ヒヨル 雨雲が逃げたなら追いかけたほうがいいだろう! 忍者ブログ
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近所のスーパーからこっそり持ち出した買い物かごをそのまま流用したボールキャリーに山ほどボールをつめて、少林寺はつま先で部室の扉をさぐった。扉を足で開閉するのは先輩直伝だし、今日はボールに加えて砂ボトルが入っているので、一度キャリーを下ろしたら次に持ち上げられる自信がない。指が持ち手にくい込んでものすごくいたかった。膝がふるえる。あーもうむり、と思った瞬間に内側からがらりと扉が開いて、さらにキャリーがひょいと持ち上げられた。少林寺は目をまるくする。よっ、と土門がわらい、お手伝い?えらいねぇと本気とも冗談ともつかない口調で言った。どうも。少林寺は不機嫌な顔で言って、土門のわきからするりと部室に入ると、背伸びをするように手を伸ばした。なあに。持ちます。いいよ、持ったげるよ。土門は平気な顔をしてキャリーを定位置にどさりと下ろした。かわいい後輩が困ってたら助けちゃうよねぇ。少林寺はその言葉を無視して、今度は用具入れを開ける。
雑巾を一枚は濡らしてよく絞り、もう一枚は乾いたまま使う。濡れたほうでボールを丁寧に拭き、すぐに乾いた雑巾で拭う。グラウンドで酷使されるボールは、水分に弱く傷みやすい。すでに運び終わっているキャリーのものも含めて、黙々とその作業をする少林寺を土門はじっと見おろした。手伝おうか。いいです。なんで。なんでもです。土門はその言葉を聞かなかったふりをして少林寺の傍らにかがみ、濡れた雑巾を手に取った。おれこっちやるから、あゆむちゃんは乾いたやつよろしくね。少林寺はなにか言いたげな顔をしたが、それでも結局不満げにうなづいた。ボールを受け渡す指の接触さえ嫌がるみたいに、少林寺は黙々とボールを磨きあげる。ふたりでするとはやいねぇ。土門の言葉に少林寺は答えない。今日ごきげんななめだね。そう言ってひじで少林寺の肩をかるく突くと、さわるなとつめたく言い返されて土門はわらう。
ありがとうございます。あっという間にボール磨きを終えて、少林寺は今度は砂ボトルをひとつずつ量りにのせて重さ別に分ける作業に入る。どーいたしまして。土門はパイプ椅子にすわり、そのちいさな背中を目を細めてじっと眺めた。両手でちいさな輪を作り、部室の片隅にかがんだ少林寺の背中をそっとその中におさめる。すっぽりとそこに入ってしまった背中をなんていとおしいんだと眺めていると、作業を終えた少林寺がぱっと振り向いた。なんですか。両手で輪を作ってわらう土門を、怪訝な顔で眺めながら少林寺は言った。なんか用ですか。いいやーと土門は首を振る。しあわせだなぁって。あゆむちゃんがこんなにかーいくてしあわせだなぁって思ったの。少林寺の顔が見る間に引きつり、くちびるがちいさくきめぇよと吐き捨てた。
土門は立ち上がって一歩距離を詰めた。そんなにいやがらないで。仲よくしようよ。寄るなと少林寺ははじかれたように土門から離れる。おれあんたのこときらいだから。おれのなにがいやなのさ。土門はかるく両手を広げる。ほら。なーんもしないよ。少林寺はとげを含んだ視線でじろりと土門をにらみ、そういう問題じゃねーから、と言った。じゃなによ。言うわけないだろ。つめたいなぁ。土門は困ったようにわらって、はなしくらいしようよ、と言った。おれあゆむちゃんすきよ。少林寺はそれを聞いて、怒るでも戸惑うでもなく、なぜかひどく落胆した顔をした。苦しいくらいのその顔に、逆に土門はほほえんだ。諦めろなんて言わないけど。土門の言葉に少林寺は一歩さがる。おれのとこくればいいのに。そしたらすっごい、すっごいすっごい大事にするのに。
少林寺の目が土門からそれた。きみが逃げるから、追うのだ。どこまでもおれの手を離れようとするから。いつでも退路を背に、少林寺は土門と相対する。それもまた不断の覚悟だと言えなくもない、きりきりと冴え渡る嫌悪でもって。土門はうすいまぶたをちょっと動かした。微笑もうとして、それがうまくできないことに戸惑う。おれじゃだめか。少林寺は土門を一瞬汚いものでも見るようににらみ、なにも言わずにかばんをつかんで部室を出ていった。とたんに表から、たぶん一年生たちのそれだろうがやがやと明るい喧騒が聞こえて、土門は指先がつめたく乾くのを感じる。わかっていたはずなのに。そんなあの子が見たいわけでは、ほしいわけでは、決して、ないのに。不意に右手がわななく。伸ばそうとしていたのを強引に押さえつけた、そのせいだと気づいた。あの髪に、腕に、頬に、あの子に、こんなにも触れたい。こんなにも。
遠ざかってゆく喧騒をまるごと呑み込んでいつくしむ、もしもそれができたなら。土門はさびしくわらった。もっと違う、なにかやさしい方法で、あの子とまっすぐに向き合うことができるのだろうか。果たしてその価値が、自分にあるのか。最後にくれた冷ややかな視線を思い出して、土門はかるく首をひねった。あー。わざとひとりごとを、からからに乾いた口調の大声でこほつ。あゆむちゃんはかわいいなーあ。ついでにふふふっといかにも愉しげな笑みもこぼして、土門はその先を考えるのをやめた。たとえどれだけやさしく向き合おうと、わかり合おうと、それでは望むべくは手に入らない。曲げてねじ伏せ、引いてすかして、葛藤と抵抗の果てに手に入れるべきものなのだ。そうでないとだめなのだった。あの子の孕む嫌悪も軽蔑も、それさえもまるごとほしいのだった。
土門は窓越しに西からくもり始めた空をにらんだ。夕焼けが食いつぶされて、空気がゆるやかに疲弊していく。両手をまるく輪にして、その中に少林寺を思い描こうとする。だけど浮かぶのはあのひどく落胆した顔ばかりで、そればかりが重苦しくさびしくて土門はくちびるをゆがめた。嫌悪も軽蔑も、まるごとほしいのに。それなのにわらってほしいなどと、ほほえんでほしいなどと願ってしまう。雨雲が逃げたなら追いかけたほうがいいだろう。夢から醒めなければ、時間は決して止まりはしない。







雨雲が逃げたなら追いかけたほうがいいだろう!
土門と少林寺。
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