ヒヨル よいこのてそう 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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があん、とどこかに落ちた雷がキャラバンの窓をびりびり揺らす。東京から一路福岡へ向かう、その途中で一同は豪雨に見舞われていた。ががっとしろい稲光が空を切り裂き、どんよりと垂れ込めた雲のかたちを一瞬くっきりと浮かび上がらせる。車内はひどく結露し、なにげなく四指で窓の表面をなでると、そこから水滴がだらだらっと涙のようにこぼれた。その落ちかたが生々しくて途端に、後悔する。濡れた指先をもてあまし、結局手の中に指を握りこむみたいにして乾かしてしまった。ワンセグもさっきから砂嵐だ。途切れ途切れにナルトが見えるが、静止画の半ばを砂嵐に食いつぶされる画の連続が、ぶつぶつこまぎれにされたセリフと一緒に届いてくるようなひどい映像だった。目がわるくなってしまう。キャラバンの中は静まり返り、ときどきさざ波のようなひくくほそめた会話が聞こえてくるくらいだ。早々に寝入っているものも少なくはない。しずかな呼吸が澱のように足元を渦巻く。
目金は結局それ以上先を見るのを諦め、なるべくしずかに携帯を閉じる。隣にちらりと目をやると、通路側のひじ掛けにけだるくほおづえを突いた栗松の、耳からのどにかけてのあおじろいひふが見えた。呼吸のたびにわずかに収縮し、その下をあおい血管がぞろぞろと這う栗松のひふ。そっとその肩をつかんで揺さぶると、栗松はあからさまにびくりとあたまを揺らし、それから驚いたように目金を見た。どうやらとろとろと眠りかけていたらしい。びっくりした、とだるそうにつぶやく、その声がかすかに嗄れていた。なんですか。ひまです。しらねーーーよーもーー。栗松は心底あきれ返った調子でうんざりと言い、じゃあもう寝ればいいでやんすよと続けた。どうせしばらく着かないでやんす。まだ眠くないんです、なぜなら昨日ちょっと寝すぎたからで。だからしらないって。栗松はうっとうしそうにごりごりとあたまを掻き、深い息をついた。
じゃあせっかくなんでひと勝負、と目金がDSを取り出すとええーーーと栗松は首をそらした。なにがじゃあせっかくなんでだよもーいやですよボッコにされるの。わかりましたわかりました、じゃあ伝説禁止!あと、ぼくはレベル50縛りでいいですから!うえーもー一回だけでやんすよ。そう言いながらしぶしぶDSを取り出す、そのしぐさがひどく緩慢でおもたい。後ろから穏やかな呼吸がみっつ聞こえてきて、それは壁山と壁山に絡んだまま寝てしまった円堂、それから最近どうも壁山がお気に入りらしい木暮のものだ。うんざりした顔の栗松の、その目の周りが妙にくろずんで落ちくぼんでいる。疲れてますね。DSの電源を入れた途端に、ばらばらばらばらっとすさまじい音を立てて雨がキャラバンの窓を打つ。うん、と栗松は首をひねった。そんなことじゃだめですよ。栗松はかくんと首を落とすようにうなづく。大丈夫ですか。そう言うとかすかにわらう栗松のくちびるが、しろく乾いてひび割れていた。結局その日も目金が勝った。
栗松は愛媛での対戦を終えたあたりから、こうやってひどく疲れた顔のまま、キャラバンの道中はとろとろと浅い眠りと覚醒を繰り返している。数時間に一度の休憩のときには、トイレでときどき吐き戻してもいるらしい。よれよれに憔悴した栗松の、その背中はひどく痛ましく見えて、奇妙な躁状態にあるような他のメンバーとすれ違う姿は幽霊さながらだった。以前、パーキングエリアで栗松がふらふらとあるいている前を、ふさふさのしっぽを揺らしたパピヨンが横切ったことがある。あっと声をあげ、目金は後ろから栗松の肩と二の腕をつかんだ。あぶない。栗松はからだをこわばらせ、ひっ、と短く呼吸をした。ふさふさのしっぽを揺らしたパピヨンと、その飼い主の恰幅のよい女性がごめんなさいねえ、などと言いながら通りすぎるのを、ふたりはものも言わずに見送る。栗松がなにを考えていたのかはわからないが、目金はそのとき、心の底から震撼していた。思わずつかんだ栗松の肩は指が骨のすき間に沈むほどごりごりに痩せていて、ジャージ越しの二の腕は目金のてのひらにすら余るほど、ほそかった。いつから。こめかみの辺りがどくどくとわめく。うまく言葉にならない動揺が、目金ののどを野火のように焼いた。
栗松はいつまでも手を離そうとしない目金をいぶかしんだのか、肩越しに振り向いて先輩、と呼んだ。不審な目と声の調子に、目金はあわわと弾かれたように両手を離す。突き放されたみたいな格好になった栗松はちょっとよろけ、軽く肩を揺すってから振り向いて、どうも、と言った。愛嬌のあるまるい目が、どっぷりと疲労に濁っている。ぼく。目金はせわしなくジャージをぱたぱたと叩いた。のどが渇きました。は。なのであなたにも一杯おごりましょう!うーんぼくってやさしいなぁ、と無理やり目金は栗松の手を取る。ちょ。戸惑う栗松よりももっと、目金は戸惑っていた。握った栗松のてのひらは、日照りの畑のようにがさがさに荒れて、乾いて、くたびれていた。どくどくとどくどくとこめかみで心臓がわめいている。どうして。どうしてどうしてどうして。
栗松。後ろの席から壁山の穏やかな声がした。まだ起きてる。うん。はやく寝るっす。しっかり寝ないと、もたないよ。うん、と栗松はうつむき、ぱたんとDSを閉じた。スニーカーを脱いで脚を上げ、シートの上で膝を抱える。そこに額を伏せて、それだけで栗松はもう周りを寄せつけない。まるで絶望の中でくるくると泳ぐ、ひとりぼっちのさびしい胎児みたいに。ひどく心細くなって、目金はふたたび栗松の肩をつかんで揺さぶった。栗松は声も上げない。反応もしない。膝を抱く枯れた指が、疲れはてた様子でわなないた。先輩。栗松が顔を伏せたままひくくささやく。目金は急いでそこに耳を寄せた。がさがさに荒れて、乾いて、くたびれた栗松。
「あんたの期待に応えるのは」
「もうやめます」
があんと視界がしろく焼けただれ、そして雨が通りすぎていく。あまりにも簡単で、せつない。神様。神様どうか。どうか彼を「   ないで」







よいこのてそう
あの辺の目金と栗松。
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