ヒヨル 暴竜哭かしむる 忍者ブログ
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四月の半ばにぽつんと落ちたような雪の日に宍戸がつけていた手袋は、中指の付け根の部分がすりきれててのひらのひふが見えていた。十月の終わりの、寒冷前線がとち狂ったような唐突な冬の日に宍戸がつけていた手袋は、そのときのものとおなじものだった。編み目の荒いうすねずの手袋の、中指の付け根の部分がやはりすりきれている。宍戸はいつもよりあかい鼻をしてしきりに洟をすすりながら、おれ今日ヒートテック着てきちったよ、と栗松に話していた。うえー早くねー?早いよーでもさびーし。ノーガードだとおれ死んじゃう。寒死しちゃうサムシ、と繰り返しながら、宍戸は栗松のカラーのすき間から指を差しこもうとする。つめてーよ、と栗松は首を押さえて、そのときになって染岡ははじめて宍戸がいつの間にか手袋を外していることに気づいた。おれ冬まじきらい、と寒そうに肩を縮めてぽけっとに手を入れる宍戸の声はどことなく水っぽく、狂ったような冬にひときわ寒々しい。
寒波とともに撒き散らされた午後の雨は、針のような空気をますますつめたく尖らせる。冬の雨はいつまでもだらだらと降り続ける、のが嫌で、冬の雨の日には染岡は機嫌がわるい。鼓膜にしなしなと心細い音でいくつも穴を開けていくような、へんに暴力的なところもうっとうしいし、水びたしのグラウンドはそれだけで気が滅入る。気持ちばかり逸って、しかし染岡にできることはなにもなく、実の伴わないやる気を持て余しては余計に不機嫌になる。いつの間にこんなふうにサッカーをしたいと思うようになったのだろうと思った。ただひとつのことへ盲目的に邁進することだけで、今や満たされようとしている。実が伴わないのは、当たり前のことだった。ただ認めたくないだけで。雨のむこうにぽかりと青空が覗いたが、すぐに曇天に塗りつぶされてしまった。ただ認めたくないだけで、サッカーをしている、ふりをしている。
奇妙なことに、地下修練場に集められて紅白戦をやるからとグッパをしているときにも、宍戸の手にはあのうすねずの手袋がはまっていた。一回目は豪炎寺がチーを出してやり直しになったが、二回目にはうまくグとパが分かれて染岡グーの方のキャプテン(仮)になった。六六の変則ルール。キーパーは置かない。円堂はパーの方で、なぜかボランチにいた。その隣で宍戸が足首を回している。うすねずの手袋に、円堂はなにも言わない。松野がパーチームはあたまがパーだとかなんとか騒いでいる。松野もパーチームのくせに、と思った。染岡はちらりと肩ごしに後ろを見る。風丸の鼻のあたまがあかかった。修練場は寒い。雨が冷気になって染みてくる。向かいの豪炎寺も後ろを振り向いた。面倒くさそうに首をひねっている円堂が手のしぐさだけで、前だけ見てろ、と言う。木野のホイッスルがつめたい空気を裂いて響いた。染岡の横を風丸が猛然と駆け抜ける。その瞬間、染岡のあたまの中はまたたく間にさらわれて、あとは戦うだけの動物になる。
目金をチャージではじいてボールを奪った染岡の目の前に宍戸がすべりこんでくる。左右に振るが宍戸は離れない。がつ、とにぶい感触で脚と脚が接触する。あっと思った瞬間には上半身が泳ぎ、そこをすり抜けるように宍戸はボールを奪っていった。足の下にはすいかの模様のボール。くそっと染岡は振り返る。ボールは既に円堂に渡っていた。跳ねるように風丸をかわす円堂を見て、不意に吐いた息がしろい。宍戸は納得がいかないようにしきりに首をひねっている。おい、と声をかけると、宍戸は振り向き、それが染岡だと気づくとくちびるを歪めて歯をちらりと覗かせた。わらったような気がする。影野にゴールを阻まれた円堂のひくい怒号が鼓膜を揺らした。ぞろりと地面を影が這う。首の後ろは燃えるようにあついのに、鼻の奥が凍るほどつめたい。再度のホイッスル。半田がゲホッと咳をする。
