ヒヨル カムチャツカ流星群のあとに 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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昨日は満月だといって、テレビのコマーシャルではしきりに満月の夜にお酒を飲もうというようなことを言っていた。急に冷え込んだその夜に見上げた月は確かに欠けた部分もなくまるかったが、夜空にはりつくその寒々しいあおさがすっかり冬のそれだった、ことの方に、塔子はなんとなく飲まれてしまっていた。洗い髪の首筋のつめたさが増したような気がして、急いで部屋の中に引っ込む。リカはマイペースにペディキュアと髪の毛を同時にドライヤーで乾かしていた。昨日までくろいペディキュアだったリカの足の爪は、今日はうすいみず色に塗られてトップコートをつややかに光らせている。リカにはあおが似合う。濃いのもうすいのも。あおいものならなんでも、リカにはすんなりとなじんでいく。
タオルで髪の毛をごしごしやりながらリカの隣に座ると、リカは脚を伸ばしたまま上半身だけをねじるようにして塔子の髪の毛に触れた。ドライヤーの熱風に耳がちりつく。あんた髪多いなぁ。そうかぁ?リカの言葉に塔子は首をかしげる。あんまよくわかんないや。あたしこれがフツーだし。髪多いと寝ぐせだらけなるで。リカの言葉におおっと塔子は納得する。そういえば前までは館野や加賀美に毎朝のように髪の毛を直されていた。そうかも!せやろー。やから手入れはちゃんとせなあかんねんて。リカの指が塔子の湿った髪をかき混ぜる。リカが来てからは、塔子の寝ぐせはリカが直してくれるようになった。おまけに寝る前にちゃんと整えてくれるので、しばらく塔子は館野たちの世話になっていない。リカが持ってきた、自然素材のちょっとお高いトリートメントを使わせてもらっているのも、それに一役買っているかもしれない。あんまりたくさん使うとリカは怒るけれど。
リカといるとおもしろいな、と塔子は思う。今まで知らなかったいろんなことが当たり前になっていく、その感覚がおもしろい。リカがしてきた当たり前の生活に、塔子がぴたりぴたりとはまっていくような、決して不快ではないむずがゆさ。逆に塔子の当たり前にリカが変わっていくこともある。脱いだ靴をきちんと揃えたり、廊下をあるくときは少しだけ静かな足運びをしたり。東京の塔子の家にリカが住みはじめてずいぶん経つが、あけすけな下町気質のリカをこの家に出入りする誰もが気に入ってくれていることに、塔子は誇らしささえ感じていた。リカといると楽しくて、嬉しい。円堂たちとはまた違う、素直で穏やかな自分でいられる。だけど、もうあの頃のような熱い気持ちで一緒にサッカーをすることはないのかもしれない、という、一抹の寂しさはいつもそこに貼りついていた。塔子とリカをいちばん最初に繋いでくれたもの。きれいに磨かれたサッカーボールは、今でもどちらの部屋にも当たり前に置かれている。
今日ね、満月だった。あー、さっきそれで外出てたん?うん。きれいだったよー。リカも見てきなよ。そんなんいつでも見られるやん。寒いから外出たないわ。リカはさーそうやってすぐにさー寒いとか言っちゃってさ。なにを拗ねてんねんな。リカがぺたんと塔子のうしろあたまにてのひらを当てる。あおくてきれいだった。ふうん。リカみたい。うちあんな顔まん丸ちゃうわ。食欲の秋だもんね。やかましいわ。(塔子の家に来てからリカは二キロも太ったと嘆いていた。)終わり、と熱風が途切れる。すっかり暖まった首筋を撫で、髪の毛を揺らしてありがとっと塔子はリカに向き直る。今日一緒に寝てもいい?ええよーとおざなりに答えながら、リカはドライヤーのコードを巻き直している。塔子は唐突に腕を広げ、リカの上半身を思いきり抱きしめた。リカの髪の毛は塔子と同じ匂いがする。幸福な匂い。そのままの勢いでもつれるように床に倒れ、ふたりで声をあげてわらう。
塔子が枕を取って戻ってくると、リカはベランダに立って月を見ていた。華奢な背中にながい髪を流し、それを月光に光らせて、リカはじっと月を眺めている。固い顔をして。塔子は言葉をなくして佇む。当たり前を分け合い、同じ匂いの髪をして、枕を並べて眠るのに、最後の最後に、リカはそっと言葉を隠してしまう。誰にも見つからないように、慎重に。リカ?おそるおそる呼びかけると、リカは振り向き、満月見てるとおなか減るなぁとあかるくわらった。塔子はぎこちなくほほえみ、もう寝よう、と部屋の中からリカの腕を引く。ベッドの中で絡めた足はつめたく、まるでさっきのリカのペディキュアがつめたい星々になってしまったようだと思った。サッカーがもうできなくなるなら、今のふたりを繋ぐものはなんなのだろう。やわらかで当たり障りのない言葉では、それは、到底言い表せられない。リカにはあおが似合うけれど、そんな寒くて寂しいところに、どうして行かせてしまったのだろう、と思った。冬の始まりのあおい満月の下では、リカは。
今日は一之瀬の手術の日だった。









カムチャツカ流星群のあとに
塔子とリカ。
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