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女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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「世の中でいちばんかなしい景色は雨に濡れた東京タワーだ。」
そんな一文ではじまるとある小説のことを思い出しながら、栗松は闇に沈む窓の外を眺めていた。うつろな目をした自分ががらすに映りこみ、その向こうには星も見えない。どこの海の上を飛んでいるやら、飛行機は暗闇の中ぽつんと光る唯一の発光体として、たったひとりの乗客を乗せ日本への航路をなぞっている。ビーナス・クリメード・オービター、のようだなと思った。飛び立てば帰ってこられない、という点だけが、その意味をゆるやかに繋ぐ。気圧の変化が栗松の耳や鼻をふさぎ、傷の痛みを倍増させたのは一時間も前のことだ。座席を限界まで倒し、そこに毛布だのなんだのを山のように重ねて、怪我人が精一杯足を伸ばせるようにしてくれたのは、今は管制室で計器とにらみ合いをしているだろう古株だった。少し眠るように言われたが、栗松はずっと窓の外を見ていた。あと何時間か後には、東京タワーならぬあの古ぼけた鉄塔が、雨に濡れてもいないのに世の中でいちばんかなしい景色として栗松の前に現れてしまう。
そもそも、そんな大それた望みを持っていたわけではなかった。栗松は乾いた目をごまかすようにまばたきをする。世界を相手に戦おうだなんて、そんなことを望んでいたわけではなかった。世界という大きすぎる舞台には、自分のような臆病者ではなく、もっと適任がいくらでもいたはずだ。もっと勇敢で、もっと力強く、もっともっとその場所を望んでいたものが、数えきれないくらいに。選ばれてしまったからにはと、栗松も彼にできる最大の努力で、自分の足元に散っていった多くの選手たちに報いようとした。しかし世界で栗松にできたことはあまりにも少なく、そのくせ代償は高くついた。怪我と実力不足による離脱が告げられたときに見た仲間たちの哀れむようなあの目は、栗松の心の底をごっそりとえぐった。毛布を喉元まで引き上げながら、栗松は額を掻く。どんな顔で戻れというのだろう。一時的に自動飛行にしているらしい古株が顔を覗かせ、栗松は慌てて寝たふりをする。情けない、と思った。なにもかも、どうしようもなく。
空港にはえらく手持ち無沙汰という感の宍戸と少林寺が迎えに来ていて、松葉杖で歩いてくる栗松を見て、おーす、とふたり同時にさして嬉しそうでもなく手をあげたりした。そのまの抜けた調子にいたたまれなさを削がれて、栗松は妙に救われる。まつばづえー。宍戸は変なイントネーションでそう言ってから、あーもーちょー会いたかったんすけど、と真顔で言った。とたんに正面からぬるりと抱き止められて栗松は辟易する。おかえり。こちらはいつも通りの少林寺が、いつの間に受け取ったやら栗松の荷物を重たそうに下げていた。あ、持つ。いいよ。宍戸持って、と少林寺は宍戸を小突くが、おれ今両手ふさがってるからムリムリと宍戸は取り合わない。なんだかなぁと栗松は宍戸の骨っぽい腕の中で身をよじった。空港の大きな窓の向こうに、色鮮やかなイナズマジェットが見える。古株が近づいてきて、少林寺になにやら言付けていた。外国の匂いがする。宍戸がまじめな調子でそんなことを言う。
学校にはその三日後に行った。部活にも。なぜか松野に頭をグーで殴られたが、それ以外はいたって平穏で栗松は安心する。半田は栗松が戻ってきたことを手放しで喜び、影野は言葉少なに怪我を労った。顔ぶれは変わっていて、見たことのある顔もない顔もあった。闇野が部室の隅の方からとげのある視線を投げてくる。久しぶりに練習見ていけよ。半田の言葉に栗松は首を横に振る。しばらく病院通いでやんす。あそうか。半田は困ったような顔をする。まぁ時間あったら顔出せ。待ってるから。送ろうかという影野の申し出を断り、栗松はひとりで部室を出た。病院で診察を受け、その足で河川敷へ向かう。今日はクラブチームの練習もないらしく、閑散としたグラウンドに白線が消えかけている。雨ざらしで埃っぽいベンチに腰かけ、栗松はため息をついた。生まれ育った街が今や他人のように思える。学校も、部室も、先輩も、同輩も。夕日にあぶられた背中があつい。世の中でいちばんかなしい鉄塔が、栗松の視線の先に黒々とたたずんでいる。
見放されたのはどちらだろうと思った。傷ついて、傷つけられて、どちらが多くそれをしたのだろうと思った。空っぽの天秤を見ながら栗松はわらう。誰も望まなかったから、栗松は今ここにいる。絶望はいつでもサッカーの形をしていた。それは栗松からたくさんのものを奪った。栗松はまばたきをする。あとはなにがある?残ったもので、自分にはなにができる?ゴールの近くにボールがひとつ転がっている。栗松は立ち上がり、足を引きずりながらそこへ向かった。砂まみれのボールを拾い上げ、地面をひとつ叩いた。誰も望まなかったから、せめて自分だけでも、望んでも構わないだろうか。強くなりたいと、もっと強くなりたいと、望んでも構わないだろうか。絶望はサッカーの形をしていた。世の中でいちばんかなしい場所で、栗松は誰にも望まれずにその道を断たれた。それでも。それでも。それでも。
そのとき宍戸はじっと栗松を見ていた。溝を埋めてるんだよ。傍らで少林寺が呟く。行っちゃだめ。わかってる。宍戸は投げやりに言った。栗松は気づいているのだろうかと思う。栗松がサッカーと向き合うとき、サッカーのことを考えているとき、誰にもなにもできないくらいに寂しい背中をしていることを。その溝を必死で埋めて、また新たな溝を作って。栗松はいつもひとりきりであがいている。宍戸は目を反らせなかった。少林寺もまた、栗松を黙って見つめる。行けど帰れぬビーナス・クリメード・オービター。ふたりにとって世の中でいちばんかなしい景色がそこにあった。









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栗松。
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