ヒヨル ハリティー・ラヴァ 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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洗面所の前を所在なく通りかかったら、中からすごい勢いで塔子が飛び出してきた。追突。あいたたた、などと言いながらそっくり床に転げ、しかし塔子はぱっと小動物さながらの機敏な動きで立ち上がり、まだぶつけた箇所を押さえている夏未にごめんよ夏未!とだけ言って逃げていってしまった。床の上にぺたんとしりもちをついたまま、夏未は風のように駆け去る塔子の背中をぽかんと見送る。さすがにおなじ女とはいえ、選手は丈夫だ。よろよろと立ち上がって服を払い、なにげなく洗面所を覗くと鏡の前でリカが腕組みをしていた。眉間にたてじわが寄っている。夏未の視線に気づいたのか、リカは顔を上げ、なんやお嬢かいな、と言った。不機嫌面のまま。なにをしてるの。夏未は眉をひそめて訊ねる。てか塔子見んかった?見たわ。さっきぶつかって。あーとリカは(たぶん無意味に)声を伸ばし、平気?と重ねて問いかけた。今さらだと夏未は思ったけれど、平気よ、とことさらなんでもない顔をする。ふうん、と吐息のような返事をするリカの手にはブラシが握られていた。
リカは生え際のあたりをぽりぽりと掻き、あきれたように目をつぶる。けんかでもしたの?別にしてへんけど、とリカがびっくりしたように夏未を見る。そんなふうに見えた?あ、ええ、すこし。そっかー。夏未はちょっとからだをかしげてリカの様子を見る。あまりちゃんとはなしたことはないが、こう見るとせいがたかい。お嬢今ひま?えっ?急に問いかけられ夏未はまばたきをする。リカは壁に作りつけられた鏡台から雑誌を取り上げる。つややかな表紙にヘアアレンジ特集と書かれた、夏未なんかはおおよそめくったこともないような雑誌。これ塔子にやったろーおもて。リカはにっとわらって言う。秋も春奈もあんまり髪ながくないからな。そういえば、と夏未は思い出していた。最近なんだか木野さんも音無さんもかわいい髪型をしていた。編んだり、止めたり、まとめたり。宝石がきらきらするみたいな整髪料の香り。あれ、あなたがしてたの。うん。だったら彼女が逃げたのも仕方ないかな、と夏未は思う。あのふたりの髪型を、かわいい、とは言うものの、決まって動きにくそう邪魔くさそうと悪意なく言い放つ、塔子の素直に流した長髪。
ほんでひまなん?と再度問いかけられ、夏未はなんだかどぎまぎしながら、ひまだけど、と答えた。リカはにっこりとわらってじゃあここすわり、と丸椅子を指さす。塔子逃げてもたし、お嬢にしたろ。夏未はちょっと迷って、結局言われるがまま丸椅子に腰かける。鏡には緊張した夏未と、雑誌をぱらぱらめくるリカ。どれがいい、なんて聞かれても夏未にはよくわからなかったのでおまかせするわ、とだけ言った。髪の毛をいじってくれるらしい。そういえば今まで一度もなかった。ブラシが髪をすべっていく。これパーマ?くせ毛なの。まっすぐにならなくて。わかるわー、と鏡の中のリカがうなづいた。リカは毎朝誰よりもはやく起きて、髪に熱心にヘアアイロンをかけている。つやつやでぴかぴかのリカの髪。
リカの手つきはよどみなく、華奢でしなやかな指先がつめたい。さすがちゃんと手入れしてんなぁ。当然でしょ、わたしを誰だと思ってるの。夏未がちょっと嬉しくなってそう言うと、ぺたんと後頭部がかるくはたかれた。なに?あ、ツッコミ待ちやなくて?なにも待ってないわ。急になんなの。リカはつまらなそうな顔をして夏未の髪をブラシで撫でていく。やっぱ女はロングヘアやな。あなたもながいものね、と肩越しに振り向こうとする夏未のあたまをリカの手が押さえる。ダーリンもロングヘアがすきやったらええのになー。なんでもないようにつぶやくリカの顔は飄々そのもの。一之瀬は木野がすきだ。リカが一之瀬を慕うのとおなじくらい。それはもう、仕方のないことだった。髪のながさなんて関係ないわと言ってやろうとしたけれど、夏未はその前に口をつぐんだ。円堂の視線の先。やわらかにわらう木野。仕方のないことなのだ。さらさらと耳の近くで髪が流れる。だってあなた、そんなことかなしがったりしないじゃない。
一之瀬くんに恋してるのね。夏未の言葉にリカは一瞬面食らったような顔をした。なぁん、お嬢。鏡の中からリカがひゅっといなくなり、あれっと思った次の瞬間には、右ほほにあたたかなひふがはりついている。鏡にはほほを寄せ合うふたりの少女が映っていた。ひとりはニヤニヤわらって、そしてもうひとりは、まっかにこわばった顔。お嬢、ウチとそういうはなししたかったん?夏未の肩を自然に抱くリカは、鏡越しに視線を合わせてにっとわらう。むせかえるほどのリカのにおいに包まれて、夏未は息ができない。いいにおい。くらくらする。したいわ。夏未はうなづいた。そういうはなしだけじゃなくて、もっといろんなこと。聞かせてほしいわ。あなたのこと。リカは一度力をこめて夏未をぎゅっと抱くと(夏未はあのほそい腕のどこにこんな力があるのかと驚愕する)、いいよ、と立ち上がった。もっといろいろはなしましょーか。夏未はにっこりとほほえむ。びっくりするほど満たされた心の中で、リカの言葉が幸福に波打っていた。
リカの指が髪をすべる。やっぱりあんたはこのままがいっちゃんきれいやね、なんて言うリカがきれいで驚いた。まつ毛に光が灯っているみたいにぽやぽやする。もっと言ってほしい。もっと聞きたい。リカの声で、リカの言葉で、うつくしいものを、いとおしい名前を、何度だって何度だって、聞かせてほしい。何度だって何度だって、わたしがそのたびに、思い出すように。わたしがそのたびに、光を見つけられるように。






ハリティー・ラヴァ
夏未とリカ。
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