ヒヨル 疾風・奪取 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

喉のあたりがいがらっぽいのは風邪の引き初めであるからです。溶媒が渇いた涙型のカルキの跡を、まるで波のようにざわざわと残したコップでイソジンを希釈してうがいをします。苦くてまずいこの薬液は、清潔なのでそこまできらいでもありません。今度はざくろみたいな色をした希釈液が涙みたいに残るでしょうから、指先ですべて丁寧に洗い流してしまいます。冬になると手洗いが過ぎて、いつもがさがさとみっともなく荒れるばかりのてのひらは、今年に限ってはまだその気配を見せません。経費で無理矢理落として洗面台に置いた、天然成分だけでできたなめらかなあおい石鹸がよかったのかもしれません。学校へはハンドタオルを三枚持っていき、うち二枚は学校にいる間に捨ててしまいます。使い古されてくたびれたレモン石鹸が手洗いネットからぐずぐずにはみ出しているのなんかも、実を言うとあまりきらいではないのです。
冬になると慎重にならなければなりません。髪の毛のひとすじまでも神経です。汚いものが乾いた空気の中であっという間に繁殖する爛れた冬。粘膜がひび割れて表皮が剥離する、冬。足の爪に縦にほそくひびが入っていたのを、リバテープでしっかりと巻いてあります。だから今日も走ります。冬はからだの速さと熱さだけはひどく正確に伝えてくるので、それだけはわるくないと思えます。二枚目のハンドタオルは三階のトイレのごみ箱に入れておきました。上履きの底の溝にくろく汚れがたまっていたので、靴下とリバテープもおなじ場所に捨てて新しいものにしました。週末が待ち遠しいです。洗面台のなめらかなあおい石鹸が恋しいのでその速さばかりを冬が伝えてくるのでした。このままだと木枯らしみたくなってしまうと思ったときに教室の時計の針は12を過ぎました。チャイムがまだ鳴らないので時計が狂っているのです。地球は少しずつずれて回っているらしいのですが、そんなことよりもはやく会いたいと思う気持ちばかりが速くなります。このままだと木枯らしみたくなってしまうと思ったそのときに最後の我慢がふつりと切れました。


風丸が部室中をひっくり返して、ぶつぶつなにかを言いながらいらない(と風丸が判断した)ものを次から次に部室の外へ放り出している。円堂が部室についたとき、入り口前には段ボールの空箱やら空気抜きの済んでいない使用済みスプレー缶やら大小とりまぜのスパイクやらユニフォームやらが小山のように積み重なっていた。その傍らには一年生たちが、部室から放り出されたそれぞれの私物を抱え、疲れきった顔で佇んでいる。キャプテン。円堂に一番に気づいた音無が声をあげ、両手いっぱいに対戦校のメンバー表やスコアブックや部誌や救急箱を抱えたままうらめしそうに戸口を見る。錆びだらけのダンベルがみっつ、立て続けに飛び出してきておもたい音を立てた。危なくて下手に近寄ることもできない。部室の中からは騒々しい音がひっきりなしに漏れている。風丸さぁんもういいんじゃないっすかぁと、宍戸の果敢な呼びかけに反応さえ感じない。
円堂は鞄を栗松に投げ(栗松は両手からスパイクをばらばらこぼしながらそれを受け止める)、風丸、と呼びかけた。円堂か?即座にひどく明るい返事があり、円堂は眉をしかめた。わるいな、ちょっと散らかってたから。あーもーいいよ、このままじゃ部活できねーよ。円堂の言葉に部室の入り口から風丸がぬっと顔をつき出し、そうだな、と晴れやかにわらう。もう大丈夫。きれいになったよ。円堂は肩ごしに壁山を振り向き、なにかを言いかけて、やめる。それまとめとけ。入り口の必要品の山を指さすと、はい、と少林寺がすぐに応えた。入るぞ。またダンベルが飛んできたらたまらないので、円堂は先に声をかけてから部室に足を踏み入れる。部室のそばの洗面台には、風丸がやけに気に入っているあおい石鹸がしっとりと濡れてうずくまっていた。


冬にはサッカーをしますサッカーをするには基礎体力が必要なのでたくさんたくさん走りますそうするとからだがどんどん速くなってやっぱり木枯らしみたくなってしまうのでした冬をやりすごすにはそうするしかなくてそれを教えてくれたのは円堂ですなのでこの部室は円堂だけのもので円堂以外の誰かが使っていいものではないと常々主張してきましたなのに円堂はこの部室はみんなの部室だからととてもとてもやさしいことを言うのでみんなは円堂の居場所に我が物顔で入り込んで蟻のように荒らすのですなのでときどきはそれを思い出させてやらなければならないのですこの世界は円堂が必要としていて円堂しか必要としていないのですから誰にも文句なんて実はないのですないはずですないに決まっていますそうなのです冬には円堂とサッカーをしますサッカーをするには基礎体力が必要なので円堂とたくさんたくさん走りますだから木枯らしみたくなってしまってもいっそ冬に融けてしまってもいいのですそうしたら石鹸になって円堂の手をずっとずっときれいにします円堂の手は大切な手なのでそれを守るのです円堂と円堂のサッカーを守るのです


部室は変に病的にうつくしく荒れていた。風丸はにこりとわらって、今日の部活は何をしようか、と快活に言う。その足元はなぜかあおじろい素足で、右足の親指の爪が縦にほそくひび割れていた。部室の真ん中に、円堂のユニフォームがきれいに畳んで置いてある。その傍らにはスパイクも揃えてある。なのに部室にはそれしかない。ベンチはすべて壁際に寄せられ、ロッカーはひとつのこらず中身を抜かれてぴったりと閉じられていた。はやく一緒に練習しようぜ。風丸は急かすように円堂の手に触れ、そしてびくりとからだをこわばらせる。そこはぼろぼろに皮がめくれ、傷だらけで荒れていた。円堂はゆっくりと風丸を見て、にこりともせずにきびすを返す。風丸はその背中を呆然と見送った。無言でばあんと部室を閉め、反動で少しだけ開いたその向こうに円堂の姿は見えなかった。そこからはじわじわと冬だけが侵入してくる。侵入してくる。侵入してくる。なめらかなあおい石鹸を、円堂は使ってくれるだろうか。


円堂と円堂のサッカーを守るのです


足の爪に血がにじんでいた。呆れるほどに冬は風丸の円堂をぎりぎりで奪い去る。







疾風・奪取
風丸。
PR
[315]  [314]  [313]  [312]  [310]  [309]  [308]  [307]  [306]  [305]  [304
カレンダー
09 2024/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
まづ
性別:
非公開
自己紹介:
無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

adolf_hitlar!hotmail.com

フリーエリア
アクセス解析

忍者ブログ [PR]