ヒヨル デリシャス・センチメンタル 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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ゲーセンの一角、自販機と灰皿の置いてある休憩所で長椅子に足を伸ばして携帯をいじる半田の背中に松野の指が触れた。なんて書いたか当てろし。騒音に負けずに張り上げられる松野の声はしゃがれてがさついていて、それがますます半田の倦怠を募らせる。「う」と「ん」をなぞったところでどわっと息を吐き、もうこれしかないだろう最後のひと文字を半田も張り上げた声で告げた。こだろ、こ。ぶーざんねんでしたー『どう』でーしたーばーかばーか。肩甲骨の谷間に派手にげんこつが落ちてくる。いてーよばか。松野がげらげらわらう、その振動がげんこつ越しに半田をゆらした。くだらねー。くちびるがかすかにゆがむ。嫌悪でも倦怠でもなしに自然にこぼれてくる感情が、ほんとに楽しいと思ってるみたいでむかついた。円堂は両替に行ったまま帰ってこない。そのまま帰っちまったのかなと考え、ないないとその恐ろしい想像を打ち消す。
学ランにタバコのにおいを染み付かせて帰ると母親ばかりでなく父親までも心配するので、できれば一旦解散してから再度集まる方が半田には好ましかった。しかしそれだとおかしなことに、はやく帰らねばという焦燥ばかりが脳裏をよぎるので、やっぱり半田たちは学校帰りに寄り道をする。じゃあこれは、と松野が再度指を伸ばす。「ア」ほ。半田は携帯を閉じながら即座に答えた。ぶーざんねんでしたー『アイス』でーしたーばーか。半端。うそつけよ。あと半端って言うな。松野がニチャニチャわらいながら半田を覗きこんでくる。なに半端にキレてんだよ。うぜえな。半田は学ランのぽけっとに携帯を押し込み、松野にちらりと視線を向けた。つーかさーキレてんのおまえじゃん。当たんなよ。松野は歯を剥き出して見せ、そのまま自分の側頭部で半田のこめかみをぶった。てんめ、頭突きとか原始的なことしてんじゃねーよ。うるせーはげ。はげはげ。おれはげてねえし。半田は再度ため息をつく。松野があからさまに機嫌をそこねた顔をして、半田の向かいにどかりとすわった。
円堂おそくね、と言うと、松野はそれを無視してあのさあと言った。なに。影野はさ、当てるんだよ。なにを。だから、さっきの。松野は右手のひとさし指をぐねぐねと動かしながら言った。おれが書こうとしたこと、まじで当ててくる。こえーな。こえくねーよ。松野は半田の額にげんこつを触れさせ、ソーシソーアイだろ、となぜか誇らしげに言った。胸を張って、自慢げに、ソーシソーアイだろ、と繰り返す。言ってろよばか。半田はぽけっとから携帯の代わりにつかみ出した小銭を指先で数えながらぼそりと言う。松野には聞こえないように、細心の注意を払って。おれファンタなと指さす松野を無視して、半田はアミノバイタルのうそっぽくきいろいボトルを自販機から取り出す。ボトルは凍りそうなほどに冷えていて、指先との温度差がそのまま松野と現実との温度差だ、と思った。
思えば学校帰りの寄り道が全然こわくなく、むしろ居心地がいいものだと思えるようになったのは松野がいたからだ。松野は学校からもサッカー部からも放課後のゲーセンからも等しく浮いて、どこにでもふらふらと流れてどこででも生きていく。アンテナだけで生きてるから、と以前影野は松野をそう評価していた。かすかにほほえんで、松野はすごいよ、と。ちげえじゃん。半田はやけのようにアミノバイタルをあおった。全然ちげえじゃん。ソーシソーアイなんか、完璧うそじゃん。適当言ってあとからへこむのおまえだけなんだけど。わかってんの。ばかじゃねえの。学ランでタバコと喧騒うずまくゲーセンに入り浸って、そこを居場所みたいな顔をして、それでも。つまらなそうな顔の松野を半田は目をすがめて眺める。たぶん、確かに繋がっているなにかがほしかったのだ。サッカーという永遠に等しいものと同じくらい、この一瞬を共有していたかったのだ。松野という人間をなんら理解できなくて理解したいとも思わなくて、それでも、半田も逃げてみたかったのだ。半田が現実と呼ぶ不滅の価値観から、目をそらして生きてみたかったのだ。
それひとくちくーれくれくれと松野が手を伸ばしてくる。半田はそれを無視して五百ミリを一気に飲み干した。両替機みつからねーと不満げな円堂が戻ってきたのはそのときで、いいもん持ってんじゃんと半田の手から空っぽのボトルを持っていった。それ空だよ。知ってる。円堂はかたかたとボトルを振り、なんにもないことを確かめるようにちょっとわらった。あーじゃー円堂にもやってみよ。松野は立ち上がり、今まで自分がすわっていた場所に円堂をすわらせる。なに。当ててみ。言うなり松野は円堂の背中に輪をかくようにぐるぐると指を動かした。円堂は空のボトルを揉みながら首をかしげ、やがてなにかに気づいたのかむっつりとした顔でやめろよと言った。きもちわりいな。でーきもちわりいだって。言われてんぞ半田。いやいやおれじゃねーし。おめーもだよ。おれもかよ。
やがて松野はふっと顔をゲーセンに向け、なんかやってくる、とふらりと行ってしまった。円堂は半田の向かいで、松野の背中をしろい目で眺めている。なんだよ。んー。円堂は言いにくそうにしばらく黙ったあと、あいつハート書きやがった、とぽつりと言った。きもちわりいやつ。死ねばいいのに。おいおい円堂チャン言いすぎだって。うん、と円堂は一瞬ものすごくさびしい目をして、手の中のペットボトルを握りつぶした。ひくくおもたい音が喧騒の中にあってもやけに鮮烈に耳に届き、その瞬間から半田は果てしなく後悔をすることになる。松野も円堂も半田には異人だった。たんぱく質のかたまりのくせにいっちょまえに葛藤しやがって。きもちわりいやつ。今度はおなじ言葉を半田が繰り返す。永遠と一瞬を共有しても、届かないものがあるのだと知った。円堂の背中のハートに理解が及ばないことを全力で味わったそのときから、果てしない後悔をすることになるのだとわかりきっていた。もう、とっくに。
影野が羨ましかった。疎ましかった。半田が目をそらしたいものと平然と向き合ったまま、永遠と一瞬を共有する。それでも孤独にいられるのは正義だと思った。結局ないものねだりなのだ。たんぱく質のかたまりのくせにいっちょまえに葛藤しやがって。きもちわりいな。







デリシャス・センチメンタル
半田と松野と円堂。
本人がいないところでそのひとのことを考えるほうが深いように思います。
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