ヒヨル 暗い・くらい・クライ 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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部室の隣に併設してある鍵つきの物置に、陸上部が廃棄品として放り出してあった穴だらけのマットを最初に持ち込んだのは、確か円堂だ。濃いみどりのビニルカヴァがあちこちほつれ破れて中身をはみださせている、みすぼらしい見た目のやつだ。だらりとはみ出た、芯は抜けているくせに雨や使い込みで固く締まったうすだいだいのスポンジ。それももう風化が始まっていたが、マットはマットでだからマットとして役に立つ。こんなふうに、と自らその上に長々と横になって、円堂はいつもの有無を言わせぬ口調で言った。まだ使えるなら有効活用すべきだ。その主張はなぜかすんなり通り、物置は昼寝の場所になってしまった。普段締め切られているそこは、鉄格子の窓からこれでもかと西陽が差すのでいつでも必要以上にあたたかい。授業をさぼる連中は、屋上をやめてここにたまるようになった。ホームルームを終えて部室に入ると、物置で松野と半田が真剣な顔でモンハンだのポケモンだのに勤しんでいる姿は、もう日常茶飯事だ。砂くさい物置の濃いみどりのマットの上で。
土門はその物置があまりすきではなく、それは単純にそこが狭すぎるからだ。ペットハウスみたいな部室よりさらに小さい虫かごみたいな物置に、好んで集まる酔狂を土門はどうしても理解できない。生活様式やら美的感覚やら、そういった身に積んできたものたちにそぐわなすぎて、その違和感に耐えられないのだ。さして広くもない場所にさして役にも立たないだろうものを押し込んでそれをよしとする。円堂はあたまがおかしいのかもしれないと土門は思った。もちろん口には出さない。つまらない上に無用な軋轢は、避けられるならば避けるのが一番だ。円堂がいまだに自分に対してひどく気を張っているのが、最近はどうにもやりきれない。それに数日過ごしてみたら、なんとなく円堂のしたかったことにも気づいてしまった。鍵のかかる個室、手足が楽々と伸ばせる場所、そしてマット。例えば、ふたりでなにがしかの運動をするには、そこは最適な環境ではないか。わるくないな、と思った。むやみな健全さが逆にそそる。もっとも円堂が木野ばかり連れ込むことには、ものを申したくない、わけではない。
放課後の部室、半開きの扉からマットに投げ出された足が見えたとき、だから土門は躊躇せずに扉を開いた。おーいとわざとらしく、あかるく声を上げながら。しかしそこにいたのは土門の想像していたふたりではなく、すっかりユニフォームに着替え終わった栗松だった。両手をへその上で組み、首をかすかに横に向けて、ほこりっぽいマットの上に横たわっている。その胸のあたりに、差し込む西陽が格子のしまを刻んでいる。土門は一瞬思い描いていたものとのギャップにひるみ、おい、と再度声をかけた。砂くささが鼻をつく。栗松は弾かれたようにからだを起こし、驚いた顔で土門を見た。昼寝?あ、いや。栗松はせわしなくぱたぱたとからだをはたき、なぜか照れたような口調ですみませんと言った。別に怒ってないけど。土門は言いながら退いて、狭い出入口から栗松を通してやる。栗松が隣を通った、そのときに砂くささに混じって太陽のにおいがした。ずいぶん長い間ああしていたらしい。二年生はまだ全員揃っていないが、授業が一時間短い一年生はもうグラウンドに出ているる。遠ざかる足音を聞きながら、土門は物置の扉を閉めた。
別の日、換気のために物置の扉を開けると、片手に曲がった金属バットを下げた宍戸が立っていた。こちらに向けた痩せた背が妙に殺気立っていることに驚き、土門はバットを持った方の腕を後ろからつかんで引いた。くぐもった音を立ててバットは転げ、宍戸は肩越しに振り向く。宍戸のからだの向こう、物置は無人だった。陽の差すほこりっぽい狭い部屋。なんですかぁ、と宍戸はいつもどおりの快活な声を上げる。宍戸、なにしてたの。言いながらバットに視線をやる、その動きで察したのか、宍戸はわらってここ物置ですから、と言った。こっちにしまっとこうかと思って。そうなんだ。確かに円堂たちはときどき、各部からのおこぼれをかき集めて野球ごっこをしている。そのうちのひとつなのだろう。あのーと宍戸は首をかしげる。腕、いたいんすけど。あっ、ごめんごめん。ちょっとびっくりしてね。解放された宍戸は平然とバットを拾って奥の壁に立てかける。さしてつよくつかんだ覚えもなかったが、宍戸の腕にはくっきりと指のあとが残ってしまっていた。
なんとなくいやな気分だ。あれどけない?円堂は土門をじっと見て、いやなら使わなきゃいいだろ、とだけ言った。撤去のつもりはないらしい。そうだね。土門はあいまいにわらって言葉を濁す。なんかあったのか。いや、なんにも。ふうんと円堂は一度地面にボールを打ちつけ、それが落ちてくる前に大またで歩き去った。ぼさっと突っ立っている栗松の首に後ろから腕を回す、その動作がどことなく八つ当たりじみて見える。全くわけがわからない。ボールを受け止めながら土門はちいさくため息をついた。あの。不意にかけられた声に振り向くと、宍戸がかるく両手を広げた姿勢で立っていた。ボール、いいすか。ん、どうぞ。ボールを受け取った宍戸はどうもーとグラウンドへ向かう。円堂ももうゴール前の定位置へ収まっていた。ホイッスルが鳴る。
紅白戦の途中、宍戸は何度も栗松にボールをぶつけたり、スライディングで転ばせたりした。明らかに何らかの悪意を持ったタイミングで。驚いたことに円堂はなにも言わず、むしろ栗松の方に非があるような言い方さえした。周囲はなにも言わない。なにかを秘めた沈黙。宍戸は平然としていたし、円堂はそれよりもさらに飄々としていた。栗松の怪我ばかりが増える。そういうことか、と土門は唐突に理解した。そういうことなら仕方ない。栗松の胸の上の鉄格子。まぁ、それなら、ね。土門はわざとらしく宍戸からボールをカットした。息を飲む音がする。迷わず叩き込んだシュートはあっさりと弾かれ、それをまた土門が取る。あのみどりの部屋では。突っ込んでくる染岡をかわして、蹴ったボールは栗松のこめかみを直撃した。声にならない動揺がグラウンドを駆け抜け、栗松はあたまをぐらりとかしがせて膝をつく。あのみどりの部屋には。壁山が駆け寄り、土門はほほえむ。ごめんね。でも、なんとなくわかった。
(おまえもかよ)
金属バットの唸る音がする。その腕にはいつぞやの、指のあと。








暗い・くらい・クライ
土門。
マジキチイレブン嫉妬編。
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