ヒヨル ラヴインザハンド、アイズオンザダーク 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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網戸にした窓から虫の声がする。はっと目を覚ますと陽は昇りきっていて、いつも部屋の隅に置いてある通学用かばんがなくなっていた。ああまた忘れられた、と思う。朝、目覚まし代わりの自分はそのまま忘れられることが多い。。今日もかなりしつこく起こしたけれどなかなか起きなくて、それは昨日遅くまで2ちゃんねるとかブログを見ていたからだ。腹が減ったなと思ったけれど、充電ケーブルはベッドの下にすべり落ちてしまっていた。腹が立つ。ベッドにつくねんと腰かけて、足をぶらぶらさせながら、はやくあいつ帰ってくればいいのに、と彼は思った。彼は携帯電話で、彼の持ち主はサッカーをしている中学生。通話料とパケット通信定額プラン、学生割引と家族割引にに加入している、扱いも丁寧でトイレや水溜まりに落としたりしない、いたって模範的な持ち主だ。
彼はまばたきをする。もうすぐ12時。あと7分くらい。内蔵の時計は20秒ずれているがほぼ正確だ。そろそろお昼かーと思った。そして、そろそろ気づく頃だ。彼の持ち主は校内ではそう携帯を使わないし、彼も電源を落とされてかばんの中で眠っているばかりだけれど、ときどきサッカー部からの連絡網が届くことがある。でも今日はそんなに困りはしないだろうな、と彼は思う。本日晴天。降水確率10パーセント未満。部活が突然休みになることもないだろうし、万が一なにかあっても、確かおなじクラスに友達がいたはずだ。きっと教えてくれるだろう。そんなことを考えながら彼はベッドにきちんと正座した。持っていってくれるひとがいないと、自分で移動することもままならない。遠くからどこかのチャイムの音がする。正午。ご主人はごはんをたべているだろうか。おれもなにかたべたい。
そのとき突然部屋の扉が開き、彼はびくっとからだをこわばらせた。あ、携帯ちゃん。今日はお留守番?あっお母さん!持ち主の母親は掃除機を持って部屋に入ってくる。ちょっと待っててねーと言いながら母親はあっという間に部屋を掃除してしまい、再度掃除機を下げて部屋を出ていく。あれっと思ったが母親はすぐに引き返してきて、携帯ちゃんごはんたべる?と訊ねた。たべる!間髪入れずに答える彼ににっこりし、母親は彼の手を取って部屋から連れ出してくれた。あの子また忘れたの。今日起こすの大変だったよ。遅刻ギリギリじゃなかった?そうなの。遅くまでなにしてたの。それは内緒。またネットでもしてたんでしょ。言いながらテーブルに着かされる。今日はおそうめんね。最近暑いので、母親のお昼はこればかりだ。台所でつゆを作っている母親の隣に、母親の携帯が所在なく立っていた。彼女は機能重視のスタイリッシュなもので、見た目ができる女風なので彼はちょっと萎縮する。
そうめんにはひき肉となすの炒めものが乗っていた。経口摂取したものは充電に変わる。三人で食卓を囲むことなんかはじめてだったので、彼はなんだかむやみに緊張していた。おいしいわ。彼女が言う。あらそう、あなたがいて助かったわね。どうやらレシピブログあたりを見ながら作ったらしい。携帯ちゃん、おなす大丈夫?うん、おいしい、です。敬語になったのは彼女がじっとこっちを見ていたからだ。さらさらのながい髪をした彼女。彼とは真逆の。電話です。静かに彼女がそう言ったとたん、彼女の姿はふっとかき消えた。あとには無機質な着信音をこぼす、機能重視のスタイリッシュな携帯が、ひとつ。母親が彼女を手に取ると、彼女が使っていたはしが高い音を立てて転げた。自分がする分には構わないが、これを見ると、いつも、胸のあたりがいやな気持ちになる。彼はくちびるをへの字に曲げた。携帯が携帯に戻るのは、当たり前で、仕方のないことなのに。
そうめんをたべ終わると、玄関のあたりがにわかに騒がしくなる。ただいまぁ。彼はぱっと入り口を振り向いた。リビングに入ってきた持ち主を、通話中の母親が手の仕草だけで労う。持ち主はそれを見て、そして彼に視線を投げた。あーごめんごめん。今日忘れてった。つかなんでここにいるの?うわぁぁぁおかえりぃぃぃ!!さびしかったぁぁぁ!!彼は手を伸ばして持ち主にぎゅうぎゅうと抱きつく。持ち主は暑苦しそうにからだをよじった。今日早いね。今日からテスト期間だから早いの。着替えちゃいなさいと母親が通話をしながら小声で言うのにはあいと返事をして、持ち主は彼の手を引いて部屋に戻る。メールきてる?メルマガだけ。あそう。彼はたちまちうきうきと楽しくなって、ベッドにばたんと倒れてもしばらく足をばたつかせていた。
持ち主は落ちていたケーブルを拾って彼に手渡す。あっおれ今日おかあさんとそうめんたべたんだ。だから平気。えー?と持ち主は変な顔をした。メールとか見せてない?見せてないよー。あっメルマガ見る?見る?言うなり彼は携帯の姿に戻る。持ち主は彼を手に取り、ベッドに腰かける。そのときを見計らって、彼は人間になった。うわっ。上半身をすっかり抱えこまれて持ち主はベッドに沈む。彼は両手でぎゅうぎゅうと持ち主を抱く。彼のいちばんいとしいひとを抱く。ねえ。なに。おれって携帯でさ、でもそれって仕方ないことって思う?なに急に。おれ、メールしたり電話したりするの楽しいけどさ、それってたぶん、おまえが。そこまで言って、彼は唐突に言葉を切る。がくんと腕が重くなり、視界がくらくまたたき意識が遠ざかっていく。あ、じゅ、でん、き、れ。て。
彼は後悔している。もう少したべればよかった。充電が切れると彼は死ぬ。彼を生き返らせてくれるのは、何度も何度でも生き返らせてくれるのは、彼の持ち主のやさしさだけだ。彼はそれを信じるしかない。きみはどこ。どこにいるの。おれにはきみしか。目を開いても闇。開いても闇。開いても闇。彼を追うものはなにもない。
(おまえが、おれを、使ってくれるから)
闇を歩けない、彼は携帯。









愛は手に、瞳は闇へ
りんぐでぃんどんな感じ。
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