ヒヨル 汽車は蓮華の上を 忍者ブログ
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あのひとのはなしをしよう。
あのひとはまるで風のようにつよくはやくしなやかにグラウンドを駆けては魔法みたいにボールを奪う。ときにはつむじのように、ときには竜巻のように、あのひとは誰よりも誰よりもまっすぐに地面を切り裂いて駆け抜けてゆく。そしてやはり風のように猛然と敵に襲いかかり、たったひとりのあのひとの心の支え、腹心の友だけのために勝利を連れてくる。あのひとはつよい。つよくて脆い風のひと。髪の毛をなびかせて周りをすべてはね飛ばし、そしてゴールネットをボールが揺らすときにはじめて、あのひとは屈託なくわらうのだ。反対側のゴールに巌のごとく立ち尽くす、あのひとの腹心の輩に向けて。あのひとの世界に人間はふたりしかいない。つよくて脆い、風のひと。

冬の練習は基礎体力作りと称して、ひたすら長距離を走り込むだけの単調なものになる。河川敷の土手をぐるっと巡る外周や、学校のグラウンドを時間を決めて延々と走り続けるタイムアタック、五十メートル走に三メートルロケットダッシュに二十メートルのランバックラン。ふくらはぎがわらうほど毎日とにかく有酸素運動を繰り返しては、みんなへとへとに疲労する。長距離を走ったすぐあとに座りこむと痔が切れるので、グラウンドの一角に腰ほどの高さのハードルを並べてあり、タイムアタックのあとのサーキットやランバックランのあとの外周のときには、それぞれそこに掴まってストレッチをする。提案したのは風丸で、陸上部が使わなくなったがたがたのハードルを借りるために自ら交渉しさえしたのだった。塗装がはげかけたハードルにかかとをかけ、両手でハードルを掴んでアキレスを伸ばす。風丸はそれがうまくて、だからというわけではないが走り込みのタイムはいつも部内で一二を争っていた。
円堂はあまり走る練習が得意ではなく、意欲はあるものの短距離のタイムなんかは低迷していた。代わりに長距離の持久走では抜群のタイムをたたき出すそのアンバランスな能力を風丸はひどく羨ましがり(風丸は圧倒的に短距離の人間だった。五十メートル走では一秒以上差がついている半田と、外周ではほとんどおなじタイムなのだ)、その羨望がますます風丸の円堂崇拝に輪をかける。風丸はチームメイトと交流しようなどというつもりをはなから持っていないらしく、円堂以外に対する態度のあまりのそっけなさに、面倒見のいいマネージャーたちをやきもきさせていた。まるで他のメンバーなんか最初からいないみたいに振る舞う風丸を、松野や半田は毛嫌いして一年生は遠巻きにする。さらに困ったことに、円堂自身が風丸にそう興味がないために、風丸はいつでも空回り気味でひとりぽつんと疲れはてていた。それでも不思議と満足しているみたいな風丸は、当然のようにサッカー部の異人だった。
壁山なんかは誰にでも穏やかでやさしいものだから、そんな頑なな風丸のことをやんわりと気づかったり、さりげなくはなしを振ったりしている。しかし壁山は誰の目から見ても円堂にひいきされていたし、あからさまなほどに気に入られていたので、風丸はそんな壁山がたぶん死ぬほど嫌いだった。風丸からにじみ出る嫌悪感に気づいたのだろう壁山は、そのうちに自分から少しずつ距離をおくようになり、代わりに栗松がそっとそこを埋めた。風丸と雷門中サッカー部の間にある開いてゆくばかりの渓谷を、頼りなくきゃしゃな腕で必死につなぐ。栗松はあのころ殉教者の横顔をしていた。それでも栗松はたぶん、風丸のことがそんなに嫌いではなかったのだ。わらいもしないし言葉も交わさない。もちろん名前だってろくに覚えてくれていないのだろう風丸を、それでも栗松は、じっと黙ってサッカー部に繋ぎ続けた。

彼のはなしをしよう。
彼は円堂に及ばないから興味がない。

風丸はやんわりと肩ごしに振り向いて、驚いたように目をほそめた。はじめてこの後輩の顔を見た気がした。せつなくゆがんだ苦しい顔。不愉快だった。振り向きざまになぎ払った拳に手応えがあって、そのつめたい感触が不愉快だった。だって、そんなかなしい顔をするなんて。おまえは円堂なんかじゃないのに。おれはおまえの名前だって覚えてないのに。こめかみを痛打されて栗松はつめたいコンクリートに這いつくばる。風丸が放った裏拳の、その拳の甲に浮き出たこぶこぶが冷えきったひふを容赦なくえぐった。脳が震え、目が揺れて、吐き気に似たものがこみ上げる。からっからっとコンクリートを風丸のスパイクが引っかいた。ゆるゆると風丸はあるいている。風丸さん。風丸はたぶんわらった。木枯らしのグラウンドは静寂に沈む。誰ひとり残ってはいないその場所で風丸はわらった。円堂の名前を呼びながら。
円堂が走るのは風丸に追いつきたいからではない。たったひとりで走っていくためだ。円堂の世界に風丸はいなかった。少なくとも必要なものではなかった。風丸が円堂を全身全霊で欲し、求め、必要としているようには、円堂はきっと思ってすらいなかったのだ。風丸はサッカー部の異人だった。円堂にとっても、そうだったのだ。かなしいことに。残酷なことに。
「風丸さんいつまでそうしてるの」
風丸が本当になりたいのは円堂なのだった。円堂になって円堂が見ている世界を見たいのだった。どうしようもないひとだと憐れみながら、それでも羨ましいと思ってしまう自分がかなしかった。殉教者みたいな横顔をして、栗松だってあのひとみたいになりたかったのだ。ひどく遠くてもう思い出せないことだったが。ふたりぼっちの楽園から彼を追い立てることはもうできない。砕けた骨をそっと隠した。







汽車は蓮華の上を
風丸と栗松。
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