ヒヨル スケルトン標本ワルツ 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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そこは戦場でありました。ばたばたと倒れる朋輩のせなを砂煙のあなたに見たのでした。さながら地獄。喉ばかりがめらめらと燃えるようにあつく、それが果てしない怒りだと気づく前から既にわたくしは喉を枯らして叫んでいたのでございました。からだじゅうが打擲を受けたようにずきずきと痛み、しかしわたくしはわたくしのからだに残された最後の希望と矜持によって倒れることを自らに許しはしなかったのでございます。なぜか。相手はまともに戦り合うのもばかくさいほどの手練れ揃い、対してわたくしどもは河原の小石を寄せ集めて作った破れ土嚢、有象無象。その中に例えば水晶の、ダイアモンドの一粒があったとしても、圧倒的な水に叶いもせずに押し流される。わたくしはその決定的な敗北こそを望んでいたのでございます。苔むした石ころをしなう若竹に、それを断つ刃に、仕立て上げるに復讐とは絶好のお膳立てだと思ったのでございます。ダイアモンドのなん粒かを拾ったのだけが、弱小のわたくしどもの唯一の儲けごとでございました。
おまえってなんでカンフー?少林寺拳法?やめたの。円堂のぶしつけな言葉に少林寺はボールを磨く手を止め、ちょっと首をかしげた。やめてないですけど。ちげーよ。円堂はキーパーグローブをぱしんぱしんと打ち合わせて砂ぼこりを落としながら言った。なんでサッカーやってんの。ああ、と少林寺がようやく合点がいったようにうなづき、しばし考えたのちにすきだから、と言う。サッカーが。あーと、カンフーが。ふうんと円堂はつまらなそうに言って、落ちかかる前髪をひとさし指でねじる。いろいろ考えてんだな。別にと少林寺はこちらもつまらなそうに言って、キャプテンはなんでサッカーやってるんですか、と問いかけた。円堂はその言葉が終わるか終わらぬかのうちに、平手で思いきり少林寺のこめかみをはたいていた。ちいさなからだが横ざまに倒れ、その手からボールがてんてんと跳ねて転がった。それ以来円堂は考えることをしていない。
ときどきぽかりと夜空に浮かぶ月をむしり取って食ってしまいたい衝動に駆られる。考えることをやめた円堂の味方は全身に張り巡らせた神経だけだ。ときどき特訓の場に壁山を無理やり引きずっていって、ただそこら辺に立たせたまま延々とタイヤに向かって踏ん張るようなことを円堂は繰り返す。壁山は所在なく立ち尽くしたまま、居心地がわるそうに時折足を踏み変えてはちいさなため息をついた。月がきれいですね。円堂は無謀の合間にそんな言葉をはさむ。昔の男女ならばこれで伝わったらしい感情が、円堂の薄っぺらな言葉ではかけらも伝わらないのだった。壁山はにこりとわらい、そうっすね、とやさしく言う。そうしていつもやさしく円堂を断ち切る。円堂は喉を鳴らして唾を吐く。そこには不満だけがよどんでいるのだった。食ってしまいたい、と思う。感情なんかなくしてしまいたかった。
七人と木野だけの部室は天国だった。いつでも。気力をかき集めてはつらつと声をあげても、うんざりした視線だけが返ってくる。そこは円堂のパラダイスだった。考えることも感じることもやめた円堂の、本当に大事なものだけを詰めこんだ秘密基地だった。やがてなにかがこの場所を変えてしまって、楽園がすべて失われてしまったら。そのときこそサッカーはやめようと思った。あからさまな敵意の視線を投げかけてくる少林寺ににかっとわらいかけると、少林寺は目をぎろりと見開いて円堂をにらみ、ふっと目をそらす。言い忘れたけどおまえの言いたかったことなんとなくわかるよ、と、いまだに円堂は言えないでいた。多分一生許してはくれないのだろうけれど。壁山が困ったような顔で円堂を見ている。それだけが救いだった。それでも救われたいと思っていたのだ。
そこは戦場でありました。楽園でありました。
今日は解散。それだけ言って円堂はきびすを返した。冬海に言われた他校との練習試合のことを、円堂はまだ誰にも言っていない。喉からこぼれる嗚咽をまぎらわせようと、気づいたときにはもう駆け出していた。はしるたびにスポーツバッグががつんがつんと背骨をふるわせ、ときどきすり減ったスニーカーの底が濡れたアスファルトにひどくすべった。それでもはしらずにはいられなかったのだ。吐き出さずにはいられなかったのだ。誰にわからなくてもかまわない。わからなくたって、かまわない。心臓がからだじゅうでふたつもみっつも脈打つみたいに、全身の血が歓喜していた。おれは水槽の虫。おれは細胞の一滴。おれは大海の魚卵。おれは宇宙の食べ残し。彗星みたいに無力を引いて、駆け上がった歩道橋のてっぺんからは虹が見えた。差しのべたてのひらが乾いてゆくだけでも、まぎれもなくしあわせだと思った。誰か覚えていますか。おれは忘れましたか。あああああ。あああああああああああああああ。あああ、ああ、あああああ!
そこは戦場でありました。楽園でありました。歩道橋からはレインボー。レインボー!レインボー!!叶えたまえ!!!






スケルトン標本ワルツ
円堂と壁山と少林寺。
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