蛇口の水は指を切るほどつめたかった。マネージャーがわざわざ温かいまま持ってきたおでんでもたべるかと、各々手を洗っている。バッバラッバッバーンハッハーン、と謎の鼻歌を歌いながら宍戸が隣に並んで蛇口をひねり、あの手袋をつけたままそこに手を差し出した。染岡はぎょっとする。おい。思わず手首を掴んだことに、宍戸はうぇっ、とへんな声を上げる。なんすか。おまえなぁ手ぇ洗うときくらいそれ外せよ。それって。宍戸はてのひらを見て、染岡を見て、なんもないっすよ、と言った。うすねずの手袋をつけて。これだよ、と染岡が宍戸の手にさわろうとしたとたん、なんか染岡さんがへんなこと言うわーと、宍戸はさらりとそれをかわした。栗松が入れ違いに染岡の隣に並ぶ。いぶかしげな顔でこちらを見てくる栗松に、なんだ、と染岡はすごんで見せる。栗松は困ったような顔をして、染岡さんあんま気にしないでやってほしいでやんす、と言った。
おでんをたべているときも宍戸はあの手袋をつけっぱなしで、そのあとの個人練習のときも、ミーティングのときも、宍戸はそれを外そうとしなかった。修練場の外はかじかむ夜で、降り残した雨が霧のようにもうもうと舞っている。宍戸は寒そうにてのひらをこすり合わせ、二の腕をごしごしとこすった。あれ。染岡はまばたきをする。宍戸はしろい手指を覗かせていた。さっきまで手袋をつけていたはずなのに。宍戸は視線に気づいたのか、わずかにくちびるをほころばせて、さびーっすね、と言った。そうだな。染岡はすこし考えて、手袋は、と問いかけた。しないのか。宍戸は答えない。さっきまでしてただろ。練習のときとかも。宍戸は首を曲げてちょっとわらい、そーゆーんじゃないんすよねぇ、と言った。染岡は眉をひそめる。こまかい雨は染岡のみじかいまつ毛にもしぶいて、うまく目が開けていられない。
じゃ、ヒント。宍戸は大股で近づいてきて、すっとてのひらを染岡に向ける。とん、とそのしろいてのひらが染岡の胸を突き、しかしその瞬間、宍戸の手にはあの手袋が現れていた。編み目の荒いうすねずの、中指の付け根のすりきれたあとがふさがった、まっさらな。染岡は目をまるくする。わるいなって思ってますよ。宍戸は手を見ながらそう言った。染岡はなにも言えない。まぁでも仕方ないことっすよ、ね、と、両手をぽけっとに入れた宍戸が、それを再び抜き出したときにはもう手袋は消えている。そんじゃあ。宍戸はくるりときびすを返し、ちょうど修練場から出てきた栗松のところへ走っていく。そしてしろい手で栗松の鼻をつまんだり耳をさわったり、する。栗松はうっとうしそうにあたまを振り、ふたりはそのままじゃれ合いながら遠ざかっていった。
染岡はあっけに取られて立ち尽くし、雨が鼻のわきをすべり落ちる感覚にはっとして、それでも動けなかった。いってしまった、と思った。あのときには、いや、はじめから。宍戸は遠くとおくにいて、そして、もう戻ってはこない。それだけを選んで、それだけのために生きることは、幸福なのだろうか。それとも果てしなく苦しいだけなのだろうか。こんなにかなしいことはない、と、選びも選ばれもしない染岡はなきたくなる。仕方のないことだと宍戸は言った。染岡がサッカーを、仕方のないことと望んでしまうように。サッカーのために生きることもできないのに、サッカーを選ぶふりをする染岡には。宍戸が触れた部分をそっとなでた。きっとあれが最後だったんだろうな、と思った。










暴竜哭かしむる
染岡と宍戸。
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