ヒヨル オラトリオ『メサイア』 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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最近夜よく眠れない。いつまでもベッドに寝ころんだまま起きている。ひつじを数えたら眠れるとかいうかびだらけの俗説にすがって、毎晩毎晩ひつじを数えまくっているのに眠れない。だけどそれで特に困ることというのは、本当に、なくて、血色がそれほどよくないのも元からだし隈がげっそりと浮き出した目もちゃんと隠してあるから、大丈夫。ある朝歯を磨いていると、舌の表面がクレバスみたいにひび割れていた。だったら声を出さなければいいだけだ。がさがさのくちびるははちみつとラップでいつも治るから、これも適当にしていれば治るだろうと思った。栄養はちゃんと摂るけれど、朝食はあまりたべない。眠らないからだにエネルギーは、そんなにたくさんはいらない。
眠れないことは苛立つけれど困ることではなかった。疲労の元の乳酸はつめたいシャワーで分解できるし、横になって休むだけで、また翌日も活動できる。たまに膝や腕に抱いてやる後輩が先輩痩せましたねと言ったが、気候のせいだとごまかした。季節の変わり目が苦手なんだと。それは本当でもなければ嘘でもなく、季節の変わり目にはたべるものが変わるので、すこし痩せたり太ったりする。ただ見た目よりだいぶ頑丈なからだは、よほどのことがなければ不調を訴えたりしない。インフルエンザだって一度しかかかったことがない。そう言うと後輩は首にぎゅうぎゅうと抱きついてきた。人形のようにちいさな後輩。おれと一緒に寝てくれる。冗談まじりでそう言うと、後輩はぽかんとした顔でまじまじとおれを見た。なんでですか。なんでもない。そう言って後輩をベンチの隣に下ろすと、あのう、と声をかけられた。ちゃんと休むなら、ひとりの方がよく眠れますよ。そう言って後輩は、奥で着替えていた別の後輩のところに行ってしまった。そのときにはじめて、疲れている、と思った。
眠れない日が十日に及ぶと、普通によくわからないものが見える。脳味噌が回転するたびに火花と煙を上げるのが目に見えるようで、ひとの名前さえ出てこない。顔を髪の毛に隠していてなおやつれたのは誰の目にも明らかな様子で、後輩たちがときどき同情の視線を投げかけてくるのを、うっとうしいと思うことさえできなかった。限界まで研ぎ澄まされた神経は全身に張り巡らされ、サッカーはむしろ今までよりずっと機敏にできるようになったのに驚いた。誰がどこにいてボールがどこから来るのか、いちいち見なくてもわかる。しかしそれを受けて、ブロックするなりカットするなりの行動ひとつひとつに、全身が悲鳴をあげた。体力があっという間に奪われ、かわききった目がかすむ。限界だった。眠りたい。眠りたい。それでも夜になってベッドに横になると、その欲はどこかへ消えてしまう。こめかみが重い。もう考えるべきことさえ尽きた。そこにあるのは飢えだった。眠りたい。眠りたい。眠りたい。
膝に抱いた後輩が、唐突にからだを返してぺたりとほほに触れた。ちいさなてのひらがこそばゆい。先輩。後輩は心配そうに眉をひそめている。最近ちゃんと寝てますか。おれがゆっくり首を振ると、後輩はぎゅっと首に抱きついた。いつもよりそれが重く感じる。少林寺。喉がかすれて声を出すのも億劫だった。一緒に寝てくれ。なんでですか。前とおなじ質問に、今度はすぐに答えが出てきた。眠りたい。後輩は首に回した腕をほどくと、髪の毛の上からてのひらでおれの両目を押さえた。視界をさえぎるちいさなてのひら。健気なぬくみがいとおしかった。後輩はなにも言わない。ただ黙ってそうしている。困ることなんてなにもないと思っていた。眠りの中で悪夢を繰り返すなら、なくしてしまった方がよかった。けれど。ひび割れた舌はまだ治らない。目を閉じられないことがこわい。額に後輩の額が触れた。それはまるで祈りのような。






オラトリオ『メサイア』
影野と少林寺。
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