ヒヨル ノベンバーワルツ・ベイベー 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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一之瀬の吐息が電話越しにまるく膨らむのを聞いて、ああもう終わりなんだ、と予感した。じゃらじゃらぶら下げたストラップたちのうち半分くらいは彼と無理やり共有したもので、突然その重みがぷつんととぎれたみたいな空白が携帯を持つ手の奥の方をちりつかせる。行くよ、と一之瀬は言った。それはつまりもうリカのところには戻らないということで、なんとかしてやさしくもわかりやすい言葉を選ぼうとした一之瀬の、彼には似つかわしくないばか正直な苦悩がにじんでいた。やっぱりおれにはサッカーが必要だ。一之瀬はそう言って、ぐす、と洟をすする。ばかみたいだ。リカはベッドに横になって、涙が鼻の稜線をまっすぐに横切り耳にまで流れていくのをじっと感じていた。納得ずくなのに、どういうわけか涙が止まらない。それは一之瀬も同じことだったらしく、べしゃべしゃに濡れそぼった声でリカぁ、とリカの名前を呼んだ。なんか言ってよ。おれひどいやつみたいじゃん。ひどいやつだ、と思ったけれど、リカはのどにうんと力を込めてわらった。ダーリン、あいしとうで。
必要なのはサッカーなんかじゃ全然なくて、一之瀬が本当に欲しがっているのはあの子だけだ。その夜は泣くまい泣くまいと思いながら布団の中でだらだらと泣き明かし、翌朝のまぶたやほほをまっかに腫らしたリカを見て塔子はあかさらまにぎょっとした。リカ!言うなり塔子に抱きすくめられてまぶたやら鼻やらほほやらにさんざん口づけをされ、もう平気なのになぁとそんなことをリカはうすぼんやり考えていた。もー大丈夫やってと言う前になぜか塔子まで泣き出してしまい、リカは結局塔子に本当のことを言わなかった。リカを抱きしめて離さない塔子の腕はひどくあつく、たった一度だけ、一之瀬がそうしてくれたときの記憶が煮溶かしたように曖昧になる。あのたった一度を、リカは昨日まで宝物のようにしていた。昨日までは。べそべそと泣き続ける塔子の背中を撫でてやりながら、まるで全く違う人間になってしまったみたいなみたいなすかすかの自分を、リカはわけもなく苦しいと思った。
どこがすきだったんやろー。飛行機の中でぽつんとこぼした言葉に、なにがぁ、と塔子は生返事しかよこさない。窓の向こうでは空と海がまっ平らに重なってどこまでもあおい。目が痛くなるのでリカはなんとなく飛行機の規則正しい座席を眺めていて、それがキャラバンの座席を思い起こさせてあまりいい気分ではなかった。少なくとも、嫌われてはいなかった、と思う。でもあのころから確かに、一之瀬のいちばんはずっとあの子だった。あの子だけだった。一之瀬からの電話を切ったあと、すぐに土門から電話がかかってきた。土門は平気な声で適当なことをちゃらちゃらとしゃべり、リカの相づちの文句が尽きるころ、唐突にまじめな声をして、おれとつきあって、と言った。いややわーそういうボケはウチすきちゃうで。いやいやまじで。な。一之瀬がさリカにちゃんと言えたらおれも言おうと思ってたの。フラれ待ちか。うーんまぁそうなるね。土門は乾いた声でわらい、だから泣くなよ、と言った。考えといて、とも。ものすごくやさしい声で。
リカ。窓に貼りついたままの塔子がぽつりと言う。やめときなよ。リカは目を丸くする。なにが。塔子は首をかしげ、わかんないけど、と前置きして、あたしリカのことすきだよ、と言った。あたしが男だったらリカのこと絶対離してやらない。リカはくちびるを曲げる。女相手に殺し文句かいな。さびしいやっちゃな。でもほんとにリカがすきなんだよ。あー嬉しい嬉しい。おおきにな。わかってないなぁと塔子はムッとしたように言う。わかっていた。塔子の言葉は本気だった。あのときの電話越しの土門の言葉も。そして、泣きながら聞いた一之瀬のさよならも。一之瀬のどこがすきだったのか、今ではうまく思い出せない。それでも一之瀬はリカの光だった。なによりまばゆく輝く、かけがえのないものだった。リカ。塔子が振り返る。ねえリカ。塔子の腕が伸びてきてリカの髪の毛に触れた。リカ。わけもなく、どうしようもなく、ただ一之瀬がめちゃくちゃにすきだった。すかすかのリカの中に、その衝動だけが今も息づいている。
リカは腕を伸ばして塔子を抱きしめた。先を越された塔子の腕がリカの背中を強く抱く。幾千の言葉より、たった一度、こうして触れあって、そうでないと届かないものがある。一之瀬が抱きしめてくれたときのことも、今のリカには思い出せない。なのに。それなのに。リカはわらう。確かに一之瀬のことをとても愛していた。あのときは、間違いなく。ヘーキやで。全然ヘーキ。リカはわらう。あなたがいなくて(あの子を選んで)平気だなんて。諦めたふり。かなしくないふり。強いふり。全部でわらう。わかってた。わかってなかったのはわかりたくなかった自分。わかっていたのに。一之瀬にはあの子しかいなくて、だから。塔子が腕に力をこめるので、ねじ切れた心臓でリカはわらう。わたしはあのときからずっと、ずっとずっとずっと、あなたのために、愛するあなたのために、なにもかも投げ捨てて死ねる朝を探していたのに。










ノベンバーワルツ・ベイベー
リカ。
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