顔をする。きみがしんだら、きみの星にはぼくが名前をつけてあげます。はぁ?栗松は眉をひそめる。目金さん、大丈夫ですか。きみこそ。目金は音が出るほど唐突に栗松の肩をつかんだ。ぼくは嫌なんです。あんまり心配かけさせないでください。きみがいないと心配です。わかってるんですか?栗松は唖然として、ゆっくり首をかしげる。目金さん、ほんとに大丈夫で、すか?
せんぱーい。その声に目金は振り向いた。宍戸が手を振っている。オーダー表きました。はーい。とりあえずそちらに返事だけして、目金はもう一度栗松をじっと見た。知らない生きものを見るような、栗松の不穏で不審な目。きみがしんでも、きみの星はぼくが必ず見つけてあげます。栗松はあいまいにほほえみ、試合はじまりますよ、とからだをよじった。目金はそっと栗松から手を離し、それでも未練たらしく栗松の腕にほんのちょっと触れる。言葉の意味を、栗松はなぜ問わないのだろう。どうして問いかけてくれないのだろう。ベンチに戻ると、宍戸は明らかにいらついていた。オーダー表はちゃんとファイリングされ、ホワイトボードにフォーメーションまで書いてある。優秀ですね。言ってから、皮肉っぽかったな、と思う。ぼくねぇ。目金はひとりごとめかしてちいさく囁いた。栗松くんが戻ってきてくれて、嬉しいんですけど、よくわからないんです。なんでなんですかね。どうして、もう戻ってこなくていいなんて思ってたんでしょうね。
栗松が戻ってこないなら、戻ってこなくてもよかった。もういなくなるのは嫌だった。それだけだった。
(だから、もう、いかないで)
ホイッスルが鳴る。
みんなみんなしねばいいのに。







