ヒヨル せんそうごっこのあとに 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

部活が終わったあとのひっそりと静まり返る部室を円堂はあまりすきではなかった。なのめに差し込む夕焼けに道具やロッカーがセピアに褪せ、ながい影が自分でも驚くほど遠くでおおきく揺らめく。疲労を甘やかに閉じこめた部室は、いっそ大げさなほどのノスタルジをまとわせて化石のように横たわっている。梅雨の一歩手前、蒸されたようないがらっぽい空気がまぶたにまとわう。
椅子にすわって頬づえをつく円堂の目の前では、きらきらにデコレートされた音無のミニノートが今日の試合風景を無音でだらだらと流し続けていて、円堂の隣では音無が、どこか芯の抜けたような真剣ぶった顔でおなじく液晶を見つめている。あたらしいフォーメーションを調整する、という口実だ。機械モノにはめっぽう弱い円堂は、しかし目金に頼むのなんかは死んでもいやだったのでわざわざ自分から音無に声をかけて、部活が終わったあとにも残ってくれるように頼んだのだ。そのくせ早々とその行為に倦んでいる。トップとボランチがじぐざぐと並ぶ速攻形だが、雷門には合わないと思った。雷門の売りはなんといっても守りの堅さだが、それがいまひとつ活きてこない。なにも考えずに敵陣めがけてつっこんでいく攻撃陣を増長させてしまいかねない。どうにかしないとなと円堂は思った。フォーメーションをではない。ばか揃いの攻撃陣を、だ。
使えない。そうですかぁ。円堂のひとりごとに、間延びした声で音無が答える。へんなところで律儀なやつだ。まだ観ます?んー、うん。止めるのもなんとなくしゃくだったので、円堂は小指で耳などほじりつつ画面に見入るふりをする。キャプテン。音無もだらしなく砂だらけの机に腕を投げ出している。最近わらってないですね。そうか?そうですよぉ。もともと円堂はそうにこやかな人間ではない。あー、そうだっけ。唐突な音無の言葉に首をひねる円堂を、音無は不思議そうに見た。部活、たのしくないですか?楽しいとか楽しくないとかじゃねえからなぁ。ふうん。音無は円堂を見て、なにやら不服げな顔をする。なんだ。キャプテンてぇ。音無はにこっとわらった。意外とまじめなひとですかぁ?おれがまじめなら人類全部まじめだ。あっじゃああたしもまじめ。おれまじめじゃねえからおまえもアウトだろわきまえろ。うぇへへへ、となぜか音無は照れたようにわらう。ほめてねえぞ。憮然としながら円堂は小指の先のかすを吹いた。
キャプテン。しばしの沈黙と映像のリプレイを挟んで、音無がまた間延びして言う。さっくんの目、見たことあります?さ?一瞬考え、ああと円堂は内心うなづく。宍戸な。いや、ない。ふうん。また沈黙。キャプテン。音無はまじめぶった顔を画面に向けながら言う。さっくんの目、あおいんですよ。円堂は音無の横顔をちらりと見る。見たのか。うん。へえ、なんで。事故です。事故。おもしろいことを言うな、と思った。で。え?なんでおれに言うの。さーなんででしょうねぇ?音無は心底不思議そうに首をかしげる。なんか言いたくなったんです。急に。へえ。聞きたくなかったですか?別に。どうでもいい。音無はあっけらかんと、ですよねぇ、とわらった。手ブレした動画の中を攻撃陣が上がっていく。なんであいつは目ぇ隠してんの。え?音無は不意をつかれたように円堂を見て、ちょっと考え、わかんないです、と答えた。キャプテンは知らないんですか?しらね。興味ねえ。円堂は自分でもなにを問いたかったのかわからなかったので、早々に言葉を切る。
音無の肩のあたりに差す陽がかすめて、そこだけしろっぽく輪郭が飛んでいる。沈黙。また沈黙。キャプテン。音無の声。キャプテン、ほんとは誰がすきなんですか?円堂は横目で音無を見る。芯の抜けたような真剣ぶった音無の顔。なんだよいきなり。わたしねぇ先輩たちのことすきなんですよ。でへへ、とわらって音無は言う。わたしばかだから、考えるとよくわかんなくなるんです。でも、すきなひとと一緒にいるのって、しあわせでしょう?円堂は眉間にしわを寄せた。そういうふわふわした理屈はうぜえよ。どうして?音無は円堂の顔を覗きこむ。キャプテンはすきなひとと一緒にいたくないの?うるせえな。円堂は音無のあたまをかるく押しのけながら言う。気持ちだけで白黒つくしあわせなんかあるわけねえだろ。音無は目をまるくした。たぶん、言いたいことを探している。沈黙。動画が終わる。が、どちらも黙ったまま動かない。
音無が不意に立ち上がり、後ろからそっと円堂の袖を引いた。キャプテン。円堂は肩ごしに振り返る。音無はまじめな顔をしていた。腕に入れて。あ?腕に入れて。円堂は唐突なその言葉にいぶかしげに立ち上がり、ちょっと考えて、腕をかるく開く。音無はそっと踏み出し、円堂の肩に額を押しつけるようにした。音無の背中に触れないように手を回し、円堂はそうっと息をはく。自分から言い出しながら、音無のからだはかちかちにこわばっている。夕日が差す場所はむやみにあかるく、逆に影は濃く深く沈む。眠たくなるような時間。音無。沈黙を挟んで、円堂がぽつりと言う。なに考えてる。なんにも。そうか。キャプテンは。円堂はそれには答えずに、ただ光の中に浮かぶほこりがきらきらしているのをじっと眺めた。音無は。沈黙。円堂はつぶやく。すきなやつ、いるのか。音無のあたまが肯定のかたちに動く。そいつの腕には、入らないのか。沈黙。入れないのか。音無は答えずに、痛いような声色で言った。すきなひとだから、一緒にいられないんです。
沈黙は自然で、雄弁で、無意味だ。黙ったままのふたり。音無。円堂は遠くを見つめながら言う。まだ?音無はうなづく。まだ。ミニノートが待機画面になり、CGアニメのスクリーンセーバが原色にまたたく。化石のような部室。意味も言葉もないふたり。音無はなにを伝えようとしていたのだろう。円堂の腕の中で、なにを考えながら。翳りゆく光を眺めながら、円堂は目を閉じる。音無。おれの腕でよかったのか。音無はうなづく。円堂のまぶたの内側が血を透かしてあかく染まる。また、入れてやろうか。音無は答えず、円堂はすこしわらった。雄弁な沈黙で、ふたりの時間が流れゆく。どうして、などとは問わない。意味を問えば、戻らないものがある。影にいるのに光を待ち、空に背伸びする子どもたち。光は翳り、足は折れ、天使は羽をもがれ、たくさんの涙で愛は錆びつく。沈黙は雄弁だ。しあわせを知らない子どもたちへ。届かないものばかりが、いとおしいのだと。いとおしいのだと。いとおしいのだと。







せんそうごっこのあとに
円堂と音無。
PR
[402]  [401]  [400]  [399]  [398]  [397]  [396]  [395]  [394]  [393]  [392
カレンダー
09 2024/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
まづ
性別:
非公開
自己紹介:
無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

adolf_hitlar!hotmail.com

フリーエリア
アクセス解析

忍者ブログ [PR]