ヒヨル レモン三日月濡れ鼠 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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なんでだろーね、としろい横顔が言う。そんなこと全然思えないんだ、と。半田はごそりと足を組みかえてちょっと横を向き、風に吹かれて落ちかかる木野の前髪を押さえてやった。さびしいやつ。そんなふうな負け惜しみも添えながら。木野の横顔は清廉そのもので、陽にさらされながら部活をしているにも関わらずしろいままの肌も相まって、触れることすらためらわせてしまう潔癖さを漂わせている。ひざをきちんと揃えた木野の脚に視線を落とし、プリーツスカートがときどきふわりと浮き上がるのを眺めながら、そんななのになぁと半田は思った。そんななのにわざわざ、なぁ。なあに、と木野のおおきな目が半田を見た。なんだよ。なに考えてるの。なんでもねーよ。木野は困ったようにちょっとわらい、半田くんはわかりやすいね、と言った。その口調がなんだかばかにしているみたいだったので、半田は木野の背中に手を回してそこをかるくはたいた。ブラウスの手触りが頼りない。ふふふっと木野はわらった。
半田がサッカー部に入ったのは木野がかわいかったからだ。入学してすぐにおなじクラスになって、さらに合同宿泊研修でおなじグループになった木野がサッカー部のマネージャーをすると言うから、半田も迷わず入部届けにサッカー部と書いたのだ。でも木野には暑苦しいサッカーばかな幼なじみがいて、しかもやけに親しげにベタベタしていることに半田は萎えまくった。なんのことはない、木野がサッカー部のマネージャーをするのは幼なじみのためだったのだ。ごく純粋な動機でサッカー部に入部した染岡に当初はさんざん当たり散らした。失恋とは言わない。言わないけれど、衝撃ではあった。だるいからやめようかなとも何十回も考えた。けれどそんなそぶりを見せるたびに、木野はやめないでと言うのだ。やめないで。半田くんがやめちゃったらさびしいよ。ああもう。そんな困った木野の顔は何百回オカズにしたかわからない。眠れない夜のお供。本当は円堂とやりまくってるくせに、さぁ!
別にそれは失恋なんかではなかった。手に入れたものではないのだから、なくしてしまったと嘆くことさえお門違いで、それでも、たとえ一瞬といえど、独り占めにしたいと思った、その熱さだけはどうしても拭えないのだった。木野はいつでもすずしい顔でわらっていたし、泣いたりなんか、絶対にしなかった。円堂の前では、さびしさやむなしさなんかおくびにも出さないマネージャーだった。つよい少女だった。泣いたりなんか、絶対にしない。木野がはじめてをなくした日の夜、半田は夜の公園でずっと木野を待っていた。ただ苦しかったのだ。電話の向こうで泣きじゃくる木野が、苦しくてたまらなかった。その夜半田はただ現実に打ちのめされて、足を引きずって帰路についた。なくしたものは思い出せない。ただ、なくしてしまったことだけが今でも忘れられない。
あのときの公園で並んでベンチにすわりながら、木野は相変わらずすずしい顔をしている。何人と寝て何人を捨てたとか、そんな噂なんか聞いたこともないみたいな、清廉そのものの横顔で。だからおれにしとけばよかったんじゃんよー。からだの横にぺたりと突かれた木野のきゃしゃな手に自分のそれを重ねて置きながら、半田は宙を見上げてそう言った。つかおれまじ紳士だからね。リアルジェントルだから。ばかとか変態とかゴリラとかとは違うから、まじで。木野は目をまるくして、それ誰のこと、と言った。誰でもいいだろー。てかはなし聞いてる?おれが言いたいのそこじゃねーから。木野はくすくすわらって、聞いてます、と言った。ちゃんと聞いてます、隊長。あーそう。宿泊研修で半田はグループの班長をしていて、それからときどき木野に隊長と呼ばれる。もーいいんじゃね、と思う。それで十分なんじゃね、と。だけど。
やっぱりおれにしとけば。てのひらを重ねた木野の指に自分の指を絡めながら、半田は反対の手で耳の辺りをこする。ぎゅっと指に力をこめると、木野の指がかすかにわなないた。おまえってなにやったらおれとつきあってくれんの。木野は困ったようにほほえんで、半田くん彼女いるじゃない、と言う。あー。半田はのどを思いきり反らした。今の今までその存在自体ど忘れしていたことに、自分でも少しだけ驚きながら。いちばん大事なものは手に入らないのよ。木野が半田に手を握らせたまま、妙に達観したような口調で呟いた。そういうふうにできてるんだから。半田は木野の横顔を穴があくほどじいっと眺め、そんななのにわざわざいっぱい拾って拾って拾ってゆく木野を思った。秋のいちばん大事なものってなんなの。木野はふふっとわらい、忘れちゃった、と吐息のようにささやいた。もう思い出せないの。おかしいね。
半田は宙をにらむ。あの夜、あの失望の夜、半田の視線の先にはレモンみたいな三日月がぽっかり浮かんで、半田の思いとは裏腹に、まるで無頓着にやわらかくやさしくぽたぽたと輝いていた。さびしかった。思い出さんくていいよ。半田はぐいと木野の手を引く。どうせ手に入らないんだろ。半田の鎖骨のあたりに額を押しつけられた木野は、そうね、とちいさく呟いた。どうせ手に入らないんだもんね。木野のうしろあたまのやわらかな髪の毛にてのひらをそわせながら、うそつきだと半田は思った。木野はうそつきだ。忘れたくせに、思い出せないくせに、まだこんなにも焦がれている。まだこんなにも、なくせずにいる。さびしかった。半田はさびしかったのだ。あの夜からずっと、なくすことが怖かった。
半田はあのとき失恋なんかしなくて、なにひとつ失うことだってしなかったのに、それなのにたったひとりで手に入らなかったものを追いながら、びしょびしょと孤独に濡れていく。全然思えないんだ。木野はかすれた声でささやく。なんでだろーね、忘れてよかったなんて、そんなこと全然思えないんだ。半田は木野の肩をつかんで引き離した。まるくおおきな目が近づいてくる。まつ毛がながくて、しろくやわらかなひふが眩しい。おかしなはなしだろ。さびしいやつ。びしょ濡れでわめきながら、なんにも言えない孤独なふたり。こんなにしないとわからないなんて、さびしいやつ。ばかなおれ。(だけど、おまえもおれも、このへんてこな世界でこれからも生きていくんだ。生きていくしかないんだ。そうだろう。そうだろう!)
木野はかわいくて、だから追いかけた。木野はさびしくて、だから、手離した。あの夜はレモンの三日月がとてもきれいだった。なくすことに怯えたその日から、愛することを知った。







レモン三日月濡れ鼠
半田と木野。
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