ヒヨル 或る少女の肖像 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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ふうわりと立てられた生クリームとシフォンケーキと紅茶を前にいたたまれなくなるのは週末だから、だと思う。向かい側では土門があさっての方向を眺めながら、たべないの?とさりげなく水を向けてくる。あ、うん。カップに添えられたティースプンはよく磨かれ、とろっとしたウィスキー色をしていた。そのなだらかにまるい背面に、途方にくれた自分の顔がさかしまに映っている。週末は息苦しい。ばらばらの日だ。金曜日には昼にカレーが出て、そこからの時間は自由に使わせてもらえることになっている。みんな服を着替えていろんな場所に遊びに行ってしまい、キャラバンに残るのはいつもなんとなく決まったメンバーだった。ばらばらの週末。土門の前に置かれたアイスコーヒーのタンブラーがびしょびしょに汗をかいている。そんな顔するなよ、と唐突に土門の指がまぶたをなぜた。その指先が高熱の病人みたいで、塔子はあわててまばたきをし、手にしたウィスキー色のスプンで紅茶をゆっくりと混ぜる。土門の視線の先には一之瀬とリカがいた。ばらばらの週末を一緒に過ごす、小鳥のようなむつまじいシルエット。
リカは宿泊施設の夜にはいつも芋けんぴをたべながらテレビを観ている。固いものをよく噛んでたべることは顔のシェイプアップにもなるし歯並びもきれいになる、とまじめな顔で言っていた。リカがいつも履いている五本指ソックスは指先がそれぞれ違う色をしていて、足の甲はしましま模様。べたっとした原色が、一之瀬がたまにわけてくれるからだにわるそうなネオン色のキャンディに似ている。リカは一之瀬に恋をしていて、それなのにそんな素振りを(、特に女子部屋にみんなで集まってお菓子をつまんでいるようなときには)全く見せず、かえってそれが悠揚と自信にあふれて見えるのが不思議だった。いつも。塔子は恋を知らない。恋とはなんだと問いかけをすると、誰もが口を揃えて苦しいだのつらいだの切ないだのと言う。幸福な顔をして。だけど一度だけリカに恋とはなにかを訊ねたとき、リカはあからさまな侮蔑の顔をしてそんなもん自分で経験してから考えろと塔子を手厳しく突っぱねた。いっそ忌々しいものみたいに。それ以来塔子は恋について考えることをしていない。恋という甘ったるい言葉のあとに続くものが、あのときのリカの顔になってしまったからだ。
一之瀬はたぶんリカのことをそんなにすきじゃないんじゃないか、というのが塔子の目下考えていることで、なぜかというと一之瀬はリカより木野のほうにずうっと強い気持ちを持っているように見えるからだ。リカが来てからもずっと。リカかわいそう。ほとんど真上から日が差すグラウンドのはしっこでぽつりとつぶやくと、どうして?と隣におなじように立っている土門がおもしろそうに問いかける。だって。ちょっとうつむいた塔子のあたまを痩せた腕でひょいと抱き寄せ、まぁひとそれぞれだよ、と土門は言った。土門は?腕を振りほどいて塔子は顔をあげる。土門はかわいそうじゃない?おれ?土門は驚いたような顔をして、別に、とちょっとふてくされたみたいな目をした。土門だって。言いかけた塔子の言葉をさえぎって土門は塔子を音が出るほど唐突に抱きしめる。いいの。よそはよそ、うちはうちなんだから。塔子は土門の腕の中、眇でさっきの視界のはしの光景を思い出した。リカは円堂のベンチの隣にすわった。円堂が誘って。みんなずるい、と思った。ほんとのことなんかひとつも叶わないのに。それでも平気な顔ばかりしている。ほんとは泣きたくて仕方ないくせに。叶わないことに泣きたくて仕方ない、幼稚なだだっ子の自分みたいに。
一之瀬とリカは小鳥みたいにむつまじく、顔を寄せてくすくすほほえみあったり、お互いの頼んだケーキをつつきあったりしている。しあわせな顔だ。塔子はたちまち泣きたくなる。もう帰ろう。塔子と向かい合った離れた席からじっとふたりを、こわいくらいまじめな目をして見つめていた土門は、その言葉に静かにまばたきをした。うん。帰ろうか。そう言って土門はそっと塔子の手を握った。つめたいてのひらをしていた。塔子。土門の言葉は雪みたいだ。しとしととしろく積もっていく。塔子はなにがかなしいの。帰り道に土門は塔子にキスをした。びっくりしたけれど、別に驚くようなことでも特別なことでもないなと思った。そう思えてしまったことがやるせなかった。土門、ずるい。その言葉に土門はほほえみ、塔子の華奢な指に自分の痩せた指を絡める。まだかなしい?わからない。素直に首を振る塔子を、土門はまぶしいような目をして見つめた。土門がやさしい顔をすると、土門がかなしい顔やつらい顔をするよりずっと、塔子はせつなくなる。
おれ、一之瀬がうらやましい。塔子はぽかんと土門の横顔を見上げる。唐突な言葉。どうして、と、聞こうとして、やめた。よそはよそ、うちはうち。土門はちゃんと、ひとりでできるのだ。塔子もほんとはひとりでしなければいけないのに、円堂や土門やリカや木野がやさしくて、だからどこにも行かれない。いつもいつもいつもいつも、いつも、そこには、叶わないしあわせが輝いている。塔子、すきなやついるの。土門の言葉は雪みたいだ。つめたくて、どこにも届いてこない。リカがかわいそうだと思った。土門もかわいそうだった。みんなみんなかわいそうだった。泣きたくても泣けないくらいに。








或る少女の肖像
塔子。
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