ヒヨル 素晴らしき生命 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

何日か前に宍戸の母親と宍戸と三人ですき焼きをつついたことを思い出す。宍戸の母親というのはやたらめったらにあかるいきれいなひとで、栗松は宍戸の家に遊びに行くたびに、これでもかともてなされて死ぬほどうまいものを食わされる。また宍戸がへんな感じにすれてなくて、照れたりもとがったりもせずに普通にその母親と仲良くしているので栗松はそれはちょっといいなと思ったのだった。別に家庭内暴力に走ったり暴言を吐いたりするわけではないが、栗松も一応思春期であるがゆえに母親と一緒のところを友人なんかに見られるのは死ぬほど恥ずかしい。なのに宍戸は平気な顔で、母親がよそったいい肉やしらたきやえのき茸をずるずる掻きこんでいた。栗松くんもっとたべなー、と、おかわりはどんどんよそわれる。練習後の腹ぺこのからだにはありがたい、甘からいいい肉を栗松もどんどん掻きこんだ。宍戸の母親は、宍戸そっくりのながく痩せた指と骨がぽこんと飛び出したほそい手首をしている。そしてどこかくすぐったいような、かすかにしゃがれたいい声をしている。
栗松は見た目にそぐわず神経質で人見知りをするので、宍戸の母親とここまでうちとけるにはだいぶ時間がかかった。今でもストレートな宍戸の母親の物言いにはぎょっとすることが多く、半端にわらってごまかしてしまうことも多々ある。一方で宍戸はというと、あっけらかんとした顔であっという間に栗松の家族に馴染んでしまったのだった。おじさんおばさん、から、まるで自然におとうさんおかあさん、に変わった呼びかけを、栗松の両親はえらく喜んでいる。時々は食卓で父親とチャンネル争いまでしてしまうのだから、驚きだ。母親が客間にふたつ並べて引いた布団に腹ばいになって、足をゆっくりとぱたぱたさせながら、てつんちさいこー、などとまんざらでもないふうに言ったりもする。ふうんと気のない返事をするが、栗松だってもちろん嬉しかった。うちの子になればいいのに、なんて思いながら、泳ぐみたいにさらさらのシーツにてのひらをすべらせる宍戸の痩せた肘なんかを、じっと眺めたりもする。
ある朝の通学路、宍戸の家の前を宍戸の母親がほうきではわいていた。ながいエプロンにワッシャー加工のブラウス、モノトーンのフレアースカートからのぞく足首はほそく、素足につっかけたくたびれた健康サンダルからはわざとらしいくらいの倦怠が立ち上っている。ちょっとからだをそらしてとんとんと腰を叩き、宍戸の母親は栗松を見た。心臓がぎゅっとちぢむ。はやく学校行きなさいよーとがさがさの声で言って、彼女はわらった。そのしわしわとしたせつないわらいかたが宍戸にそっくりで、栗松は不意に噛み締めていた奥歯から力を抜く。ブラウスをまくった左腕は発光しているみたいにしろく、無力な突起と化した肘の骨がまるい地雷みたいに網膜に焼きついた。今日から宍戸は学校に来ない。明日もあさっても、たぶん、来ない。急いで、息を止めて駆け抜けた栗松の耳の奥に、じゃらじゃらとさびしいほうきの音が響いている。恨んでほしいと思った。
放課後の陽に焼けて色あせた皮張りソファはぱりぱりと乾いて倦んでいる。並んで腰かけても言葉はなく、ふたりのからだの下でかたく詰まったスポンジからやんわりと空気が抜ける、その気配ばかりが沈黙を満たした。ななめに差し込むオレンジの光がリノリウムのしろい廊下を切り抜いて、そこにときどきちらちらとちいさな影が踊った。あーそう、と宍戸は言った。朝のことを切り出した栗松がひるんでしまうくらいの、平坦でつめたい声をして。どーでもいいや。どうでもいいとうそぶく宍戸の横顔は傷だらけだった。目に見えないこまかい傷がざらざらとざりざりと、彼の表情をえぐっている。今夜もまた彼は傷だらけの傷ついた顔で眠るのだろうか、と思った。あのしろいかたい棺桶みたいなベッドで。その瞬間にふいに鉄砲水みたいにせり上がってきた気持ちに栗松はひどく動揺する。彼がいとおしいと思った。驚くほどの強さで。いとおしさとは真逆の感情がそれと同時に背中を押す、そのこととおなじくらいの強さで。
おれもう帰りたくねーんだ。ちょっとからだを返して、宍戸は言う。あんなとこ、すげー嫌。嘘みたいだろ、と彼はわらった。いっそあどけないほどの笑顔に胸をえぐられるような気がして、栗松も半端にわらいかえして目を反らした。網膜にまるく焼きついた、そっくりおなじみたいな無力な突起。言うんじゃなかった、と、後悔は猛然と脳裏を焼いた。嘘みたいだろ。嘘のほうがよかった。あんときの肉うまかったよ。結局そんな言葉で濁して、栗松はぱりぱりと乾いたソファに投げ出された宍戸の痩せた指に、そうっとさわった。嘘のほうがよかったに決まっている。忸怩たる、忸怩たる、忸怩たる惨憺たる横顔で生きていくよりは。宍戸の横顔がわらいもしない。そうやって生きていくほかないこんな現実よりは、嘘のほうが、なんぼか、ましだったろうに。






素晴らしき生命
宍戸と栗松。
PR
[309]  [308]  [307]  [306]  [305]  [304]  [303]  [302]  [301]  [300]  [299
カレンダー
09 2024/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
まづ
性別:
非公開
自己紹介:
無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

adolf_hitlar!hotmail.com

フリーエリア
アクセス解析

忍者ブログ [PR]