ヒヨル ハレルヤ・ボーイ 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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高校には電車で通う。田舎から田舎へ向かうくたびれた通勤快速は、あたたかな座席と気だるさとため息だけを積みこんで、春夏秋冬おなじ道をひた走る。がくんと電車が揺れた拍子にめくっていた単語帳がばらばらっと進み、半田は一度もごもごとくちびるを噛んでそれをブレザーのぽけっとにしまった。ふと気づくといつも口を半開きにしてしまっているのでやけにくちびるが乾く。かばんから朝セブンで買ったワンピースの新刊を取り出そうとからだをかがめたとき、向かいの座席でぎすぎすに痩せた就活生が肉まんをほおばっているのが見えた。ばかじゃねえの、と思う。
高校に入ってからは中学のころみたいに、放課後にべしゃべしゃとつるんでワルイコトをするような習慣はなくなった。そのとき仲よかった数人とは、高校入学当時はやれ合コンだのなんだのと理由をつけてよく集まったが、今ではメールもほとんどしない。それぞれの生活がある、ということに気づくまでに、よくぞ衝突もなかったものだ、とは、今でもすこしは考えたりもする。(もっともそれは彼らが意識的にそれを避けていたせいでもあるが。)中学のころいいなと思っていた子には三年間で何回も告白してはふられ、そのわりにちょっとはエッチしたりもして、卒業式の日に全力で告白したけどやっぱりふられた。それでも半田には女の子が必要だったので、高校に入って何人かとつきあって、今は弁当にトマトのくし形切りばかりいくつもタッパーにつめて持ってくるような子とつきあっている。ちょっと変わったところがいいなと思ったとは言ってあるが、本当は胸がおおきかったからつきあってみる気になっただけのことだった。まだ一度も触らせてくれない。
学校につくと、半田はいちばんに美術準備室に向かう。そこにはかびたイーゼルや油だらけの新聞紙や踏み抜かれたキャンバスや絵の具に汚れたくさいシュラフなんかがごろごろ置いてあって、だいたい半田が学校につくころにはもうそこにはひとがいる。半田が立てつけのわるい引き戸を無理やり開けたとき、宍戸はまじめな顔をしてアグリッパ胸像に立派なひげを描いていた。なにしてんだよ。備品だろ。後ろから一発こづいてやると、我が名は関雲長ォ!河東の大地より立ちのぼる義侠の積乱雲!などとひとしきりわめいて、それでも宍戸はようやく手を止めて半田を見た。あ、ども。どもじゃねえよ。なにしてんだよ。なんかイメージわかなくて。宍戸は後頭部をぼりぼり掻きながらあくびをする。よれよれで染みと絵の具だらけのカッターシャツにジャージという、いつも通りの小汚い姿だ。美術特待生として半田とおなじ私立高校に入学した宍戸は、ほとんど一日中この美術室で過ごしているらしい。かび生えるぞ。冗談めいたその言葉がちっともわらえないほど、宍戸はこの部屋から出てこない。
セブンでワンピースと一緒に買ってきたリポDを渡すと、あざっすと受け取り一気に飲み干したあと、オエッとえずいてしかめ面をする。おまえどんどんおかしくなるな。準備室は鼻が曲がるほどの異臭が立ちこめているが、宍戸はいつも屁でもないような顔をしている。そっすかねぇ。べたついた赤毛をかき回しながら、宍戸は美髯のアグリッパをそのままにしてのろりと立ち上がった。キャンバスはほとんどまっしろの描きかけで、そこには憤怒に燃える魔神の横顔が木炭でざっくりと描かれてある。おまえってなにげ円堂のことすきだったわけ。やー別にそういうんじゃ。じゃあなんだよ。ぐしゃぐしゃにまくったカッターから突き出した宍戸の腕が骨のようにしろい。キャプテン夢叶わなかったじゃないすか。いいっすよ。すげえ魅力的。アーハーン?半田は内心アメリカンコメディよろしく肩をすくめる。サッカー部は結局どうにもならなかった。七人とマネージャーひとり。ずっとそのままで、たぶん今もそんな感じのままだ。
脚のながさがちぐはぐながたつく椅子に腰かけて、半田は宍戸をにらむようにする。皮肉か?宍戸は鼻血を手で拭ってなにも答えなかった。宍戸のからだはたぶん限界だ。限界まで追いつめても、まだ至らないという。至れないという。半田さんががサッカーすきなら。ティッシュを鼻に詰めながら宍戸は言った。それがいちばんなんですよ。がりがりに痩せた宍戸。今は半田よりあたま半分背が高い。でも、そうすると、中学んときのキャプテンや染岡さんはなんなの、ってことになるじゃないすか。半田はたまたま手近にあった筆の刺さった空き缶を投げつける。いてえ、と言うわりに、大して応えた風じゃなくてむかついた。
中学のころ、半田は自分がなぜサッカー部に入っていたのかよく思い出せない。つまらないおもしろくもないなにもない日々だった。円堂は痛々しく、染岡は鈍感で、木野は残酷で、後輩たちはやさしすぎた。卒業アルバムの部活写真では、四人ともへんにあかるい顔をしていて、それは四人ともはやくここから解放されたかったからだ。通夜みたいな部室で、半田はグラウンドに向かう円堂の背中を何百回と眺めた。いつだって円堂は誰より苦しい顔をしていた。それが半田には、嬉しくてたまらなかったのだ。
宍戸は削げたほほでそっとわらい、なんか今日の半田さん猛烈にうざいっすねえ、と言った。宍戸は進み、半田は捕らわれたまま、些細なほころびにつまづくたびに、何百回でもあのころへ引き戻される。これ、キャプテンに見えます?キャンバスには憤怒に燃える魔神の横顔。あのころ半田はいつもなにかが気に入らなかった。なにもかもが気に入らなかった。もうおまえ死ねよ。うめくようにそう言う半田の目の前で、宍戸はキャンバスを蹴破った。
サッカーは今でもすきだ。ただし誰にも言わないである。








ハレルヤ・ボーイ
半田と宍戸。未来。
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