き み が し ん だ ら
目金と栗松。
執着と怨みと独占願望。
部活が終わったあとのひっそりと静まり返る部室を円堂はあまりすきではなかった。なのめに差し込む夕焼けに道具やロッカーがセピアに褪せ、ながい影が自分でも驚くほど遠くでおおきく揺らめく。疲労を甘やかに閉じこめた部室は、いっそ大げさなほどのノスタルジをまとわせて化石のように横たわっている。梅雨の一歩手前、蒸されたようないがらっぽい空気がまぶたにまとわう。
椅子にすわって頬づえをつく円堂の目の前では、きらきらにデコレートされた音無のミニノートが今日の試合風景を無音でだらだらと流し続けていて、円堂の隣では音無が、どこか芯の抜けたような真剣ぶった顔でおなじく液晶を見つめている。あたらしいフォーメーションを調整する、という口実だ。機械モノにはめっぽう弱い円堂は、しかし目金に頼むのなんかは死んでもいやだったのでわざわざ自分から音無に声をかけて、部活が終わったあとにも残ってくれるように頼んだのだ。そのくせ早々とその行為に倦んでいる。トップとボランチがじぐざぐと並ぶ速攻形だが、雷門には合わないと思った。雷門の売りはなんといっても守りの堅さだが、それがいまひとつ活きてこない。なにも考えずに敵陣めがけてつっこんでいく攻撃陣を増長させてしまいかねない。どうにかしないとなと円堂は思った。フォーメーションをではない。ばか揃いの攻撃陣を、だ。
使えない。そうですかぁ。円堂のひとりごとに、間延びした声で音無が答える。へんなところで律儀なやつだ。まだ観ます?んー、うん。止めるのもなんとなくしゃくだったので、円堂は小指で耳などほじりつつ画面に見入るふりをする。キャプテン。音無もだらしなく砂だらけの机に腕を投げ出している。最近わらってないですね。そうか?そうですよぉ。もともと円堂はそうにこやかな人間ではない。あー、そうだっけ。唐突な音無の言葉に首をひねる円堂を、音無は不思議そうに見た。部活、たのしくないですか?楽しいとか楽しくないとかじゃねえからなぁ。ふうん。音無は円堂を見て、なにやら不服げな顔をする。なんだ。キャプテンてぇ。音無はにこっとわらった。意外とまじめなひとですかぁ?おれがまじめなら人類全部まじめだ。あっじゃああたしもまじめ。おれまじめじゃねえからおまえもアウトだろわきまえろ。うぇへへへ、となぜか音無は照れたようにわらう。ほめてねえぞ。憮然としながら円堂は小指の先のかすを吹いた。
キャプテン。しばしの沈黙と映像のリプレイを挟んで、音無がまた間延びして言う。さっくんの目、見たことあります?さ?一瞬考え、ああと円堂は内心うなづく。宍戸な。いや、ない。ふうん。また沈黙。キャプテン。音無はまじめぶった顔を画面に向けながら言う。さっくんの目、あおいんですよ。円堂は音無の横顔をちらりと見る。見たのか。うん。へえ、なんで。事故です。事故。おもしろいことを言うな、と思った。で。え?なんでおれに言うの。さーなんででしょうねぇ?音無は心底不思議そうに首をかしげる。なんか言いたくなったんです。急に。へえ。聞きたくなかったですか?別に。どうでもいい。音無はあっけらかんと、ですよねぇ、とわらった。手ブレした動画の中を攻撃陣が上がっていく。なんであいつは目ぇ隠してんの。え?音無は不意をつかれたように円堂を見て、ちょっと考え、わかんないです、と答えた。キャプテンは知らないんですか?しらね。興味ねえ。円堂は自分でもなにを問いたかったのかわからなかったので、早々に言葉を切る。
音無の肩のあたりに差す陽がかすめて、そこだけしろっぽく輪郭が飛んでいる。沈黙。また沈黙。キャプテン。音無の声。キャプテン、ほんとは誰がすきなんですか?円堂は横目で音無を見る。芯の抜けたような真剣ぶった音無の顔。なんだよいきなり。わたしねぇ先輩たちのことすきなんですよ。でへへ、とわらって音無は言う。わたしばかだから、考えるとよくわかんなくなるんです。でも、すきなひとと一緒にいるのって、しあわせでしょう?円堂は眉間にしわを寄せた。そういうふわふわした理屈はうぜえよ。どうして?音無は円堂の顔を覗きこむ。キャプテンはすきなひとと一緒にいたくないの?うるせえな。円堂は音無のあたまをかるく押しのけながら言う。気持ちだけで白黒つくしあわせなんかあるわけねえだろ。音無は目をまるくした。たぶん、言いたいことを探している。沈黙。動画が終わる。が、どちらも黙ったまま動かない。
音無が不意に立ち上がり、後ろからそっと円堂の袖を引いた。キャプテン。円堂は肩ごしに振り返る。音無はまじめな顔をしていた。腕に入れて。あ?腕に入れて。円堂は唐突なその言葉にいぶかしげに立ち上がり、ちょっと考えて、腕をかるく開く。音無はそっと踏み出し、円堂の肩に額を押しつけるようにした。音無の背中に触れないように手を回し、円堂はそうっと息をはく。自分から言い出しながら、音無のからだはかちかちにこわばっている。夕日が差す場所はむやみにあかるく、逆に影は濃く深く沈む。眠たくなるような時間。音無。沈黙を挟んで、円堂がぽつりと言う。なに考えてる。なんにも。そうか。キャプテンは。円堂はそれには答えずに、ただ光の中に浮かぶほこりがきらきらしているのをじっと眺めた。音無は。沈黙。円堂はつぶやく。すきなやつ、いるのか。音無のあたまが肯定のかたちに動く。そいつの腕には、入らないのか。沈黙。入れないのか。音無は答えずに、痛いような声色で言った。すきなひとだから、一緒にいられないんです。
沈黙は自然で、雄弁で、無意味だ。黙ったままのふたり。音無。円堂は遠くを見つめながら言う。まだ?音無はうなづく。まだ。ミニノートが待機画面になり、CGアニメのスクリーンセーバが原色にまたたく。化石のような部室。意味も言葉もないふたり。音無はなにを伝えようとしていたのだろう。円堂の腕の中で、なにを考えながら。翳りゆく光を眺めながら、円堂は目を閉じる。音無。おれの腕でよかったのか。音無はうなづく。円堂のまぶたの内側が血を透かしてあかく染まる。また、入れてやろうか。音無は答えず、円堂はすこしわらった。雄弁な沈黙で、ふたりの時間が流れゆく。どうして、などとは問わない。意味を問えば、戻らないものがある。影にいるのに光を待ち、空に背伸びする子どもたち。光は翳り、足は折れ、天使は羽をもがれ、たくさんの涙で愛は錆びつく。沈黙は雄弁だ。しあわせを知らない子どもたちへ。届かないものばかりが、いとおしいのだと。いとおしいのだと。いとおしいのだと。







せんそうごっこのあとに
円堂と音無。
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無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

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