ヒヨル 虎伏野辺鯨寄浦 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

首から肩にかけてのしなやかな筋肉に視線を感じて少林寺は振り向いた。するどくぴたりとそちらを捉えた視線に怯んだのか、うっと喉の奥でくぐもった悲鳴を上げて目金がからだをすくませる。少林寺はほそめた目をまたたいて、なあに先輩、と小首をかしげた。目金はなんとも言えないような表情でごまかしわらいをしながら、いやあ、などとうしろあたまを掻く。半端に首にかけたままのユニフォームに両腕を通して、少林寺は目金に向き直ってくちびるをへの字に曲げる。なに。目金はこちらも半端に浮かしたままの手をこすり合わせ、もじもじと指を絡ませながら、けがの具合はいいんですか、とおずおずとたずねた。もー全然平気ですよ。少林寺が両手を掲げてくるんと一回転して見せると、目金はようやくいたいような顔でわらった。そうですか。その声の調子がなんとなくいやな感じだったので、それじゃあ次はバック宙でも見せちゃおうかなとかるく足首を回したところで、外からぴゅうっとかん高い指笛が聞こえた。あ。少林寺は思わず声をあげる。ぺんぎんだ。目金はぱっと顔を輝かせ、皇帝ペンギン2号ですか、とやけに嬉しそうに言った。さすがというかなんというか、目金は数ある人知を超えたサッカー技の中でも、ドラゴンクラッシュだの皇帝ペンギン2号だの、とにかく大味でひたすら荒唐無稽なものを特に好んでいる。オタクの血がそうさせるのか、目金は一眼レフでも構えそうな勢いで染岡や鬼道の練習を見ているのだ。はやく行きましょう行きましょうと目金は勢いよく少林寺を手招きした。はーいと歩き出したとたんに、わき腹がしくりと痛んだ気がした。
すこし前に帝国学園と練習試合をした。かのフットボールフロンティア予選で多くの怪我人を出し、司令塔の鬼道が雷門中に転入するという大波乱の中での練習試合だったが、帝国は苦もなく11人揃えてグラウンドに現れた。ピラミッドの頂点には、それを支える有象無象がいるのだということを暗に示して。持ち味のラフプレーはやはり健在で、少林寺はジャッジスルーを二度喰らい、三度目にはホイッスルが鳴っても立ち上がれなかった。すぐそばにいた土門があわてて少林寺を抱え上げてベンチへ走り、入れ替わりに宍戸がグラウンドへ向かった。手早くスパイクを脱がされ、救護毛布にくるまってがたがた震えながら、おかしい、と思った。自律神経が失調している。あたまの中で鳴り響く警鐘に、少林寺は監督の袖に手を伸ばした。監督、かんとく。
尋常じゃないその様子に、監督はたまたま試合を観に来ていた鬼瓦と会田にあとを任せ、少林寺を毛布ごと抱き上げてトイレへ駆け込んだ。少林寺はひどく嘔吐し、吐瀉物の中に出血を見て取った監督はその足で病院に向かい、即日入院と相成った。ボール越しとはいえかなりの体格差の相手に三度も蹴られたことで、あばらにひびが入ったのだ。どうも唐突な怪我にパニック症状を起こしていたらしい少林寺は、鎮痛剤を打たれ点滴に繋がれて、それでもなかなか監督の袖を離さなかった。不安だとか心細さだとか、そんなものが少林寺をそうさせたわけではない。ただ、ふがいなくて悔しかったのだ。あおざめた顔で目だけをぎらぎらと変にひからせている少林寺を見ながら、監督ははやくよくなってまたサッカーしような、と言った。少林寺はそれには答えずに、ただ天井を憎悪に似た顔でじっと眺めていた。
成長途中のやわらかな骨は、傷つきやすいが治りも早い。二日入院してあとは自宅療養となった少林寺は、退院の翌日にはもう学校に来ていた。学ランとカッターシャツの下のあおざめたひふに、それよりもなおしろい包帯をぴったりと巻いて。病院には途方に暮れたような顔の栗松や、自分たちがたべるぶんのミスドの箱を抱えた先輩たちや、安西監督に連れられた帝国のプレイヤーたち(怪我をさせた張本人だ)やらが見舞いに来たし、家には宍戸と壁山と音無と栗松が毎日送って帰ってくれた。しかし少林寺は特になにも話すことはないからと、あまり多くを語らなかった。謝罪は心に響かなかったし、労りや気配りはむしろ嫌悪感を募らせた。使えないプレイヤーだと、背中を押されるだけだった。自宅療養中、家の板間で何度も瞑想をしたが、毎回その途中でだらだらとこぼれる涙が邪魔をした。まっしろにさえなれなかった。忘れることなんか、とてもできなかった。もろい肉体。ただ、役に立ちたいだけなのに。
目金はそわそわと落ち着かない様子で、手招きした手を何度も握ったり開いたりした。その仕草の意味はなんとなくわかっていた。かわいそうな目金先輩。目金は一度も見舞いに来なかったし、送って帰ることもしなかった。その代わり、学校では毎時間、少林寺に会いに来る。移動教室のときには教科書を抱え、昼休みには弁当を下げて、毎日、毎日、会いに来る。会話なんかできない。ただ、慌ただしくやって来ては教室にいる少林寺を見て、慌ただしく帰っていく。メールだって毎日欠かさず寄越した。挨拶と怪我の具合を訊ねる文章で始まり、漫画やらゲームやらのはなしがだらだらと続き、はやく一緒にサッカーがしたいと繰り返し、ではまた明日、と締める。少林寺は一度も返信をしなかった。未返信のメールがびっしりと並ぶ受信ボックス。かわいそうな目金先輩。先輩。少林寺はちいさく呟いた。もしもおれが。なんですかと目金はわらった。なんでもない、と少林寺もわらい、目金の手に自分の手を重ねてつなぐ。やわらかく、やさしく。
はやくはやく、と少林寺の手を引く目金の横顔は嬉しそうだった。少林寺は絶望的な気持ちでグラウンドに踏み出す。もしもおれがいなくなったら、先輩はもう会いに来てなんてくれない。かわいそうな目金先輩。おれよりもずっと役に立つくせに。おおー今日から復帰かーと半田が嬉しそうに目金を押しのけて少林寺と両手ハイタッチをする。もうきっと目金と手はつながない。もう役になんか立てない。フットボールフロンティア決勝戦を、一週間後に控えたあたたかな日。半田の底冷えするほどあたたかなてのひら。目金は少林寺を見てはいない。もしも、おれが、いなくなっても。







虎伏野辺鯨寄浦(とらふすのべくじらよるうら)
目金と少林寺。
PR
[312]  [310]  [309]  [308]  [307]  [306]  [305]  [304]  [303]  [302]  [301
カレンダー
09 2024/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
まづ
性別:
非公開
自己紹介:
無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

adolf_hitlar!hotmail.com

フリーエリア
アクセス解析

忍者ブログ [PR]